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勇(いさみ)の場合 1.5

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セーブストーン ~あの瞬間に戻りたい
 勇(いさみ)の場合 1.5


「…やっぱりこうなっちゃいましたか」
 そのとき俺たちの目の前に、何かが舞い降りてきた。
「プリカ…」
 淳司はふりかえりその名を呼ぶが、それだけで何もつづけられない。
 がくり、うつむいてしまう。
「アプリコット。
 お前、全部わかってたのか」
「…はい」
 俺の問いに、アプリコットは沈痛な表情でうなずく。
「そうか……」
「怒らないん…ですか?」
「俺がお前でもこんなこといえないわ。
 だから…
 教えてくれ」
 こいつが何を見てきたのかを。
「え…?」

 淳司はいった。俺が淳司を車からかばって、ひかれて、死にそうになった、と。
 ――確かに俺はあの日事故った。
 しかし、それはひとりで、トラックとぶつかったのであって……
 淳司はその場にはいなかった、はずだ。
 けど、こいつが嘘をついているようには、みえない。
 そもそもこんな場面でそんなウソつく理由が、すくなくとも俺には、考え付かない。

「こいつは、俺の知らない俺をみてきたんだよな。それで…
 いま、こんなに苦しんでる。
 だったら、知りたい。
 俺はいったい、なにやらかしたのか。それでこいつにどんな思いをさせてしまったのか。
 知って、それで…
 考えたい。こいつが苦しみから、救われる方法。
 こんな、わかんなくて、苦しいのは、俺もいやだから」
「勇…!」
 淳司は驚いたカオで俺を見た。
「お前、おれのこと…
 ヘンだって思わないのか?
 キモいとか思わないのか?!」
「確かに驚いてるさ。けど…
 だけどそんなことより、お前は俺にとって、だいじなヤツなんだ。
 そいつが苦しんでるのほっときたくない」
「勇……」
 淳司の目に、みるみる透き通ったものが盛り上がった。

「ありがとう」

 とはいえ、あたりはすでに夕闇が迫っている。長話が出来るような時間とは言いがたい。
 あした。あしたの放課後、またここで、と約束して、俺たちは家路についた。
 プリカは俺たちを気遣ってか、いつもの分かれ道まで、ついてきた。
 だまったまま歩く俺たちの横を、だまったまま静かに。


 しかし翌日、淳司はいつもの分かれ道に来なかった。
 それどころか、学校にすらこなかった。
 朝のHRで先生が言った言葉にクラスは騒然となった。

 淳司のやつは――
 実は、なんとか…という心臓の病気で。
 昨日の晩倒れて、きゅうきょ入院。
 予定を繰り上げて、今日にも手術を受ける予定だというのだ。

 ひょっとして淳司は、そんなにも苦しんでいたのか――衝撃を受けつつ――俺は、迷った。
 ロード、しようか。
 そうすれば、淳司は危険な状態から脱することができる。
 だが、同時に…
 この今日が、なくなる恐れがある。
 淳司が苦しんでいること、その理由に気づけた――
 それへの解決に、踏み出せるようになった、この今日が。

 もし俺がここでデータロードすれば…
 淳司は、はからずも自分の悩みを打ち明けた、そのことを忘れて――
 またひとり、黙って悩むようになってしまうかもしれない。
 もちろん俺は、おぼえてる。
 だけど『お前、俺のことが好きなんだろう』なんて聞けるわけもないし。……

 ベストなのは、手術が成功してくれることだ。
 そうすれば、回復した淳司と、話し合うことができるのだ。
 そう判断して俺は、あえてロードはせず、みすずとともに病院にいき、手術が終わるのを待った。



 しかし数時間後手術室から出てきたのは、沈痛な面持ちの医師たちと、すでにこときれた淳司だった。



 絶句するみすず。
 泣き崩れるおばさん。
 俺は…
 俺は。


 頭が真っ白になった。
 かつてトラックにひかれたときの衝撃、そんなもん、比にならないくらい。
 淳司。
 お前はこんな思いしてたのか?
 お前も、こんな思い、してたのか?
 お前と話したいよ。
 聞きたいよ、淳司。
 そうだ。セーブストーン。
 これなら…戻せる。
 とりあえず、生きて…
 生きてくれれば。

 何とかするから。
 何とか…

 俺はポケットに手を入れた。
 セーブストーンを探り当て、指を置く。
 そのとき、耳元で声がした。
「イサミさん、あたしです。
 ちょっと、話せる場所まできてください」

 俺は風に当たってくるといって屋上に上がった。
 幸い、誰もいない。
 アプリコットは俺の肩から飛び立ち、目の前にホバリングした。
「何の用だよ。こっちはのんびり話してる場合じゃないんだ」
「お気持ち、お察しします。
 でもこれはアツシさんの意志なんです」
「淳司の?」
「はい。
 もしも自分に何かあったら。今の自分の記憶を、あなたに見せてやってくれ。
 あなたがそれを嫌がらないなら。
 そう依頼されました。
 もし手術が失敗しても、あなたはきっとデータロードしてくれる。でも死亡のショックで自分はいまの記憶を失ってしまうかもしれない。そうしたらあなたとの約束を果たせなくなってしまう。
 だから万一の時にはと……」
「淳司が、そんなことを?」
「はい。
 どうしますか、イサミさん」
「見る」
 俺は即答した。
「俺は淳司をたすけたい。
 淳司は、大事なヤツなんだ。
 あいつの苦しみ、ちゃんと知って…
 その上で一番いい方法、模索したい。
 あいつが苦しくないようになる方法、一緒に探してやりたいんだ」
「わかりました」
 アプリコットはうなずいた。
 そして、どこからともなく、紺色のビーダマを取り出す。
「これはアツシさんのセーブストーンです。
 額に当てて念じてください。
 アツシさんの記憶を見せてほしい、と」
 俺はそれを受け取ると、額に押し当てた。
 セーブストーン。見せてくれ。
 淳司の記憶を。
 あいつが抱え込むことになった、想いを。


 ――視界が白い光に包まれる。
 光が引くとそこは、淳司の家のベランダになっていた――


 ~淳司編へつづく~
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