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偶然と携帯(作:硬質アルマイト)

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 その日、僕は携帯電話を拾った。
塗装は禿げ、携帯からぶら下がる幾つかのストラップの紐はすっかり癖がついて硬くなっていて、まるで携帯自身が「俺、使い込まれてますから」と訴えかけているようだった。
「にしても、こんな場所で……?」
 僕は周囲をキョロキョロと見回してからそう呟く。この場所は人が滅多に通らない寂れた裏路地だ。ちょっとした近道になっていることからよく帰宅時に使っているが今まで人と出会ったことは一度もなかった。
 携帯に対し怪訝な表情を浮かべていると、突然それが振動を始める。
 ブゥゥン……。
 ブゥゥゥン……。
 ブゥゥゥゥゥン……。
 着信、である事は確かであるが、警戒心がそうさせているのか“取る”という考えになかなか至らない。僕は手の中で振動し続けるそれをぼんやりと見つめ続ける。これを落とした持ち主からの発信ではないだろうかという考えに至ったのは、そのバイブが鳴り始めてから数分後であった。
僕はやっと携帯を開いてボタンを押すと、恐る恐るそれを耳に当てた。
『――もしもし』

   ―――――

「……で、今こうしてこの場所で待ってるわけ」
 僕がそう言うと、彼は不機嫌そうにこちらを見つめ、そして静かに問いかける。
「なんで俺も一緒に?」
 僕は携帯を机の上でくるくると弄びながらすぐ傍で見つけたいつも帰宅を共にする友人―了―と喫茶店の紅茶を飲む。向かいに座っている彼は仏頂面を浮かべ頬杖をついてそっぽを向いている。
「でさ、この携帯の持ち主がどんな奴かをちょっと想像してみたわけよ」
 俺が元気よく言ってみると、彼はどうやらその言葉に興味を示したようで、頬杖をつくのをやめる。
「へぇ、どんなさ?」
 僕は胸を躍らせながら携帯をさらに弄ぶ。
「実はこの携帯を落とした奴は、殺人犯じゃないかとかね」
「どこからそんな想像が生まれるんだい?」
 了は苦笑しながら目の前のコーヒーを手に取り、口に流し込む。
「駅の近くで持ち主は殺人を犯した。理由は金目的とかそんなの。ここら辺を良く通る金持ちに狙いを定めていたとか」
 苦笑しつつも僕の話題に興味を持ってくれている友人に感謝しつつ、僕は更に想像を膨らませる。

 殺害をして金品を手にした犯人はすぐさまに逃亡を開始する。犯人はそれからすぐさまに逃亡を開始した。おそらく誰も使っていない場所をあらかじめ探しておいたんだ。
 更に誰か計画をした仲間と落ち合う約束も付けておき、連絡を入れる為に携帯を取り出す。そして連絡するわけだ。
『金目の物は手に入れた』
 そしてその携帯をポケットに入れたつもりだったが、その時かなり焦っていたのかポケットには入らず、そのまま携帯は地面へと転がり落ちてしまった。犯人はそれに全く気づかずに仲間と合流し、そしてそこでやっと携帯を落とした事に気づく。
 気が動転した周囲は思わずその携帯に電話をかけてしまう。いや、別にそれで回収ができれば問題はないから特に重大なミスはしていない。
 そしてそれをいつもあの場所を通っている僕が見つけてしまい、そして電話に出る。
 そして今に至ると……。

「――どうかな!?」
「零点」
 ここに来るまでの間に胸をときめかせながら考えてきた妄想についてしまった非情の点数に僕は愕然とし、思わず机に突っ伏してしまった。
「全部偶然が重ならないと起きそうにないし、推理としては成り立ってないよ」
「そうか、残念」
「一つ見逃している部分がある事に気づいてすらいないんだからね。なってない」
 ボソリと了の言った言葉に僕は反応し、ん、と紅茶を飲みながら目で問いかける。
「っと、なんかニュースやってる」
 了は視線を僕から右側にあるテレビへと向ける。それに誘導されるように僕もテレビへと視線を移した。

――二月十六日○時○○分、○県○市○町の某所にて殺害された男性が発見されました。調べによると金品が全て抜き取られていることから金銭目的の犯行だと……。

 衝撃が走った。
 何故ならば、今の事件の場所は、僕らが今いる場所の近辺であるからだ。
「ぐ、偶然ってあるもんだね」
「そうだね、本当に偶然というのは面白いね」
 その時の了の声が何故だかとても冷たいものだと感じたのは、気のせいだろうか。
僕はゆっくりと彼へと視線を戻す。
「一つ忘れてる事があるじゃないか」
「……え?」
 了はコーヒーを一口飲んでからカチン、と音を立てて陶器製のティーカップを置く。
「俺は、お前と“いつも一緒に”帰ってるんだぞ?」
 その一言で、彼が何を言わんとしているのか、理解した。

