「予感の家」(作:瑚逆 哲)
ある暑い夏の日。
スタスタと道を進んでいた俺は、ふとその足を止めたのだった。
この急激に沸き起こった感情、確信に満ちた予感とでもいうべきものは何だろう。一体、どうした事だというのだろう。
俺の妻となるべき女が、この近くに居る。
――所謂、『運命の人』という奴か? バカバカしい。少女マンガじゃあるまいし。俺様は今まで、占いも予言の類いもまるで信じないリアリストとして生きてきたんじゃあなかったのか?
しかしその思いとは裏腹に、俺の首は慌ただしく左右を往復し、視線はくまなく周囲をサーチしていた。
あの家だ。
切り立った崖に沿うようにして、それは建っていた。
いい匂いがする。きっと開いた窓の向こうでは、決して美人ではないものの俺の個人的好みにジャストミートの女が、エプロン姿で食事を準備しているのに違いない。
俺は引き寄せられるように、赤い屋根の家へと近づいていった。
頭の中は既に女の事でいっぱいだったが、わずかに残った常識が警告する。最短距離で花壇から突っ込んで行っては、ただの不法侵入だ。ちゃんと正面から紳士的に訪ねろ、と。それらしい訪問理由を語れるほどの理性が自分に残っているのか不安だったが、都合のよい事にこの陽気のせいか窓と同様、玄関のドアも開け放たれている。
思い切って中へ踏み込んだ俺は、雷に身体を撃たれたかのように、その場で釘付けになってしまった。
「……やっと、来てくれたのね。あなた」
未来の妻が、ニッコリと微笑んでいる。
やはり俺への神託は正しかった。いつか夢に見た事すらある気のする、清楚な黒髪姿。優しく響く声。可愛い。可愛すぎる。これといった調度もない廊下だったが、彼女が立っているというそれだけで、世界が輝いて見えた。
そしてただの勘でここへやってきた男を、その台詞は受け容れているではないか。どうしてこんな奇跡が起こったのか、現実的な解決がこの先に待っているとは思えなかったが、そんな事は最早どうでもよかった。
「け、け、結婚してくれ!!」
あまりの感動のせいか足が動かず、とにかく力の限り、俺は叫んだ。
彼女は間違いなく、従順にコックリと頷くつもりだった筈。だが、ここで邪魔が入った。
「ちょっと待ちな! その女は俺のもんだ」
振り返ると、いつの間にかもう一人の男が家へ入り込んでいる。少しは体格がいいようだが、お前などお呼びではない。邪魔をするな!
「……やっと、来てくれたのね。あなたも」
俺は耳を疑った。黒髪の君は、後からやって来た奴の方にまで、全く同じ微笑みをくれたのだ。
何てことだ。運命ではなかったのか? こいつは、男なら誰でもいい尻軽だったのか?
いや、それなら奪えばいいだけのこと。茹だった頭の中で結論を出し、唾を飛ばして挑発した。
「てめぇ、表に出ろ! 勝負しろや!」
「何だと? あぁ上等だ! ブッ殺してやる」
「あらあら」――おい女、何がアラアラなのか。まるで滅茶苦茶な性格だが、滅茶苦茶可愛いから許す。
男二人は喧嘩を始めるため、一度この家を後にしようとした。
ところが、何故か外へ出られない。
「なんだこりゃ? ドアは開いてるのに……」
「何やってんだ、引っ張るなよ」
「んな事してねぇよ」
俺達は小競り合いをしながら玄関でジタバタともがく。しかしどうしても脱出できない。透明な壁でもあるのか? またしても、理屈で説明できない出来事が起こってしまった。女の方はそれを見ても、ただ白痴的にニコニコして奥に立っているだけ。
もう、おかしくなってしまいそうだ。せめて男女二人きりのままなら、SFよろしく狭い空間へ閉じこめられたって構わないというのに、邪魔者が加わってみるとなんて忌々しい状況だ。
SF? そういえばこの家に入った瞬間から、意識がぼんやりとしている。落ち着いて考えろ。記憶喪失にでもなっていないか? いや、俺には小黒内という立派な名前がある事も忘れちゃいない。充分正常じゃないか。
それなら、一体何が起こってるんだ。もし神がいるのなら、教えてくれ!
すると、その呼び掛けに応えるかのように、遥か上、天から声が降ってきた。
「あっ、かかってるかかってる。ゴキブリホイホイに三匹」
予感の家(作:瑚逆 哲)
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「予感の家」採点・寸評
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1.文章力
60点
2.発想力
70点
3. 推薦度
50点
4.寸評
ちょっと惜しい。
オチを生かすような文章になっていれば良かったのにな、と思ってしまいました。読み返してみて「ああ、なるほどね」とオチまで至る過程に納得がいくようでないと、とってつけた感が強くなってしまうんですね。この作品にはそれを感じました。
手っ取り早く面白くするには、オチを強烈にするのが一番なのかもしれませんが、もうちょっと凝ってみて欲しかったかな。
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1.文章力
60点
2.発想力
70点
3. 推薦度
70点
4.寸評
ショートショートの典型のような発想です。何となく流れるように読めてしまったので、ひねりあるオチでしたが驚きはしませんでした。
文章は主人公の余計な語りが多く微妙に情景が分かりづらかったです。もう少し客観的な要素や建物の様子が分かる文章、二人目の男の容姿や性格など、世界観が分かる文章があればより面白くなったと思います。
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1.文章力 60点
2.発想力 60点
3.推薦度 40点
4.寸評
ゴキブリの擬人化というのは面白い発想ですが、オチを言いたいがために作ったような作品に思えました。もうちょっと設定を練って欲しかったです。これでは完璧に人の思考であり、描写や心理、台詞も首を傾げてしまう所がありました。
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1.文章力 50点
2.発想力 65点
3.推薦度 55点
4.寸評
私はこのオチに使われているモノの生態に詳しくないのだが、結局女の態度が何故ああいったものだったのかの説明が無いのが気にかかった。
作中では三人(敢えてこう表記するが)いるという発言がある通り、意識がぼんやりするなどという男側の描写はあるにせよ、女が幻覚などではないことが分かる。
ならばなぜ、二人の男に両方ともウェルカムな状態だったのか。作中でも男が疑問として投げかけている以上、ちゃんと説明して欲しかった。
またオチを隠すためとはいえ、エプロン姿で~や、黒髪の君など、オチと矛盾する描写を入れるのはどうだろうか。主人公の男が自分の姿をどう認識しているのかが定かではないが、そこを明確に示す描写も無い。これでは読み返した際に、破綻していると思われても仕方が無いだろう。
どうにもオチに合わせて本文を書いたような感じで、起承転結はできているのだが、あくまでテンプレ通りのショートショートという印象でしかなかった。前述した疑問を除けばまとまってはいるものの、もう一つパンチを効かせたものが欲しかった。
最後に、小黒内は明らかに蛇足だろう。途中でのネタバレだし、何よりつまらない。
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1.文章力 30
2.発想力 30
3. 推薦度 30
4.寸評
多少、乱れはありますが、文章のスピーディーさが心地よく、楽しんで読むことが出来ました。
欠点はそこから来る軽さだと思います。描写や説明が色々な箇所から抜け落ちているという印象で、納得までには行き着けませんでした。
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各平均点
1.文章力 52点
2.発想力 59点
3. 推薦度 49点
合計平均点 160点