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8.一塁打

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 今ので一つのターン(ターンのことを『トリック』と呼んだりする)が終了したわけだが、次のターンは直前のターンを制したものから始まる。
 ここで思い出して欲しいのは、プレイヤーたちは最初に出された札のマークを原則として出さねばならないということ。
 つまりトップバッターは、望むマークさえ手札にあれば消費させたいマークを選べるのだ。
 竜が出した札はスペードの3。
 なにげなく出されたスペ3だけれど、彼は適当にスペードの3は弱い札だから後々の決戦へ向けて使い切ってしまおうと思って出したのだろうか。恐らく違うだろう。
 副官がスペードのAであるなら、もし副官がスペードをこの段階で一枚しか持っていない場合、このターンに必ず出さねばならない。
 つまり、スペードAを出した時に副官であるということがバレてしまうのだ。
 このことを『副官あぶり出し』などと言ったりする。
 では副官あぶりをしてくれる竜は副官ではなく、天馬の味方の連合軍かというと、そうとも断じ切れない。
 オールマイティ(スペードA)のほかにスペードを多く持っていれば、まずあぶりだされることはないから、あえて連合軍のフリをすることもありえる。
 ゲームに戻ろう。
 先ほどからため息ばかりついている煙子がスペード6。
 天馬の番。手札に視線を落とす。持ちスペード札は10とQ。
 すっと10を卓に滑り出させた。
 次のミハネはスペードの2。
 2について少し説明しよう。覚えることが多くて申し訳ないが、マスターすればこのゲームは非常に奥深いので一つ耐えて欲しい。
 いま、竜が出したスペード3から始まり6、10、2とすべて同じマークが続いている。
 最後の狗が、たとえばスペードの8あたりを出したとしよう。
 この場合、トリック勝者となるのは最高値の10を出した天馬ではなく、2を出したミハネとなる。
 なぜか。
 これは『セイム2』や『吸い取り』と呼ばれるルールで、全員が同じマークを出した場に2がある場合、2が勝ちを『吸い取って』しまうのだ。
 なんでやねんと言われたって筆者も知らないのでご了承いただきたい。恐らく誰からも疎まれる最弱カードに役目を与えてあげるためであろう。
 朝の星座占いで、最下位の星座だけラッキーアイテムや不運回避の対策を授けてもらえるようなものだ。
 ただしこの『吸い取り』例外があって、マイティは最強の札だからたとえセイム2の条件を満たしていてもマイティの勝ちとなる。
 後に説明する正J(親が宣言したマークのJ)、裏J(宣言マークと同じ色のJ)、ジョーカーなどもセイム2よりも強い。
「フフフ、残念」
 と狗がクラブの6を出した。
「スペードは切らしちゃっててさ、ごめんね」
 ミハネが「なんだよぅ」と悔しそうに呻いた。




 ミハネのセイム2失敗により、第二トリックは天馬が制した。得点札は自らの出したスペード10のみだったが、負けるよりはよろしい。
 誰も信じられない状況であろうと、少なくとも自分自身だけはどんな時でも勝利させるべき味方である。ゲームでも、人生でも。
 今回の手札で天馬がやるべきことは、ジョーカーが出る前に一つでもトリックを取ることだったので、第二トリックは僥倖といってもよかった。
 ここで天馬は温存しておいたクラブの3を捨てる。
 ジョーカーについて説明しよう。
 ナポレオンでは最初に出された札のマークのカードを出さねばならないが、ジョーカーはこの制約を受けない。いつでも出せる。
 そして強い。最強のマイティにこそ劣るもののそれ以外の札では負けない。
 デメリットとしては、ジョーカーそれ自体は得点札ではないことと、トリックの始めに『クラブの3』を出さた場合、強制的にジョーカー所有者はジョーカーを場に出さねばならない。
 これを『ジョーカー請求』という。
(親の狗が副官をマイティにしたということは、自分がジョーカーを持っている公算が高い)
 天馬の読みどおり、狗が喉を鳴らしてジョーカーを出した。
 本来ならば強いカードであるジョーカーは、得点札(10以上の数)が場に沢山出ている時に出して点を稼ぐアタッカー的な役割を持つのだが、ジョーカー請求を受けてしまうと無為に帰してしまうことが多い。
 好カードがあっさり炙り出されて狗も肩を落としているが、勝負の場で見せる表情など何から何まで計算と打算に裏打ちされているのが当たり前なので、天馬はまったく浮かれない。
 竜がスペード4、煙子がクラブのQと続き、トリック勝者はジョーカー提出者の狗となった。
 天馬は煙子が出し、狗が手元に引き寄せていったクラブのQを見ていた。
(ふうん。親がジョーカーを出したのにわざわざ得点札を出すなんて副官みたいだが、さっきから煙子の様子を見ているとクラブは9以下は持っていない様子だった……。まだ副官と断定するのは早いかな)
 もっとも、と天馬は仮面の奥でほくそ笑む。
(オレには副官が誰か、わかっているがな……)







 第四トリック、狗が手札を目に近づけたり遠ざけたりして考え込んでいたが、やがてエイヤッとハートの5を出して始まった。
 竜が素早くハートのAを出した。続く煙子がハート3。
 天馬はハート札の2、4から『セイム2』狙いで打ハート2。パシンッと小気味いい音を立ててカードが打ち付けられる。
 麻雀にせよカードにせよ、音を立てるのはいい気分がするものだ。
 ミハネはしばらく悩んだ末にハート6。
 吸い取り成功。「むむむ」と唸る狗を横目に、天馬はハートのAを手元に引き寄せ、暗い瞳でそれを見下ろした。







