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愛憎と狂気のテロリズム

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 3 狂気と愛憎のテロリズム




 席に戻ると、そこには先輩の姿はなかった。変わりに会計支払い済みのレシートと、置手紙が一枚。割と達筆なその文字に、少し苛立った。告白終えたら、ハイ御終いかい?

『今日はありがとう。急な用事が入ったので今日は帰ります。
 明日、放課後にまた。』

 何が、『また。』だ。
 こんな気持ちにさせておいて。置いてきぼりをさせるのか。
 大きなため息を一つ付く、今度は、先輩がいないせいか、胸にたまった思いの塊を吐き出すことが出来た。
 そして思い出す。水澄景夜のこと。

 私は、水澄景夜が犯人だと思っている。
 その根拠はあまりにも不透明だが、先輩が犯人だという気には、なれなかった。また、これが、ミステリー研究部とかかわっていない人間のひとりだとは思えない。
 彼の口ぶり、そして、榊原雅人と水澄景夜の関係。
 今日、水洗い場で榊原先輩が景夜くんに言った一言。
『よかった。悪いな、水澄くん。』
 私はあの会話の中で、彼を水澄くんとは一言も言っていない。
 なのに、先輩は彼を水澄くんといった。ということは知り合いなのだ、あの二人は。
 そして、先輩が見かけたという犯人。それは、たぶん水澄景夜のことなのだろう。だから、彼は水澄景夜を呼び出した。なぜ、自分の部室に猫の死体を置いたのかということを聞き出すためだろう。
 他にも理由は有る。あの二体目の死体はゴミ捨て場からでは見えないのだ。つまり、呼び出したのが先輩だとしても、偶然とはいえあの死体を見つけることは容易ではない。たぶん、呼び出した先輩と一緒に発見するつもりだったのだろう。
 
 こんな理由、さっきでっちあげた、先輩が犯人説の方が信憑性が高いのだけど。
 だけど、なんとなく彼だったらやりそうな気がするのだ。
 なぜ、あんな深夜に公園にいたのか、家に問題があるという時点で、この事件の異常性は説明できてしまうような気がするのだ。所謂事件を起こす若い人間は、その無差別性を劇場型に発散させる。と、私は考えている。つまり、目立ちたいから、かまって欲しいから事件を引き起こすのだ。
 
