「名のない」作:硬質アルマイト
「名のない」 作:硬質アルマイト
今日も空は健やかに晴れ、そして動物たちの伸び伸びとした声が響いていた。やはり何の騒音もない穏やかな世界は良いものだと僕はゆっくりと背伸びをした。
だが、彼女の方は少し僕とは気分が違うようだ。
例えば、と彼女は言った。
「この鳥には戦車はどう見えるのかしら?」
「何って……単に羽を休める為の場所とかじゃないのかい?」
そこよ、そこなの。彼女は嬉しそうに僕にその可愛らしい人差し指を向けてくる。
「こういう風景を見ると、なんだか世界って循環しているんだなって気がしないかしら?」
そういってから僕に向けていた指を自らの顔の横でぐるりぐるりと振り出し、そして目を瞑って微笑んだ。
「まあ、そんなものなのだろうかねぇ」
彼女の指差していた戦車には最早血の色はなく、緑の蔓によって地面に絡めとられたそれは最早モニュメントとしか呼びようのない代物であった。おまけに後方に広がる自然が更にその存在に違和感を与えている。
なのにも関わらず、鳥たちはそれに何の警戒も持たずに留まっている。
「戦車とは呼びようのない代物となってしまったんだね」
「果たしてコレは戦うという役目を失った今何と呼ぶべきなのかしらね」
そうだね、と呟くが、実際のところ答えは出ていた。
ただの鉄くず。
いつかはそのまま腐食し崩れ去る運命にあるただの無機物だ。そしてそれはこの風景の一部として吸収され、名を失う。
「全く……嫌になっちゃうわよね」
「なにがだい?」
彼女の不機嫌そうな表情を見て、僕はきょとんとした。
彼女はつづけて言う。
「こんな名の消えていく鉄くずが争ったせいで、二人きりになっちゃったんだもの」
今日も空は青く、日常は緑に包まれていた。
★★★