「……はらー。北原ー」
自分の名前を呼ぶ声で、目が覚めた。辺りは真っ暗だった。
「むむ?この男とは思えないほど細くなよっちい手は!」
突然、手を掴まれた。
「でてこいや!!!」
威勢の良い声とともに、僕は手を引っ張られた。ずるずる、と体が上に引かれていった。
「ぷはあ」
本の海から引き揚げられた僕は、大きく息を吐いてから酸素を体内に取り込んだ。小汚い部屋の淀んだ空気なので新鮮でなければ美味くも無い。思わずむせてしまった。
「大丈夫かい?」
傍らの江国が呟いた。
「ああ、なんとか。まさか本の雪崩に遭遇するとはな」
「びっくりしたよ?上で何してたのか知らないけどさあ」
「いや別に何もしてねえよ」
「またまたあ。イヤラシイことをしようとして怒られたんじゃないの?」
「まさか」
……ここで疑問が浮かんだ。それは、誰に対して?
江国もそのことに気づいたらしく、僕たちは顔を突き合わせた。
「ふみ子さーん!!!!!」
必死の救出作業は実を結び、ふみ子さんは無事発見された。手にはしっかりとハサミが握られていた。
「なんで布切り鋏を持ってるの?」
気絶しているふみ子さんを起こさないように、江国は小さな声で言った。江国のおかげで気づいたが、確かにふみ子さんの持っていたハサミは紙ではなく布を切る物だった。
「知らん。聖書から出てきた」
「ロックハンマーは一緒に入ってなかった?」
「石鹸石のチェスもねえよ」
がっくりとした江国をよそに、僕は改めて見たこのハサミに恐怖を感じた。いくらなんでも大きすぎる。
「人、殺せるよなこれ」
「そうよ」
江国に話しかけたつもりが、返ってきたのはふみ子さんの声だった。ふみ子さんは上体を反らし、ゆっくりと起き上がった。
目の前の汚い女性は、不敵な笑みを浮かべハサミを構えた。
6話
「初めて会った時からあんたはそうだった」
あのふみ子さんが、喋っている。
「私を見下していた。汚い、不細工な女だと思ってた」
息が詰まった。彼女は最初から僕の視線に気づいていたのだ。
「楠山君に何を言われたのかしらないけど、あんたは私に歩み寄ってきた。チャンスだと思った。終いには家にまで上がり込んでくる始末。なんで、そんなに無防備になれるの?私が何をするか、想像しなかったの?あんたの侮蔑に、気付いてないとでも思ったの?」
ふみ子さんの手元にあるハサミが、光った。その光は真っ直ぐ僕の目前まで伸びた。
「なんか、言い残すことある?言い訳なら聞いてあげるよ」
……何を言えばいいのだろう?どうすれば、この窮地から脱することができるのだろう?僕の頭は意外にも冷静に動き出した。
左耳たぶに熱いものを感じ、僕の思考は停止した。痛い?なんだこれは。
「押し黙ってれば許されるとでも思った?」
目前のハサミは光を失い、赤く湿っていた。血?誰の?僕の?とっさに手で触れると、左の耳たぶは二つになっていた。真ん中から綺麗に裂け、とめどない出血が僕の手を濡らした。
「つっっっ!!!!!」
前かがみになり、両手で耳たぶを押さえる。段々と痛みは増していき、血の気が引いた。痛い、イタイ。駄目だ、このままじゃ……。
「聞いてくれ!」
せっかく与えられたチャンスを、生かさねば。
「確かに、僕は君を馬鹿にしていた。汚い、不細工な女だと思った」
痛みに、顔が歪んだ。
「続けて」
ふみ子さんは無表情に僕を見ていた。
「でも、楠山が持っていた写真を見て、考えが変わった。こんなに綺麗な子が、何でこうなったんだろう?単純に、疑問を持った」
「……」
「楠山は、君のことを心配していた。君をあの写真の頃に戻して欲しい。僕に、そう言って来たんだ」