 すべては妄想。なんの証拠もない。これではまるで偏執病患者だ。

 さて。その水澄景夜くんに会いに行こう。かれはたぶんあの公園にいるはずだ。
 支払済みのカプチーノをとりあえず飲み干す。今度は熱さも考慮して、すこしづつ飲んだ。


 水澄景夜がなぜ公園にいるのかというのは簡単な話で、彼がハンカチを使っていたから目の合図でなんてことはなく。単純に彼が過ぎ去っていくときにわき腹を指差していた事から、推測して公園に来いってことなんだろうと思ったまでであった。不確かな合図ではあるが、まあ合理的な性格をしていそうだし、なんの考えもなくあんな事はしないだろう。
 坂をあがり、豚の石造がある公園の入り口をくぐる。
 公園には子供が独りもいなかった。最近の子供はテレビゲームに夢中になってしまって、外で鬼ごっこをやるよりも、携帯ゲームに手を出した方が楽しいのかもしれない。
 まあ、ゲームは基本的に楽しいけどね。外で遊ぶこともするべきだと思う。石畳の公園の回廊を堂々と歩く。公園は夕日でもって照らされていた。
 だからブランコの人影に気が付くことが出来たのだが。なにか印象が違う気がする。
 でも背丈は一緒だし、あの細い感じが水澄景夜を彷彿とさせるのだが。
 近づいていくと、その顔ははっきりと、彼とは違うことに気が付いた。
 だけど非常に似ている。双子かと思うくらいに雰囲気からして似ていた。
 その人は、彼があの深夜に座っていたブランコに座っていた。だけど彼とは違い、まっすぐと、どこか中空を見つめている。
 長い睫、キレ目の大きな瞳。私と同じくらいの髪の毛。水澄景夜より少し髪は長い。格好は制服ではない。だけどフォーマルなスーツ。これは女性用のスーツだろうか。よく似合っている。男装の麗人。という単語が頭に浮かぶ。
 この女の人。誰だ?
「あの。」
「はい?」
 スーツの麗人はこちらを向く。う、久々に思い出した。私こういう格好って、秘密の趣味のフェチズムに非常にクルものがあるのだけど。
 と、ふざけている場合ではない。そんなことより景夜くんだ。
「あの、ここに、高校生の男の子…来ませんでしたか?」
「え? ああ、来ていませんよ。私もその男の子を捜しているのです。」
 柔らかい表情で答える麗人。
 容姿が水澄景夜に似ているせいか、彼もこんな格好をしたら一発でやられてしまうなあ、なんて思ってしまう。
 ともかく、似ている。
 この麗人は、景夜に似すぎている。だから聞いてみた。
「もしかして。貴方、景夜くんですか?」
 妙な質問だ。
 あまりに突飛な質問に目の前の麗人も少し困惑している。
「違いますよ。姉の水澄カナメです。」
 まあ、そうだよね。
 てか、あいつ姉なんているんだ。
「す、すいません。そうなんですか。……姉ですか。」
「よく似ているといわれますね。」
 カナメさんは大人の優しさに包まれているような笑顔を見せる。
「貴方も、景夜ちゃんを探してお出でですか?」
「あ…はい。」
「そうですか。」
 ブランコから降りて、スーツについた埃を払うカナメさん。そしてそのまま、いつかの景夜くんのように石畳の道路を歩いていく。急に立ち上がるので私もびっくりする。
「宜しいなら。お茶をご一緒しませんか?」
 振り返らず、そのままで告げる。景夜くんの姉、カナメさん。広がった空間に後ろに向かって声を響かせるなんてあまり出来るようなことじゃないと思うのだけど。私にまでしっかり伝わってきた。
「え、あ、はい。」
 付いて行く。お茶ってどこにいくの?
 そんな疑問には答えてくれず、水澄景夜の姉、水澄カナメは公園へ出て行く。
 最近人に振り回されることが多いなあ。なんて、そんなことを思う。



