Story Terror『ストーリーテラー:テロル』
story Terror 『ストーリーテラー:テロル』
***
{一纏めにする公式の解答と回答}
/Bによる作用
テラー、恐怖。
テラー、話し手。
水澄景夜。僕。
/Aの孤独
幾等抱いても飽き足らない。幾等残虐を施しても満たされない。
/A→BにイコールしてCの虚無感
愛しいと言う思いを、止める事が出来ない。だけれども、私の体は濡つ事がない。自分がどんなに優れた愛撫に満たされたとしても、体が濡れることはない。だから私は人形を作る事を決めました。
{以上にして、ひとつも漏らさず、物語は正しい方向に進む}
***
鈍痛がして、頭を上げる。
冷たい、カリカリという音がする。そして、痛い。
様々な五感から得る情報が頭の中を錯綜する。
ここはどこだ? コンクリートの冷たいところだ。寝そべっている地面が冷たい。
今は何時だ? 窓が見える、青白い明かりが見える。月明かりのようだ、月の位置が低い。多分七時から八時までの間だろう。
「う……っく、げっほゲホ」
肩に血がたまっているような、きしむ痛みと動きの制限を感じる。……腕が後ろ手に縛られているようだ、そして、転がって寝ているうちにどうやら強く体を蹴られたらしい。綺麗な赤さの血が口から漏れる。出てはいけない色の血だ。まあそんなことはどうでもいい。
榊原に拉致されたのか。
体を落ち着けやすい位置に整え、暗い天井を見つめながら思う。
しかし、なんということだろう。まさかこんな事になるとは思って居なかった。
学園で聞き込みをしているときから、ある程度榊原に関しては怪しい噂が流れていた。些細な事、なぜか榊原と関係があったと思われる女子は必ず榊原の話をしないということ、そして生傷が耐えないということ。そこから、女子の間では酷い彼氏なのではないのか? という噂が流れていたのだが……。
それがまさかこんな暴力グループの尻尾を掴むとは思って居なかった。まさに藪から蛇というものだ。
ため息をつこうにも内臓が痛む。
まず、部屋の状況を掴もう、と周りを出来る範囲で見渡す。
四角い、六畳ほどの部屋。扉がひとつ。白いコンクリートで囲まれていて電気はついていない。窓がひとつ。散在したウィスキーだの、コンドームだの、カップラーメンだののごみが見える。
そういえば、と、明智詩織のことを思い出す前に、隣の部屋から笑い声が聞こえた。集団の男の声。
なるほど、あまり良い予感がしなくなってきた。
芋虫のように這って扉まで近づく。男の声が聞こえる。そして、……あいつの声だ。どこぞの馬鹿の声が聞こえる。なるほど、生きているみたいだ。しかし、どうやら話の内容から察するに悪い予感は的中しているらしい。
このままだと、あの女は犯される。
声の感じからすると、多分榊原を含めて人数は5人。あいつは初体験なんだろうかなんて興味もない上に、考えたくもないので勘定には入れないが。
それに元々、こんな事になったのにはあの馬鹿自身に原因があったといってもいい。少し顔のいい男に、調子に乗ってほいほいついていくのが悪いのだ。このくらいの事、あるかもしれないなんて想像してみたらどうだったんだ。
と、そんな悪態をついても現状は打破する事が出来ない。あいつのせいであることは確かだが、それにしたってこのまま文句をいいながら転げまわる事はあまりにも格好が悪いだろう。
それに、こんな展開はあの馬鹿にとって勉強というには少しばかり学ぶところとか、精神的に削るところが多すぎる。
そう思った。
だから、僕があの女のことを好きだとかそんなことではなくて、姉の事を考える暇もなく、行動を開始していた。
僕の両手は、プラスチックバンドによって親指を縛られていた。合理的だ。アメリカの警察では犯人逮捕の場合手錠ではなくプラスチックバンドを使う場合もあるらしい。しかも親指である。間接が邪魔をしてプラスチックバンドが外れない。
まったく面倒な事をするものである。
……これではどうやっても。
と、そこで気がついた。
もしかしたらツイているかもしれない。コレを使えば、……どうにかなるかもしれない。
とりあえず、試してみてちょっと肉を削るくらいはしてみよう。かな。
ぴちゃぁり……ぴちゃぁり……。
頭の中で、部屋に響く水音を反芻する。恐怖心を煽り立てても、感覚からは逃れることは出来ない事がわかる。
非常に長い、愛撫が続いていた。まだ、処女膜は破られていない。
こんなときに、冷静に思考できる自分の精神を疑いたくなる。むしろ、パニックを半ば起こしかけているから冷静なのかもしれない。
私の服は中央から破かれていて、右の乳房はなにか粗暴なものを面白おかしく擦り付けられている。左はそんな男性器を省みず顔を近づけ舌を這わせていた。突起を舐めあげられ、吸われ、甘噛む。
感覚に、体がびくりと跳ねる。
私の両足に人工ホムンクルスの図解のようなイメージが思い浮かぶ。両足の間の顔は、私の顔を眺め見ては、夕日のように沈んで、水音を上げる。
声を上げはしない。あげられない。上げ方を知らない。
血液が、両足の間に、漏れ出すような感覚に見舞われる。声は上がらない。しかし、段々と体が熱くなっていくのに対して、思考はどんどんと冷たくなっていく。
呼吸と、湿気が多くなっていくのを感じて。高まったところで、一人が声を上げた。
「なあ、お前おかしいよ」
「……え?」
今まで、卑猥に、淫乱だの、濡れてるだの、俺が初めてになるだの言っていた周りとは対照的に、私の冷静な思考に合わせるような口調で、そう言った。
「俺たち、なんでこんなに優しく攻めてると思う?」
「榊原、…にいわれっ……たんでしょう」
「そうだよ、その通りだ」
口を開いた事によって、我慢できなかった中学生くらいのヤツが小さい粗末なものを突っ込もうとする。喉に先端が届いて、吐き気を催した。
しゃべろうとしてもしゃべる事が出来ない。噛み千切ろうにも、硬い。一気にやらないといけないだろう。
「ああ……やべ……、マジやべえ…」
「俺が話してんだろ、渡辺」
渡辺、中学生だったんだ。なんて思うくらい、嫌になるくらい私は冷静だ。
「口ぐらい、……ああ…いいじゃない、っすか」
「まあいいや、なあ。俺たちは、乱暴して犯すってのでも良いんだぜ。だけどな、それじゃ駄目なんだ。それじゃ後が続かない。優しく犯すとな、女は最終的に誰かの女になるんだよ。判るか? これが日常的なセックスに入れ替わるんだ。俺たちは犯してるんじゃない。開発してるんだよ。モルモットを。」
だからなんだっていうんだ。渡辺、と呼ばれた中学生の手が私の頭を掴む。激しく頭を振られる。意識を失ったときに嗅がされた薬物のせいだろうか、頭痛が酷く頭を振られると、白い粒子が花火のように視界をさえぎる。それでも、渡辺は止めない。
「アンタが処女だってことはわかる。こんだけきついからな。だからこそ優しく犯してやるんだ。最初は震え上がる、何もしゃべらない。だけど、やっぱりアンタは違う。アンタは俺の質問に噛み付く様子もなければ、さっさと狂うための悪あがきもありはしない。こんなこというのは何だが、アンタの初めては俺がもらってやるよ。だから、終わったら俺と付き合いな。アンタみたいな女嫌いじゃないぜ」
「ケンピー先輩、俺初めてほしいっすよ」
「てめえは調子にノンな。渡辺、後が支えてんだよ、お前は一番最後だ。口はくれてやるから我慢しろ」
「…あざー…ああ……っやっべ。ああ……マジいきそ……駄目だ」
会話しているんだか、していないんだかの境を盗み見て、榊原の表情を見る。
どうやら、ケンピーと呼ばれたやつのいうことは本当らしい。私はどうやら、コイツラノ、いつもと違うようだ。榊原は非常に愉快そうに微笑んでいた。
「ああ、でるっ」
粗暴に突っ込まれた、何かが、急に引き抜かれて、私の頬に置かれた。生暖かい感触が放物線を描いて私の肌に着地する。ミミズの化け物は、ビクリと跳ねながら頬を叩く。離れると白く粘着質の糸が頬とミミズを繋いだ。
「マジ、やっべ。……うわ…。すげえ出た…。」
「お前、きたねえよ。」
「いや、だって、AVで…」
「AVと本番を間違えんじゃねえよ。男優くせえな。お前は」
いい面になったな、なんて、周りの男たちがはやし立てる。そして、もう一本突っ込まれる前に、しゃべれるうちに答えておこうと思った。
「お断りだよ」
「あ?」
「あんたと、付き合うなんて。お断り」
「そのほうが楽になるぜ? 色々と。」
足の間の男は、受け答えながら、十分に濡っているのを感じる私の中心に、尖った物体を当てこする。ああ、ついに。私は人生で忘れられない傷の跡をつけられることになるのか。あまり、リアリティがない。
「……理由は?」
男の腰に力が入るのを感じる、皮膚が引っ張られるような感覚が体全体に伝わる。歯車のような音が私の中心で響いていく。
「童貞じゃないと付き合いたくないから、だよ」
そして、目の前の男は頭を振るようにして。
引っ張るようにして、吸い込まれるようにして。……吹っ飛んだ。
ガチリ! と、金属音が響き渡る。
「あああ!!」
壁に叩きつけられ、そして頭をなでるように血を確認して。そのままケンピーと呼ばれた男は気を失う。
そうだねえ、男の人は血に慣れてないもんね。一気に血が出たと思ったんだねえ。
はははは、あっはっは。
それにしても。
「お前、なんで!」
「詩織! 噛め!」
榊原雅人が驚愕の声をあげて、掴みかかると同時に景夜くんが叫ぶのを聴く。
連携なんてあったもんじゃないし、命令されたからやるわけじゃない。もともとやるつもりだったから、やるだけだ。
ということで、萎えた上に衝撃的だったのだろう、呆けている渡辺くんの何かを万力のごとく噛むために首を伸ばす。
ただいま、おかえり!
