現生徒会長:綾川数久の幕間
「猫の死体を作り上げた犯人の総称を、例えばDと仮定しよう。何故Dかって? もちろん、デストロイ、破壊の意味だよ。動物が殺された場合、その罪は器物損壊の罪となる。ということはMのマーダー、人殺しではなく。デストロイの方が正しいと思わないかい? 動物愛護の精神で話すと為れば、通常は殺しと断定するのが正しいのかもしれない、それは正しい精神の表れだ。そして、デストロイという総称に関しては、僕たちが決める定義であって、犯人が意識している罪の総称ではない。しかし、罪、刑罰として犯人は、図らずもデストロイからマーダーへ。……面白いね、Dから、Mに為る前にレイプ犯Aを通過する。と動機としてはそんな感じだろう。M(人殺し)に為るのはA(abductor:アブダクター・誘拐者)が、私をD(破壊)したから。Mad、気が狂う方程式か。面白い言葉遊びだ、すぐに思いついたにしては中々の出来だとは思わないかい? ………ってこのくらいでいい?」
「うん、いいよ」
目の前の俺の年上の彼女は、俺のベッドに横たわりながらこちらの顔を緩んだ調子で眺めている。こういうときにしか、上機嫌にならないんだもんなあ。可愛い彼女であることは確かなんだけど、猟奇的なところは置いといて。
「なんで俺が、最近よく読んでる小説のキャラクター口調でしゃべらなきゃいけないのさ」
「趣味だからだっ」
「言い切るな!」
「西尾維新マジぱねえ」
「痛すぎるよ……発言が…」
好きだけどね。
「後、おしおきね、前から言ってるでしょ。数久はボクが似合うって」
「そんな事、言われても」
「とうっ!」
そして、ベッドのスプリングを利用して繰り出される飛び蹴り。芯に響く重みに笑顔だってブレる。
痛いのは慣れてるけど、いつまでたっても気持ちいいなんて思えないよ。エベレスト並みに聳える愛の塵芥が、天辺から徐々に磨耗する気分だ。
この場合、些細な差でも、しっかりと愛が減っているというところに注目してほしい。
「はい、おしおきかんりょー」
例え痛めつけられたとしても、歳が三つも上なのに、光るような幼い笑顔にボクは照れてしまう。可愛いなあ、ホント。俺……ボクの彼女は。そんでもって、俺の緩んだ顔を見てか見ないでか、光るような笑顔が温和に緩む。
「ぬふー」
彼女が両腕を伸ばすと、空気が胎動するように俺の元にどうとも形容しがたい、ただ単純に俺の好きな匂いが纏わりつくようにやってくる。放心して、眩暈をおこしそうになる。俺の頭を抱きしめる彼女。柔らかな乳房から伝わる暖かさに、俺も安堵してしまう。
あ、まったくの蛇足だが、ちゃんと服は着ているので悪しからず。
「な、なにさ」
「可愛いなあ、もうラブラブだよ。アタイ。らぶらぶ」
「アタイって何…? それに、ラブラブじゃなくてメロメロの間違いじゃないの?」
「ちがうよー、ふたりはラブラブ勝手に予測。押し付ける愛にメロメロはないのです。」
確かに、押し付ける愛ならメロメロはありえないけど。だって、自分がメロメロじゃないって言い張るのが押し付けですものね。
「だからたとい、数久が浮気をしても私は許します」
「え、意外」
「追求もしません」
「本当に意外」
オチを予測して、色々な突っ込みを考える。まあ、オチだと思うくらいに彼女が俺の浮気を許すつもりはないだろうと思っているからなのだが。だって、二人はラブラブなのだから。と、そんなことを考えている自分に恥ずかしくなるなあ、本当に。
「だって、私浮気してるもん」
聞いて凍りつく、俺。
本当に、指の先から先まで永久凍土だった。
「というわけで、私はヤリに行くので」
彼女は、さきほど座りなおしたベッドの上から立ち上がり、机の上に乗っかっている鞄に手を伸ばして、ついでに俺の箪笥を物色、ってか、コンドームを持っていくな! リアリティのありすぎる行動に永久凍土も瓦解した。
「ちょ、ちょちょちょちょちょ! え、誰! 何! マジなの!?」
足元がおぼつかない。まるで、週末のサラリーマンのように千鳥足で彼女に手を伸ばすが届かない。
「私は、追及しません。だから、貴方も追及しないで」
「本当に価値観の押し付けじゃん! それ!」
「ふふ……私たち結婚したら良い夫婦になれそうね(笑)」
「(笑)じゃないよ、(笑)じゃ! しかも一々発音してるのがイヤラシイよ!」
「ということで、じゃ!」