「紅茶はお好きですか?」
「珈琲よりは…。」
「それは良かった。ぜひ、一杯目はそのまま楽しんでくださいね。」
 つれてこられたのは、あの喫茶店でもなく、はたまた別の喫茶店でもファミリーレストランでもなく、一件の豪華な邸宅だった。なんとも白の外壁の目立つ家で、つまりは水澄景夜の家に来てしまったわけなのだが。あいつこんなところ住んでるのか。
 案内されたのは、三階建ての三階のリビングだった。中はやはり広く、備え付けてあるベンチ式の椅子に、大きなテーブルが置いてある部屋だった。
 ティーポッドとポーションを置かれ、お茶としては中々いい扱いである。うーん。紅茶の種類なんて、ダージリンとアッサムくらいしか知らないのだけど。これは何の茶葉でしょうか?
「ああ、適当に買った茶葉ですよ?」
 あら、そう。
 かしこまったのが馬鹿らしくなるような一言だなあ。
「景夜ちゃんとはどういったご関係で?」
「えっと…、友達……です。」
「そう。あの子に女の子の友達が出来るなんて。驚きです」
「そうですか?」
「あの子がいままで、友達を作ったこともないのですよ。」。
 景夜くんに友達がいないか。まあそうだろうな、皮肉な感じするし。童貞っぽいし。いやま、自分も人の事はいえないのだけど。
 それにしても、丁寧な言葉、一つ一つが硬く大人の雰囲気をやはり感じる、この人何歳なのだろうか。
「今日はどうして、景夜ちゃんを探していたのですか?」
「えっと、まあ色々ありまして。」
「色々…。喧嘩でもしたのですか。」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。」
「そうですか。では、仲がいいのですね。」
「それも少し違うんですけどね。」
 出された紅茶と一緒に、差し出された茶菓子もつまむ。しかし、この茶菓子、妙に甘い。薄めるために砂糖のまだ入れていない紅茶を飲むとちょうどいい甘さになり、砂糖を入れないでもこんな紅茶ののみ方があるのだということに感動した。
 たまたまの発見なのだけど。今度から紅茶は甘い茶菓子と一緒に飲むことにしよう。
「お茶菓子はおいしいですか?」
「は、はい。おいしいです。」
「それなら、食べてくださいね。」
 いや、それはまあ、食べますけど。
 大人の雰囲気を漂わせるこの女性は私にとってどこかやりにくい。というか誰でもやりにくいんじゃないだろうか。
「景夜ちゃんはシャイなのですよ。」
「へ?」
「恥ずかしがり屋さんなんです。かわいいでしょう?」
「は、はあ。」
「もう、あの歳でしょう? 恋愛の一つもしてくれるといいのですが。」
 はあ、と妙にエロイため息をつくお姉さん。この人、ホント何歳なんだろう。お母さんみたいな話し方をする人だ。ああ、なるほど、この人妙にお母さんのような話し方をするんだ。だから、大人っぽいんだ。
「あの、景夜くんとはいくつ歳が違うんですか?」
「私、ですか。私は三つですよ。」
「え、そうなんですか? ウチの姉と同じだ。」
 意外や意外。あの妙な姉は、この妙な姉と同じ世代なのだった。ちなみに私の三つ上ということは19歳ということにもなる。つまり、煙草は吸っていいのか。悪いのかという話だ。まあ、ギリギリ大丈夫。ウチの姉の誕生日は4月なのです。
 まあ、でも大学の新入生歓迎の飲み会って、それだけで、色々と無視してるものってあるよね。なんて、思ってみる。
「お姉さんがいるのですか。」
「はい、三つ上の。」
「もしかしたら、知っているかもしれませんね。……宜しければ、貴方のお名前を伺っても?」
「私は、明智詩織といいます。」
「明智……ああ! あの明智さんね。知っています。同じクラスでしたから。」
 そして、もっと意外。知り合いだったみたいだ。
 今日帰ったら姉に知らせよう。たぶん嫌がるんだろうな。高校時代の話は嫌いだし。
