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「天気良し、風良し、不審者なし、今日も街は安全であります」
雲の間を見え隠れする満月はまるで乙女が恥じらうように女を照らしては、また黒洞々たる闇に誘う、そんな夜更け。雲は夜空を迷いなく渡っていくのに、風は凪いでいた。
女は今日も廃墟と化した街を崖の上から見渡す。その表情には誇らしいものがあったが、その瞳はどこかもの悲しい。
女は朝昼晩毎日欠かさず街を見渡しては、過ぎ去った日々と邂逅する。思い出は遠き日になるにつれて鮮明さを増し、街は日を追うごとに荒れ果てていった。
しかし――と女は思う。
この街は自分の大切な、大切だった人たちに思い出させる、と。
春の街は母親を思い出させる。麗らかな太陽の光を浴びた街は、いつか見た母親のぬくもりが垣間見られた。
夏の街は齢の離れた妹を思い出させる。目を背けたくなるような眩しい日差しを受けた街は、かつての妹の溌剌とした笑顔にそっくりだ。
秋の街は父親を思い出させる。だんだんと閑散としてくる街は、齢を重ねるごとに寡黙になっていった父親の背中を彷彿とさせた。
そして雪も降らない、ただ寒いだけの冬の街は、あの日最後に強がりを言って自分を送り出してくれた――
「あなたに似ている」
女がそう零すと、不意に強い風が今日も故人の声を運んできた。「もういい、帰りなさい」と。
しかし女は首を横に振ると、風の主に向かって誇らしげに敬礼をする。
「天気良し、風良し、不審者なし、今日も街は安全であります」