「ぎゃああああああああああああああ!!!」
喉を叩き割るような声が響いて。私の顔は白濁液ではなく、鮮血に染まる。
血の量に周りが戦く。そうだろうねえ、そうだろうねええ。いくらつよがったって、暗闇に乗じたって中学生だもんねえ、そんな血が出て大丈夫な昭和っ子じゃないもんねええ。
リーダー格のケンピーっつーのが倒れた今、残りの二人にはどうにかする力なんてないだろう。
あー、血が粘っこい。っぺっぺ。
塊を吐き出すと、渡辺と呼ばれた中学生は私の吐瀉物を大事そうに掬う。まあ、大丈夫だ思うけどね、皮かむってたのが、ちょっと裸じみたくらいでさ。皮しか食ってねえって。麻酔でもつけて寝てろ。
最終的に、気絶した渡辺を見て。残りの男は後ろに下がる。ビビってるんだろうなあ
なので、そこで一言。
「あんたらも、口でしてあげようか?」
口に溜まった、血液を吐き出しながらいう。
そうすると、まあ、やっぱりというかなんというか、顔を真っ青にして服を持ち上げ。扉を開け放って、そのまま飛び出していった。ざまあみろってやつだ。
さてと。
景夜くんは、手に持っている自分が殴られたバットを振り回しながら榊原先輩を追いこんでいる。いま、榊原先輩は部屋の角で追い立てられた鼠の様に震えあがっている。窮鼠猫を噛むと言う事もある。注意したほうが良いかもしれないけど、どっちかっていうと噛んだ鼠はこっち側なのでどうとも言いがたいところはあるかもね。
「お、お前らこんなことをして! どうともならないと思ってるのか!」
「うるさい」
そういって、とりあえず景夜くんはバットで殴打殴打。手でかばっていたけど、腕が痛くなったのか、折れたのか。頭を庇わない様になって、一発。ぷしゃー。よく判らない奇声を上げて榊原雅人は倒れ付した。ま、多分死んではないだろう。
泡を吹いて倒れた榊原を他所にして、景夜くんがこちらに来てくれる。裸だけど、羞恥心はない。手首に巻きつけられたゴムバンドを解いてくれた。ああ、やっと。自由になったよ馬鹿やろう。
「大丈夫か」
「大丈夫に見える?」
「いや……」
「何よ、何か不満そうじゃない」
立ち上がって体を回す。ビキビキ音を立てる、開放感が気持ちいい。口は血だらけだし、全身は涎だらけだし。着替えるものも見当たらない。とりあえず、気を失っている渡辺から上着を脱がす。ううん、とか呟いたから玉を蹴り上げる。超音波とも取れる周波数で発声した渡辺はそれからしゃべる事はなかった。
「不満というわけじゃないが」
脱がされたパンツを拾い、スカートと一緒に履いて。振り返える。
「何、私がショックそうじゃないって?」
「ああ……まあ。」
「ショックよ、ショックすぎて泣き出しそうよ。足のところ見てみる? ちょっと血が出てるでしょ。奥までは入れられてないけど、もしかしたら膜はなくなったかもね。」
「……初めてだったのか」
「今更、そんなことを知っても景夜くんが責任に感じる必要はないよ」
私は嘘をついているかもしれない。
まだ、私はショックを受けていないからだ。これから受けるかもしれないと思っていることを、予想して言っている。
股間から流れている透明に混じる赤黒い血液を眺めても、今は何の感慨も受ける事は出来ない。処女膜を失ったからなんだって言うんだ。もし、例えば私が男と付き合ったとして、その男に処女膜を奪われてしまったとしても、別れたとしたならばそんな思い出は非常にくだらないひとつの思い出にしかならないじゃないか。だから、私はあまりショックには思わない。
そう、裏切られたとしても。だ。
「なあ、本当に大丈夫なのか」
「景夜くん、優しいんだね」
「……そんなことはない。それより、とりあえずこいつらが起き出す前に逃げよう。」
「ここ、どこだか判るの?」
「判らない、だけどそんなに離れている場所ではないと思う。グループのやつらは中学生ばかりだし、車を使わない限りには高校生をそこまで遠くは運べないだろう。」
「けど、近くにこんな所あったかな」
「入ってないだけで、意外と知らない場所なんて結構数あるからな」
そらそうだけど、どちらにせよ、アレが全員だとは考えないほうがいい、さっき逃げていった中学生が仲間を呼ぶかもしれないからだ。それに、見張りって言うのも……。
「!!!」
と、そこに考えが至った時に。物音がして、振り返る。
鉄の扉が重く激しく開かれて、そして、その扉の間には。厚手の黒い縦長の袋を持った、人間が。
「あら、あらあら。」
「え? ……カナメ…、さん?」
声を上げて驚く。黒い、スーツではなく、赤いコートが目立つ格好で赤黒い厚手の袋を持ちながら、景夜くんの姉のカナメさんがそこに立っていた。そして、その背後から遅れるようにして、私の姉も出てくる。
「姉……」
「姉さん…。」
景夜くんと私自身、お互いがお互い。姉が出てくるとは思って居なかったのだろう。だから非常に驚いた、足がすくんだ。なんだかしらないが、怖かった。謝りたい。なぜだかは判らない。犯されているときよりも、今ここに居る事は、非常にイケナイ事なのだと思った。
「景夜ちゃん、あああ、景夜ちゃん、景夜ちゃん! どうして、こんなところに居るのですか、探しましたよ? ええ、とっても。とおっても。探す事が嫌だとか思っている訳ではないのですよ、そうじゃないのです。ただ、心配だけは掛けるな、と思っているわけじゃないのですよ。私を頼ってほしいのです」
「姉さん、ごめんなさい」
顔を伏せて、謝る景夜くん。どこに謝る内容の抗議文があったのだろうか? 私には判断する事が出来ないのでスルー。
……それよりも、鬼のような表情をしている目の前の姉を。
……と、よく見てみると、私の姉は泣いていた。
ボロボロ、と。
ダラダラ、と。
まるで女性には似つかわしくないような、涙。
なんで、私が泣いてないのに、姉が泣いてるのよ。
姉は美人なんだからさ、泣くときぐらいは可愛く泣きなよ。
そして、抱きしめられた。
「体は、大丈夫なのか…」
「膜は大丈夫」
驚いて、抱きしめられた体を、離して眼を見つめられた。そして、再度抱きしめられる。
「そうか……よかった。顔が、ぐちゃぐちゃじゃないか……酷いな」
「それより、姉、なんでここに?」
「いや、たまたまな、人の家に懐かしいヤツが来たから、付き合ったまで…、だ。お前の事が心配だったしな、まさかこんな事になってるとは思わなかったが」
ん、なにか、引っかかる言い方をされる。
だが、まあ良いだろう。とにかくどうしてか、姉は私のことを心配してくれてここに来てくれた。
「しかし、わが妹ながら、酷い有様だなコレは。幾等レイプ犯を懲らしめるとはいえ、噛み千切るとは」
「いやいや、皮だけだよ。」
コレで食えたらレクター博士に近づけるかしらね。
「レクター博士の妹の名前はなんといったっけな。」
「そんなのいるの?」
「ハンニバルライジングだよ、映画にもなっている。ああ、それよりも何でこんな事になったんだ。」
あーうー。と、声を出し罰の悪そうな雰囲気を立ち上げる私。
なぜかというと、この姉に話してしまうと。非日常の鍵というものが勝手に開けられてしまうかもしれないからであって。
どうしようかな、なんて思う暇もなく。
姉の真剣な表情を見たら、隠すことは無理だとゲロってしまったのであった。
姉さんは、いつまでも抱きしめていた。僕の事を。
僕は、女性に触れられないという精神的疾患を抱えている。
しかし、触れられないといっても様々な条件がある。それは大きく分けて三つ。
まず触れられない部分。体にして、首から下、ひじから上、ひざから上の、一般市販されているウェットスーツの部分が触れない。
二つ目、寝ている間や自分が認識していない間は幾ら触れられても平気、だが、おきてから僕が認識すると発作が起こる。
そして、三つ目。
例外として、僕は姉には触れられる。ということ。
過去のトラウマで、僕はこんな体質になった。どんな過去だったのか、記憶を引っ張り出しても判らない。なんていうことはなく、普通に判るし知っている。そしてその原因はすべて姉にあり、僕にある。
姉は、生まれてから非常に厄介な疾患を抱えて育ってきた。
僕は姉の事が好きだったし、姉は言わずもがなだろう。
だが、その精神的疾患を姉がわずらっていると知ってしまってから。あるいは、知った後に、僕も精神疾患者になってしまったときがついてから。僕は姉を素直に見つめる事が出来ない。
「ねえ、景夜ちゃん。ああ、景夜ちゃん。私は興奮しているとおもいますか?」
非常に小さな声で、姉は僕の耳元にささやいた。
「判らないよ…、僕は姉さんじゃないもの」
「ええ、私は興奮しています。それは判るのですが、判らないのです。何故なのかという答えが出ないのですよ」
「姉さん、……ああ。」
「詩織、明智詩織さんね…景夜ちゃんは……スキ?」
心臓はドアを叩かない。
そして、閉じられた扉の音を気にしないようにするのは、僕は得意になってしまったのだと思う。
「べつに、なんとも思ってないよ」
「そう、判りました」
姉さんは、抱きしめられている明智詩織とその姉を見比べて微笑む。
天使のように、微笑んで。
そして、体を離して僕の目を見つめてこう言った。
「さあ、帰りましょうか、いつまでもこんなところに居る必要はありませんよ。ああ、でも少し遣り残した事がありますね。私は、すこしやることがありますので、先に帰ってください、いいですね」
会話をしているような、してないような言葉。
慣れてしまってからは大丈夫だけど。それにしたって、この後姉は多分、この中学生グループに制裁を与えるのだろう。明智詩織、は本格的に僕の姉に気に入られているらしい。今日ついさっき会ったばかりの関係だろうが、人間、気に入っている人間には即行動が原則なのだろう。
それに、別行動に関しては僕も好都合だ。
家に帰れといわれたけれども、従えとは言われてない。
鉄の扉、を通って去っていく姉の後姿を眺めてから、僕は、ぺちゃくちゃ話しながら倒れている暴行グループ連中を縛っている姉妹を差し置いて、その部屋の周辺を調べる。
どうやら、3LKの部屋らしく。古びているようだが、一応デナイナーズマンションのようだった。すべてがコンクリートで出来ているから、ただの廃墟かと思ったのだが、そうではないらしい。一時期コンクリートの家というのは確か流行っていたような気がする。
そして、窓から見える外の景色の高さからするとココは二階から三階であることがわかる。しかし、ホント、あの姉二人はよく僕たちがココに居ると判ったものである。血を居って来たにしたって、こんなに早く着くなんて頭がおかしいんじゃないかと思う。
窓から下を眺めると、隣の家との境目が見える。丁度排水の溝があって。暗がりではよく判らないが多分備品などが、この家の手前に置いてあって
何かが見えた。
暗くて実像をはっきりと確認する事は難しい。ならば、と周囲を探って、キッチンの傍にある懐中電灯のスイッチをオンオフ。どうやらまだ電池やら電球は生きているらしい。これならば…。
「なにやってんの」
ふいに、後ろから声を掛けられる。
しかし、本当に気味の悪い女だ。なぜこうも平然としていられる?