「よく、話とかはしてたんですか?」
「いえ、そこまでは、私、彼女から嫌われていたので。」
「嫌われてた?」
「ええ、なぜか。私は彼女のこと好きなのですけどね。」
 カナメさんは、手前にあるそのカップに、ゆったりとした動作でポーションのガムシロップとミルクを全て入れた。ずいぶん甘党なのだなと思う。
 この人の高校時代か……。あまり想像することができないな。
「姉は高校時代どうでした?」
「非常に活発な方でしたよ。知ってらっしゃるとは思いますが、生徒会長を務めていたときも大変な改革ばかり推し進めていたようですし。」
「そうなんですか。本人はあまり、何もしなかったといっていましたよ。」
「彼女からしてみれば、全ての人間は何もしていないのと同じですよ。」
 まあ、言われてみればそうだ。
「お姉さんは、学校で部活とかなさっていたんですか。」
「カナメ、でいいですよ。」
「はあ。…カナメさんは部活やってたんですか?」
「そうですね。ミステリー研究部に入っていたりしましたね。」
 ぎょっ、とする。
 最近、ミステリー研究部につながりが多いな、しかし。どこの人間もミステリー研究部に入っているのではないだろうか。
「ミステリー研究部で何をしてたんですか。」
「何か……、というのはそれほど。」
「でも、例えば文化祭とかで何かしなかったんですか?」
「そうですね…。」
 考える仕草も緩慢に、人差し指をあごに置く。
「文化祭では、小説などを寄稿した覚えがありますね。その作品が、映像部の手によって映像化されたり。」
「え?! すごい。本当ですか?」
「嘘をついてもしょうがないでしょう?」
 並々ポーションの注がれたカップを口元に近づけるカナメさん。
 この姉あってのあの弟なのだろうか、やはり言い方がきつい。
「どんな映画だったのか、興味なんてあります?」
「え、ああ。まあ。」
「それなら、今度来て下さるときに、ぜひ見ましょう。」
「そうですね」
 なんなんだこの会話は、定型文の様な会話。
 だけど、不思議だ。会話は二人でするものであるのに、なぜかこの会話はカナメさんが一人で会話しているような気がするのだ。私自身でも何を考えているのかわからない。ちゃんと私だって会話をしているじゃないか。
 いや、この私の受け答えはすべてカナメさんに作ってもらっているような。明らかにおかしい会話なのに自然のような。私の戸惑う「ああ、まあ」という一言でさえも全て把握されているような気がする。
 ともかく気持ちが悪い事は確かだ。
 話を変えよう。話を変えたい。
 そして、急いで帰りたい。
「あの、それで問題の景夜くんはどこにいるんでしょうか。」
「景夜ちゃんはどこにいるのか私にもわかりません。」
 淡々と答えるカナメさん。気がつく、そうか、この人応答するまでの間がないんだ。
「それじゃあ、どこにいるかの検討はありますか?」
「それがあの公園ですよ。」
「じゃあ、あの公園にはいつも彼はいるんですか?」
 ふ、と、急に笑みを浮かべるカナメさん。その笑みに、どこか胸を掴まれるような感じがする。
「あの公園にはいつもいました。」
「今日はいなかったんですね。」
「そうです。」
「ねえ、明智詩織さん。貴方にはわからないことってありますか」
「え?」
「例えば、空をなぜ飛ぶことが出来るのですか。」
 その質問の意図がわからない。
 空を飛ぶことが出来るというのは、誰が、どうやって。だ。だけどもそれを言わないということは、空を飛ぶということの前提なのだろうか。
「貴方は質問を考えています。」
「へ? あ、はあ。」
「そうですか。貴方はいい人ですね。」
 いい顔をして、彼女はまた微笑む。そして甘いミルクティを口に持っていき、そのまま、質問を嚥下してしまう。私もそれに習う。もやもやした胸の固まりは甘いミルクティなどでは、流れることはなかった。



