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第十四話 教団

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 僕たちが着いたのは教団の門の前だ。門は橋からそう離れてはいない。タクシーから降りると早速人が近寄ってきた。門の番人だ。そして言う。
「あなたがたは何の目的で来たんですか。予定には入ってないのですが……」
 叔父は嘘八百を喋りだす。
「ええ、突然来たんです。なぜならこの教団に感銘を受けまして……。施設を一目見てみたいと思ったんです」
 この設定はあらかじめ決めていたものだった。番人は困った顔をしながら言った。
「申し訳ありませんが、ここの施設は信者しか入れない決まりになっています。入信してからにしてください」
 が、叔父は納得せず食い下がる。番人も食い下がる。
 そんな口論を見て声をかけてきた小柄な信者がいた。
「よしなさい。町村君。いいじゃないか。興味を持っている人を拒む必要はない」
 町村という番人は反論する。
「しかし、山村さん。これは決まりですよ。いくらあなたでも」
 町村の話を無視して山村は強く言う。
「責任は私が取る。いいから入れてあげなさい」
 番人は渋々門を開けた。山村は私たちに向かって言う。
「どうぞ心置きなく見学なさってください」
 叔父は礼を言う。
「どうもありがとうございます」

 僕たちを案内したのは小西という信者だった。僕たちは教団の内部を歩いて回る。
 新興宗教の教団内部を歩いた経験がある人は少ないだろう。僕もその経験はない。
 だからひれ伏したりぶつぶつといろいろな言葉を喋っている信者を見た時は驚いた。そして気味が悪かった。

 やがて僕たちは大勢の人たちが一斉に本を読んでいる場所にたどり着いた。僕は質問する。
「これは一体何を読んでいるのですか」
 小西は厳かに言う。
「読んでいるのは聖なる教典です。皆一心不乱に読んでいるでしょう」
 僕は聖なる教典という重々しい響きを持った言葉を聞いて思わず吹き出しそうになってしまった。だってそれは結局小説じゃないか。教祖が作った。しかも多分出来の悪い小説だろう。僕の小説よりひどい物だろう。が、小西はそんな僕には気づかずに長口上を始める。
「そもそもここに教団の建物が建てられたのもその教典の由緒によるものなのです。大教祖がこの教団を建てたとき教典はありませんでした。大教祖は秩父事件で死線を彷徨い、そのとき神からの啓示を受けました。そして翌年この教団を設立します。しかし、教えは漠然としたものでした。残念ながら教団の規模もそれほど大きくなかったそうです。細々とした団体だったそうです。しかし大正12年老人となった大教祖は再び啓示を受けます。そしてこの地へ来ます。そして教典を発見したのです。崖の下でです。啓示により教典は大教祖が川に落としました。が、大教祖は写しを作るように啓示を受けていました。なので今我々が読めるというわけです教典の名はきみみしかと言います」
 長口上に内心辟易としていた僕たち三人に衝撃が走る。口を開いたのは源田さんだ。
「い、今きみみしかと言いましたか」
 小西は驚いて言う。
「知っているのですか。その名を」
 源田さんはお茶を濁す。
「い、いやそんなわけではないのですが。珍しい名前だなと思いまして……。意味は一体なんなのですか」
「それは分かりません。教典にそう書かれてあったそうです。少し見学なさってください。私はこの場を離れます」
 そう言って小西は立ち去った。僕は信者がいたので何も言わずに考えていた。どうして教典の名前がきみみしかなのかという事を。が、答えは一向に出なかった。叔父と源田さんを見ると両人ともやはり驚いていた。

 そのうち小西が山村を伴ってやって来た。山村は言う。
「ここまで我が教団に興味を持ってくださるとは。応接室に来てくれませんか」
 僕たちは黙った。が、断る理由はない。叔父が言う。
「ええ、構いませんよ」

 応接室は簡素な物だった。どうやら信者から金を搾り取るあくどい宗教ではないようだ。
 山村は言う。
「いい遅れましたが、私はここの副支部長の山村というものです。あなたがたの名前は何と言うのですか」
 叔父がすぐに言った。
「長崎兼助というものです。連れは弟の啓司と息子の志郎です」
 偽名を設定していて良かったと僕は思った。さすが探偵である。山村は続けて言う。
「ちょっと写真を撮らせてもらいませんか。記念に」
 おかしな話だな。と僕は思った。叔父は強く拒否する。
「いや、遠慮させてもらいます」
 そんなやりとりが数回続く。僕はやっと何故写真を撮ろうとするのか分かった。偽名の可能性まで相手は考えているのだ。だから顔を取ろうとしている。そしてその後は叔父と同業の物に調査を依頼するのだろう。そう考えるとぞっとした。写真を見せて周辺のタクシー運転手に聞き込みをする。次は駅員だ。そして僕らが栃木に住んでいるという事まで絞り込むだろう。そして本名とすんでいるところまでばれる。大変だ。
 そして写真は無理矢理撮られてしまった。撮ったのは小西だ。叔父は怒って言う。
「何するんですか」
 山村は笑いながら言う。
「まあ、いいじゃないですか。このぐらい」
 そして小西はそそくさと部屋から出て行く。叔父は何か言おうとしたが、あきらめた。
 
 山村は話題を変えようとする。
「さて、話をするためにここに御呼びしたのです。何かご質問はありませんか」
 僕は早速質問する。
「そういえば崖の下のところは敷地内ではないようですね。何故ですか」
「それには訳がありましてね、実は聖地は解放すべきと教典自身に書かれているのです。万人に開放するためです。無論あそこを買うのは資金的に十分可能です」
 僕は説明を聞いてもよくわからなかった。その後僕たちと山村はいろいろと話をした。山村は僕たちをわざわざ門の外まで送ってきた。断ったにも関わらずだ。相当僕たちは目をつけられてしまったらしい。
 僕たちは栃木に帰った。
 
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