7.ナポレオン
天馬は今、入り口側に座っている。その左隣に鴉、右隣に煙を擬人化した怪人の女生徒と強そうな竜の怪人の男子生徒。そして向かい側に狗。
「よろしく」と煙子が快活に挨拶してきたが、お面が口を卑屈っぽくすぼめているため天馬は素直になれずプイっと顔を逸らした。
ナポレオンは五人で行われるゲームであるから、これで勢ぞろいである。
ルールの調整次第で四人や六人で行う場合もあるが、野球が一チーム九人であるように、麻雀が四人で打つのが正道であるように、ナポレオンも五人がもっとも望ましい。
ディーラー役の狗が時計回りにカードを配っていった。
ジョーカーは一枚使用する(使われない場合もある)ため、いまこの場には五十三枚のカードが動いていることになる。
全員に十枚ずつ裏向きで配った狗は余った三枚を中央に残した。
各人が伏せられた手札を持ち、並べ替える。
天馬の持ち札はこうだ。
スペード…10、Q
ダイヤ…4、5、8
ハート…2、4
クラブ…3、9、J
ナポレオンは簡単に言ってしまえば、五人が順番にカードを出していって、一番強いカードを出した者がそのターンを制する、と思って頂ければよい。
そして十ターン経過し全員の手札が零になった時、勝利して得た十以上のランクの札を何枚持っているか、で勝負が決まる。
しかしこのゲームに親しんでいない読者の方々は恐らく今はまだ把握できないはずなので、しばらく天馬たちのゲームを眺めていて頂きたい。
ナポレオンにもまた、親という概念がある。親のことをナポレオンと呼ぶから『ナポレオン』なのである。
竜が「スペード11」と宣言した。
今はスペードが何を指すのかは気にしなくてよい。
ナポレオンはすべてのマークの10からAまでの札を何枚取れるかを競うゲームであり、11というのは11枚獲得してみせるから親をよこせ、という宣言なのだ。
これを『競り』や『親決め』と言ったりするが用語などはべつに覚えなくたってよろしい。やり方さえ分かっていれば名前に意味はない。
ちなみにすべての絵札(JからKに絵が描いてあることから得点として加算される札を『絵札』と呼称する。絵はないけれど10とAも含まれる)は二十枚。これはどんな時も変わらないため、宣言の最大も20ということになる。
天馬は沈黙したまま。あまりよい手札ではないため、静観を決め込もうという腹積もりだ。
すぐに狗が「ううむ、ハートの12!」と宣言。
(とりあえず分かることは、狗も竜も、宣言しているマークのカードを多く持ってるだろうってことだけだな……)
親競りは狗のハート13宣言で終結した。
そして狗は最初の親番の権利として卓の中央に先ほど残された三枚の余り札を手札に加えた。
親はこの後、自分の手札から任意の三枚を卓に戻さなくてはならない。すっと札を伏せた。
この札は今回のゲームからは除外される。再び最初のカード配布まで、封印だ。
ただ、三枚の内、一枚だけオープンされていた。スペードのJである。
手札除外の際に絵札を捨てる場合、オープンし、最初のターンを制したものに与えられる。こうしなければゲーム終了時に場で動いている絵札の枚数が二十枚を下回ってしまうからだ。
伏せ札の横に、悪魔の像が置かれている。ちょうど卓の中央だ。
四本腕で、顔も四方に四つずつ。
それぞれ腕に引っ掛けられている四つのペンダントから、ハートの宝石をあしらわれたものを狗は取り、首にぶら下げた。
親番――ナポレオンと宣言したマークの証明である。
仕草も小道具も気障すぎて、天馬は少し辟易した。
「副官はオールマイティ!」
悪魔の土台の四隅に置かれた丸石を手に取り、胸の窪みに押し込む。
丸石にはスペードの模様、そしてその中にAの文字。
『オールマイティ』とは『スペードのエース』のこと。
ちなみにこの札はある条件下以外ではどんなカードにも負けない無敵の札である。ゆえに副官指定を受けやすい。
ナポレオンはチーム戦である。
親である狗と、親に副官指定されたスペードのエースを持っている誰かが同盟関係となり、二人で絵札を宣言枚数分十二枚集めなければならない。
そうして、スペードのAを持っていない者たちは、誰が味方で誰が敵なのか分からない。知っているのは副官のみ。
親でも副官でもない子方(連合軍)は、副官を探しつつ親が宣言枚数を獲得できないように闘っていくのだ。
親の狗がクラブの5を出した。時計回りにカードを出す決まりなので、次は竜、そして煙子、天馬、ミハネと続く。
竜はクラブのA。
ナポレオンでは、最初に出されたマークのカードを出さねばならない(手札にそのマークが存在しない場合を除いて)。
だから竜がクラブのAが惜しいからといって、ダイヤの3などを出したりしてはいけない。チョンボである。
続いて煙子がクラブの10。
(Aに負けるのに10を出してくるってことは、クラブの9より下がないのかな――)
上は天馬の読みだが、こんな風にして相手の手の内を読んでいく。
続いて天馬の番、クラブは3、9、Jが手持ち。
9を出した。なぜクラブの3を残したのかは、後述する。クラブの3はちょっと特殊な役目のある札なのだ。
ミハネがクラブの7。
全員がきちんとクラブのマークを出し、もっとも高い数字のAを出した竜が10以上の絵札、つまりクラブのAと10、そして親の狗が先ほど余り札として出したスペードのJを手元に引き寄せる。
これで彼は絵札二十枚のうち、三枚を一挙に手にしたことになる。
もし彼がオールマイティを持っていない(=副官ではない)なら、天馬ともう一人の味方に一歩貢献。
だが副官だったなら、目標数十二までの階段が三段も登ってしまったことになるのだ。
いかがだろう。
ぞくぞくしてこないか。