 先ほどの質問はもう、この後の会話で出てくることはなかった。気になることもたくさん言われたが、要約すると私は単純に気に入られたらしい。お姉さんに宜しくと言われて、渡された紙の封筒を抱えて、家を出る。
 そして、家を出た後に気がついた。
 そういえば、なぜ最初私のことを、景夜くんのクラスメイトなのかと聞かなかったのか。
 まだ学校に入って一ヶ月。友達が出来るとしたら、クラスメイトだと思うのだけど。
 帰り路で、ふと事件のことを考える。
 事件の首謀者は、いったい何がしたいのだろうか。ということ。
 もし、犯人が、水澄景夜だったとしたら。
 典型的な劇場型犯罪者。になりたいだけの高校生。
 あまりにもあっけないその理由こそが事実犯人である可能性というのは高い。基本的に衝動的や思いつきでやってしまう行動というのは考えられていない場合が非常に多い。

 決め付けているだけじゃないのか?
 ふと、もう一人の自分が声を掛ける。もう一人の自分なんて存在はしない。客観的な視線の自分、冷静な自分が興奮している自分に声を掛ける。
 犯人を決め付けるのは早すぎる。まだ、学園の中の誰かという事さえ確定していない。
 そう、犯人を絞り込むにはあまりにも情報が少ないのだ。
 これが警察であるならば、指紋、取調べ、現場調査など様々な方法で絞り込めるだろう。しかし、警察に頼るにはあまりにも事件が小さく、また事件を面白いと思っている人間の手によって既に事は隠蔽されている。それに、猫の死体程度……などというと動物愛護団体から非難を受けそうだが、その程度では警察は動きはしない。学校に知らせてもそうだ。事件を収束させるだけで、その人間をとがめようともしない。でも、それでこの非日常めいた日常は終わりを告げる。
 そう、事件は終わる。
『君の日常に事件は本当になかったのかな? 勝手に収束していっただけじゃないのかい?』
 事件が、終わる。

 いやだ。
 終わらせたくない。終わらせたくはない。 
 せっかくの、非日常の鍵なんだ。手放したくない。こんな機会はもうこの先の人生で訪れないのかもしれない。
 だったら、せめてこの手で終わらせたい。
 例えその考えが誰の共感を得ないものだとしても、道徳倫理と懸け離れていても。
 それでも、溶け込んで居たい。非日常に。

