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「メリークリスマス」作:姉崎疾風

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「警部、残念ですが…」
警部と呼ばれた男に部下と思われる青年が涙ながらにつぶやいた。

12月25日。とある殺人事件が静かに迷宮入りを迎えた。

15年前の聖夜。都内のカップルでにぎわう街に突如下腹部を切り裂かれたサンタクロースの格好をした男たちが降ってきた。
彼らの共通点はサンタクロースの格好をしている以外に、いわゆる「キモオタ」と呼ばれ、ここ数年クリスマスに誰とも過ごしていないことがあげられた。
そして、彼らは同じ「プレゼント」を持っていたのだ。
ピンク色に白い水玉模様の箱に黄色いストライプの入ったかわいらしい「プレゼント」。
指紋などの証拠も見つからぬまま、焦っていた警察がその箱を開けてみたところ、中身にはぬいぐるみがあるわけでも、ビックリ箱でピエロが飛び出てくるわけでもなく、ただ一言、
「メリークリスマス」と書かれたコピー用紙が入っているだけだった。

警察はすぐさま捜査本部を置き、1か月で容疑者を4組に絞った。

1組目は「フロンス兄弟」。彼らは「退屈しのぎ」目的の猟奇的殺人事件で数回逮捕されているが、すべて「証拠不十分」で不起訴となっている。
今回も同じ理由で殺人を行ったとして逮捕されている。
「今回も俺達は関係ないぜ」
兄のケイタは、逮捕されて数日後の取り調べで笑いながら話している。
「その日は兄さんと一晩中愛しあっていたからさ。その時使ったホテルの主人にでも聞いてみな」
弟のケイトも兄と同じ笑い方で取調官をおちょくっている。
警察は調べを進めるが、ケイトの証言通りにホテルの監視カメラに二人が映っていることが判明しアリバイが成立した。

2組目は「Mr.J」。シルクハットと仮面で顔を隠し、マントに身を包む謎の男として世界中のテレビに出演する有名なマジシャンである彼は、頻繁に更新される自身の公式サイトで「今年のクリスマスは世界がひっくり返る」と謎の発表していたが、結局何も起らず、ファンの一部で「犯人説」がささやかれていた。
「その日何もしなかったのは逆の意味でサプライズを与えるためだ!」
彼は誤解を招かぬように素顔をさらし取り調べに臨みそう答えた。その姿は田舎のまじめそうな好青年だった。
「その日は地元の屋台で飲んでいた」
警察はその証言の裏付け捜査で九州のとある田舎のちいさな屋台を訪れた。
「山田さんちの太朗君かい?確かに来たバイ。熱燗1杯でベロベロに酔うとはあんコだけタイ」
腰の曲がった80歳のオヤジは煙草をふかしながら元気に答えた。

3組目は木村タク。日本を代表するイケメン俳優で容疑者となっても「抱かれたい俳優」の1位から一度も落ちることなく更新し続けていた。
彼が容疑者になった理由は、被害者となった男たちと同じ掲示板で「クリスマスなんか死ねばいいのに」と数回にわたりスレッドを立てまくっていて、掲示板の住人からは「クリスマスの神」と呼ばれていたからだ。
「たったそれだけで逮捕されるなら世界中のモテない男全てが容疑者だ!」
警察の捜査に木村は大声で反抗し続ける。
その後の捜査で、木村はその時間に同じ掲示板にゲームの美少女が画面のパソコンにケーキなどささげている写真を投稿していたことが分かり、これもアリバイが成立した。

4組目はキャバクラで働くリナ。
彼女と関わった男は数週間で謎の死を遂げる事件が300件以上あり、今回の事件もその一部と考えられた。
「バッカじゃない?そんなクズ共相手にするわけないでしょ?イケメンで年収が3000万を超えてはじめて男なのよ」
確かに、彼女の周りで死んだ男たちは全てその条件を満たしていた。
「その日はアタシの誕生日だったからお店で誕生会を開いてもらっていたわ」
しかし彼女の誕生日は全く別の日。その点を不審に思った取調官が言及した。
「彼女のアリバイを証明します!!」
そう言って数人の警察官が取調室になだれ込んできた。
「その日僕たちはそのパーティーに参加していました。そして彼女にプレゼントを渡しました!」
そう言って警察官の一人が写真を取り出す。そこには大量の男とプレゼントに眉ひとつ動かさないリナの姿が映っていた。

その後、毎日のように取り調べは続けられたが、結局全ての容疑者のアリバイが成立し釈放され、決めても無いまま時効の成立を迎えた。

「お疲れさん。せっかくの聖夜だ。もう帰って彼女に愛をささやいてやれ。」
警部は1本の煙草を取り出し火をつけてゆっくりと煙を吐き出した。
「警部…ここだけの話で結構です。あなたは誰が犯人だったと?」
青年が涙をスーツの袖で拭いながら尋ねた。
警部は遠い目でカレンダーを見つめた。そしてつけたばかりの煙草を揉み消し静かに口を開いた。

「…クリスマスのリア充全てだな」

END
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