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楽園へ(作:山田一人)

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 一通のメールが届いた。
 件名には「当選おめでとうございます」と書いてある。
 懸賞か何かに応募したのだろうか。記憶を掘り返してみるが思い出せない。とりあえず内容を見れば分かるかもしれない。マウスを動かし、メールを開く。
 まことに信じがたい文章が、俺の目に飛び込んできた。

 『二次元の世界へ移住できる権利が当選しました』

 なんと。長年憧れ続けてきた二次元の世界に俺は行くことができるらしい。そんな馬鹿な。いい年して仕事もせず、引きこもって卑猥なゲームばかりしている俺への嫌味か。
 などと思いつつもメールに記された文章を全てと読んでいる俺は本物の馬鹿らしい。心のどこかで信じている部分があるのだろう。俺のような社会のゴミにとって、二次元とは天国にも似た存在なのである。
 メールを読み終わって思い出した。半年ほど前、同じ送り主から「二次元の世界に興味はありますか?」という件名のメールが来たのだ。××機関は長い研究の末、二次元の世界へと移動する技術を手に入れました。なので実際に二次元に行ってもらうモニターさんを募集しています。要約するとこんな内容のメールだった。
 その時はただの悪戯メールだと思っていたのだが、減るもんじゃないしと返信していたのだ。そしてこの度、俺はモニターに選ばれてしまった。
 果たして本当なのか。メールには一つのURLとシリアルナンバーが書かれている。リンク先のサイトでこのナンバーを入力しろとのことらしい。嘘か真か、実際に指示に従えば分かるはずだ。
 マウスを動かしURLをクリック。少しして真っ白なページが開かれた。中央に文字を入力する場所がある。その下にシリアルナンバーを入力してくださいの文字。簡素なものだ。
 指示通り、ナンバーを入力。エンターキーを押す。ページが変わる。真っ白な背景に黒い文字が書かれていた。またもや簡素なページだ。
 そこにはこのように書いてあった。
『当選おめでとうございます。只今より、貴方には次元間移動装置のモニターになっていただきます。現在移動可能な次元は二次元のみです。他の次元には移動できません。
 また、一度二次元に移動すると、こちらの次元に戻れなくなる可能性もあります。
 家族や恋人、友人との別れはいいですか? 永遠に会えなくなるかもしれません。それでも出発する覚悟はありますか?
 あるであれば、出発の文字をクリックしてください』
 次元間移動装置というのか。なんと画期的な装置なんだろう。ワンクリックでめでたく俺は二次元の世界の住人だ。そんな馬鹿な。
 などと思いつつも俺の手はマウスを動かし、カーソルは出発の文字の上に重なっていた。やっぱり心のどこかで信じている、いや、望んでいるのだ。二次元の世界に行くことを。
 何度も妄想した。大好きなアニメやエロゲの世界に住む自分を。主人公となり可愛い女の子と仲良く暮らす生活を。そこには俺を疎ましく思う親も、厳しい現実もない。至高の楽園だ。
 家族や恋人、友人との別れはいいですかだと? 親はすねをかじって我が家の評判を下げる俺がいなくなれば間違いなく喜ぶだろう。恋人? 友人? そんなものいない。彼女いない歴=年齢の童貞であり、小学生の頃から一人ぼっちだったのだ。
 失う物は何もない。覚悟も糞もないんだ。モニターに俺を選んで正解だったな。こっちに戻れなくなっても俺は何一つ文句を言わないぜ。自ら永住してやるのさ。
 なるようになれ。俺は人差し指に力を込める。ディスプレイから放たれる白光。目が眩む。何も見えない。視覚から始まり、五感が無くなっていく。あるのは意識だけ。そしてその意識も薄れていき、そして――――