 水澄家は坂ノ下にあり、私の家は坂の上にある。帰り道は丁度、公園に差し掛かるのだが。やはりというかなんというか、カナメさんの姿が消えた公園のブランコには不良少年が一人。
 入り口を抜けて、ブランコまであるく。
「で、景夜くんはどこに行ってたのよ」
「ここにいるが?」
 いるが? って、居なかったじゃないのよ。変わりにお姉さんが座っていたけども。あんな代理人私は予想していない。
「アンタさあ、お姉さんの事嫌いなの?」
「あ?」
「お姉さんよ、カナメさん」
 どうでもよさそうな目をしていた景夜くんの瞳が、細く伸ばされる。
「会ったのか?」
「会ったよ、景夜くんが居ると思って公園に着てみれば、なぜか知らないけど美人なお姉さんが居て。景夜ちゃんと知り合いなのですかーってさ」
「そうか」
「しっかし、姉弟瓜二つよね。双子かと思ったよ」
「くだらないことを言うな、世間話をするためにここに居るんじゃない」
 世間話しなくてもお前はどうせここにいるんだろうが。
「それで、何を話してたんだ。あの男と」
「告白された」
「そうか、よかったな」
「何よ、淡白ね」
「べつに、興味はない。そんなことよりも猫の死体のことだ」
 何かを思って欲しいとは思っていないが、それにしたってあまりに淡白な反応にちょっと肩透かしをくらう。
 立ったまま話しかけるのは面倒だったので隣のブランコに座る。
「死体のことは殆どわからなかったよ、何も話してくれなかった。だけど」
「だけど?」
「犯人を知ってるっていってたよ」
 さて、これからだ。
「そう、か」
「ねえ、景夜くん。アンタ、榊原先輩と知り合いなの」
「いや、知り合いではない」
「うそ」
 景夜くんの顔がこちらに向く。無表情で感情を読み取ることは難しい。
「何で嘘をつく必要があるのかな。」
「………、そうかお前は俺が猫を殺したと思ってるのか」
「うん」
 水澄景夜は立ち上がり、ブランコの砂場を一蹴りする。
 そして、顔を上げてゆっくりと夕日を見つめた。まるで犯人が自供するかのようにこちらを向いて
「………はあ」
 大きなため息を吐いた。
「お前を採点してやろう」
「何よ」
「だからコレまでのお前の行動を全部、洗いざらい駄目だししてやろうって言ってるんだ」
「何でよ、アンタが犯人ってだけじゃないの?」
「そこも含めて全部だな、話を纏めるために今から聞く事にこたえろ」
 景夜くんはじっとこれまでにない真剣な表情でこちらを見据える。ちょっとドキドキ。私何なんだろ、男の人に真面目に見つめられるとドキドキするなんてどこまで心のタガがゆるい女なんだろうね。
「まずひとつ。榊原というやつはお前がこの学校に入学する以前からの知り合いなのか?」
「違うよ、一昨日、出会って話しただけ。」
「お前はミステリー研究部なのか?」
「ちがうっつの」
「一体目の死体はちゃんと見たのか?」
「写真でね」
「その写真は今あるのか」
「ないよ」
「榊原、の彼女なのか。告白されたといっていたが告白は受けたのか」
「受けてないよ。何? 私のことばっかり、惚れてるの?」
 私の軽い質問に、沈黙で答える目の前の男。へ? いやいや。マジなのつーかモテモテ?
 ま、そんなことないよね。ありえねーっす。
 じゃあ、何を沈黙しているのかしらと尋ねてみようと思ったら。
 景夜くんはひとつ奇妙な事を私に尋ねた。

「猫の死体の共通点に気がついているか?」

 猫の死体の共通点?
 のどを引き裂かれた猫の姿が目に浮かぶ。
 内臓を掻き出された猫の姿が浮かぶ。
 一体目は机の上で、二体目は麗らかな日差しをさえぎる様な雑木林の冷たい影の下に死体はあった。
 その猫の死体に共通点などあったのだろうか。
「共通点、というにはちょっと違うかもしれないけどな。どうやらその感じだと気がついていないみたいだな。……まあ、いい。どちらにせよ、あの猫どもは人に見立てて殺されている事は確かだ。お前はその事に気がついているか」
「人に見立ててるって、アンタ訳わかんないこといわないでよ!」
「気がついてないのか」
 また、大きくため息をつき、今度は砂場をけることもなく。足をブランコから運んで入り口までの石畳を歩いていく。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「ああ、そうだな蹴られたらたまらない。だから納得するように言ってやる。俺は今日榊原雅人について調べていた。猫についても調べた。飼い猫ではないノラ猫が殺されたようだ」
 私もブランコから立ち上がって、景夜くんの後ろを追う。
 景夜くんはこちらを見ずにそのまま言葉を紡いだ。
「殺された猫は全部で二体。先週と今日。発見していないだけでまだ死体が出る可能性は非常に高い。二つの死体の犯人は同一犯で単独犯の可能性が高い。プロファイリングなんて芸当は出来ないから犯人像を割り出すことなんて出来ないが、多分俺たちの高校の生徒だ。」
「なんで、断言できるのよ。」
「まず、死体をおく事が出来る時間帯からして、学校の人間でないと不可能だろう。それともうひとつ、この死体はなんで猟奇的なんだと思う。お前の考えはいい所までいっていた。劇場型の犯人。そう、この死体は誰かに見て欲しかったんだよ。」
「ちょっとちょっと。矢継ぎ早に言わないでよ! 理解できると思ってんのそんな速さで話して。」
「理解するとは思っていない」
 こいつ…。
「そして、死体を見せたい人間は非常に限定されている。お前の勘では榊原が犯人ではないと思っているんだろう。」
「そうよ! だから」
「お前の事だから、何か発破を掛けたのだろうが、それをお前は鵜呑みにしたのか?」
「え?」
 引っかかっているピースが嵌る音がする。
 公園の入り口に差し掛かって、いままで、こちらを見ずに会話をしていた目線が振り向いた。
 針葉樹林が公園を取り囲んでいて、まるで結界のようになっている。人を覆いつくす籠のようだ。だから私は見つける事が出来なかった。
「告白されたといっていたが、話題をそらされたんじゃないか?」
「あ。」
 そして、水澄景夜の背後にはどこかの制服の男の姿があって。
 その男の手にはバッドが握られていて、バッドは空を指していて。
 振り落とされた後に感じた白い布の湿り気と眩い光は、私の意識を根こそぎ奪っていった。 

