サヨリ―0
サヨリ―0
わたしが上昇しているっていうより、周りが下降してるって感じ。不思議な感覚。世界が
落ちていってる。
なんだかんだで、けっこう遠くへ来てるわたし。アミやケンジくんが無事助かったのか、
とか、カミカワくんとシンジくんがどうなったのか、とか気になることは多いけれど。まあ
なんとか、わたしは、これからやってけそうって自信がある。わたしが心配しなくても、み
んな大丈夫よね。きっと。
青春とか人生とかってけっこう短い。死んでく人だっているし、死んでるような人だって
多い。後者の方が多いかな。わたしの青春、人生。まだこれからなんだって思いたい。
あ~ぁって感じ。なんだかな。悟ってしまうと、自分が大人になった気がする。まだ花も
恥らう17だっていうのに。これからしたいことがたくさんある、彼氏だってほしい、洋服
もたくさんほしい、何よりお腹一杯おいしいものを食べたい。でも、まずはキョウジくんを
探そう。キョウジくんともう1度会ってからでも遅くないんじゃないかって思う。
遠くへ歩き続けた、ってわたしの物語はきっとそんな感じで始まると思う。歩き続け、遠
くを目指し続け……キョウジくんを探し続ける。そしてわたしたちは出会って、並んで、遠
くへ行く。月の先、宇宙の果て、次元の向こう、感覚の限界、意識のもっと深いところ、神
様の死角……遠くても絶対にいける気がする。
エレベーターが止まり、扉が開く。雨風が横殴りに入ってくる。外は草原。動物や植物た
ちが箱舟に吸い込まれていくのが見える。洪水を越えるためにみんなは1つになるんだ。い
つの間にか草原もなくなってて、つるっとした箱舟の表面が雨に打たれてる。見晴らしがよ
くなり視界には、荒れる海。それしかない。
さあ、どうしようか……
今度は必ず、強く握る。あの手を。キョウジくんの手を。
さあ、どうしようか?
さあ、キョウジくん、どうしようか?
な~んて、決まってるよね。逃げるのよ!まずは洪水から逃げるのよ!
やること決まったらさっさと行動するのが吉。そうでしょう?
ねえ、キョウジくん。わたしは思うんだ。神様がわたしたちの全てを創っていたとしても、
運命や人生丸ごと決められてたとしても、それでも、ね、キョウジくん、わたしたちなら逃
げられるって気がしない?なんだかなんでもできそうで、どこまででも行けそうな気がしな
い?
だから、わたしたちはまた出会うんだ。全てが姿を変えた世界で、もう1度、2人でどこ
までも逃げるために。だから、ね。わたしは頑張るんだ。たぶん、ううん、絶対つらいと思
う。これからずっとキョウジくんを探し続けるんだって思うとね。でもね、たぶん、大丈夫
なんだ。約束されてるから。キョウジくんと並んで歩けるってことを。誰の保証もないんだ
けどね。でもね、きっと、大丈夫。わたし、頑張るね。だから、キョウジくん、今度は絶対
手を繋ごう。そんで、ちょっと照れるけど、2人並んで、歩いていくんだ。このずっと先ま
で。
雨風はどんどん強くなる。わたしは目を閉じる。恐怖とか不安とか諦念とか、とにかく、
わたしは、先に進むことを決意した。大きな波がわたしを包み込む。そして、わたしは、こ
の世界にさよならをする。そして、次の世界を夢見て、わたしは、笑う。
終わり
その日、洪水は全てを飲み込んだ。世界が終わる。世界だけが、終わるのだ。