 カンカン、とうるさい音で俺は目を覚ます。まるでおたまでフライパンを叩いているような音だ。やかましいったらありゃしない。
「だあああああああうるせええええええええええええええ!」
 思わずそう叫びながら身体を起こす。普段大声を出すような性格ではないはずだが、あくまで自然に、俺はその一連の動作を行った。
「ほら、朝だよ朝。タケルの分もご飯出来てるから、早く準備して下に降りてきなよ」
 可愛らしい女の子の声。どこかで聴いたことがあるような、芝居がかっている声が耳に入る。声の方に振り向くと、そこにはセーラー服を着たロングヘアーの少女が、想像したとおりおたまとフライパンを持って立っていた。
 俺はこの少女を知っている。いや、知り尽くしている。何故なら彼女は俺の脳内で嫁と認定されているのだから。お気に入りの名作エロゲ『星空のような君へ』のヒロイン、春日井宮子が俺の目の前で立っているのだ。
 そしてこのシチュエーションは、ゲームの冒頭シーンそのものなのである。両親不在の主人公タケルのもとに、幼馴染でお隣さんの宮子が朝ごはんを作りに来てくれているというベタなシーンである。
 つまり俺は見事二次元の世界、それもお気に入りエロゲの世界に無事移動し、さらに主人公という一番おいしいポジションを手に入れたということになるのだ。俺は今すぐにでも宮子に抱きつきたい衝動に駆られる。だが、
「ああ、すぐ着替えるから」
 などと、シナリオ通りのセリフをクールに吐いて俺は起き上がった。頭の中でどんな行動をし、セリフを言えばいいのかが理解できる。俺はこの世界では役者なのだ。
 若干思い通りにならないことに不快感を覚えたが、贅沢は言っていられないのだ。シナリオ通りに進めば夢のような生活が送れるのだから。
 恐らく今はゲームでいうと画面が暗転している場面だろう。俺は急いで制服に着替えると、一階へと降りていった。
「あ、やっときた。これでいただきますできるね」
 宮子は俺が来るまで食べるのを待っていたらしい。なんとも愛らしい娘である。さすがは俺の嫁。
「悪い悪い。んーっ」
 頭の中でシナリオを確認。椅子に座る前に軽く伸びをする。すると天井に何がの画面のようなものが映っていた。その中にはこちらを覗き込む男の顔が見える。にきびだらけで髪の毛はぼさぼさだ。
 ここはゲームの世界なのだ。つまりこの世界を覗き込んでいる彼は現在進行形でこのゲームをプレイしているのだろう。

『ベタベタな序盤だな。本当に面白いのかなこれ』

 男は偉そうな口調で呟く。ベタなところがいいんだろうが。
 天使のようなヒロインに味のあるサブキャラ。そして感動のヒューマンドラマ。『星空のような君へ』は名作なんだ。覚えとけ糞野郎。心の中で悪態をつく。
 おっと、シナリオに支障をきたさないためにも早く飯を食べよう。大好きな宮子の手作りなんだからな。
 俺はシナリオ通り朝食を食べ(すっげえ美味しかった。さすが俺の嫁)、二人で学校へと向かった。


 ここからは全てが順調だった。俺は素晴らしい女の子や友人たちと三次元では楽しめなかった青春を謳歌している。ビバエロゲ! ビバ二次元!
 物語も順調に進み、共通ルートに終わりが見えてきた。すなわちこれからはヒロインの一人との恋愛が始まるのだ。
 プレイヤーの男の選択によってルートは変わる。今回は部活の先輩である柚木綾乃ルートに突入した。宮子は物語の中でも一番重要な役割を持つヒロインのため、攻略順は最後に固定されている。
 なんだか浮気しているような気がして軽い罪悪感にさいなまれる。だが綾乃先輩も十分可愛い。彼女との熱い恋を楽しもうじゃあないか。
 話は進む。そしてとうとう待ちわびた瞬間がやってきたのだ。エロゲとギャルゲ、その他ノベルゲーとの違いは何か。Hシーンがあるかないかである。
 とうとう綾乃先輩とのHシーンだ。童貞は宮子に捧げると誓った俺だがこればかりはしょうがない。三次元では完全に諦めていた童貞卒業ができるのだから文句は言えない。
「ねぇ……私を貰ってくれる?」
 綾乃先輩は俺の頭に手を回すと上目遣いでこちらを見つめてくる。普段の強気な態度とのギャップがたまらない。
「俺……先輩が欲しいよ」
「いいよタケル。全部あげる。唇も胸も、何もかも」
 さあ来たぜ! 俺は綾乃先輩を抱きしめると優しくキスをする。何度も唇で触れ合っていると、綾乃先輩から舌を入れてくる。俺は迷わずそれを受け止め、逆に俺の舌を先輩の口内に滑り込ませる。た、たまんねぇ……
 ベッドに先輩を押し倒す。制服に手をかける。さあ、画面越しに何度も見た身体。今度は生で見せてくれ。
 俺はてこずりながらも(演技である)服を脱がしていく。後は下着だけだ。ブラジャーのホックに手をかけ――