んで、閉められる扉。持ち出された彼女のバック。扉の間から見えた、彼女の笑顔。ああ、なんか、すごく切ないって言うか、この場合誰に怒ればいいのかな……おい。
なんか、悲しくなって。いや、多分彼女の冗談なんだろうけど、それでも頬を涙が伝うのは何故だろう。もう18歳になるってのにね、ふふふ……、笑いながら泣いてやるよ。
静かに扉を開けると、予想通りというかなんと言うか。どーん、と飛びつくように俺に体当たり。転がるようにして床にダイブ、背中を強か打ち付けて。彼女はびっくり。
「ないてるのっ!?」
「あはは、はは」
笑いながら泣く事に成功。ちなみに図らずして成功した事なので、計画的には座礁といったところなんだけど。まあ、意外と本気で泣いた。
「眼鏡男子! 眼鏡男子がマジ泣きしている……! ご、ご、ごめんね! 嘘だよ! 浮気なんてしてないよ! ホントだよ誓って本当だから」
「……ぐぬ…」
マジ泣きしている俺にとっては、この場合浮気している事とかそんなことよりも何故、ここまでして彼女に苛め抜かれているかの方がショックなのだけど。
「愛を計りたかっただけなの、愛を、数久がどのくらい私を愛しているのか見たかっただけなのー!」
つーか、ショックな愛の推し量り方だ。才色兼備と呼ばれている彼女だが、こんな普通以上にめんどくさい女の子な部分もある。それに被害を蒙っている俺は俺でそれなりに誇れるものなのだろうけど。それにしたって厄介の一言だ。
「わかったよ、浮気してないのは判ったから」
「もう、多分次の物語の最後くらいまでこういうことしないから……!」
彼女が何を言っているか判らない。まあ、次の話ってのが出なければ、そんな愛の確かめ方を彼女はしないという事なんだろう。まあ、人生どういう風に転ぶか判らないものである。
「とりあえず、わかったから」
「ホント? ……でも、泣いてくれるんだね。嬉しいよ」
「まあ、浮気されるのは嫌だし」
「ぬふー」
倒れこむようにして、先ほどまで床についていた手を放す彼女。柔らかな匂いが鼻腔をついて、もうこのまま倒れこんでベッドに持ち帰ってもいいんじゃないか。と思ったけど、諌めておく。
「はいはい、抱きつくのは後ね。……だいぶ脱線したけど、今日はイチャつくために俺のところに来たんじゃないんでしょ」
「あ。」
そうだったと言わんばかりに、俺に馬乗りになりながら手を叩く彼女。こんなにお馬鹿なのに、なんで頭いいんだろ。ホント。
俺は、彼女を体からどかして床から立ち上がり。とりあえず、椅子に座りなおす。彼女はベッドにいそいそと潜り込んで寂しいのサイン。
早すぎるよ。らぶらぶにも休憩は必要だ。
と思ったんだけど、潜った布団から彼女の真面目な顔が出てきて、あなどっちゃいけないなあ、なんて安心する。
「それで、やっぱり犯人は榊原に襲われた女の子なの?」
「うん、それは確かだと思うよ」
「何でそう思ったの」
「まあ、その水澄くんという子が言っていたからというのが、本当なんだけど。彼がどうしてそこに至ったかというのは、彼にしかわからない。けれど、それも踏まえて予測するなら、最初の死体からかな、猫の死体の置き場所が全部、榊原の関係のあるところだったからだよ」
「でも、それだけだったら、単純に榊原に嫌がらせをしているだけとも考えられるけど」
「そう、そうなんだ。普通はそう考える、榊原に対して何かしらの嫌がらせをしているような印象。だけど、水澄くんはそう思わなかった」
「だから、榊原が殺されるなんて言った?」
話を真面目に聞くために、彼女はベッドの上で座りなおす。
「誰よりも彼は早くに気がついていたんだよ。しかも歪んだ考え方が理解できると見える。とんでもない子だね、水澄くんてヤツは」
「何に気がついてたって言うの?」
「猫の死体の共通項さ」
猫の死体の共通項、どうして、猫はあんなに無残な形で殺されなければならなかったのか。何故、猫だったのか。何故、榊原に見せる必要があったのか。そして、どうして彼は気がつくことが出来たのか。
今となっては、最後の彼がどうして気がつくことが出来たのか、という事以外は俺にもわかる。いや、違う。ただ一点を覗いて、どうして気がついたのかというのも判る。
その一点、つまり、何故こんなにも早く気がついたのか。ということ。
多分、彼にとっての一体目、二匹目の死体を見てどうしてきがつくことが出来たのかという事だ。