いや、いまはそんなことはどうでもいい。
「ちょっと、な」
「猫の死体のこと?」
察しが良いな。本当に。直感が優れているなんて褒めたくはないが。
生臭さが漂う女の隣を素通りして、キッチンから出て、榊原の傍に行く。
下半身が真っ赤に染まっている幼い男の子と、ガタイはいいが、顔に青臭さが残る男の子と一緒に縛り付けられている。太目のプラスチックを見つけたのだろう。足までぐるぐるに巻かれていて。少し青く内出血を起こしていた。
さて、気絶している榊原の股間を蹴り上げたとしても、また気絶するだけで話は聴けないだろう。
「こいつと話したいの?」
「お前も話したいだろ」
「まあね、震え上がらせたいよ」
「食いちぎるのか?」
「吝か(やぶさか)ではない」
さて、気付け剤といえばアンモニア臭というのが勝手な吹聴の定説であるが、この場合糞尿を浴びせるのも、まさに吝かではない心持ちでいると、明智詩織の姉が傍に寄ってくる。顔を何の気なしに見つめてみるが、……お世辞にもこの妹とは似ているといえない、理的で清楚な顔立ちだった。しかし、喜べない。心のどこかに引っ掛かりが残るのは多分疾患のせいだろう。
「こいつを起こすのか」
「ああ、ええ」
「ふうん」
興味もなさそうに、榊原の体に向き直り掴む。
「お」
全部一緒にして縛っていた事を忘れていたらしい。頭をひとつ面倒そうに掻き、そして心臓の辺りを蹴り上げた。ドン、と低い音が鳴る。
「ふうっん! ……が、は、ああ、はああ。はあ。」
起きた。
「姉、すごいね」
あっけないくらい普通におきたが、そんなに簡単な事ではない。格闘技などでも気付けの喝というのは、師範代クラスでないと支えない代物だったはずだ。まあ、でも安全な喝という話であって、死んでもいいやという気概なら、べつにそう難しくないのかもしれないが。どちらにせよ、根性という面に関してはこの姉も、そしてその妹も。肝が据わっているなどという言葉では形容しがたい物があるのには違いないだろう。
まあ、手間は省けた。起き上がって、周りを混乱したように確認する榊原の髪の毛を掴みあげる。ぎゃああ、なんて悲鳴を上げて、少し苛立つ。うるせえ。
「にゃ、なんなんだ! お前は!」
「それはこっちの台詞だ。まあいい、質問に答えろ」
「何をだ! 離せ!」
手を離したところで拘束が解かれるわけじゃないんだけどね。
そんな揚げ足はどうでもいい。
「娼婦と猫と言われて、判るか」
「はあ? 何を言っているんだ。お前は」
「お前は今まで何人の女をこうやって、仕留めて来た」
「……さっきから何なんだ……、ぅくははは、知り合いでもいたのかい。なら傑作だ。ぐちゃぐちゃの淫乱になったよソイツはさ」
会話が通じない。ちょっとしたパニック障害を起こしているんだろう。
僕は、下半身お漏らし野郎に指を刺す。
「ふざけてないで、こたえろ。ソイツのようになりたいのか」
「抵抗もしない相手の男性器を引き千切るのかい、そんなことしたら」
「抵抗しない相手を弄くるのはお互い得意だろう?」
ぐ、と呻いて榊原雅人は僕を睨む。それに、どちらにせよ、お前は普通に生活なんか出来ないさ。警察に連絡するしないではなく、間近な死の宣告みたいな人間がそろそろ、出戻ってくるのだから。
「脅したって、吐かないよ。ろくなことになりはしない。何を調べてるんだか知らないが、その程度の脅しで僕をどうこう出来ると思うなよ!!」
悪党がよく吼えるもんだ。さて、そろそろ拷問の時間に入ろうか。バットバット……、といいものを見つけた。
先ほど姉さんが持ってきていた、黒い袋である。
「詩織」
「んあ?」
「コレで殴れ。こいつを。好きなだけ」
手に持った、長い袋を渡す。
「何コレ、なんかクッションみたい……こんなんでいいの? バットとかの方が痛くない?」
「いや、それの方がいい。後々役に立つ。……ちなみに中に入ってるのは砂だ。」
「中々エグイモノを持ってくるものだな、カナメは。」
明智姉は気がついているらしく、切れ長な目を更に細めて喜んだ。
詩織は気がついていないみたいだが、まあいい。どちらにせよ地獄のような時間はこれからだ。
「殴っていてくれ、ちょっと下に行ってくる」
「あいよー。五分で済ませなかったら、こいつ噛み千切るけどいい?」
「ヤー、ドクトル・レクター」
久方ぶりに気持ちが高揚しているのを感じる。
もしかしたら、僕はサディストなのかもしれない。
そして、榊原の顔は青色に染まり、歯がガチチガチチと五月蝿く鳴り始めた。
***
{一纏めにする公式の解答と回答}
/Bによる作用
テラー、恐怖。
テラー、話し手。
水澄景夜。僕。
/Aの孤独
幾等抱いても飽き足らない。幾等残虐を施しても満たされない。
/A→BにイコールしてCの虚無感
愛しいと言う思いを、止める事が出来ない。だけれども、私の体は濡つ事がない。自分がどんなに優れた愛撫に満たされたとしても、体が濡れることはない。だから私は人形を作る事を決めました。
{以上にして、ひとつも漏らさず、物語は正しい方向に進む}
***
鈍痛がして、頭を上げる。
冷たい、カリカリという音がする。そして、痛い。
様々な五感から得る情報が頭の中を錯綜する。
ここはどこだ? コンクリートの冷たいところだ。寝そべっている地面が冷たい。
今は何時だ? 窓が見える、青白い明かりが見える。月明かりのようだ、月の位置が低い。多分七時から八時までの間だろう。
「う……っく、げっほゲホ」
肩に血がたまっているような、きしむ痛みと動きの制限を感じる。……腕が後ろ手に縛られているようだ、そして、転がって寝ているうちにどうやら強く体を蹴られたらしい。綺麗な赤さの血が口から漏れる。出てはいけない色の血だ。まあそんなことはどうでもいい。
榊原に拉致されたのか。
体を落ち着けやすい位置に整え、暗い天井を見つめながら思う。
しかし、なんということだろう。まさかこんな事になるとは思って居なかった。
学園で聞き込みをしているときから、ある程度榊原に関しては怪しい噂が流れていた。些細な事、なぜか榊原と関係があったと思われる女子は必ず榊原の話をしないということ、そして生傷が耐えないということ。そこから、女子の間では酷い彼氏なのではないのか? という噂が流れていたのだが……。
それがまさかこんな暴力グループの尻尾を掴むとは思って居なかった。まさに藪から蛇というものだ。
ため息をつこうにも内臓が痛む。
まず、部屋の状況を掴もう、と周りを出来る範囲で見渡す。
四角い、六畳ほどの部屋。扉がひとつ。白いコンクリートで囲まれていて電気はついていない。窓がひとつ。散在したウィスキーだの、コンドームだの、カップラーメンだののごみが見える。
そういえば、と、明智詩織のことを思い出す前に、隣の部屋から笑い声が聞こえた。集団の男の声。
なるほど、あまり良い予感がしなくなってきた。
芋虫のように這って扉まで近づく。男の声が聞こえる。そして、……あいつの声だ。どこぞの馬鹿の声が聞こえる。なるほど、生きているみたいだ。しかし、どうやら話の内容から察するに悪い予感は的中しているらしい。
このままだと、あの女は犯される。
声の感じからすると、多分榊原を含めて人数は5人。あいつは初体験なんだろうかなんて興味もない上に、考えたくもないので勘定には入れないが。
それに元々、こんな事になったのにはあの馬鹿自身に原因があったといってもいい。少し顔のいい男に、調子に乗ってほいほいついていくのが悪いのだ。このくらいの事、あるかもしれないなんて想像してみたらどうだったんだ。
と、そんな悪態をついても現状は打破する事が出来ない。あいつのせいであることは確かだが、それにしたってこのまま文句をいいながら転げまわる事はあまりにも格好が悪いだろう。
それに、こんな展開はあの馬鹿にとって勉強というには少しばかり学ぶところとか、精神的に削るところが多すぎる。
そう思った。
だから、僕があの女のことを好きだとかそんなことではなくて、姉の事を考える暇もなく、行動を開始していた。
僕の両手は、プラスチックバンドによって親指を縛られていた。合理的だ。アメリカの警察では犯人逮捕の場合手錠ではなくプラスチックバンドを使う場合もあるらしい。しかも親指である。間接が邪魔をしてプラスチックバンドが外れない。
まったく面倒な事をするものである。
……これではどうやっても。
と、そこで気がついた。