――おそらく誰も使っていない場所をあらかじめ探しておいたんだ。

 誰もほとんど誰も使っていない場所をどうやって見つけられたか。それはつまり自分がいつも通っていてそこが“僕ら二人”以外滅多に通らないと知っているからだ。
「いやぁ、偶然って本当にあるものだね」
「……」
その時やっと僕は、背後の違和感を感じ取る事が出来た。この吐き気のするようなねっとりとした空気は一体なんだろうか……。
 やばい。確実にやばい。
 どうにかして逃げなくては。いや、背後にいるという事はつまり後方でこの気味の悪い雰囲気を放っている奴は既に僕を捕らえる用意はできているという事だ。
――駄目だ、もう駄目だ。
 僕は死を覚悟し、恐怖に心臓を高鳴らせ、白黒と揺れる視界の中で必死に了を見つめる。
 電流の流れる静寂が、周囲を支配する。
 ……。
 ……。
「……なんてね」
 その静寂を了は破ったかと思うと、大声で笑い出す。僕は怪訝な表情で彼をじっと見つめる。
「そんな偶然あるわけがないだろう? 携帯を落としたのは俺の友達」
 そう言って了は僕の背後を指差す。
 首を捻ってみるとそこに笑みを浮かべた男性が座り、こちらに手で挨拶をしてきた。戸惑いながらも僕はそれに同じく手で返答する。
「いや、なんか不思議な妄想話を始めたからさ、俺もちょっとそれに乗ってみようと思ったんだよ」
「そ、そうなのか?」
 了は頷く。
「途中で携帯落とした友人は来てたんだけど、お前が馬鹿みたいに話に熱中してたから待たしてたのさ」
 そこまで聞いてやっと僕は深く息を吐いた。良かった。
「それにしても良いタイミングでニュースも流れたな」
「本当に偶然ってのは面白いもんだよ」
 ああ、そう言う意味での偶然を示していたのか、と僕は完全に緊張を解いた。
「とりあえずそいつが、携帯拾ってくれた礼をしておきたいらしいんだよ」
 僕が再び後方に振りかえると、了の友人という彼は頷き「迷惑かい?」と笑いながらこちらに向けて言った。
「いや、とんでもない。ありがたく受け取らせてもらいますよ」
「がめついな本当にお前は」
 笑い合いながら僕らは外に出て、そして友人がよく行くお勧めの料理があるというレストランへと案内されることとなった。

 ただ、ただ一つだけ気がかりなことがあった。
 あの背中に感じた異様な感覚はなんだったのだろうか。了の友人が途中で入ってきたとして、中途半端に聞いた話であんな気味の悪いアドリブを入れる事は出来ない筈だ。
 三人で並んで歩く中で、僕は思考を巡らせるが、暫くして、その考えを脳内から抹消した。
――いや、まあ気のせいという事にしておこう。
 僕の推理は全て間違っていた。これも気のせいだったのだろう。
 どうやら僕は変に影響されてしまう人間のようだと苦笑し、そして頭をぶんぶんと左右に振った後二人の会話に混ざったのであった。

   ―――――

――二月十七日未明、○県○市○町の裏路地にて……。



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「偶然と携帯」採点・寸評
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1.文章力
 60点

2.発想力
 70点

3. 推薦度
 65点

4.寸評
 基本的にはきちんと仕上がっている話です。
 ただ、同一段落内で同じ言葉を繰り返し使う等、文章の所々に粗が見受けられます。致命的なほどではないのですが、違和感を感じさせることにより、読者を作品世界に没頭させることを邪魔しています。見直せば修正出来たと思うので、もったいないところです。

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1.文章力
 100点

2.発想力
 90点

3. 推薦度
 100点

4.寸評
 良い作品を読ませて頂きました。文章、構成、オチ、どれも素晴らしい。発想の点だけはさすがに「妖精の名」に分がありましたが、その他の点では個人的には互角です。
 読んでいて展開は先に分かりましたが、それでも引き込んでいく流れは見事と言いたい。この作品と出会えたことに感謝です。

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1.文章力 70点
2.発想力 50点
3.推薦度 60点
4.寸評
 ここまで主人公が感づいているのに、何も起こらないまま終わってしまうのは非常にモヤモヤします。というよりも、そうであるならば、何かしら起こるであろう、という想像を悪い意味で裏切られました。
 それを除けば、特に問題なく読めました。個人的にはこの作者様なら、もう少し猟奇的な、はっちゃけた作品を書けるのでは? と思います。

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1.文章力 80点
2.発想力 50点
3.推薦度 70点
4.寸評

 ショートショートのお手本のような構成で、起承転結もきっちりできているし、文章もしっかりできていると思った。
 しかし、オチが弱い。展開的にありきたりになってしまうものを、ひねりを加えようとしているのも分かるのだが、それでも「あーやっぱりこういうのか」と感じてしまったのは否めない。
 こういう現代のサスペンス的なもので、特に超常現象の類が混じらない話なのに、最後に主人公が感じた違和感は背後からの気配のようなもの、というよく分らないものだったのも残念だった。

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1.文章力 50
2.発想力 40
3. 推薦度 50
4.寸評
 まとまった感が気持ちいい。
 ほとんど無駄を作っていないところが良いですね。
 他にも何作かお願いしたい。

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1.文章力 (60)

2.発想力 (60)

3. 推薦度 (50)

4.寸評 
落とした携帯から殺人事件を連想する、発想の突飛さはまだ“アリ”だとしても、その後のオチが納得いきません。オチを決めて書いたようですが、多少強引な展開だと感じてしまいます。

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各平均点
1.文章力 72点

2.発想力 60点

3. 推薦度 69点

合計平均点 201点
65, 64

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