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暇つぶし(作:たに)

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 梟が鳴いている館の外で彼女の目の前にたたずんでいる魔女が指を一つ立てそれを天に向ける。まるで月光が宿っているかのように指先がほのかに発光していた。そこからぼうっと光が広がり彼女と魔女の姿をあらわにする

「いいこと。魔法は永続的なものではないわ。時間が過ぎると水面に浮かぶ泡のように消えてしまう。つまりあたしが魔法をかけるまえのあなたに戻るということね。だからそのときが来るまでには帰ってくるのよ。日が変わるときが限界ね。ちょうどそのときに何時ものあなたに元通りということ」

 魔女がそういうと同時に彼女の館に取り付けられている柱時計の鐘が鳴る。舶来物のその時計の音は外に居ても十分彼女の耳に届いてくる。魔女が告げたことを何があっても覚えているようにと念を押しているように彼女の中に重く、大きく響いていた。
 時刻はおよそ七時を回っているところだろう。その大きさがゆえに町のはずれに立っているこの館の周りには全然外灯が設置されていない。七時といっても一寸先が見えなく、ただ月明かりだけが頼りだった。彼女に見えているのは目の前で腕を組んで立っている魔女と自分の服装だ。それと魔女の背後に佇んでいる馬車だけ。彼女はその馬車がかぼちゃから変化したということを思い出すたびに軽くめまいを覚える。だけど事実だった。それに変わったのは馬車だけではない。
 まだ宙に浮んでいるような心地だった。純白のドレスを自分が来ているという事実に怖いくらいの幸せを感じている。喉から手が出るほど欲しかったのに決して届かない場所にあったその夢を自分が味わっていた。どこから取り出したかは分からないけど魔女が両手に持つ姿見には見違える自分が映っている。
 彼女は夜の風にあてられ白い息を吐いた。勿論恐れはある。しかし彼女がそのような決心にいたったのはいつも遠くから指を咥えて眺めているだけだったお城へ行けるというこの上ない好機を見せ付けられたからだろう。
 お城はそれほどに思い入れがあるものだった。継母とその娘たちにいじめられ、屋根裏の物置で埃と灰を被りながら過ごす毎日。父親がいないことをいいことに自分をないがしろにして使用人以下の扱いを強要される日々を嘆いていた。
 だけどそれも今日で終わりになるかもしれない。その可能性は低く、ある程度の危険も寄り添っている。だけど過去の生活の記憶が悲惨さとなって彼女にのしかかっている。それに比べればそのような危険など無視できることだった。
 期待と不安、緊張や興奮などが大きく渦巻きながらも彼女はできるだけ冷静さを保つ。彼女は魔女の忠告を静かに聴いていた。そして魔女の話が一区切りしたときに彼女は大きくうなずいた。
 犬のように鋭くとがった魔女の歯が月の下できらりと光った。見送りをしてくれる魔女に彼女は手を振って答え、魔女も手を振りかえした。馬車がゆっくりと動き出す。まだ見ぬ舞踏会の魅力に胸をときめかせる。その興奮を彼女はいつまで抑えきれるか心配だった。



 お城の舞踏会から数週間が過ぎた今も自室のクローゼットの中で彼女はがたがた震えていた。自分が何をしたかはよく理解している。反省も後悔も数え切れないほどした。けどそれで自分の過去の行動を清算できるわけではない。全ては取り返しのつかないところまで来てしまっている。
 今外で何が行われているのかは一般市民以下の彼女の耳にまで届いていた。それほど規模の大きいことだった。自分をたぶらかした下賎な民を見つけ出すために王子は残ったガラスの靴を片手にそのサイズに合う人間をしらみつぶしに探しているらしい。決して諦めることなく毎日鎧と剣で武装した従者を引き連れて街中を闊歩しているとのことだ。その表情は鉄仮面よりも硬く、民衆に愛想笑いを忘れるほど無表情でそのままどこかに攻め込んでも可笑しくないほどらしい。
 その姿を彼女は見たことないが用意に想像できた。そして想像できてしまうことが怖かった。現実味を帯びたその映像を必死でもみ消そうと頭を振っていた。だけどこのまま自分の部屋に引きこもっていてもいつかは手が伸びてしまう。
 そしたら待っているのは断頭台だろう。もしくは日があたらないここよりひどい場所で一生を無駄に過ごすことになるかもしれない。それだけはいやだった。自らを守るように彼女は自分を抱きしめる。ここから出たくない。しかし逃げないとガラスの靴はじりじりと彼女との距離を詰めている。だけどどこに逃げればいいというのか。