 さて、天馬のリードだが、ちょっと困っていた。空いている手で顎に手をやり、手札を注視している。

 スペード…Q
 ハート…4
 ダイヤ…4、5、8
 クラブ…J

 選ぶ手を右往左往させた挙句、ダイヤの4をつまみ上げた。
 ミハネがそっとダイヤQを捨て、狗が勢いよくダイヤJ。やたらと挙動が大げさなのは、オーナーとして場を盛り上げねばならないという事情もあるせいか。
 狗の宣言マークであるハートと同じ柄のJは通称『裏ジャック』と呼ばれる。
 仮にこの後、誰かがダイヤKやA等を捨てたとしても勝つのは狗の裏ジャックとなる。
 よってハイランクのカードがあるのかないのか、竜と煙子はそれぞれダイヤ6とダイヤ9を捨て無難にやり過ごす。
 今まであまり目立たなかった親番の狗だが、やや挽回して二枚の得点札を獲得。
 しかし裏ジャックという切り札を使って得られたのが二枚というのは、果たして成功か否か、意見が分かれそうなところである。





 狗がダイヤの7を出し、竜がダイヤK。煙子がダイヤ2、天馬がダイヤ5。セイム2成功なるかと思いきや、ミハネがふふんと鼻を鳴らして
「ご無礼!」とハートの7。もうダイヤを持っていないため、彼女はどのカードを出してもよいのである。
 このトリックでようやく親がなぜマークを宣言するのか、について説明できる。
 今回は

 狗…ダイヤ7
 竜…ダイヤK
 煙子…ダイヤ2
 天馬…ダイヤ5
 ミハネ…ハート7

 という捨て札になっている。一見するとダイヤKを出した竜が勝者に見えるが、実はハート7のミハネの勝ちなのだ。
 これは『トランプ(切り札)』というルールで、親が宣言したマークは他のマークよりも強い。
 ゆえにこの場で唯一ハートを出したミハネが勝者になるわけだ。
 では、仮に親の宣言マークの札を一枚も持っていないプレイヤーがいたらどうなるか、とカンのいい読者の方々ならお気づきであろう。
 クソゲーとなるのだ。






 次のトリック、ようやく一枚目の得点札を獲得したばかりのミハネが出したのはハートの9。
 狗ハート8、竜スペード7、煙子ハートJ(正ジャック)、天馬ハート4、ミハネハート9。
 親の宣言マークのJがこの場で最強であるから、煙子の勝ち。
 残り三トリック、この辺りからはもう運ではなく理詰めの領域となってくる。
 煙子はダイヤ10、天馬はダイヤ8、ミハネはハート10、狗はクラブ2、竜はダイヤA。切り札(親宣言マーク)使いのミハネの勝ち。
 ミハネはスペード5、狗はハートK、竜はスペード8、煙子はクラブK、天馬スペードQ。狗の勝ち。
 このように終盤は高レベルの札のオンパレードになりやすいため、ジョーカーを残しておけなかった狗の無念が窺い知れよう。
「結局、副官は誰だったんだろうね」
 どこまで本気やら、狗が投げ出すように最終トリックの場にクラブ8を出した。
「ちょっと!」とミハネが卓を叩いた。
「なんでアンタ、ハートQ持ってないのよ! 馬鹿じゃないの!」
 狗は肩をすくめて無言。
 竜がスペードK、煙子がハートQ、天馬がクラブJ、そしてミハネがオールマイティ。
 オールマイティは最強の札だと説明したけれど、例外がある。
 『よろめき』と呼ばれるルールで、オールマイティが出たトリックにハートの女王が登場すると、オールマイティが彼女に『よろめい』て負けてしまう、という一発逆転のルール。
 大富豪における革命のようなもので、勝負の結果がガラリと変わってしまうことが多い。
 ナポレオンがハートで宣言するということは、手札にハートが多いということであって、しからば副官のミハネが親にハートQありと判断し、子に対する『よろめき』警戒を怠るのも分からない話ではない。
「竜くん、僕はね、ハート13で宣言した時、君がもっと突っ張ってくると思ってたんだ」
 と狗に恨みがましく言われた竜は
「悪いな。俺もそんなにスペードを持ってたわけじゃなくてさ」
 と済まし顔だ。
 チェッと舌打ちした狗は何かまだ言いたそうだったが、
「それじゃ、記録をつけよう。ナポレオン側の負けだよ」と言い、横にいるスコアガールにちょいちょいと指で合図した。スコアガールがホワイトボードに結果を残し始めた。
 今回はナポレオン勢の敗北なので、10+2α(α=獲得枚数宣言の下限11に対してアップした枚数。12宣言なら12-11で1)がナポレオンのマイナスの公式。
 副官は5+αがマイナス。
 連合軍は5+αのプラス。もし連合軍が敗北したなら、それぞれの陣営の符号を逆にすればよい。こうしてゼロサムになる。
 お下げの女子生徒がきゅっきゅっとマジックで綺麗に書いてくれた。

 狗…マイナス14
 ミハネ…マイナス7
 天馬…プラス7
 竜…プラス7
 煙子…プラス7

 こうして最初のゲームが終わったわけだが、言わば第一投を打って一塁にバッターが進んだようなもので、勝負はまだまだ続いていく。
 狗が散らばった札を一箇所に寄せ集めデッキを再構成し、おさげの女の子に手渡した。
 彼女は慣れた手つきでヒンズーシャッフル、リフルシャッフルを何度か繰り返して卓に置き直した。
 そうして天馬はふと、きっともっと上手にカードを操るであろう人物のことを思い出した。
 体の中に黒い霧が充満していくような、不思議な気持ちがした。
 ホームシック。
 なぜ急に帰りたくなったのだろうか、と考えていると新しく配られた手札も投げやりな目で見てしまうのだった。
10

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