だって、彼は一体目の死体を、写真でも詩織ちゃんからも見てもいないし聞いてもいないのだから。
彼と、詩織ちゃんは、情報を交換するために協力する間柄になった。しかし、榊原の横槍があって彼と詩織ちゃんの間には情報交換がなされていない。会話の内容を察するに、一体目の死体があったということと、それが榊原のミステリー研究部にあったということくらいしか、情報は提示されていないはずだ。それでも、判ったって言うのか、この共通項に。
確かに、あまりにも有名な共通項だが、それにしたって……。
「猫の共通項ってなんなんでしょーか」
「ああ、簡単だよ。ネットとかで調べても出てくるようなものさ」
「え、泣き声。とか?」
「猫なで声っていうしね、でも、それは後付というか、猫を選んだ理由の共通項。猫の死体が凄惨だった理由にはならない」
「近いの?」
「近いけど、遠いね。選んだ理由はまったく別な犯人の都合だよ。榊原へのメッセージともとっていい。まあ、本人に伝える気はなかったと思うし、どちらかといえば、慰めみたいなものなんだと思うけどね。」
「んー、共通項ねえ」
「ヒントいる?」
「いる」
素直でよろしい限りだ。
「知識がないと、判らない。」
「ヒントになってるの?」
「さあ、でもネットを使えばわかるってことさね」
「ぬん、ぬん。一体目が首が切られてて、二体目が首を割かれ腹を割かれて腸が首に巻きついてて、三体目が同じように腹を切り裂いて、ついでに背中のところから腸をはみ出させてその腸を首に巻いた……。そんな検索ワードがあるかっ!」
「さあね。ちなみに三体目は首を切られて腹を割くだけだよ」
「本当は? 本当はってなにさ」
「大ヒントだよ。」
「そんなので、わかるわけ………って、まさか……、え?」
彼女も何かに気がついたらしい。俺は、彼女に微笑みかける。
「そう、この猫の死体は実際にあった事件を元に模倣されている。しかも、その模倣先は事件としては、飛びっきりだ。なにせ、あのロンドンを震撼させた殺人犯。――〝切り裂きジャック"の模倣なんだからね」
「切り裂きジャックって……娼婦を残忍に殺す、大量殺人犯のことだよね。」
「そう」
「え? だったら、何故そんな見立てにする必要があったの? それに、猫なんてなんで……ああ! 猫なで声!」
「犯人Dにとって猫は、利害によって人間に懐く所が娼婦のように見えたんだろう。」
犬じゃこうはならない、犬は単純で従順だからね。
「それに、猫の死体を人間に見立てて殺していた犯人Dの目的は、猫を殺す事じゃないんだ。殺す事を練習するのが目的だったのさ。」
「練習?」
「そう、練習」
「なんで? 練習するのよ」
「人非人になるための練習さ」
「なんで、練習するのに、切り裂きジャックなのよ」
「それは、正直よくわからない。切り裂きジャックが確実に手を下したとされるのは五人。一人目は喉を骨まで達するほど引き裂き、解体途中で放置。二人目はまた喉を引き裂いて内臓を散らし、腸を引き出されて右肩に掛けた。三人目は喉を引き裂いて、解体途中で放置。四人目は唯一生存。しかし顔を真一文字に切っている。五人目が、酷い。もし、知りたければ参考文献を開いてくれ。……あまり口で説明したくない。とにかく、凄惨さが増していくんだ。もちろん実際の切り裂きジャックは最初から異常だったんだろう。でも、文献で見る限りには、切り裂きジャックはまるで練習しているようにその死体の装飾に凄惨さを加えていく。あくまでこれは俺の推測だけれど――」
思いついた動機をそのまま話す。
彼女は、俺の言葉を聴いて静かに頷いて見せた。
多分、理解できるんだろう、出来てしまうんだろう。
もし、詩織ちゃんが最後の最後まで、榊原に陵辱されていたら。助けに行っても手遅れだったら。そんな考えが彼女の頭の中に巡っているんだろう。
あの榊原の陵辱はとても日常におこっているとは思えないものだった。しかし、陵辱は日常に起こっていて、その毒牙に詩織ちゃんはかかりそうだった。本当に奇跡的に、救われたのだ。
「私には、どうやったらDを救えるのか判らないよ」
「そうだね……、それは多分俺たちじゃ無理な事なのかもしれない」
「………」
「でも、詩織ちゃんと水澄くんは彼女を救いにいったよ。待とうよ。これ以上間違いを起こさせないのを、信じよう」
「うん」