もしかしたらツイているかもしれない。コレを使えば、……どうにかなるかもしれない。
とりあえず、試してみてちょっと肉を削るくらいはしてみよう。かな。
ぴちゃぁり……ぴちゃぁり……。
頭の中で、部屋に響く水音を反芻する。恐怖心を煽り立てても、感覚からは逃れることは出来ない事がわかる。
非常に長い、愛撫が続いていた。まだ、処女膜は破られていない。
こんなときに、冷静に思考できる自分の精神を疑いたくなる。むしろ、パニックを半ば起こしかけているから冷静なのかもしれない。
私の服は中央から破かれていて、右の乳房はなにか粗暴なものを面白おかしく擦り付けられている。左はそんな男性器を省みず顔を近づけ舌を這わせていた。突起を舐めあげられ、吸われ、甘噛む。
感覚に、体がびくりと跳ねる。
私の両足に人工ホムンクルスの図解のようなイメージが思い浮かぶ。両足の間の顔は、私の顔を眺め見ては、夕日のように沈んで、水音を上げる。
声を上げはしない。あげられない。上げ方を知らない。
血液が、両足の間に、漏れ出すような感覚に見舞われる。声は上がらない。しかし、段々と体が熱くなっていくのに対して、思考はどんどんと冷たくなっていく。
呼吸と、湿気が多くなっていくのを感じて。高まったところで、一人が声を上げた。
「なあ、お前おかしいよ」
「……え?」
今まで、卑猥に、淫乱だの、濡れてるだの、俺が初めてになるだの言っていた周りとは対照的に、私の冷静な思考に合わせるような口調で、そう言った。
「俺たち、なんでこんなに優しく攻めてると思う?」
「榊原、…にいわれっ……たんでしょう」
「そうだよ、その通りだ」
口を開いた事によって、我慢できなかった中学生くらいのヤツが小さい粗末なものを突っ込もうとする。喉に先端が届いて、吐き気を催した。
しゃべろうとしてもしゃべる事が出来ない。噛み千切ろうにも、硬い。一気にやらないといけないだろう。
「ああ……やべ……、マジやべえ…」
「俺が話してんだろ、渡辺」
渡辺、中学生だったんだ。なんて思うくらい、嫌になるくらい私は冷静だ。
「口ぐらい、……ああ…いいじゃない、っすか」
「まあいいや、なあ。俺たちは、乱暴して犯すってのでも良いんだぜ。だけどな、それじゃ駄目なんだ。それじゃ後が続かない。優しく犯すとな、女は最終的に誰かの女になるんだよ。判るか? これが日常的なセックスに入れ替わるんだ。俺たちは犯してるんじゃない。開発してるんだよ。モルモットを。」
だからなんだっていうんだ。渡辺、と呼ばれた中学生の手が私の頭を掴む。激しく頭を振られる。意識を失ったときに嗅がされた薬物のせいだろうか、頭痛が酷く頭を振られると、白い粒子が花火のように視界をさえぎる。それでも、渡辺は止めない。
「アンタが処女だってことはわかる。こんだけきついからな。だからこそ優しく犯してやるんだ。最初は震え上がる、何もしゃべらない。だけど、やっぱりアンタは違う。アンタは俺の質問に噛み付く様子もなければ、さっさと狂うための悪あがきもありはしない。こんなこというのは何だが、アンタの初めては俺がもらってやるよ。だから、終わったら俺と付き合いな。アンタみたいな女嫌いじゃないぜ」
「ケンピー先輩、俺初めてほしいっすよ」
「てめえは調子にノンな。渡辺、後が支えてんだよ、お前は一番最後だ。口はくれてやるから我慢しろ」
「…あざー…ああ……っやっべ。ああ……マジいきそ……駄目だ」
会話しているんだか、していないんだかの境を盗み見て、榊原の表情を見る。
どうやら、ケンピーと呼ばれたやつのいうことは本当らしい。私はどうやら、コイツラノ、いつもと違うようだ。榊原は非常に愉快そうに微笑んでいた。
「ああ、でるっ」
粗暴に突っ込まれた、何かが、急に引き抜かれて、私の頬に置かれた。生暖かい感触が放物線を描いて私の肌に着地する。ミミズの化け物は、ビクリと跳ねながら頬を叩く。離れると白く粘着質の糸が頬とミミズを繋いだ。
「マジ、やっべ。……うわ…。すげえ出た…。」
「お前、きたねえよ。」
「いや、だって、AVで…」
「AVと本番を間違えんじゃねえよ。男優くせえな。お前は」
いい面になったな、なんて、周りの男たちがはやし立てる。そして、もう一本突っ込まれる前に、しゃべれるうちに答えておこうと思った。
「お断りだよ」
「あ?」
「あんたと、付き合うなんて。お断り」
「そのほうが楽になるぜ? 色々と。」
足の間の男は、受け答えながら、十分に濡っているのを感じる私の中心に、尖った物体を当てこする。ああ、ついに。私は人生で忘れられない傷の跡をつけられることになるのか。あまり、リアリティがない。
「……理由は?」
男の腰に力が入るのを感じる、皮膚が引っ張られるような感覚が体全体に伝わる。歯車のような音が私の中心で響いていく。
「童貞じゃないと付き合いたくないから、だよ」
そして、目の前の男は頭を振るようにして。
引っ張るようにして、吸い込まれるようにして。……吹っ飛んだ。
ガチリ! と、金属音が響き渡る。
「あああ!!」
壁に叩きつけられ、そして頭をなでるように血を確認して。そのままケンピーと呼ばれた男は気を失う。
そうだねえ、男の人は血に慣れてないもんね。一気に血が出たと思ったんだねえ。
はははは、あっはっは。
それにしても。
「お前、なんで!」
「詩織! 噛め!」
榊原雅人が驚愕の声をあげて、掴みかかると同時に景夜くんが叫ぶのを聴く。
連携なんてあったもんじゃないし、命令されたからやるわけじゃない。もともとやるつもりだったから、やるだけだ。
ということで、萎えた上に衝撃的だったのだろう、呆けている渡辺くんの何かを万力のごとく噛むために首を伸ばす。
ただいま、おかえり!
「ぎゃああああああああああああああ!!!」
喉を叩き割るような声が響いて。私の顔は白濁液ではなく、鮮血に染まる。
血の量に周りが戦く。そうだろうねえ、そうだろうねええ。いくらつよがったって、暗闇に乗じたって中学生だもんねえ、そんな血が出て大丈夫な昭和っ子じゃないもんねええ。
リーダー格のケンピーっつーのが倒れた今、残りの二人にはどうにかする力なんてないだろう。
あー、血が粘っこい。っぺっぺ。
塊を吐き出すと、渡辺と呼ばれた中学生は私の吐瀉物を大事そうに掬う。まあ、大丈夫だ思うけどね、皮かむってたのが、ちょっと裸じみたくらいでさ。皮しか食ってねえって。麻酔でもつけて寝てろ。
最終的に、気絶した渡辺を見て。残りの男は後ろに下がる。ビビってるんだろうなあ
なので、そこで一言。
「あんたらも、口でしてあげようか?」
口に溜まった、血液を吐き出しながらいう。
そうすると、まあ、やっぱりというかなんというか、顔を真っ青にして服を持ち上げ。扉を開け放って、そのまま飛び出していった。ざまあみろってやつだ。
さてと。
景夜くんは、手に持っている自分が殴られたバットを振り回しながら榊原先輩を追いこんでいる。いま、榊原先輩は部屋の角で追い立てられた鼠の様に震えあがっている。窮鼠猫を噛むと言う事もある。注意したほうが良いかもしれないけど、どっちかっていうと噛んだ鼠はこっち側なのでどうとも言いがたいところはあるかもね。
「お、お前らこんなことをして! どうともならないと思ってるのか!」
「うるさい」
そういって、とりあえず景夜くんはバットで殴打殴打。手でかばっていたけど、腕が痛くなったのか、折れたのか。頭を庇わない様になって、一発。ぷしゃー。よく判らない奇声を上げて榊原雅人は倒れ付した。ま、多分死んではないだろう。
泡を吹いて倒れた榊原を他所にして、景夜くんがこちらに来てくれる。裸だけど、羞恥心はない。手首に巻きつけられたゴムバンドを解いてくれた。ああ、やっと。自由になったよ馬鹿やろう。
「大丈夫か」
「大丈夫に見える?」
「いや……」
「何よ、何か不満そうじゃない」
立ち上がって体を回す。ビキビキ音を立てる、開放感が気持ちいい。口は血だらけだし、全身は涎だらけだし。着替えるものも見当たらない。とりあえず、気を失っている渡辺から上着を脱がす。ううん、とか呟いたから玉を蹴り上げる。超音波とも取れる周波数で発声した渡辺はそれからしゃべる事はなかった。
「不満というわけじゃないが」
脱がされたパンツを拾い、スカートと一緒に履いて。振り返える。
「何、私がショックそうじゃないって?」
「ああ……まあ。」
