35.笑顔
A.カガミを傷つけたくない。
天馬は結局、そのまま家に帰った。
自分は不幸をばら撒く存在だ。だからカガミの側にはいられない。
その意見は変わらなかった。
今、カガミは白垣会長と慎ましく高校生活を謳歌している。
あっという間に生徒会にも馴染み、この時代の思い出は天寿を全うするまで彼女の胸の中に大切に仕舞われるだろう。
それでいい。それが天馬の願いだった。
自分が幸せになれない分、カガミにはそれを存分に味わって欲しかった。
自分のような異分子が混ざってはならない……。
あれ以来、カガミの表情は読めなくなった。
天馬には皆が見ているのと同じ精巧な人形のように整った芸術作品じみたカガミの顔しか見えない。
ふと思う。誰も彼女の笑顔を見たことがないなんて、悲しいなと。
白垣はそれができるだろうか。
やつはああ見えて義理堅いから、最初の動機はどうあれ、今ではきちんとカガミに対して責任を持っているだろう。
自分よりも相応しい。
だが、果たしてこの世に自分が相応しい物事なんてあるのだろうか。
いや、ない。自分は一生、異物として生きていくのだ。
カガミがこの世界に受け入れられる代わりに、自分が椅子を譲ったと思おう。
すべて丸く収まった。これの何が悪い。
受験を控えた冬のある日、机を並べて参考書を見合っていたラッキーに言われたことがある。
「最近の君とは、なんだか不思議と気が合うよ――」
ああ、そうだ。これはラッキーのやり方なんだ。
でも、オレは、こんな終わり方が嫌だったんじゃないのか。
オレはもっと――。
いや、よそう。
どうだ、これが平和だ。誰も傷つかず何も失わない。
そんな平穏。満足だろう。
「ミハネも、最近はよくなってきたんだ。やっぱり、父親の存在が支えであったと同時に、重荷だったんだね。
これで彼女がちゃんと立ち直れたら……僕は君に感謝するかもしれない、天馬」
ラッキーが悲喜こもごも、といった表情で言う。
そこには嘘もやましさもない。
彼もまた、ただひたすらに好きな女の子を心配していただけだったのだ。
「あ、カガミさん」
ラッキーが窓の外を指差す。釣られて天馬も目を向けた。
雪の積もった校庭を白垣とカガミが肩を並べて下校している。
その横顔はいつ見ても綺麗だ。白垣はへらへらと笑い、カガミが頷いている。
(幸せか、カガミ)
心の中でそう尋ねる。
けれどいつも、答えは返ってこない。
笑わないカガミは、いつしか正門を通り過ぎて、見えなくなった。
【賭博天空録バカラス TRUE END】