『泣きゲーにHシーンはいらね』

 プレイヤーの男がそう呟くと同時に、時間が加速する。自分が何をしているのか認識できないほどの速度。しかし俺たちキャラクターは確実にシナリオ通りの行動をしていることだけは分かる。
 まさかスキップ機能か……
 気付いた時にはすでにシーンが変わっていて、次の日になっていた。綾乃先輩とベッドで寝ている俺。
「おはよっ、タケル」
 先輩は俺を上から覗き込むようにして話しかけてきた。
「私たち……とうとうしちゃったんだね」
 頬を赤らめながら先輩は言う。どうやら事後らしい。俺はめでたく童貞卒業したようだ。だがその時のことがほとんど記憶に残っていない。速過ぎて記憶にすら残らなかったのである。
「愛してるよ先輩」
 優しく微笑みながら愛を囁く。だが心の中では呪詛の言葉を男に向かって吐き散らしていた。Hシーンがあるからエロゲなんだろうが。何が泣きゲーにエロはいらないだ。玄人きどりかこの野郎!
 だが俺から男に干渉することはできない。大人しくシナリオ通りに生活することにする。チャンスはまだあるのだ。


 それから綾乃先輩ルートのHシーンは全て飛ばされ、エンディングを迎えた。
 その後、先輩ルートの他にもクラスの委員長や宮子の妹のルート、担任の先生ルートをそれぞれクリアしたが、プレイヤーの男はことごとくHシーンを飛ばした。
 そして最後のシナリオ、宮子ルート。他のルート以上の盛り上がり、感動、残された伏線の華麗な回収、このゲームを名作たらしめる至高のシナリオである。
 きっとこのルートでなら、Hシーンを見てくれるはずだ。このゲームをプレイしたほとんどの人はHシーン前のイベントで宮子が大好きになる。たとえ他のヒロインが好きだったとしてもだ。
 もしこのプレイヤーの男も宮子に惚れれば、きっとスキップせずにHシーンを見てくれる。俺はそう信じる。愛する宮子と一つになる最後のチャンスだから。
 

 シナリオは進む。とうとうHシーン前のイベントに突入した。俺がこのゲームの中で一番好きなイベントである。きっと男も感動するに違いない。
 俺は魂を込めて演じる。俺はタケルだ。宮子の彼氏なんだ!
 紆余曲折あり、とうとう俺と宮子は結ばれた。降りしきる雨の中、二人で抱き合い、キスをする。感慨深かった。愛する人とやっと結ばれたのだ。叶うはずの無い夢が叶ったのだ。
 場面が変わる。次はとうとう自宅でのHシーンである。俺は上を向いて男の様子を伺った。どうだ、涙が止まらないだろう。

『こんなもんか』

 男は心底退屈そうな顔をしていた。理解ができない。あのイベントを見てお前は何も感じなかったのか。それでも人の子か。
 堪忍袋の緒とやらが切れそうだが堪える。宮子の前でみっともない姿は見せられない。さあ、一つになる時間だよ宮子。
 俺が彼女の身体に触れた瞬間、世界が加速した。ちくしょう、スキップ機能である。俺の望みは消えうせた。このシーンを飛ばすということは後のHシーンも恐らく見ないだろう。
 鬱々とした気持ちになりながらシナリオを最後まで演じる。そしてとうとうエンディングを迎える。誰もが幸せになれる、最高のハッピーエンドだ。恐らく他のキャラクターたちは心から笑っている。だが俺だけは上辺だけの笑顔を作っている。
 ここで皆とお別れなのだろうか。この先はどうなるのか。俺には分からない。
 今までは各ヒロインのエンディングの後、世界が暗転し、五感が消えて意識だけになった。そしてプレイヤーの男がセーブポイントから再開した瞬間から世界は元に戻り、五感も戻った。

