「二十時間目の筆おろし」
とても授業の多い日で。
二十時間目。
学内の大半の生徒が眠り、中には死んでいるものもいた。
二十九歳の女教師由美子が、以前から狙っていた生徒を食ってしまおうと考えるのも、とても自然な成り行きだった。
教室の片隅では既に、前日までは言葉を交わしたこともなかった、出席番号十九番と二十番の生徒がまぐわっている。
由美子が食おうとしている生徒の名はダリオといった。名前は片仮名だが両親ともに日本人である。英語は苦手だが、将来はフランスで暮らしたいという漠然とした希望を持っていた。
死んでいる生徒の名は早くも出席簿から消え始めている。
「空が」と誰かが言った。
答えるように別の誰かが「空が」と言った。
だけど教室の窓から見える空は星すら見えない黒さで。
目覚まし時計のように非常ベルが鳴り、校内放送が火事の発生を告げる。
教師も生徒も半分夢の中に居て、起きることも燃えることも同様に面倒臭がっていた。
出席番号十九番と二十番は二人手を繋いで逃げ出したが、二人はまだ一度もはっきりと言葉を交わしてはいない。
その他眠っているものは眠ったまま。
死んでいるものは死んだままでいた。
火はだらだらと気怠げに校内を徘徊している。
由美子は火事なんかよりも性欲を優先させた。
ダリオのペニスを取り出し、丁寧に洗われたことのないそれを口に含んだ。
由美子は吐き気に耐えながら、高鳴っていく自分の鼓動に耳を澄ましていた。
ダリオは半分開けた眼で由美子の頭頂部をぼんやりと眺め、それから煙の臭いを嗅いだ。
全てを理解出来たわけではなかったけれど、フランスに行くことはとりあえず諦めた。
とても授業の多い日で。
翌日は教師と生徒の半数が学校に来なかった。
(了)