22.副会長の側ではお静かに
その頃、校門から正面に位置する体育祭実行委員会本部では、生徒会の面々が順調に体育祭を実行するため、走り回っていた。
この学校では慣習よって生徒会が体育祭も文化祭も取り仕切る。
役割分担などクソ喰らえらえな独裁状態だが、その分、生徒会卒業生はみな母校に並々ならぬ愛執を覚えるのだという。
その席で、宮野怜はほどけかかった白いハチマキをぎゅっと結び直した。
白垣会長は応援団長も兼ねているため、太鼓をぶっ叩きに行っていて不在である。
自然、一切の諸事は副会長の怜に一任されたことになる。
例年通りならば、大変な仕事などほとんどない。
だが、今年は白垣が言い出した勝負事のせいで、仕事が増えている。
実力ごとに白垣の一存で振り分けられたという紅白組は、クラスで仲良しグループを構成している面々から大不評であったし、当日になっても自らの所属が分からず、クラスメイトが白組にいるから自分もそうだろう、とヤマを張った赤組の生徒がもう何人も強制連行されていった。
「友達とォー体育祭を楽しみたいってのがァー悪いんですかァー!」
そう叫びながら連行されていった男子生徒が生徒会所属だったりして、怜は頭の中の血管を二、三本オシャカにしていた。
この罪は白垣に償わせることにする。
だが残念なことに、面倒ごとはそれだけではなかった。
先ほど、男女選の選抜百メートル走が終わったのだが、目下、雨宮とトップ争いをすると噂されていた三年生の陸上部員が苦情を申し立てにやってきた。
いわく、銃声がおかしかった、とのこと。
「銃声? なにがおかしいってのよ、私はなにも感じなかったわ」
三年生は後輩に敬語を使われなかったことに戸惑いながらも、説明した。
「いや、とにかく、おかしかったんだよ。銃声が……普段の練習で聞く音じゃなかった。
それに、係員が引き金を引く前に銃声が鳴ったような……」
「引退して耳まで鈍ったんじゃないの」
その一言でしゅんとなってしまった三年生は、最後に一言呟いて戻っていった。
「なんか……違ったんだよ、いつもと」
怜はふう、とため息をついて頭を振る。
少し冷たくしてしまったかもしれないが、確証もないのにそんな異議申し立てをいちいち受け入れていては混乱するだけだ。
時折、指示を仰ぎにやってくる下級生をさばいていると、
「大変そうだね、怜」
と ジャージを羽織った体操服姿の鴉羽ミハネがいつの間にか側に立っていた。
「ミハネ。どうしたの」
彼女は怜の数少ない友人の一人である。
ミハネは怜の隣に腰掛けると、ううんと背伸びをした。
「クラスの連中、もううるさくって。ずーっと、雨宮、雨宮、でしょ」
「ああ――」
怜は生徒会の活動で忙しく、クラスの繋がりをあまり感じないが、そういえば自分たちは雨宮秀一と同じクラスだった。
「そういえば彼、どうしたんだろうね、急に」
「なんでも、旅行にいってたらしいよ」
「他の二人も? どこに?」
「上海。倉田と八木は向こうが気に入っちゃって、出席日数ギリギリまで居つくつもりなんだって」
「帰ってこなくていいのに」
先ほどの三年生やラッキーなどが聞けば震え上がりそうな声音にも、ミハネは愉快そうに笑い声をあげるだけだ。
「怜らしいや。ま、あの二人はあたしも嫌いだったけどね。
金魚の糞なんか最低っしょ。なっさけない。
――ところで、さっきの人のことなんだけど」
「どの人? もう色々ありすぎて何が何やら」
「ああ、ごめん。陸上部の人。なにか言ってた?」
「別に……銃声がおかしいとか意味わからないこと。どうでもいいよ。言いがかりだろうし」
「そう。じゃあ、得点の変動とかやり直しはしないんだ。そうだよね、面倒だもんね」
「ええ。それがどうかしたの?」
べつに、とミハネはとびきりの笑顔で答えた。
怜はどこか釈然としない気持ちを覚えながらも、校庭に視線を戻した。
次の障害物競走を始めるため、役員が机や網をレーンに並べている。
放送席から金切り声が上がった。
「さァ、まずは赤組の一歩リードです!
果たして門屋先輩と白垣先輩、どっちがカガミ先輩のハートを射止めるのかァ?」
キーン、とマイクが一瞬ハウリングした。怜の眉がひそめられる。
「おっとぉ、続々と放送部の方に応援メールが送られ……
違います! 呪いのメールです! 二人に対するモテない男どもからホカホカの呪いが舞い込んでおります!
それじゃあ次の競技が始まるまで読み上げちゃいましょう!
まずはペンネーム顎男さんから――」
怜はまた、頭痛をぶり返して前かがみに額を押さえた。
ミハネの心配を含んだ視線が背中に当たっているのを感じる。
まったく、なんだって、こうも白垣はお祭り好きなのか。
間違っているだろう、赤組が勝つか白組か勝つかで、どっちが付き合うかなんて。
怜は放送席を睨みつける。
こっちの頭痛もなんのその、平気な顔でこの馬鹿げた祭りを煽っているDJを黙らせてやりたかった。
放送部新米DJ、馬場ナギサはきゃあきゃあ喚きながら、マイクを振り回している。
女版雨宮みたいだ、と怜は思った。