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第十五話  決戦 その3

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第十五話 「決戦 その3」



起:佐伯泰彦最後の罠

 読者諸君は覚えてられるだろうか?
 探偵佐伯泰彦が仕掛けた多くの罠。
 既にいくつかの罠は超人を苦しめ、今この絶対的窮地に立たせている。
 
 僕、岩倉正太郎はまだ当年十歳。この時、今でも忘れられない決断を行った。
 綾ノ森少佐の冷静かつ、驚異の話術で超人は尻尾を出し、後は化けの皮を剥がせば此処にいる軍警察の面々が彼を直ぐにでも捉える事が出来るだろう。
 どんなに超人と言えど、一人で百人の人間を相手に勝てるはずが無い。
 既に彼は包囲されている。
 
 …と、言ってはみたが相手は常識外の化け物、流れを奪われてしまうとアッという間に窮地を脱してしまう可能性もある。
 僕はその事を肌で感じていた。
 だからこそ、綾ノ森少佐の援護に対し感謝と責任を感じ、いつもより一歩前に出る決断をした。

「彼は佐伯先生じゃあありません。超人Xです」
 力強く彼の顔を指差しジッと睨む。超人Xもまた僕を怖い目で睨み
「正チャン…何を根拠にそんな事を言うんだい…」
 口調は悲しげだが、発される空気には悪意が満ちている。
 もちろん、これが本物の佐伯先生であった場合取り返しがつかないとも考えられる、だけど僕には自信があった。
 佐伯先生と僕だけの秘密の罠、仕掛けた当人が罠に掛るなんて思えない、つまり…超人は彼だ。

 

承:ボタン

 僕の指はすぅぅっと超人Xの上着を指差す。
「ボタン…一つ数が多いですよ…」
 人々の目線が一斉に超人Xの上着に集中する。
 ああ、そうだ確かに一つ余ったボタンが彼の上着に付いている。
「…ははは、これがどうしたと言うんだ。いつも通りじゃあないか正ちゃん。これは予備のボタン、何を今更」
「先生は僕にだけ秘密の罠を話してくれました。別館の倉庫に超人が隠した着替えの服装、その中に先生の服も混ざっていました。先生はその服をあえて隠したりせずに罠を仕掛けて置いたのです。”ボタンを増やす”…ボタンが取れたと言うのは良くありますが、増えると言うのはあり得ません」
 声を張り上げ、僕は彼の服を指差す。
 ちょっとだけ目頭が熱くなり、袖で頬を流れた物を拭き取る。
「これは私が始めから来ていた服だよ。忘れたのかい?それとも誰か”ボタンが三つの服”を着ていたと言う事が出来る人はいるのかい?」
 超人Xはあくまで冷静だった。
 少し笑いながら彼は周囲をぐるりと見渡す。
 彼には自信があった。”街中ですれ違った人の服装を完全に覚えている”なんて事あり得ない…と
 実際に僕も、綾ノ森少佐ですらこれには反論が出来なかった。だって僕以外に佐伯先生の服装に注目していた人間なんていないだろうから。
 なにせ、佐伯先生は年中同じ服装を繰り返し使っていたから誰かが気に留める事がある何て考えられなかった。
 だが、佐伯先生を襲った予期せぬ事故がこの窮地を救う事となる。
「あ…自分が覚えております」
 若い兵隊の一人が声を上げた。
 全員の視線が一斉に動き、その青年へと照準を合わせる。
「自分は、大佐殿の命により佐伯殿の服を脱がして検査をしたのですが、上着を脱がす際ボタンが三つだけだった事を覚えております。恐らくですが篠崎も知っているかと」
 篠崎と呼ばれた兵隊は突然の指名に驚きながらも
「ええ…そう言えば自分が佐伯殿の服を預かっていた際、ボタンの数は三つでした。自分は”四”と言う数が嫌いで見るのも嫌なんですが、上着のボタンの数は四では無かった事は覚えております」
 予想も出来ない事故が思わぬ援護と成り、超人Xは元より、僕ら二人も驚きは隠せなかった。