「うふふ。絶体絶命といったところかしら?」

 その声に心当たりがあった彼女はクローゼットから飛び出す。屋根裏部屋のみすぼらしい彼女の部屋は埃とカビのにおいが強いだけで彼女以外は誰も居ない。しかし振り向くとクローゼットの中に声の主はいた。
 初めて出会ったときと何一つ変わらない。ネグリジェのような服装に身を包み、大きすぎる眼鏡の奥にはこれまた大きすぎる瞳が爛々と輝いている。そして手には透き通ったガラスの靴を持っていた。片方しかないそれは彼女にとっては忘れたいものだった。魔女はクローゼットから出ると部屋のベッドを椅子代わりに座る。そして彼女に見せ付けるかのようにそのガラスの靴をおもちゃのようにもてあそび始める。まるで他人事だ。魔法をかけたのは魔女だというのに。

「私はただ幸せになりたかっただけなのにどうしてあんな意地悪をするの? 時間が過ぎると魔法は効果を失って消えてなくなるのでしょ? それなのにどうしてあのガラスの靴だけは消えないの。そもそも日が変わるときに元の姿に戻るといったのはあなた。だけど魔法が消えたのはそれよりも一時間も後だった」

 声が震えていた。魔女の忠告を無視してお城に残り続けたことを選んだのは自分で、責があるのは自分であることは分かっている。だけど彼女は誰でもいいからやつあたりをしたかった。
 魔女はガラスの靴をいじっていたその手を止めて、顔を仰ぎ彼女をにらみつけた。腫れ物を見るかのような目つきをして彼女に冷ややかな視線を飛ばす。

「魔法は確かに消えてなくなるわ。でもガラスの靴が魔法とは誰も言ってないはずよ」

 呪文でも唱えているかのごとく魔女は機械的に言い放った。屁理屈のようにも聞こえてくるが誰にも有無を言わせないその言葉に彼女は無理やり納得させられた。がくりとうなだれてひざを突く。
 顔から血の気が引いて顔面が青くなる。魔女にはめられたというのが浮き彫りになり、魔女もそれを隠しはしない。彼女が逃げる道というものはどこにもなく、もう誰も助けてくれないという事実がガラスの靴と共に残った。
 完全な絶望感を抱いたまま彼女の顔から搾り取るように二筋の涙が流れていった。抜け殻のような彼女の姿は悲惨という言葉がぴったりと当てはまっていた。魔女はその姿を待っていたかのように微笑む。ずれた眼鏡の位置を直すと高らかと宣言した。

「まぁこっちも悪魔ではないわ。魔女なだけ」

 魔女はガラスの靴から手を離すと立ち上がり自分の服をぽんぽんとはたいた。宙に一瞬浮んだガラスの靴はそのまま床に叩きつけられる。彼女がどんなに力を込めても割れなかったそれが簡単にばらばらになり床に散らばっている。
 微妙に曲がる口の隙間から白い歯がちらつく。そしてくすくすとおかしさをかみ殺していた。笑うのをやめないまま人差し指をぴんと立てる。ろくな照明もないその部屋の中で魔女の指先は蛍のような光を宿らせていた。

「取引しましょう。助けてあげる」
「できるの?」
「数千年を生きたあたしには造作のないことよ」

 彼女はごくりと唾を飲み込む。締め付けられているような痛みしか感じなかった。手を差し伸べている魔女の手は救いの手には見えなかった。むしろまた口車に乗せられるのではないかという恐れがあった。
 だけど今はこの場から逃げられたらなんでも良かった。彼女はわらにもすがる思いのまま魔女にしがみつく。二つの目から流れ続ける涙が埃と灰まみれの顔を濡らす。汚れが中途半端に落ちて醜くなることに彼女は気づいていない。かすれる声で魔女に尋ねた。

「代償は……」

 その言葉を待っていたのだろう。にっこりと笑う魔女の両手にはいつの間にかガラスの靴が一組ちょこんと座っている。その笑みは彼女を祝福しているようには見えなかった。床に散らばっている破片の感触がちくちくと足裏を刺激する。粉々になったそれはもう元には戻れないことを暗示しているようだった。