ふっと、僕の目の前からハサミが消えた。ふみ子さんは頭を下げ、体を縮めた。
「僕は楠山の提案を受け入れた。だって、そうだろ?勿体無いじゃないか!こんな部屋に閉じ籠って本を読むだけの生活なんて、楽しいわけがない!」
「うるさい!!!!!!うるさいうるさいうるさい!!!!!ほっといてよ!私の人生なんだから、好きにさせてよ!!!!!」
取り乱すふみ子さんを前に、僕は江国へ合図を送った。江国は静かに頷き、ふみ子さんへ跳びかかった。
「そのハサミ、いただきい!!!!!」
江国はきっちりとハサミを奪い取り、ふみ子さんを羽交い締めにした。
「ナイス江国!」
「はなせえええええええええええええええ!!!!!!」
いくら暴れても、引篭もりが現役運動部に力で勝てるわけがない。
「……ね。暴力はやめて、ちゃんと話し合おう。北原くんは、正直に喋ってる。ふみ子さんも、正直に話そ」
うなだれた引篭もりは、小さく頷いた。
あのふみ子さんが、喋っている。
「私を見下していた。汚い、不細工な女だと思ってた」
息が詰まった。彼女は最初から僕の視線に気づいていたのだ。
「楠山君に何を言われたのかしらないけど、あんたは私に歩み寄ってきた。チャンスだと思った。終いには家にまで上がり込んでくる始末。なんで、そんなに無防備になれるの?私が何をするか、想像しなかったの?あんたの侮蔑に、気付いてないとでも思ったの?」
ふみ子さんの手元にあるハサミが、光った。その光は真っ直ぐ僕の目前まで伸びた。
「なんか、言い残すことある?言い訳なら聞いてあげるよ」
……何を言えばいいのだろう?どうすれば、この窮地から脱することができるのだろう?僕の頭は意外にも冷静に動き出した。
左耳たぶに熱いものを感じ、僕の思考は停止した。痛い?なんだこれは。
「押し黙ってれば許されるとでも思った?」
目前のハサミは光を失い、赤く湿っていた。血?誰の?僕の?とっさに手で触れると、左の耳たぶは二つになっていた。真ん中から綺麗に裂け、とめどない出血が僕の手を濡らした。
「つっっっ!!!!!」
前かがみになり、両手で耳たぶを押さえる。段々と痛みは増していき、血の気が引いた。痛い、イタイ。駄目だ、このままじゃ……。
「聞いてくれ!」
せっかく与えられたチャンスを、生かさねば。
「確かに、僕は君を馬鹿にしていた。汚い、不細工な女だと思った」
痛みに、顔が歪んだ。
「続けて」
ふみ子さんは無表情に僕を見ていた。
「でも、楠山が持っていた写真を見て、考えが変わった。こんなに綺麗な子が、何でこうなったんだろう?単純に、疑問を持った」
「……」
「楠山は、君のことを心配していた。君をあの写真の頃に戻して欲しい。僕に、そう言って来たんだ」
ふっと、僕の目の前からハサミが消えた。ふみ子さんは頭を下げ、体を縮めた。
「僕は楠山の提案を受け入れた。だって、そうだろ?勿体無いじゃないか!こんな部屋に閉じ籠って本を読むだけの生活なんて、楽しいわけがない!」
「うるさい!!!!!!うるさいうるさいうるさい!!!!!ほっといてよ!私の人生なんだから、好きにさせてよ!!!!!」
取り乱すふみ子さんを前に、僕は江国へ合図を送った。江国は静かに頷き、ふみ子さんへ跳びかかった。
「そのハサミ、いただきい!!!!!」
江国はきっちりとハサミを奪い取り、ふみ子さんを羽交い締めにした。
「ナイス江国!」
「はなせえええええええええええええええ!!!!!!」
いくら暴れても、引篭もりが現役運動部に力で勝てるわけがない。
「……ね。暴力はやめて、ちゃんと話し合おう。北原くんは、正直に喋ってる。ふみ子さんも、正直に話そ」
うなだれた引篭もりは、小さく頷いた。