転:消えた犯罪者

 誰しもがこの事実を前に動けなくなっていたその時、張りのある大声で
「ひっ捕らえろ!!」
 と叫ぶ男が。
 そう、これまで沈黙を守っていた足利大佐だ。
 その声を待っていたかの如く、兵隊達は一斉に超人Xに掴みかかる。
「殺すな!口さえ動けばいい、どんな手を使ってでもいいから捕まえろ!」
 一斉に室内に詰め寄る兵隊達、僕は彼らに踏みつぶされ悲鳴を上げていた所を綾ノ森少佐によって助けてもらった。
 その光景は、”蜜蜂が自分より大きな敵を集団で襲い、蒸し殺す”と言う戦い方に良く似ているように思えた。

 僕らは二人で廊下に逃げ込み、そこで大きく深呼吸をする。
「馬鹿共が、少しは考えて行動すればいいのに」
 綾ノ森少佐が小声でぼやく。
 僕は彼の顔を見てクスクス笑った。
 室内はまだ罵声と怒声が響き、ここが美術館である事を忘れてしまう様な光景であった。

「ば!馬鹿者!!わ…ワシを!ま…巻き込むな!」
 途切れ途切れ、耳を劈く(つんざく)悲鳴にも似た声が聞こえる。
「ああ…足利殿か…ざまぁないな」
 綾ノ森少佐はニコリと笑い僕に話しかけた。
 僕はその言葉に耐えきれず腹を抱えて大笑いをしてしまう。
(ああ…終わったんだ…)
 僕の中の緊張感はようやく途切れ、安堵感からか笑いは収まらなかった…だが…
 突如室内の騒音は静かになって行き、兵隊達の動きが止まった。
 嫌な予感がする…綾ノ森少佐もいつもの切れ目で鋭い視線になるとその場を立ち上がる。

「…い…居ない!超人Xがいないぞ!!」
 誰かが声を張り上げる。
 僕らの眼が一斉に猫のように細くなった。



結:再び参上、探偵佐伯泰彦

 その男の息は荒く、体中に生傷があった。
 頭から血が噴き出ていて、いつもより歩くのが遅い。
 飛び降りた時、上手く着地も出来ず足を痛めてしまっている。
 それでも…それでも彼はしぶとく逃げた。
(何と言う事だ…)
 彼は頭の中で何度も悔やんだ。
 懐には盗んだ宝石がある。だが、今回の仕事は成功とは言えない…”命からがら生き延びた”程度だ。
 完璧を信条とし、美しく仕事をする事を美学と考えている彼にとっては屈辱的逃走。
(佐伯泰彦…許さぬ…)
 そこに存在してもしなくても、今回の仕事において全て邪魔をし続けて来たのは、あの探偵。
 “次に会う時は必ず完膚なきまでに叩きのめす“と心に誓い、ずるずると這う(はう)様に裏口へと向かう。
 彼は此処に秘密の抜け穴を作っておいたのだ、もしもの時の隠れ場所にして逃走の手段として。
 抜け道は戦国時代に造られた物で、内部は暗く、そして脆い為に立ち入り禁止区と成っている。
 彼の様な逃走者にとって願っても無い抜け道と成っていた。

「もうすぐだ…もうすぐ此処から…」
 彼は一度後ろを振り向き追っ手の確認をする。
(よし、誰もいない…)
 彼の眼は梟(ふくろう)の様に夜でもしっかりと物を確認出来るのだ。
 安心して再び目線を前にすると、まるでお化けが現れたかの様に突如人影が現れた。
 彼は目を細め、冷静に判断する。
(お化けであれば問題無い、気にせず進める。だが、もしもあの男であれば…)
 こう言う時、誰もが経験する事だが良い方に事は進まない。
 現れたのは一度倒したはずのあの男…
「さぁ、決着をつけようか超人X」
 服装こそ変えてはいたが、間違い無い。
 銀縁の眼鏡にだらしのない”もじゃもじゃの髪型”、胸に輝く懐中時計。
「…また君か。…どうも私は君と縁があるらしい」
 荒い息で咽(むせ)ながら彼はそう言った。
「その調子じゃあ私の罠が成功したようだね、正ちゃん達にお礼を言わないとね」
「糞尿にまみれてまで私を追い詰めるとは…君はとんでも無い男だな」
「当分は警部には馬鹿にされるかもしれないよ、まいったまいった」
 まるで友達の様に笑い合い、再び目を合わせる。
 

 最後はやはりこの男が超人Xの前に姿を現す。
 ”探偵佐伯泰彦  対  超人X ”
 最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

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