『つまんなかったなこれ。過大評価されすぎ』

 エンディングの曲を聞きながら、男は言う。ふざけんな。

『もう二度とやることもないな』

 男の手が動いているのが分かる。ゲームを終了を選択。
「まったねー!」
 宮子のボイスとともに世界が暗転。俺は五感を失い意識だけになる。
 他のキャラクターの存在も認識できない。世界で俺一人だけ。そんな感覚だ。
 きっとゲームが起動されない限り、ずっとこのままなのだろう。そして男の様子からその可能性がないのは明白だ。もしかしたらゲームデータをアンインストールするかもしれない。
 そうなったら俺はどうなるのだろう。データといっしょに存在を消されるのだろうか。
 つまり――死。ゲームのプレイ時間はせいぜい二、三十時間ほどである。俺の二次元での人生はこんなものなのか。
 悔しさや悲しさがごちゃぐちゃになって頭を埋め尽くす。誰も助けてくれない。誰も慰めてくれない。
 気が狂いそうな状態で、俺は存在が消されるのを待つだけとなった。



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「楽園へ」採点・寸評
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1.文章力
 70点

2.発想力
 75点

3. 推薦度
 90点

4.寸評
 理想の世界にも現実は存在する。そんな話です。
 二次元の世界に入りたいと思う方は、きっと大勢いるでしょう。そんな願いが見事叶い、焦がれ続けた二次元世界に入り込んだ主人公。しかし、"そこにも"非情な現実はあり――
 都合の良い話は、そんなにないのです。ただ、この主人公は後悔はしていないのでは、と思うのは筆者だけでしょうか。

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1.文章力
 80点

2.発想力
 80点

3. 推薦度
 60点

4.寸評
 文章は読みやすいもので、○○ゲーを知らない人でも理解できる親切さがあります。
 発想も良いです。ただこの設定だともう一・二歩突っ込めたと思うので、やや残念感もありマイナスです。推薦度も同様。
 一番期待していた「最後どうなるのかな」という部分が急いで終わってしまったので、個人的には設定を活かしきってほしいと望みます。

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1.文章力 60点
2.発想力 90点
3.推薦度 70点
4.寸評
 ××機関、酷いところですね(笑)
 ストーリーはオチが簡単に読めてしまい、意外性に欠けるのですが、その分を全体の発想でカバーしていますね。

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1.文章力 50点
2.発想力 10点
3.推薦度 30点
4.寸評

「え、これで終わり?」というのが、読み終わってからリアルに口から出た感想だった。
 二次元へ入るという題材自体は既にありふれているもので、オチも何パターンかあるとはいっても定型化されている、少し考えれば読めてしまうものばかりだ。だから、どこかに目新しさを感じさせるものを配置するのが面白くさせる必須条件だと思うのだが、この話はそれがないばかりかオチすらなかった。
 そもそも、こういった「何の努力もしてない主人公に突然うまい話が転がり込んでくる」タイプの話は、それだけで主人公が何らかの損を被るオチだという考えがついてしまい(そうでない場合もあるが)、読者はあらかじめ身構えてしまう。だからこそオチをうまく隠す展開が必要なのだが、「戻れなくなる可能性がある」などとわざわざ明記させるのは、戻れないオチだと説明しているようなものだ。ただ事前情報どおりになっただけの結末では、読者に驚きや感動は全く発生しない。
 しかも、この主人公はその結末を半ば受け入れているフシすらあり、終わり方があまりにもあっさりしている。起承転結の転がないまま終わってしまったような感じで、後を引かない形になってしまっている。
 もっと起伏を意識した物語作りをして欲しいと感じた。

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「楽園へ」
1.文章力 40
2.発想力 40
3. 推薦度 40
4.寸評
 プレイヤーの存在がいいですね。理不尽物になるだろうとは思っていましたが、この冷めた視点の介入は紛れもなくそれです。ただ入り込み難かったかな。残虐性が足りないとも感じました。

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各平均点
1.文章力 60点

2.発想力 59点

3. 推薦度 58点

合計平均点 177点
87, 86

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