初めて出会った場所、召喚の間。
円柱形に広がったこの場所には、不思議な文様が施された壁面以外に、なにもない。
あの時から、そんなに時間が経っているわけでもないのに、この場所に立っているだけで、感慨深くなった。
「それでは再試験を始めましょうか、準備はよろしいですか」
「はい」
試験監督の先生が、懐中時計をとりだして、時間を確認する。ある意味では、この学園での最終試験になるかもしれない。
「……そうしたら、気がすむまで、探しにいけるかな……」
「どうしました?」
「いいえ、なんでもありません」
答えて、魔法物質を込めたチョークを手に取った。もうすっかり記憶した魔方陣を、床に描いていく。アイリスを呼び出した時と同じ、禁じ手が含まれた刻印も。
「フィノ・トラバント。その刻印は、どこで?」
「最初は禁術だとは知りませんでしたから。それに、今日の試験は、この程度の禁術利用は許されていましたよね?」
「……まぁ、そうですが……」
深く追及されなかったことに、胸をなでおろす。
「先生、陣を書けました。はじめます」
「どうぞ」
大きく息を吸い込む。魔法石をはめた杖に、魔力を込めていく。
最近、頭がまっしろだったせいか、今日は調子がいい。
不思議と、失敗するっていう気がしない。
想いに呼応するように、手の中にある魔力の杖が、強く、激しく輝いた。
「――――狭間の先にいる存在よ……」
どこかにいるはずの、私の使い魔のために。私だけの使い魔のために。
忘れよう。今だけは。
「フィノ・トラバントの名と魔力を辿り、我が前に、現れよっ!」
がつんっ! と激しく叩きつけた。
そして苦もなく、青い光が溢れ出た。一つの荘厳な扉。音もなく開かれていく。
あの時と同じだ。なにもかも。
それなのに心は躍らない。嬉しくない。
どうして? どうして、こんなに寂しいの?
「無事に成功しましたね。さぁ、後は声をかけるだけですよ」
「…………」
気持ちを切り替えることを意識して、現れた扉へと一歩、足を進めた。
広がる闇の中へ手を伸ばす。
「……異界の存在よ、私の声が聞こえるならば…………」
「フィノ、名前を忘れていますよ。主人となるべき、貴女の名を唱えなくては」
「はい……」
胸が痛んだ。あの時に呼び出した過去の光景が、遠い残滓のように思える。
闇の中に、私の指先に、絡みつく意志がある。
世界を繋げるその先に、声に応じてくれた存在がいる。
確かな手ごたえと共に、それを感じ取る。
でも、でも。
「……ぁ」
急かすように、心臓の鼓動が早くなっていく。忘れなきゃ。今、アイリスはいないのだから。今度こそ、私は自分が望んだ、使い魔を手に入れるんだ。
「私の名前は…………」
今度こそ、私だけの、小さな白い花を手に入れなきゃ。
学園を辞めたくない。夢をあきらめたくない。
だから、求めないと。
強く強く、求めて、祈らなきゃ。
かわいくて、私の言う事を素直に聞いてくれる、そんな使い魔を――――。
「――――――ごめん、ごめんね」
涙が、止まらなかった。
子供みたいに、嗚咽をあげて、泣いた。
杖がはなれて、床の上を、転がっていく。
扉が再び、音もなく閉ざされた。
役目を果たし終えて、消えていく。
アイリス。小さな白い花。
世界で一番好き。でも大嫌い。
ずっと側にいて。その想いを込めた。
私だけの貴女は、この世界に一人だけ。