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第六話「一回戦第二試合 捨て牌を丁寧に並べたいのに並べられない池上」

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 池上は捨て牌を丁寧に並べるという簡単なことすら出来ないでいた。
 卓が揺れ、牌が踊る。
 ポン、チー、カン、ロンの発声は「ヴォーン!」「ヅィー!」「ガァーン!」「ウオオオオォー!」と叫ばれている。
 池上の対面には、一頭のパンダがいた。
 池上の上家には、一頭のパンダがいた。
 池上の下家には、一頭のパンダがいた。
 三頭のパンダに囲まれた池上は自分もパンダになった気がして何度も手を見るが、そこに肉球はない。捨て牌を並べ直しても並べ直しても、パンダ達の豪腕に崩されてしまう。池上は幼い頃に親に連れられていった動物園の情景を思い出す。そこには麻雀を打つパンダなんていなかったのに。

一回戦第二試合

トントン(熊本県代表)
カンカン(富山県代表)
ランラン(大阪府代表)
捨て牌の並べ方が丁寧な池上(茨城県代表)



13, 12

  

(挿絵:しう先生)

 見た目は可愛らしいが獣である。大会本部の計らいにより、いつでも撃てるように麻酔銃を持った黒服たちが対局者たちに狙いをつけていた。
(俺にも銃口向いてるよな?)と池上は心中で思う。
(いや、俺だって暴れることがあるかもしれないもんな)
 繊細な精神と礼儀正しい麻雀打ちで有名な自分が対局中に暴れ出すなんてことは、普段ならば絶対に考えないことだが、麻雀を打つパンダ三頭を目の前にした池上の頭からはもはや常識という言葉は消え失せていた。
 彼は相手の捨て牌の並べ方から、テンパイの気配、待ち牌、オリを決めた瞬間などを見抜くことが出来る、一級の観察眼を持っていた。その自分の能力を誇り、また恐れていたからこそ、自らの捨て牌を丁寧に並べすぎる神経質なところがあったのだが、そんなことを言ってられる事態ではなくなるところが、やはり全国大会本戦の重みである。

 パンダが麻雀を打つ、一見荒唐無稽な話に思えるかもしれないが、ありえない話ではない。生物は生きる上で様々な本能に支配されている。食べる、寝る、性交する、だけに限らず、歩く、飛ぶ、舐める、働く、考える、あげていけばキリがない。通常通りに育てられたパンダが麻雀を打つようになることはまずない。しかし、パンダが本来なら持っているはずの可愛らしさを犠牲にし、生まれた時から麻雀のみを仕込み続ければ、不可能な話ではなくなる。幸いにも麻雀のソーズ牌は竹でデザインされているので、パンダとの相性も良い。一文字ずつ文字が印刷された紙切れをチンパンジーに与えれば、気の遠くなる無限に近い時間をかけた上で、偶然聖書と同じ文章が組み合わされる可能性がある、という有名な話よりはずっと現実的なことなのだ。

 ただ乱暴に対局者を食い殺しているだけでは地区予選は勝ち上がれない。パンダたちは高度な打ち回しは出来ないものの、本来の力を発揮出来ないで苦戦する池上を尻目に各々の得意技を生かして戦っていた。トントンが東場の親で連チャンを重ねれば、カンカンがカンを繰り返してドラを大量に手に入れる。ランランはまるで作り物のようなきらきら光る目を輝かせ、楽しそうに対局を見守っている。他の二頭と違いどこか人間味さえ感じられるランランの背中には真っ直ぐに一本の線が走っていた。

南場二局(親・トントン)
トントン 25800
カンカン 21200
ランラン 32000
捨て牌の並べ方が丁寧な池上 21000


「ヴォーーォン!!!」トントンが勢いよく牌を倒すと卓上の牌が全て吹っ飛び、池上のメガネを割った。黒服の男たちがすぐに駆けつけてきて、録画していた映像から牌を再構築し、トントンのロンがチョンボでないことを証明する。リーチタンヤオ三色ドラ1、12000点分の点棒がランランの手からトントンの肉球に差し込まれる。

 その瞬間、池上はこの対戦が始まって以来初めて人間の声を聞いた。
「さすが熊の本場出身であってやりおるな。いや、パンダそのものが麻雀の本場中国の動物だったか。そろそろふざけて打ってられんようなってきたな」
 ランランの皮が内側から剥がれていく――いや、それはパンダではなく、着ぐるみだった。中から現われた汗だくの中年男性は、昨年将棋の大会と間違えての参加ながら決勝戦まで勝ち上がった「銀が爆笑してやがる」のフレーズでお馴染みの浪速の快男児、田坂金幸(たさかきんさち)であった。
 
 呆気に取られて声も出ない池上に田坂は語りかける。
「信じられへんって顔してるがな、常識的に考えてみろ、対局者の四人のうち三頭がパンダなんて偶然があるわけないやろ。さあ、人間の意地を見せる番や」

 二頭となったパンダたちは最早お互いを牽制する必要もなくなったので、喜んで交尾を始めた。所詮ケダモノである。カンカンの咆哮とトントンのピストン運動で会場全体が揺れる中、田坂は動物愛護精神を見せてパンダたちからはアガらず、一向に捨て牌を丁寧に並べられない池上をカモにし、勝利を収めた。



一回戦第二試合結果

一位 田坂金幸
二位 トントン
三位 カンカン
四位 捨て牌の並べ方が丁寧な池上

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