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シズクとルーと 7

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「店の中を走るなって何度言えばわかるんだ! ルー」
 ルーはハッとした表情でシズクをみる。
「……ごめんなさーい」
 と、言いつつまた走り出す。シズクはため息をついた。
 シズクと出逢ったばかりのルーは本当に何も知らなかった。子供でも知っているような知識が一欠片もなく、お金の存在すら知らなかった。知っていることといえばマシンの動かし方と戦い方だけといっても過言ではなかった。そのことを知ったときのシズクは目眩がした。
 何も知らないほうが大人には都合がいいのだろう。しかし、そういう理由で子供を縛り付けるのは大人のすることではない。
 シズクはしばらくの間、大きな赤ちゃんを持った気分だった。シズクだってまだ子供だからなんでも知っているわけじゃあない。そんなシズクなりにいろいろなことをルーに教えた。まるで乾いたスポンジのようにルーはなんでも吸収した。でも、すぐにスポンジを絞ってしまうので忘れるのも早かった。
 ルーがお菓子の袋をもってシズクのもとに駆け寄ってくる。
「ねえ、これ買える? 買える?」
 両手いっぱいにかかえたお菓子は今にもあふれそうだった。
「今いくら持ってるんだ?」
「えっとねー。んっとねー」
 ルーはポケットの中のお金を取り出したいのだが、両手がふさがっていて悪戦苦闘している。
 シズクはその様子を黙って見守る。ルーは何か思いついたようにパッと明るい顔をした。
「シズク持ってて!」
 そういうとお菓子をシズクに押し付けた。空っぽになった手でポケットを漁って、小銭をとりだす。それをひとつひとつ丁寧に数えていく。ときどき少し上を向いて一生懸命計算をする。
「五〇〇ルチル!」
 シズクはルーの手のひらを見て、確かに五〇〇ルチルがあることを確かめた。
 シズクはお菓子を買い物かごの中に入れてから、ルーの頭を撫でてやる。するとルーは目を細めて嬉しそうにした。
「えらいな、ルー。でもな」
「ん?」
 ちゃんとお金の計算ができた。それはもうルーにとって素晴らしいことだ。しかし、シズクは残酷な真実を彼女に告げなければならない。
「五〇〇じゃあ足りないんだよ」
 ルーはガン、と頭に衝撃を受けたように力なくその場に座り込んでしまう。しばらくの間、床とおしゃべりしながらいじけていた。
 ルーはゆっくりと顔をあげて、今にも涙がこぼれそうな瞳でシズクを見つめる。
「だめだからな」
「………」
「……だめだって言ってるだろ」
「………」
「……だあ! わかったよ。買ってやるから、泣くな」
 シズクはとうとうルーの無言の要求に耐えかねて、甘やかしてしまう。
 ルーはシズクの言葉をきくやいなや飛び上がり、体全部で喜びを表現している。
「あはっ! シズク、だーい好き」
 お菓子くらいで、こんな笑顔を見られるならいいか、と思うシズクだった。
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