 ろうそくが作るやや頼りない光の下で彼女は分厚い本に目を通していた。大きすぎるめがねの奥にあるのは真剣な彼女の二つの瞳である。フラスコの中でお湯が沸きあがり口から白い煙が立ち込めていた。彼女がぱちんと指を鳴らすとフラスコを炙っていたアルコールランプの炎がふっと消える。
 お湯が煮えたぎる音が部屋の中で響いていたがだんだんとそれが小さくなりあたりは静かになる。彼女がページを捲る音と鼻をすする音がちょっとだけ哀愁を漂わせていた。
 頬杖をついて少し物思いにふける。とはいっても考えることなんてほんの一握りしかなくもうこんな知能遊びをすることも何回目か分からなかった。でも飽きはまだ来ていなかった。
 最近、本当につい最近までこんなことを考える余裕は生まれなかった。それほど今までを捨て、彼女に求められたことは想像を絶する苦行だった。進化の過程を自分だけの身体で実現させられているような無謀さに付き合わされて彼女は生まれ変わったような変貌を遂げていた。これまで何も考えられないくらいにがむしゃらだった。 
 だから少し板がついてきて、心に余裕が生まれてから数百年の間はそれまでの反動が返ってきたかのように暇だった。そして考え込む癖ができていた。それも最近のことではあるが。
 暇つぶし目的でたまに自分がされたことをやってみたりした。結果は何時も同じである。そのたびに彼女は取引を持ち込んでいた。
 別にそういうつもりはなかったけど彼女は自分の仲間を着実に増やしていった。自分と同じ野望を持ち、同じ選択をして、同じ後悔をして、同じ結末を歩む。彼女はそういう人物たちを嘲りはしなかった。でも結果を見るたびにやっぱりと心の中で呟いてしんみりした気持ちは丸一日抜けなくなる。しかし数百年もしたらたまには結果が変わるかもしれない。そんな淡い期待を次の日には抱いていた。まぁガラスの靴を渡せば分かるのだが……。
 ぱたりと本を閉じる。彼女は机の上に置いてある一組のガラスの靴を眺めて魔女らしく微笑んだ。



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「暇つぶし」採点・寸評
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1.文章力
 40点

2.発想力
 75点

3. 推薦度
 65点

4.寸評
 本当は怖いナントカ童話みたいな味わいがあります。
「シンデレラ」のパロディですが、登場人物がリアルでいいですね。特に王子。実際なら、この作品のような行動をとるのではないか、と思いました。
 ただ、文章はイマイチ書き慣れていないように見受けられます。読点をほとんど使っておらず、読んでいて息苦しさを感じるほど。また、誤字脱字や、適切な言葉・表現を使えていない箇所の多さなど、文章面で気になる点が多かったのが残念です。文章が読み難いというのは、読者の物語への没頭を作者自らが邪魔する、ということに他ならないので、もっと気を遣って欲しかったです。
 アイディアは面白いので、人に見られることを意識するといいです。少しだけでいいので上手な他人の文章読んで、そして書いて慣れたら、もっと良くなるのではないかと。

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1.文章力
 50点

2.発想力
 60点

3. 推薦度
 50点

4.寸評
 「くるかくるか」と思って、やや回りくどい表現や長めに感じた文章を耐えて読んでオチを待っていたら「こなかった」というのが率直な感想です。
 他の寸評でも書きましたが、これ系の題材の時はどうせハッピーエンドではないんですから、突き抜けてくれた方がかえって爽快だと思います。普通に、しかも映像がよく浮かんでこずに終わってしまったことが非常に残念です。
 裏をかこうとした発想をやや評価しています。

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1.文章力 40点
2.発想力 60点
3.推薦度 40点
4.寸評
 まず、読んでいると読点が少なすぎて息苦しくなってしまいました。内容については、描写はとてもいいのですが、結局何が言いたいのか、が不明瞭のまま終わってしまった気がします。

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1.文章力 60点
2.発想力 10点
3.推薦度 30点
4.寸評

 文章に関しては、残念だったと言わざるを得ない。
 正直に言えば、ただ言葉選びや文法的なことについてのみに関しては、文句が付けにくいほどよくできていたと言っていい。
 しかし、その評価を真逆に覆せざるを得なくさせているのが読点の圧倒的な少なさだ。
 長い一つの段落、長い文章。読ませる文章力があれば、それらも気にならないのかもしれない。しかしそれは、リズムよく句読点が振られていた場合の話である。この作品を読んでいて感じるのは、物語がどうこうよりもまず息苦しさだ。
 物語に関しては特に語ることもない。シンデレラを元に少し捻ろうとしたのかもしれないが、捻ろうとしたのなら読者に明確な回答を見せるべきだろう。
 思わせぶりな言葉と、謎を秘めたような人物の経緯などを突然語られても、オチとして作者がどう見せたいかが全く分からない。最後の一捻り以外は、本当に特筆することのないただのシンデレラだったのもいただけなかった。
 次は、読点をちゃんと振った文章で、作者オリジナルの話を読んでみたい。

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1.文章力 80
2.発想力 60
3. 推薦度 70
4.寸評
 優れた作品だと思う。どこを見ても、わかりやすい小説。
 「クローゼットの中で彼女はがたがた震えていた」この部分が特に好きで、裏切りが気持ちよかった。
 数箇所「あれ」と思う文章はある。しかし、それだけだ。

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各平均点
1.文章力 54点

2.発想力 53点

3. 推薦度 51点

合計平均点 158点
63, 62

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