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シズクとルーと 4

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 シズクが国境沿い戦線についた時には既に戦いは始まっていた。銃声がこだまし、砲線が交差している。爆発音に続き、赤黒い炎があがる。
 ルーは簡単にみつかった。戦闘の一番激しいところ。その中心で無邪気な声をだして、『ゲーム』を楽しんでいた。
 ルールーの腕が引っ込む。足がむくむくっと何本も生えてだす。楕円の底の足が槍のように伸びて、マシンを貫く。一本の足が縮むあいだに、別の足が伸びる。マシンガンのような速度で繰り返される突き。オルスの軍のマシンが次々とやられていく。
 シズクは唇を強く噛んだ。こんなのはおかしい。
「ルー! こっちだ」
 シズクが叫ぶ。ルーが振り向く。
「あはっ! 遊びに来てくれたんだね、シズク」
 喜びの声が漏れる。
 シズクはルーを引き連れて戦線の中心から離れていく。
 逃げるシズク。いっこうに止まる気配はない。追いかけっこに既に飽きてしまったルーが攻撃態勢をとる。
ルールーの腕が沸騰した水に気泡ができるようにぶくぶくと泡立ちながら形を変化させていく。
「いっくよー! ルールー銃だあ」
 砲銃のように変形した腕先から、機体と同じ色をした奇抜な弾丸が飛び出す。ルールーの肉を切り離して、打ち出しているようだ。
 シズクは後退しながらかわす。
 無邪気な邪気は休むことを知らず、次々とシズクに襲いかかる。
 それを紙一重にかわすのに精一杯でシズクはルーを説得するには至らない。作戦の時間が刻一刻と迫る。それを思えば気持ちが焦る。心の乱れはマシンの挙動を濁らせた。
 一撃。ルールーの拳がアシナガをとらえる。
「あはっ! 守ってばかりじゃゲームには勝てないんだよ、シズク」
「……僕はきみと戦いたくない」
 ルーはきょとんとした表情で訊く。
「なんでさっ。こんなに楽しいのに」
「なんで? なんでだって? ルーこそ、なんで戦う?」
 あまりに無邪気な発言にシズクは怒りがこみ上げてくる。ルーにではなく、ルーの向こう側に、だ。
「楽しくなんかないんだよ! 死んじゃうんだ。戦えば死んじゃうんだぞ」
「? コンテニューだよ?」
「な? コンテ……な? 何を言って?」
 死をまるで理解していないルー。シズクはどう返事をすればいいのか言葉がでてこない。
「さあ、続きをしようよ! シズク」
 攻撃態勢をとるルールー。両手のひらを合わせて握る。腕が絡み合うようにねじれる。指先が刃物のように細く、鋭く。
 腕が伸びる。これまでで最も速く。風を切り裂き、音に迫る。直撃。ではない。攻撃は空振りに終わった。
 攻撃の寸前にシズクは高く跳び上がっていた。
「よおく見てろよ、ルー。死ぬってのがどういうことか教えてやる」
 幼き人類の目覚めを誘う大地にささる雷のように、天高くからイナズマキックがルールーにぶち当たる。
 足蹴にされたまま落下を続ける。下。地面は目前。シズクはルーを足場に宙返りで見事に着地。さらに勢いの乗ったルーは地面に叩きつけられる。同時に粉塵が巻き上がる。小型の隕石が落ちたかのように地面がえぐれ、クレーターが出来る。それが威力を物語っている。
 砂埃が晴れるよりも前に、ナニかが飛び出してくる。ルールーだ。
 言葉通りシズクは本気でやった。口で言ってもわからせることができないと思った。だから、本気で攻撃した。それが無傷だったのか。
「あはっ! すごいよ。すごいね、シズクは。楽しくなってきたよっ」
 ルーの声が途中で途切れた。腕に激痛が走ったからだ。無傷ではなかった。落下のさい、コックピット内のどこかに強く打ちつけてしまっていた。
 痛みを意識するととたんに強く痛み出す。
「痛い、痛い、痛い、イタイ、イタイ」
 壊れた再生機のようにルーが繰り返す。
 キャンプでも戦場でも誰よりも強かったルーは痛みに慣れていなかった。生まれて初めての激痛の中に死というものを感じ取っていた。
「そうだよ、痛いんだ」
「痛い?」
「死ぬのは痛いんだ。今よりもっと、だ!」
 ルーは涙をこぼしながら叫ぶ。
「痛いのは……死ぬのはイヤっ!」
「だったら戦っちゃいけないよ。わかるだろう? ルー」
 ルーがシズクの子供を愛でるような優しく包み込む声に触れた。ルーが声を発するまで少しの間があった。それは彼女が彼女の心と頭でシズクの言葉をよく噛みしめ、体中に行き届かせるのにかかった時間だ。
「……わかる。私、わかるよ」
 シズクが手をさしのべる。その手をルーがつかもうとした瞬間だ。
 閃光が走る。地面の上から空のふもとにまで届くほど大きな一条の光が。
 わかりあえた瞬間だった。もう彼女は敵ではなかった。それなのに。無情に光がルールーを飲み込んだ。
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