「ショックよ、ショックすぎて泣き出しそうよ。足のところ見てみる? ちょっと血が出てるでしょ。奥までは入れられてないけど、もしかしたら膜はなくなったかもね。」
「……初めてだったのか」
「今更、そんなことを知っても景夜くんが責任に感じる必要はないよ」
私は嘘をついているかもしれない。
まだ、私はショックを受けていないからだ。これから受けるかもしれないと思っていることを、予想して言っている。
股間から流れている透明に混じる赤黒い血液を眺めても、今は何の感慨も受ける事は出来ない。処女膜を失ったからなんだって言うんだ。もし、例えば私が男と付き合ったとして、その男に処女膜を奪われてしまったとしても、別れたとしたならばそんな思い出は非常にくだらないひとつの思い出にしかならないじゃないか。だから、私はあまりショックには思わない。
そう、裏切られたとしても。だ。
「なあ、本当に大丈夫なのか」
「景夜くん、優しいんだね」
「……そんなことはない。それより、とりあえずこいつらが起き出す前に逃げよう。」
「ここ、どこだか判るの?」
「判らない、だけどそんなに離れている場所ではないと思う。グループのやつらは中学生ばかりだし、車を使わない限りには高校生をそこまで遠くは運べないだろう。」
「けど、近くにこんな所あったかな」
「入ってないだけで、意外と知らない場所なんて結構数あるからな」
そらそうだけど、どちらにせよ、アレが全員だとは考えないほうがいい、さっき逃げていった中学生が仲間を呼ぶかもしれないからだ。それに、見張りって言うのも……。
「!!!」
と、そこに考えが至った時に。物音がして、振り返る。
鉄の扉が重く激しく開かれて、そして、その扉の間には。厚手の黒い縦長の袋を持った、人間が。
「あら、あらあら。」
「え? ……カナメ…、さん?」
声を上げて驚く。黒い、スーツではなく、赤いコートが目立つ格好で赤黒い厚手の袋を持ちながら、景夜くんの姉のカナメさんがそこに立っていた。そして、その背後から遅れるようにして、私の姉も出てくる。
「姉……」
「姉さん…。」
景夜くんと私自身、お互いがお互い。姉が出てくるとは思って居なかったのだろう。だから非常に驚いた、足がすくんだ。なんだかしらないが、怖かった。謝りたい。なぜだかは判らない。犯されているときよりも、今ここに居る事は、非常にイケナイ事なのだと思った。
「景夜ちゃん、あああ、景夜ちゃん、景夜ちゃん! どうして、こんなところに居るのですか、探しましたよ? ええ、とっても。とおっても。探す事が嫌だとか思っている訳ではないのですよ、そうじゃないのです。ただ、心配だけは掛けるな、と思っているわけじゃないのですよ。私を頼ってほしいのです」
「姉さん、ごめんなさい」
顔を伏せて、謝る景夜くん。どこに謝る内容の抗議文があったのだろうか? 私には判断する事が出来ないのでスルー。
……それよりも、鬼のような表情をしている目の前の姉を。
……と、よく見てみると、私の姉は泣いていた。
ボロボロ、と。
ダラダラ、と。
まるで女性には似つかわしくないような、涙。
なんで、私が泣いてないのに、姉が泣いてるのよ。
姉は美人なんだからさ、泣くときぐらいは可愛く泣きなよ。
そして、抱きしめられた。
「体は、大丈夫なのか…」
「膜は大丈夫」
驚いて、抱きしめられた体を、離して眼を見つめられた。そして、再度抱きしめられる。
「そうか……よかった。顔が、ぐちゃぐちゃじゃないか……酷いな」
「それより、姉、なんでここに?」
「いや、たまたまな、人の家に懐かしいヤツが来たから、付き合ったまで…、だ。お前の事が心配だったしな、まさかこんな事になってるとは思わなかったが」
ん、なにか、引っかかる言い方をされる。
だが、まあ良いだろう。とにかくどうしてか、姉は私のことを心配してくれてここに来てくれた。
「しかし、わが妹ながら、酷い有様だなコレは。幾等レイプ犯を懲らしめるとはいえ、噛み千切るとは」
「いやいや、皮だけだよ。」
コレで食えたらレクター博士に近づけるかしらね。
「レクター博士の妹の名前はなんといったっけな。」
「そんなのいるの?」
「ハンニバルライジングだよ、映画にもなっている。ああ、それよりも何でこんな事になったんだ。」
あーうー。と、声を出し罰の悪そうな雰囲気を立ち上げる私。
なぜかというと、この姉に話してしまうと。非日常の鍵というものが勝手に開けられてしまうかもしれないからであって。
どうしようかな、なんて思う暇もなく。
姉の真剣な表情を見たら、隠すことは無理だとゲロってしまったのであった。
姉さんは、いつまでも抱きしめていた。僕の事を。
僕は、女性に触れられないという精神的疾患を抱えている。
しかし、触れられないといっても様々な条件がある。それは大きく分けて三つ。
まず触れられない部分。体にして、首から下、ひじから上、ひざから上の、一般市販されているウェットスーツの部分が触れない。
二つ目、寝ている間や自分が認識していない間は幾ら触れられても平気、だが、おきてから僕が認識すると発作が起こる。
そして、三つ目。
例外として、僕は姉には触れられる。ということ。
過去のトラウマで、僕はこんな体質になった。どんな過去だったのか、記憶を引っ張り出しても判らない。なんていうことはなく、普通に判るし知っている。そしてその原因はすべて姉にあり、僕にある。
姉は、生まれてから非常に厄介な疾患を抱えて育ってきた。
僕は姉の事が好きだったし、姉は言わずもがなだろう。
だが、その精神的疾患を姉がわずらっていると知ってしまってから。あるいは、知った後に、僕も精神疾患者になってしまったときがついてから。僕は姉を素直に見つめる事が出来ない。
「ねえ、景夜ちゃん。ああ、景夜ちゃん。私は興奮しているとおもいますか?」
非常に小さな声で、姉は僕の耳元にささやいた。
「判らないよ…、僕は姉さんじゃないもの」
「ええ、私は興奮しています。それは判るのですが、判らないのです。何故なのかという答えが出ないのですよ」
「姉さん、……ああ。」
「詩織、明智詩織さんね…景夜ちゃんは……スキ?」
心臓はドアを叩かない。
そして、閉じられた扉の音を気にしないようにするのは、僕は得意になってしまったのだと思う。
「べつに、なんとも思ってないよ」
「そう、判りました」
姉さんは、抱きしめられている明智詩織とその姉を見比べて微笑む。
天使のように、微笑んで。
そして、体を離して僕の目を見つめてこう言った。
「さあ、帰りましょうか、いつまでもこんなところに居る必要はありませんよ。ああ、でも少し遣り残した事がありますね。私は、すこしやることがありますので、先に帰ってください、いいですね」
会話をしているような、してないような言葉。
慣れてしまってからは大丈夫だけど。それにしたって、この後姉は多分、この中学生グループに制裁を与えるのだろう。明智詩織、は本格的に僕の姉に気に入られているらしい。今日ついさっき会ったばかりの関係だろうが、人間、気に入っている人間には即行動が原則なのだろう。
それに、別行動に関しては僕も好都合だ。
家に帰れといわれたけれども、従えとは言われてない。
鉄の扉、を通って去っていく姉の後姿を眺めてから、僕は、ぺちゃくちゃ話しながら倒れている暴行グループ連中を縛っている姉妹を差し置いて、その部屋の周辺を調べる。
どうやら、3LKの部屋らしく。古びているようだが、一応デナイナーズマンションのようだった。すべてがコンクリートで出来ているから、ただの廃墟かと思ったのだが、そうではないらしい。一時期コンクリートの家というのは確か流行っていたような気がする。
そして、窓から見える外の景色の高さからするとココは二階から三階であることがわかる。しかし、ホント、あの姉二人はよく僕たちがココに居ると判ったものである。血を居って来たにしたって、こんなに早く着くなんて頭がおかしいんじゃないかと思う。
窓から下を眺めると、隣の家との境目が見える。丁度排水の溝があって。暗がりではよく判らないが多分備品などが、この家の手前に置いてあって
何かが見えた。
暗くて実像をはっきりと確認する事は難しい。ならば、と周囲を探って、キッチンの傍にある懐中電灯のスイッチをオンオフ。どうやらまだ電池やら電球は生きているらしい。これならば…。
「なにやってんの」
ふいに、後ろから声を掛けられる。
しかし、本当に気味の悪い女だ。なぜこうも平然としていられる?
