第二話「ドンジャラ良江の生涯」
広大なロビーが瞬時に暗転し、参加者たちを囲むように並べられていた数十枚の銅鑼が世界の割れる音を響かせる。しばしの間聴力を失った参加者たちの耳に、遠くからゆっくりと一歩ずつ近づいてくるように聞こえてきたのは、言わずと知れた前回優勝者「ドンジャラ良江」を称える現日本国国歌「ドンジャラ良江のテーマ」だった。
ドン
ドン
ドンジャラホイ
ドンジャラホイホイ
ドンジャラホイ
良江はドンジャラ大好きだ
ドンジャラ良江だホホイノホイ
ドン
ドン
ドンガラガッタドン
世界が壊れる
ドンガラガッタドン
良江がポンすりゃ役満だ
気がつきゃみんなはハコテンだ
ポン
ポン
ポンポンロン
大三元に
字一色(ツーイーソー)
良江が麻雀始めてさ
最初にあがった役だよドン
以下二十七番まで続くがここでは省略する。
ドン
ドン
ドンジャラホイ
ドンジャラホイホイ
ドンジャラホイ
良江はドンジャラ大好きだ
ドンジャラ良江だホホイノホイ
ドン
ドン
ドンガラガッタドン
世界が壊れる
ドンガラガッタドン
良江がポンすりゃ役満だ
気がつきゃみんなはハコテンだ
ポン
ポン
ポンポンロン
大三元に
字一色(ツーイーソー)
良江が麻雀始めてさ
最初にあがった役だよドン
以下二十七番まで続くがここでは省略する。
ドンジャラ良江の生涯は、前回の大会で優勝するまで、周囲の者にさえあまり知られてはいなかった。婚期を逃した三十八歳の独身女性。特に美しくもなく特に醜くもない。内向的でおしゃれもせず、男相手にも女相手にも社交的になれず、友達も恋人も作れずに生きていた。いや、生きているというよりはほとんど死んでいた。実家が営む質屋の倉庫整理だけで生涯を終えてしまう予定の、家族にだって七回忌を過ぎれば忘れ去られてしまいそうな哀れな人間だった。
転機は良江の弟・良雄が作った。良雄が自身参加するために書いていた全国麻雀大会予選申込書を、ほんの気まぐれに姉の分も合わせて二通送ったのだ。華やかな思い出を何一つ作らないまま人生を終えてしまいそうな寂しい姉を気遣ってのことだった。
良江は参加を嫌がり、何度も首を振った。しかし良雄の「すぐに負けても、俺を応援していてくれたらいいから。姉ちゃんが会場に居てくれてると思うだけで、俺は勝てる気がするんだ」という言葉に根負けした。良江の両親も「いい気分転換になるだろう。行ってきなさい」「いい出会いがあるかもしれないし」と言って良江を送り出した。実は彼らはもう質屋をたたむつもりだった。客はリサイクルショップとネットオークションに奪われ、店を維持することが出来なくなっていたのだ。実家の商売以外を知らない良江をいきなり社会に放り出すことには気が引けた。せめて大勢知らない人のいる所へ出ていって、外の空気に触れる経験をしてほしいと思ったのだった。
予選当日、良江がドンジャラのルールしか知らないと初めて聞かされた良雄は、「同じ牌を三つずつ揃えるのはドンジャラと一緒だから。三枚四組プラス二枚一組でトイトイっていう役であがれるよ。それだけ狙っていけばいいさ」と言い置いて、彼の勝負する別の卓へと向かった。良江が初めてあがった「大三元字一色」、そして次局の「大喜四四暗刻」のことを伝えられた時、良雄は既に一回戦で敗退していた。
誰からも愛されずに生きてきた良江を初めて愛したのは、麻雀の神だった。以降、良江は麻雀というよりドンジャラを打ち続け、覇者となり、英雄となり、道化となり、齢三十八にして初めて性の悦びも知った。
そして今、やりたい放題の整形手術を施し、もはや美醜を通り越して化け物と化している良江が開会の言葉を広く裂けた口から溢れ出させる。
「地獄へようこそ、クズども」
次回「ドンジャラ良江の演説」