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第九話 電話

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 翌日木島はスーツを着て昔のように仕事をしていた。仕事は経理だ。六十近い彼には現場の肉体労働など出来はしないし倒産した会社でもやっていたのは経理だった。慣れているので仕事には問題がない。
 が、問題は対人関係だった。木島の待遇は無論平社員だ。が、しかし彼は社長の義兄でもある。それに彼のほうが仕事もできた。そのため周りの社員との関係は初めのころはぎこちないものだった。が、一週間もしてくるとだんだんと周りの人間とも打ち解けて来た。
 が、しかし家族は彼を避けた。恵子も娘の舞も恵子の弟も彼を避けた。彼に声をかけて来たのは恵子の母ぐらいだった。 

 そんなある日木島が会社から帰ろうとすると声をかけてくる者がいた。彼はその声に聞き覚えがあった。振り返るとそこにいるのは娘の舞だった。木島は嬉しく思いながら戸惑った。なんの用だろうか。そう思ったのだ。娘は少し気恥ずかしそうに体をもじもじさせながら言った。
「あ、あのやっぱりあたしお父さんがお母さんに先に言い出した方がいいと思うよ。こう言うことは  男の人が先に言わないと……」 
 娘の気遣いに木島は思わず涙が出そうになった。が、それを必死に抑えて平静を装って答えた。
「ああ。そうだな。うん。言ってみるよ」

 木島は勇気を出して家の方へと向かった。家と事務所はつながっているが別の入り口から入る。いつも彼は事務所の入り口から入っているので家にいくことはなかった。緊張しながらインターホンを押す。出て来たのは……恵子だった。彼は作り笑いをしながら言った。
「さあ今後のことについて話さないか」
 が、恵子の反応は素っ気なかった。
「話すことは何もありません」
 木島はしばらく立ちすくんでいた。
 
 その日の夜彼はにやにやしながらビールを吞んでいた。よほど娘の言葉が嬉しかったのである。祝杯だった。まあ相変わらず妻との関係は少しも改善せず、気まずいままだが……。だがしかしそれは木島にとって予定通りと言ったら予定通りだった。なので上機嫌だった。
 そんな彼に突然一本の電話がかかって来た。彼は電話を取る。
「もしもし。篠崎です」
 電話を掛けて来たのは篠崎だった。木島は尋ねた。
「いったい何の用だ」
 もう木島にとって反社会同盟はどうでもいいことになりつつあった。が、篠崎は興奮しながらにこう答えた。
「とんでもないことを思い出してな。今度の土曜三人で話し合わないか」
 木島はなるべく嬉しそうに答えた。
「ああ。もちろんいいよ」
 それは古い友人への義理でもあり同情でもあった。そんなことには気づかず篠崎は嬉しそうに言った。
「そうか。そうか。場所は俺んちだ。春日部駅東口で朝十時に待ってる」
 木島もわざと興奮気味に言った。
「うん。分かった」
 木島はもう自分がなんとなく昔の生活に戻って来ているような気がしてならなかった。それは働き始めたということもあるし、家族との中が少しずつではあるが良くなって来たということもあった。
 それに最近平日は仕事で忙しいので反社会同盟の活動をするのは厳しい。そう思ったが彼は行くことにした。それは義理でもあり同情でもあった。が、行かないと何となく後ろめたい気が彼はしてならなかった……。

 土曜日。木島は約束通り春日部駅に着いた。彼は一番最後に着いた。駅にはすでに篠崎と浜田がいた。篠崎は木島を見つけると嬉しそうに手を振りながら声をかけて来た。
「木島。よく来たな」
 浜田はこう言った。
「なんか変わりないか」
 実際のところ変化がたくさんあったのだが木島はそれを言い出せなかった。
「いや別に」
 素っ気なくそう答えた。
 
 木島はそのあと篠崎の車に乗り、十分ほどで篠崎の家に着いた。車内でも篠崎はなんで呼んだのかくわしい理由を言おうとしなかった。ただこう笑いをこらえながら言うのだった。
「あとでのお楽しみだ」

 篠崎の家は二階建てだった。家に着くと篠崎はレビングに案内した。三人はそれぞれ好きな席に座った。その後妻が出て来て一応あいさつをして菓子を置いて奥に引っ込んでいった。篠崎は言った。
「今は息子が自立したし両親も死んじまった。二人で暮らしている」
「そうか」
 木島は気のない返事をした。それもそのはず。早く呼び出した理由が知りたかったのだ。その気持ちは浜田も同じようだった。浜田はこう尋ねた。
「で、教えてくれるんだろうな呼び出した理由を」
 篠崎は思い出したように言った。
「そうだ。そうだ。本題に入ろう」
 そして篠崎は部屋の隅に置いてあった鞄を持って来て机の上に置いた。そして鞄を丁重に開けた。木島と浜田は興味津々にその鞄を覗き込んだ。そこには……。そこには……。
 一枚の紙切れがあった。
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