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第九話「ダブリーダブリン真一郎のささやかな野望」

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前話終了後のお話・静脈先生作
22, 21

  



 敗者復活戦対局室で「人数合わせの伊藤」が「全裸単騎の伊藤」に変貌を遂げつつあった頃、本戦会場では一回戦第三試合が行なわれていた。


 一回戦第三試合 東三局

東家 ダブリーダブリン真一郎(埼玉県代表)
南家 天和しか役と認めない桜木(千葉県代表)
西家 畑中純ちゃん(神奈川県代表)
北家 ソクポンクレス(愛媛県代表)


「ダブルリーチ!」
 また第一巡目で「ダブリーダブリン真一郎」がダブルリーチをかける。「ダブリーダブリン真一郎」がダブルリーチをかけるのは、この対局が始まってから既に三度目である。通常ならばめったに見られないはずのダブルリーチであっても、ダブルリーチの申し子のような「ダブリーダブリン真一郎」がダブルリーチをかける分に対しては最早驚く人もいなくなっている。対局者たちはむしろ冷めた目で、卓に転がされるリーチ棒を眺めていた。

 三度目の流局――ダブリンのツキは続かない。連続で初巡でテンパイする強運を持ちながら、その後一行にアガリ牌をつかめず、他人からも出てこない。だがノーテン罰符を徐々に集めていく彼の狙いは、自身のアガリだけではなかった。
「このままあんたに親が回ることなく誰かが飛べば、俺の勝ちだ」
 一人重厚な椅子を用意させて大物然として下家に居座る「天和しか役と認めない桜木」に向かってダブダブは言う。
「しょぼっ」畑中が思わず失笑する。
「あんたには無理よ。作り物のデブリンちゃん」
「ポン」ソクポンクレスが一発を消す。
「純ちゃんにも今にわかるさ。こいつなんかより俺の方がずっといい男だってことが」
 桜木は天和の機会がない時はつまらなそうに、ただ振り込まないだけの麻雀を打っている。
「だから俺がこの勝負に勝ったら、結婚してくれ、なんてことは言わない。ただ……」
 対面の畑中と下家の桜木を交互に見ながら、ダブデブは重い決意を込めて願いを話す。
「昔みたいに、みんなで仲良くやろうよ」
 デブゴンの目から一粒の涙がこぼれたのは、この局でもまた一向にアガリ牌が出てこないせいばかりではなかった。

「ダブリーダブリン真一郎」は現在大学二年生、既に二年連続で留年している。高校でも二回留年し、二浪でもあった。常にだぶだぶのダブルのスーツで身を固め、対戦格闘ゲームをプレイする際には勝利ではなくダブルノックアウトを目指した。人の二倍食べ、人の二倍寝た。人の二倍ついた肉のせいでいつしかデブリンと呼ばれるようになった。ジェイムズ・ジョイス著「ダブリン市民」の文庫本を常に持ち歩き、バスケットボールの試合では華麗にダブルドリブルをこなして反則を取られた。そんな彼がダブルリーチの達人となるのは必然だった。
 彼が肉体や人生やバスケットボールの試合を歪めてまで、どうしても雀力を手に入れたかった理由――全て、一人の男の背中を追いかけるためであった。

「俺が勝ったら、昔みたいに、親子で一緒に暮らそうよ」
 しかしその言葉を聞いた桜木は、
「君に覚えがないんだが……」と不思議そうな顔でダブリンを見詰めるばかりだ。そしてまた流局。
「だそうよ」畑中純ちゃんが哀れみの目をダブリンに向ける。
「あなたの付け焼き刃の雀力じゃ、桜木さんを昔のように戻すことは出来ないわ。それに……」
 君も私のことを知っているのか、という訝りの目つきで桜木が畑中を眺める。
「桜木さんは昔に戻りたいとか、天和から離れたいなんてことは、きっと思っていないんじゃない」
「純ちゃんは他人だからそんなことが言える」
 ダブルリーチ、としつこくダブリンはリーチをかける。
「ポン」ソクポンクレスがしつこく一発を消した。


次回「真一郎と純ちゃんは幼馴染みで桜木は真一郎の父親でソポクレスはギリシャ悲劇作家」に多分続く

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