 


 男の声がする。
 埃と湿り気の匂いがする。
 冷たい床の感触が肌に伝わる。
 暗い、影が見える。
 そして、目を開けようとすると激しい眩暈と頭痛が襲った。
「起きたかい?」
 コンクリートの灰色が見える。揺らぐ視界に青白い月の光。が見える、窓がある、窓のガラスは割れていて廃墟だという事が判る。情報が断片的に頭を巡る。言葉が紡げない、痛覚が頭と手首に走る。
 縛られている。拘束されている。
 状況を把握して、目の前の男の影を睨む。
 男は、いつものように微笑んだ。
「これはどういった趣味なんですか? ……榊原先輩」
 榊原先輩は、古びたソファーに足を伸ばして、笑う。
「縛られて、床に寝かされるって言うのはどういう気持ちなんだい? いい気持ちではなさそうだね」
「見ての通りなさけのない、限りですよ」
「ああ、情けない。情けなさそうだねえ」
 笑う、笑う、笑う笑う笑う笑う。
 笑みがこぼれる、零れた笑みは傾斜面を滑ってどこの排水溝に流れていくのだろう、いや、流れないのかもしれない。こんなにコールタールみたいなどす黒く、粘着質な笑みはこびり付く様にして周りのモノに付着していくのだろう。
 まとわりつくような視線が、目の前だけではなく背後や左右にも感じる。砂利の音とくぐもった笑い声、そして……なにかマラソンでもした後のような妙な空気の湿り気と呼吸音。
 体を動かそうとしても、後ろ手に縛られているためか、上手く起き上がる事も出来ない。
「そんなにケツ振っちゃって。さそってんのお?」
「!!」
 背後の男がじりと傍によってくる。音でわかる、手を伸ばそうとしている。振り返る事も出来ない。体は上手く動かない、動かない! 怖い。怖い怖い
 湿り気を帯びた手が太ももに触れて、体がはねるのを感じる。触られているという実感がわかない。体が恐怖心に満たされて反射的に飛び上がった体に私自身が驚いている。私の体がまるで私の体じゃないみたいだ。
「おい、渡辺。まだいいって言ってねえだろ」
「榊原さん、いいじゃないっすか。俺参加すんの今日初めてなんすよ」
「俺が話してんだよ」
「……チッ、わかりあしたよ」
 渡辺、と呼ばれた男の手が離れる。
「!!」
 離れたと思った手は、最後に確かめるように私の……の部分をなぞる。
 泣き声のような声が自分の喉から飛び出した。
「さて、自分のおかれてる状況っていうのはよくわかるかな?」
「……ええ、わかりますよ」
 泣き叫びそうになる精神に鞭を打って声を絞り上げる。
 必死な形相をしているのだろう、その事が返って榊原の皺の影を濃くさせた。
「何でこんな事をするんですか?」
「何で、何でねえ。可愛いから、かな?」
 周りの同意を求めるようにして榊原は周囲を仰ぎ見る。暗くてよく人数を把握する事が出来ない。しかし、くぐもった笑いの数からしても四人より多い事は確かだ。
「下種ですね」
「そうかな、道徳観念によっては僕たちは確かに下種と呼ばれるかもしれないけど。考えても見ようよ、可愛い子が居る、その子とそういった関係になりたいと思う。それってさ、酷く当たり前のことなんじゃないかな。」
「だから大勢で取り囲んだと?」
「僕たちは弱い人間でね。一人じゃナンパも出来ないんだ。だから寄り集まった、一人一人手をつなぎ合い、分かち合って。……穴兄弟になりましょうってねえ」
 呵呵大笑。
 コンクリートに音が響き渡る。
 私もよくそんな言葉を知っているものだ。
 取り囲んでいる男たちは、じりじりと私と榊原が話をしている間にも近づいてきている。そして、……その後のことを想像したくはない。死が恐怖ということではない、私自身が壊されてしまうという恐怖感、肌にまとわりつく嫌悪感。すべてが毛虫のように這いずり回り、目を覆いたくなる。
「水澄景夜はどうしたの」
 悪あがきで、とにかく会話を続ける。
「ああ? 水澄くんねえ、ちょっと別の部屋で寝てもらってるよ」
 そうか、あいつは無事だったのか。あれだけ強く殴られたから死んでいるのではないかと心配だったけど。
「まあ、なんだ。後でお説教しなきゃいけないんだけどなあ。君の事が終わってからね。それまで放置っつーかサンドバックになんのかな」
「止めなさいよ! そんなこと」
「止めて欲しい? 止めて欲しいかあ。」
 榊原が寄ってくる男たちを手の動作でどけて、響きもしないコンクリートを叩くようにして近づいてくる。
 そして私の髪を掴み強引に頭を持ち上げた。
「どの口が言ってんの?」
「………」
「あのさあ、僕ね。馬鹿な子は嫌いなの。判る?」
『ずっと前から好きだったんだ。見かけたときからずっと。』
 笑顔が嬉しかったんだと思う。初めて告白された事が嬉しかったのだと思う。
「今の君の状況って、すげえ可哀想なんだよ。悲劇のヒロインなの悲劇のヒロインは泣いて、喚いて、囀る口を止めるくらいしかできねえんだよ!!!」
『君を見かけたときに、柔らかそうな手をみて、惚れたんだ。……僕は手が好きだからさ、女の人の手って奴が。おかしだろ? そんなんで惚れたりあんまりないよな。でも、それでもはっきり、好きだって気持ちが始めて見た時から芽生えてたんだ。』
 手がスキだって言ってくれた。姉に似ている顔でも、細すぎる体でもなく。手をスキだって言ってくれた。微笑んでくれた。私は私を認められないけど。私のことを受け止めてくれるかもしれないって思った。
「おとなしくしろなんて言わねえよ。ただな、てめえらのその犯される前の強気な面が気にくわねえんだよ!! 何なんだその顔はよ、だから言ったんだよ寝てるうちにやっちまおうってよ。俺はサディストじゃねえんだよ、だからテメエらがぶっ壊れるところなんて見ても、虫唾が走るだけでチンポおっ立てるなんて事はねえんだよ!!!」
『変な事件に巻き込んで御免ね。でも、絶対興味を持ってくれると思ったんだよ。そしたら、ずっと二人でこの喫茶店に来ることが出来るだろう? 部室で恋愛なんかしたくない。君とこの喫茶店に来て、二人だけの会話が出来るのはこれくらいしか思いつくことができなかったんだ。』
 高校に入って妙な事になったと思った。まさか一ヶ月で男の人とこんなに仲良くなるなんて思わなかった。幻想を抱いていたわけじゃない、むしろ生々しい嫌悪感が男性にあったのだとおもう。
 だけど、
 優しく払拭してくれると思った。
 世界の広さってヤツが、理解できるって思った。
「あーあ。めんどくせえ、めんどくせえ、めんどくせえめんどくせえめんどくせえええ!!!!! 面倒だよ、お前。」
 頭をがんがんに振られる。床に、コンクリートに、自分の肩に。足に。ぶつかって、拡散して。
 意識が遠のいて。

『付き合って欲しい』
「やられちまえよ、お前」

 唐突に理解して。
 ああ、裏切られたんだ。私。なんて。
 頬に、暖かい告白とか気持ちとか記憶が、流れ……て。


 目の前の男は私の唇に噛り付く。
 ……そして、私は空気に晒されて、濡れた。
6

柿ノ木続木 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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