いや、いまはそんなことはどうでもいい。
「ちょっと、な」
「猫の死体のこと?」
察しが良いな。本当に。直感が優れているなんて褒めたくはないが。
生臭さが漂う女の隣を素通りして、キッチンから出て、榊原の傍に行く。
下半身が真っ赤に染まっている幼い男の子と、ガタイはいいが、顔に青臭さが残る男の子と一緒に縛り付けられている。太目のプラスチックを見つけたのだろう。足までぐるぐるに巻かれていて。少し青く内出血を起こしていた。
さて、気絶している榊原の股間を蹴り上げたとしても、また気絶するだけで話は聴けないだろう。
「こいつと話したいの?」
「お前も話したいだろ」
「まあね、震え上がらせたいよ」
「食いちぎるのか?」
「吝か(やぶさか)ではない」
さて、気付け剤といえばアンモニア臭というのが勝手な吹聴の定説であるが、この場合糞尿を浴びせるのも、まさに吝かではない心持ちでいると、明智詩織の姉が傍に寄ってくる。顔を何の気なしに見つめてみるが、……お世辞にもこの妹とは似ているといえない、理的で清楚な顔立ちだった。しかし、喜べない。心のどこかに引っ掛かりが残るのは多分疾患のせいだろう。
「こいつを起こすのか」
「ああ、ええ」
「ふうん」
興味もなさそうに、榊原の体に向き直り掴む。
「お」
全部一緒にして縛っていた事を忘れていたらしい。頭をひとつ面倒そうに掻き、そして心臓の辺りを蹴り上げた。ドン、と低い音が鳴る。
「ふうっん! ……が、は、ああ、はああ。はあ。」
起きた。
「姉、すごいね」
あっけないくらい普通におきたが、そんなに簡単な事ではない。格闘技などでも気付けの喝というのは、師範代クラスでないと支えない代物だったはずだ。まあ、でも安全な喝という話であって、死んでもいいやという気概なら、べつにそう難しくないのかもしれないが。どちらにせよ、根性という面に関してはこの姉も、そしてその妹も。肝が据わっているなどという言葉では形容しがたい物があるのには違いないだろう。
まあ、手間は省けた。起き上がって、周りを混乱したように確認する榊原の髪の毛を掴みあげる。ぎゃああ、なんて悲鳴を上げて、少し苛立つ。うるせえ。
「にゃ、なんなんだ! お前は!」
「それはこっちの台詞だ。まあいい、質問に答えろ」
「何をだ! 離せ!」
手を離したところで拘束が解かれるわけじゃないんだけどね。
そんな揚げ足はどうでもいい。
「娼婦と猫と言われて、判るか」
「はあ? 何を言っているんだ。お前は」
「お前は今まで何人の女をこうやって、仕留めて来た」
「……さっきから何なんだ……、ぅくははは、知り合いでもいたのかい。なら傑作だ。ぐちゃぐちゃの淫乱になったよソイツはさ」
会話が通じない。ちょっとしたパニック障害を起こしているんだろう。
僕は、下半身お漏らし野郎に指を刺す。
「ふざけてないで、こたえろ。ソイツのようになりたいのか」
「抵抗もしない相手の男性器を引き千切るのかい、そんなことしたら」
「抵抗しない相手を弄くるのはお互い得意だろう?」
ぐ、と呻いて榊原雅人は僕を睨む。それに、どちらにせよ、お前は普通に生活なんか出来ないさ。警察に連絡するしないではなく、間近な死の宣告みたいな人間がそろそろ、出戻ってくるのだから。
「脅したって、吐かないよ。ろくなことになりはしない。何を調べてるんだか知らないが、その程度の脅しで僕をどうこう出来ると思うなよ!!」
悪党がよく吼えるもんだ。さて、そろそろ拷問の時間に入ろうか。バットバット……、といいものを見つけた。
先ほど姉さんが持ってきていた、黒い袋である。
「詩織」
「んあ?」
「コレで殴れ。こいつを。好きなだけ」
手に持った、長い袋を渡す。
「何コレ、なんかクッションみたい……こんなんでいいの? バットとかの方が痛くない?」
「いや、それの方がいい。後々役に立つ。……ちなみに中に入ってるのは砂だ。」
「中々エグイモノを持ってくるものだな、カナメは。」
明智姉は気がついているらしく、切れ長な目を更に細めて喜んだ。
詩織は気がついていないみたいだが、まあいい。どちらにせよ地獄のような時間はこれからだ。
「殴っていてくれ、ちょっと下に行ってくる」
「あいよー。五分で済ませなかったら、こいつ噛み千切るけどいい?」
「ヤー、ドクトル・レクター」
久方ぶりに気持ちが高揚しているのを感じる。
もしかしたら、僕はサディストなのかもしれない。
そして、榊原の顔は青色に染まり、歯がガチチガチチと五月蝿く鳴り始めた。
懐中電灯の明かりをともして、マンションの階段をおり、マンションとビルの間の排水溝にどうにかしてたどり着く。
どうやら、あのマンション、榊原雅人の親の所有物らしいという事が判った。まあ、ピュアゲート榊原なんて、地名をつけずに自分の苗字をつける時点で、子は親に似るものなんだなと変な納得をしてしまったが、それはあまりにどうでもいい余談だ。
地面を探るようにして、懐中電灯を向ける。
そして、蛇行する光が、赤黒い物体を映した。
三体目、だ。
光を宿さない、うつろな瞳が懐中電灯の明かりに反射する。濁った光がまるで僕に何かを訴えているようだった。
猫の死体を注視してみる。
無残にも腹は割かれ、内臓が飛び出ている。この長い臓器は多分大腸だろう、血液が固まって黒く生臭い大腸。
その大腸が、猫の動かない首に巻きつけられている。
まるで、自分の大腸で首をつっているような、そんな想像を髣髴とさせる。猫が自分で腹を掻っ捌き、器用にも首に巻きつけたのだろうか? そんなことはあるはずがない、しかし、そんなおぞましい想像をせずには居られない。
オリジナル、はそう思ったのだろうな。
死体を細かく観察するために、体を持ち上げて探る。
む、べっとりと血がつくかと思ったらそうでもないらしい。やはり、この死体は別の場所で解体されて、その後、ココに置かれたのだろう。
背中を探ると、やはり、思っていた通りのことが起こっていた。
そうか、やはり、犯人は……。
猫の顔を見る。見たところで虚ろな顔は変わらない。もう、冷たくなっている耳を覆うようにして、頭を撫でて目を閉じさせる。安らかな顔に生気はないが、それでも心に来る物があるということは。僕はもしかしたら動物が好きなのかもしれなかった。
猫の死体を抱き上げて、埋める場所を探す。しかし、どこも見つからなかったので、いったんキッチンまで引き返し、クーラーボックスなどは無いかと探してみたら、とりあえずダンボールがあったので、周りのゴミをクッションにして中心に猫を置いてやる。
即席の棺ですまないとおもうが、これで許してほしい。
ちなみに、キッチンまで行ったという事は現在進行中の拷問もちらりと拝見させていただいたのだが。まあ予想通りというか、無機質な階段を上っている途中で既に叫び声というか、懇願の奇声が聞こえてきていたので、何も驚く事はなかった。普通の拷問である。
「もう、やだああ、いた、あ、ああ! あしっ、血! 血がで、ふくらあああ」
榊原の声は鋭くもなく、鈍くもない。単純な奇声。
叩きやすいのだろう、左腕は右腕よりも二倍近くに膨れ上がり、手首から手の末端まで青く晴れ上がっていた。下手すると壊死してしまうかもしれない。しかし、そんなことは知らない。
こいつのせいで心が壊死した人間は何人もいることだし。ましてや、こいつが誰も彼もを犯していないとしても、例え善人だとしても僕にとっては痛くも痒くもない事実だからだ。つまり、何がいいたいかというと、僕は犯された人間を可哀想だとは思わないということだ。
だって、だれも救ってくれやしないのだから。
階段を下りて、再度殺獣現場に行き、即席の棺に掬うように猫を入れて拷問現場へ。
「詩織、明智詩織。もういい、やめとけ」
「もういいの?」
つまらなそうに、砂袋を振るう詩織。もう、榊原の目は腫れぼったくなっており開ける事も出来ないだろう。姉さんはもとより、拷問を誰かにするつもりだったのだろう。砂袋は衝撃を吸収するものなので、骨を折ることはない。しかし、重量があるので内出血はでる。柔らかい、弱い血管は弾けるのだ。あふれ出した血液は筋肉や神経を圧迫する、骨の近くの太い神経も圧迫する上に、流れ出す血液は毛細血管の間を抜け、体の余剰を過剰に埋めていく。
ほんの数分ばかりで全身が激痛に襲われるだろう。
「それで、殴ってみたはいいけど何が聞きたいの」
「やってみたかっただけだ。気でも晴れたか?」
「目的がないからつまらない」
それはそうだな。
それじゃあ、目的を果たそうとしよう。
「おい、榊原」
「………」
「この、猫がわかるか」
棺を丁寧に開けて、猫を見せる。
驚きもせず、いや、驚いたとしても体をピクリとも動かさず榊原は、猫を見つめた。
「判らないか、判るか。わかる場合は三秒以内に左手を動かせ」
左手を、慎重に動かす。
「これはお前がやったのか」
三秒経っても、左手が動かない。つまり否定。
「やった犯人を知っているのか」
肯定。
「それは、僕以外か」
否定。こいつ、馬鹿か。
「僕じゃない。つまり、お前は犯人を知らないんだな」
肯定。
「じゃあ、お前は誰にこの猫みたいに殺されるかわからないって事だな。」
榊原の目が開かれる。驚愕の色に染まっている、何を言っているのか判らないという困惑も見える。
肯定、肯定肯定肯定肯定!
左手を晴れんばかりに地面を叩く。判らないから教えろってことか?
