ライトノベル投稿死南
第四章 出力編
おめでとう。血を吐くような思いで細々としたシーンをつなぎ合わせ、一応ひとつ
の物語として形を成したあなたの手腕に賞賛の拍手をおくりましょう。お疲れ様でし
た。シーンとシーンを引き合わせる文章はあなたが口から吐いた血がつなぎとなって
出来ていることを私は誰よりも深く理解しているつもりです。
さあ、いよいよここからは出版社へあなたの愛すべき原稿を送る作業に移ります。
日本語として意味がわかる文章になってさえいれば、一次選考は通るもんだと匿名掲
示版ではもっぱらの噂（*1）ですので、あなたはすでに受かった気持でいてよろしい。
ここの段階になったら必要になるのが縦書きが可能な執筆用ソフトです。こんなこと
になるのだったら第一章のときに探していた方がよかったかもしれませんでしたね。
やめてください。歯は折れたら二度と生えてこないんです。そんな簡単に人を殴らな
いでいただきたいと思っているのは私の正直な気持ちですから。
あなたは拳についた血をふき取ったあとでネットの海で検索をはじめてください。
一章で言ったどうせすぐに使わなくなるというのはうそではありませんので、フリー
のソフトを探すのは実に理にかなっています。ところがこれがそう簡単にはいかない
でしょう。縦書き印刷可のフリーソフトはなかなか見つからないものです。あせらず
じっくりと取り組みましょう。
めでたく縦書き印刷のできる、そのうえフリー、無料のソフトウェアを見つけて
導入したあなたは喜んでこれまで書いてきたテキストファイルをそれで開いてみます。
はい、ここからは設定という全く望んだおぼえのない作業にかからねばなりません。
賞の規定に適合する縦の字数と横の行数を1ページ内で設定するのです。もはやＰＣ
歴もそこそこ、ブラインドタッチ（*2）さえ可能なあなたは直感でウィンドウ上部の
設定（Ｏ）をクリックします。するとこれまで見たことのない細かさの枠で仕切られ
た欄に、虫眼鏡が入用になるほど小さい文字で書かれた設定画面と初対面になります。
「はあ？」と出来るだけ怒りを込めて呟きましょう。口を開けて片目を吊り上げるの
もこの場に適した仕草です。あなたの当面の目的は、Ａ４、またはＢ５サイズの紙の
中に字が収まるように設定をすることです。マージン。聞いたことなの言葉です。
フリーキャレット。カロリーの少ないお菓子のことでしょう。インデント・バックス
ペースインデント。卓球のラケットの持ち方のことでしょう。無関係な設定が多く
さしものあなたもイライラを抑えきれなくなります。こういうときは慌てず、一度
横になってみましょう。いい頃合になると、しわがれ声のさお竹屋やだの、お使い
にならなくなったノートパソコンなど無料でお引取りいたしますだの虫のいいことを
喧伝している声が白の軽トラックから飛んできてあなたを起こしてくれます。(*3)
口を開けたまま寝てしまい喉と口がカラカラに渇いたまま作業に入りましょう。砂漠
で遭難した人の気分の何割かでも味わえれば創作の武器になっておトクです。
紙も大量に使うとなれば金がかかります。それを防ぎたければ、一枚の紙にタテ
２段重ねで印刷する方法がおすすめです。1ページが２０×２０の応募規定ならば、
上半分に２０×２０の４００字、下半分に同じ分量のテキストを貼り付ける形です。
これだと紙一枚で2ページ分を印刷でき、紙だけでなく時間も節約できるでしょう。
それを可能にするためあなたは再度設定に入ります。印刷用イメージを表示させ
できあがりを確認してみると、字が外へはみ出して消えているのを見出します。
これを解決するためにはさきほどの目が疲れる設定画面を呼びだしましょう。
「おい、こんなもんスライダいじって用紙内におさめる仕組みでいいじゃんか」
あなたは声を大にして頭を掻きむしります。これを作った素晴らしい頭脳をお持ち
の方々は、理系という優れた様式にのっとったものづくりに準じています。
彼らにはアバウトに設定を進めるというやり方は到底許されるものではありません。
文系の私どもには「？」マークが浮かぶような、結果の想像できないやりかたを
強制される結果となります。簡単に申しますと、この字が四角の中に収まるように、
という指令は存在しません。「用紙の右から○○ミリを基点とし、下○○ミリを保ち、
左○○ミリを残し、上○○ミリを保護し、字と字の間は○○ミリとし、字の大きさは
○○ポイントとし、食事のミルクは150ミリリットルとし、トーストの厚みは105ミリ
とし（間違っても「1センチ５ミリ」などと口にしないこと。彼らに本の角で殴られます）
自慰の後に使用するティッシュ枚数は3枚とする」と全てをひとつひとつ数値を
入力していかねばなりません(*4)。これであなたの余暇は潰されることが決定しました。
ノートＰＣがエアコンのない部屋で熱風吹き出す火鉢となってきたところで今日は
終了しましょう。機械も人間も続けて動いているとどこか壊れます。足の小指だけ
ぶつけた時の痛みが尋常ではないのはあなたが壊れたからではありません。元々です。
*1 だとしたら私はなぜあのとき一次に落ちたのか、納得いく理由を探さねばならない。
*2 現在は差別的表現とのことでブラインドを廃し、タッチタイピングというらしい。
タッチしないでタイピングできる人がいたらお目にかかりたいものだ。
*3 さお竹屋はなぜ儲かるのか？ 安く仕入れて高く売るから。ついでに相手が
じゃあいらないと断っても、もう袋から出したので返品はできないなどとゴネると
さらに売り上げが上がるだろう。私は二度とさお竹屋など呼び止めない。
*4 小さな子供にお使いを頼むときにこの方式をとれば、世界中から迷子がなくなる。