「病院に連れて行ってやるよ、そこでゆっくり休む事だ。深夜偲ぶ音に気をつけろよ? ……次になるといいな、次の次は額縁に腸を飾られるぞ」
教えねえよ。馬鹿。
極度の緊張からか、痛みからか。ついには泡を吹いて榊原は気を失う。
意外と、弱い精神してるんだね。なんて。まあ普通の内容だ。
榊原や、その他もろもろの気を失っている連中の縄を解いて、場所を移る事にする。
あそこまで痛めつけたから、今後悪さをすることはないだろう。ヒーローなんてものにはなりたいと思わないが、それにしたってヒーローにはあまりにも程遠い方法の解決だったに違いはない。
監禁場所は、予想通り、そこまであの公園から遠い場所ではなかった。それどころか非常に近所でなんというか、そこは高校生の浅知恵というところだった。
とりあえず、明智詩織を自宅に帰す。明智詩織の姉が、連れ添うのが見えたのだが、自宅の前で帰るか帰らないか思考していると、扉を開けた手を戻し、僕の方に戻ってきたので、帰ろうと向き直した体を戻す。
「水澄景夜くん、だっけな。詩織は風呂に入ったよ。あんな格好じゃどうにも、な」
「はあ」
すらりと長い指が、ジャケットの内ポケットにすべる。その中に四角い黒いタバコの箱を見つけて、慣れた手つきで指をはじき、かぱりと箱を開く。流れるような動作は覚えようのない手順で口から紫煙を吐き出した。
「お手柄、というか所か。ご苦労というところか、迷うところではあるが、ありがとう。」
「いえ……」
褒められる事は何もしていない。
「聊か助けるのが遅かったなんて思っていないさ。それならば、こちらにも不手際はあったしな……水に流そう。ここ一、二時間前の出来事はなかったことにするのが得策だ。妹にとってもな」
覚えられるような事があったわけではないが、忘れられるような事がなかったわけではない。
水に流しましょう、はい、そうしましょう。で物事がすむのなら、世間の離婚調停は泥沼の態を見せないだろう。
と、揚げ足を取るようにして捻くれても仕様がない。
「……はい」
「しかし、これはどういうことなんだ。単純にあいつが可愛いからという理由でさらわれたにしては、妙な事が多い。猫の死体、ミステリー研究部。君なら何か知っているという事を妹から聞いたが、間違いはないか?」
「知っているわけではありません」
余計な事を言うやつだ。
「それなら、君の小賢しそうな頭で組み込まれた推理を聞きたいものだがな。」
推理ね…。何を推理すればいいのだろうか
「まあ、推理。といってもだ、この場合誰が何をしたのかという問題は見つけにくい。なぜかといえば、事件は起こって終わり、起こって、起こっていないからだ。終わっていないといってもいい。」
「始まってもいないんじゃないんですか?」
「おいおい、それはないだろう。開幕を告げたのは君自身だろう? 開幕、なんてキザな言い方は嫌いかい? なら思わせぶりな言葉なんて、陳腐な言葉でもいい」
いや、ははは。
にやりとも微笑む事が出来ないので、心で笑う
「何故、榊原が殺されるんだ?」
「そんなことは一言も言っていませんよ」
「そうか、なら、殺されると思っているのか?」
「ええ」
嘘ついたって仕様がない。
「何故だ、と、問われて君は素直に答えるような子かな」
「いいえ」
紫煙を湿る空気に吐く、詩織の姉。そういえば、名前知らないな、なんて。
「何故かな」
「確信がないわけでもないです、多分あってるとは思っていますが。それでもいいたくはないんです」
「だから、その理由を聞いているんだよ」
「言ったところで何もならないからですよ、動機がわかって、意図がわかっても犯人がわからない。面白半分でこんなこと、誰も望んじゃいないでしょ」
「それに、榊原を救う必要もないということか」
「まあ、そういうことです」
明智姉は、タバコの吸殻を足で踏み潰す。無表情で化粧をしていない顔は、もう夕暮れをとっくに過ぎ星が輝く今でも白く映えているようだった。
「君は、なんというか。難儀な子だな。まあ、私も妹の心配をせずに、こんなところで無駄話をするような大抵な人間だが」
「そうですね」
「手厳しいな……」
思ったまでですよ。
「無駄話ついでにだが、君は格好が良いな。タイプだ。好きだ」
告白された。
え、告白された。
ああ、え? 告白された。
「私に彼氏がいることが、残念だ」
えええ……?
なんだかよく判らない姉妹だな、ホント。やはり、姉妹は姉妹という事だろうか。よくわからないが、まあ、そういうことにしておこうか。
「そうですか…光栄です」
「ああ、私が好きになるなんて誇って良いぞ。変人の仲間入りだな」
「はあ」
「ちなみに、君は彼女なんているのかい」
「はい」
「嘘だな」
そんなこと、判るものなのだろうか?
「しかし、君は君の姉と違って大人しいんだな」
「そうでしょうか」
「ああ、そうだよ。君の姉は大変なヤツだな。そういえば今アイツはどこに居るんだ? 途中でどこかに行った様だが」
「今頃は平然と家に居ると思います」
「平然と、ねえ」
平然といてもらっては困るような言い方をする明智姉。たしかに、こんな事があった後だ、でもだからってどのように振舞えば普通か、なんてそれこそ誰にでも決められるような事でもない。
僕だって、平然としているし、言った本人だってなんだかんだ平然としている。
心の内側を見てみたいなんて思わない。そんなのは、結果がわかりきっていることだった。
「らしい、といえばらしいな。アイツはいつだって変わらない。表情のない、欲望の女だからな」
「そこで言えば、詩織さんも大抵ですけどね」
「君の姉と一緒にするな。うちの愚妹は狂っているが、イカレてはいない」
酷い言い方だ。本当に。
家族をイカレてるなんて言われて嬉しい家族なんているものか。
「気に障ったなら謝る」
「はあ」
気の抜けた、返事をしてしまう。
「まあ、なぞなぞは私の彼氏が解いてくれるはずさ。君は君のしようとしていることしなさい」
頷かず、そのまま僕は足を自分の家の方角に向ける。これ以上何か話す事はないだろう。もう、すでに交渉は決裂したのだから。明智姉とも、明智詩織とも。
「最後に」
呼び止められた。
新しいタバコを既に口にくわえている、変な妹の変な姉に。
「妹を助けてくれて、ありがとう」
単純な感謝に戸惑う事はなく、僕は顔を向けて、微笑む事を忘れていた。
風呂に入って、汚い体を洗い流すと先ほどよりも被害者意識は薄れていった。泥を洗い流して、ついでに、記憶を正常に留めて、はいおしまい。といったところかな。風呂は気持ちがいいことは変わりない。世界は正常です。
そう、世界は正常で何も変わらない。
今頃死んだ猫は、何をしているのだろうか。
多分、えさでも食べているんじゃないかと思う。目の前に出された彩色飾られた肉に色めきながら、ノラ猫だったから、嬉しくて仕様がないんだと思う。その後、後悔するのだ、食べた肉はすべて自分の屍肉だったことに気がついて、泣きながら、吐く事も出来ずに。たんとお食べ、其の肉は、自分で用意した特別せいだから、大丈夫、誰も奪いはしないよ。缶詰にして持ち帰るかい、そのうち猫又にでもなって、その両手の肉球を裂くようにして、指が咲く筈だ。綺麗な緋色だよ、朱色かな。そんなことはどうでもいい、でも血が出ない誕生なんて何の感動も生むことは出来ないと思わない? そう、感動なんて生まれないよね、だから生まれた後のそのおなかから繋がっている、母体につなぐ管を、そう、それ大切に持っていたのね、檜の箪笥にしまってあったんだ、周りは白樺で覆われて、そんなに大切に育ってきたのにどうして貴方はノラな猫になってしまったの? 自由に生まれたせいなのかしら、首輪でもひとつくくりつけていれば貴方は名前の付けられたプレートを引っさげて、さながら無気力な人間のほどには大切にされたというのに、不幸ね、ああ、ふこうねえええええええええええええええええええええええ。ねえええええええええええ? そうおもうですよ、ふこうだって、そうだ、ふこうなの。ふこうになっているのよ。あなた。そのまま引き裂かれたんだって、うらやましいわ、ひきさいてほしかったもの、ちゅうとはんぱだったらいやじゃないだってかなしむことも、できないもの、だれかよりはよかったなんてそんな一言で。ねえ。私は、私をいさめる事が出来ないもの。どういうことなの、あなあああああああ、ぎゃあああああああああああ。青いね。すっごいあおい紫だ。ごくさいしょくだね。ごく、地獄だ。ねえ、猫さん、貴方は神曲ってしっている? ダンテっての。かいたやつのはなし、しってる? しらないかしらないよね、わたしもしらない。だからどういうこともできないよ。しらないもの。思い出したよ。聞きたい事があったの。ねえ、猫又さん、あなたは裂かれて引き裂かれた後にどういう走馬灯をみたの、走馬灯なんてみれたの? へえ、ロマンチックね。
息を止める。
「あ。」
発声出来る。
あ。アーーーーーーーーーーーーーーーーー。
大丈夫。
私は、猫じゃない。
***
風呂から上がり、部屋着で自室に戻ると扉の前に姉がいた。家の中では煙草を吸わない姉が、煙草を吸っているようだった。私の姿を見つけると携帯灰皿の中に吸っていた煙草を仕舞い込む。
「水澄くんとか言う子は帰ったぞ」
「ん、ありがと……入りなよ。話したいんでしょ」
「いや、今日はいい。明日にしよう」
「うん。そうだねそうしてくれると助かるかな」
顔をあわせない。
合わせられない。
顔を合わせないままに、姉を部屋に招くようにして、ドアノブに手を伸ばす。だけど、姉はドアにぴったりと背中をくっつけていて、どうやら話すつもりはないが、離すつもりもないらしい。
「なあ、詩織」
「うん?」
姉は、扉につけていた背中を離す。
「……死んだ猫は、どこに行くんだろうな」
言葉を聞いてギクリとする。姉の真っ直ぐな視線を感じる、私の視線はドアノブにあるばかりだ。
生まれたばかりの引き裂かれた空蝉が、動き出す。
それはそれは、人の動きをしていなくて。
不気味だ。
ああ、不気味だ。
「………さあ」
「所謂、天国というところだろうか。輪廻転生なんてもんを信じるなら、この世は地獄だろうが、それでも人間に生まれてきてほしいものだな」
「…そうだね」
そんな、人間になったって。
どうせ、辛い現実があるだけだ。だからこの世は畜生道。六道の内のひとつに位置づけられるのだ。……っけな。よく判らない知識はひけらかす物じゃない。姉の真似をしたって、私は知識も何もない、愛する人もいない。
愛される人もいない。
汚れに満ちた体は幾らこすっても、傷が増えるばかりだし。
醜悪な、股の間の血はいつまでも止まる事はない。
滴っている。
流れない、流れない。髪の毛は蛆のように這いずり回る。
う、が、がああ、あが。あああが。
猫の呻きが聞こえる
「おい」
「……ん」
逃げよう。
ここから逃げたい。
私は、もう、穢れているのかもしれない。
穢れている。
信じたのは、何だったのだろう。
顔が緩む。笑顔に醜悪な逃げの笑顔。現実逃避。其の事にも悲しみがあふれてくる。
悔しい。
悔しい?
と思っている。
砂袋で、私は人を叩きました。
青くなるまで、砂袋で血袋を作りました。
それでも、血は溜まりません。
私の赤い血は紙で出来た生理用具で吸う事は出来ません。
裏切られた。ユダは誰だ。
ゆだ、ユダ。違う、裏切られたんじゃない。馬鹿みたいに信じただけだ。
私が悪かったんだ。
にゃにゃにゃにゃにゃ。
にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ。
にやにやいにゃにやににゃいにやにやにやにやにゃいにゃいにやにやにやにやにやにゃにや
ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ。
猫は、死んだんだ。
吐き気がして。姉の、脇を通り過ぎて、扉のノブを捻る。
体を間に滑り込ませ、姉を侵入させないように、急いで閉める。
ガトン、と、音がした。
扉が閉まらない。扉が閉まってくれない。開いたままになっている。このままずっと開きっぱなしなの? ねえ、私の扉は、誰かにささげる扉は、開け放たれたままで、その空虚な記憶を残していくの!?
「う、あああ、あああああああ!!」
「……うっっ! くぅっ!」
体中にある力をすべて使って、扉を閉める。でも、しまらない。
つっかえ棒が見える。青い、つっかえ……あ。
足、だった。
姉の足だった。
姉は扉の前に足を入れた。離別した思考と身体はガトンガトンガトン、と鈍い音がする足を俯瞰させて見せる。
姉の顔を見る。
歪ませない。歪ませていない。目をこちらにむけて、まっすぐと。こちらを見据えていた。
「痛みは詩織だけのものじゃない…!」
姉は、強いから。
強くて、人のことも判った気になれるから!
無意識に傷つけていた先ほどとは違って、今度は故意に扉を閉める。先ほどよりも強く。もっと、強く。
それでも、姉は揺るがない。
「この世は地獄だ! それでも、人間であってほしい! 私は、お前にも死んだ猫にも人間であってほしい! 何故だか判るか」
痛みでも、嫉みでも、何にでも揺るがない。たとえ人の目が合ったとしても、たとえ私という負の根源のような人間がいたとしても。其の人間をさえも愛してしまう。そう、私は多分姉に愛されている事が許せないのだ。
私は姉が嫌いなのだ。
だから、許せない。
勝手に、私の心を埋め尽くしている姉が、姉だったらこうやる。姉はこんな事をした。姉は、姉は。
「人は人を救えるからだ! たとえ、それが途方もなく解決のないものだとしても、それでも私は傷ついた猫を救いたい!」
其の声に、何かが瓦解するほど傷ついて。傷ついて、何が傷ついたのだろう。
ああ、姉はわかっていたんだなんて。だから、あの時、怒らなかったんだなんて。覚めた頭で思ってしまって。其の頭の速さが許せなくて、私は姉の妹なんだってやっぱり気がついて。
両手を一杯に引き伸ばして、全力で姉を突き放す。しかしビクリともしない。
「この言葉が奇麗事だといわれても、それでも、私は吼えるぞ! 吼え続ける!」
「あ、」
アンタに、
「姉に…!」
アンタなんかに……!
「姉に何が出来るんだよ! 判った気になるな!」
最後の悪あがきを精一杯に声に絞り上げるが、大気も震わせる事は出来ない。弱りきった喉元では、思いも偽る事は出来なかった。しかし、姉は其の言葉でさえも飲み込んで、言葉を続けて、進み続ける。
「私は、お前を泣かすことが出来るんだああああああああ!!!」
扉が、開け放たれる。
そして、姉は。私を暖かく抱きしめるなんてことはしなかった。
頬が、引き寄せられる。
姉の手が、私の頬に。
バツン! と、雷のような破裂音が、私の頭の中で轟いた。
無様に吹っ飛んで、足が言う事が利かなくて、情けなく手を頬に手を置くことしか出来なくなって。
泣きたくなくて。
姉の顔を見つめて、泣いていて。やっぱり、あのときの涙をこらえていて、今の今まで、あの時引っ込めた涙を私のために残しておいてくれていて。そんな姉のからだのすごさとか、そんなことより、何より、妹が泣いていないのだから私が泣けない。なんていう心まで判ってしまって。
それでも、泣きたくなくて。
ボロボロと、
ダラダラと、
涙がこぼれているのをみて、粛々と小さくなっている振りをして頭を膝に抱え込んでみたりしても、誤魔化せなくて。
それでも、やっぱり泣きたくなくて。
でも、あふれ出してしま……って…!
姉は、だきしめてはくれなくて!
手を取って、一緒に、情けなくおお泣きするだけで。
顔を見つめると、本当に情けない顔をしていて。
叫びだして。
辛くて。
おねえちゃん、なんて。
ごめんね、しおりちゃん。なんて。
昔の呼び方を呼ばれて。嬉しくなくて。
気がついて。
私は、お姉ちゃんが嫌いなんじゃなくて。
大好き、大好き好き。好き。好き過ぎて。怖かったんだって。
お姉ちゃんみたいに、素直になりたかったんだって。私をスキって言ってくれるお姉ちゃんに反抗してただけなんだって。
だから、私はわるいことにまきこまれたんだ
おねえちゃん、わたし、わるいことをされました。
「ああああああああああああああ、うわああああああああああああああああああああああああああぁぁ………!」
泣き声は、どこに消えていくのだろう。
多分、猫たちと同じ埋葬現場だ。
だから、もう、掘り起こさなくてもいいように。私は私の間違いを認めて。そして、解決しよう。
ちょっと、感情表現の歪んだ。あの優男と一緒に。
***
「やっぱり、変だ。お前ら姉妹は」
「変とか言うんじゃないの。素晴らしい姉妹愛でしょうが」
「いや、途中からよくわからないしな…。というか、深層心理まで洗い出す姉なんか普通の姉妹愛としては行き過ぎだ」
「せっかく、赤裸々な我が家の事情を話したというのに」
「勝手に話しただけだろ」
「このっ」
「いたっ!」
「……ふふっ」
「……殴っておいて笑うなんて、よっぽどの加虐趣味だな」
「ま、今日の所は許して上げましょ」
「機嫌がいいな」
「わかる?」
「ま、あな」
「ふふー…、今日はね。謎が解けた日なのです」
「なんのだ?」
「犯人はわからないけど。猫の共通項がわかった日」
「ほお」
「というか、事件に関わってほしくないスタンスだったんじゃないっけ、君」
「いや、お前みたいな関わり方もいいかなってな」
「妙な信頼関係築けてますな、お互い」
「露出趣味は理解できんがな」
「っとぅ!」
「たっ!」
「秘技、コースター目潰し……っ!」
「……っ…髪が長かったから良かったものの、直にあたったら下手すると失明だぞ」
「そしたら、眼球舐めてんやんよ」
「むしろ怖い!」
「おー、初ツッコミー」
「……なにか、妙に恥ずかしくなるな」
「ういういしい、はつものですな」
「………」
「なによ」
「いや、やっぱりお前を理解できん」
「理解させん」
「挑戦的なスタンスだな」
「ツンデレフリッカースタイル」
「変則ジャブ? ツンデレの?」
「べ、別にアンタの事なんか好きじゃない、かも、ね……?」
「変則だっ、というか、お前めんどくさいぞ」
「急に会話してくれるようになったから、嬉しくてね、へへへ」
「っそ」
「王道ですなあ」
「あ?」
「王道ツンデレ」
「あっそ」
「さて……」
僕は立ち上がって、そろそろかと、目の前の女の子に促す。
そうだね、と呟いて。彼女は上着を着た。
オープンテラスの景色は、春模様を既に過ぎていて。緑が生える夏の景色に様変わりしようとしていた。会計メモを片手に、準備をしていると、既に荷物をまとめていた彼女は後ろに振り返り僕に声をかける。
「あ、そうだ。景夜くん。最後にひとつだけ判らない事があったんだけど」
「なんだ」
「あの、監禁場所に捕まっていた時、どうやってプラスチックバンド抜け出したの?」
「最初からなかっただけだよ」
「嘘だねー、一週間たった今でも瘡蓋出来てるじゃない」
「むう」
あんまり、あの抜け方に関しては語りたくないんだけどな。
「まあ、強引に抜けたよ」
「強引に? 結構きつめだったから、最終的には肉が突っかかって、間接がつっかかって無理なんじゃない?」
「いや、確かにそのままだと無理だが、潤滑油があればよかったのさ」
「潤滑油? それって、自分の血?」
即答でお惚けな解答しやがって。あんまりいいたくないのを察してほしいんだがな。
「自分の血じゃ滑らないよ。それに後ろ手じゃ、どうやったって、自分の血を指のピンポイントに出すのは至難の技だろ」
「じゃあ、どうやったのさ」
「まあ、御誂え向きにあの部屋には使用済みの物がたくさんあったろ」
「……使用済み…? ………まさか…」
詩織の顔がどんどんと青く染まる。というより、嫌悪の表情で僕の指を見つめる。
「だから、言いたくなかったんだけどな」
「うええーー! なに、使用済みのコンドームから、ザーメン指にぶっかけて抜けたっつの?!」
「あのな……細かにいうんじゃない」
しかも、十六歳の高校生女子が、ザーメンなんていうもんじゃない。液とか出た物とかそういうニュアンスで言えって。
まあ、でも其の通り。
僕はあの時、後ろ手に、芋虫のような状態で這いながらコンドームの中身を集めそのまま親指にかけ、滑らせながらプラスチックバンドから抜けたのであった。幸運だったのは、コンドームが使用されて日が立っていなかったことだろう。まあ、本当に様々な意味で不幸中の幸いであったわけだが。
「不幸中の幸いね」
「したり顔で言うな」
同じ思考だった事にちょっとした落胆を覚えた。
「ま、これでスッキリしたし。行こうか、ちょっと救いに」
「さあな、そこはお前に任せるよ」
お互い、明るい気分になっているのは緊張のせいか。
それにしたって、日常をのんびりと過ごせないのは、僕とこいつの共通項に違いない。
さて、いこうか。
木原菫の殺獣未遂現場に。