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僕の秘密

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図書館の帰りに銭湯に行ったら帰りが遅くなった。 
自転車を漕いでいると湯冷めしそうだ。
今日は曇りで明日は雨らしい。
やはり空気が冷たい。
 
道路脇の立派な木のそばに、ちょこんと座っている小さな姿を見かけたので、
「やぁ」と声をかけて近寄ってみた。
僕は辺りに誰もいないかよく確認してから話しかけた。
このご時世、すぐに危険人物だと誤解されるからだ。
「こんばんは。こんな遅くに何しているの?」
 
僕は屈んでやさしく声をかけた。
「こんばんは。ここでお母さんを待っているの」
その声で僕はこの子が女の子だとわかった。
「お母さんはいつ迎えに来るんだい?」
「うーん、たぶん朝かな」
「寒くないかい?」
「ちょっと寒いかな」
彼女は自分の体をキュッと縮めて猫背になっている。
 
「近くに僕の家があるから来るかい?こたつもあるよ」
こんなことを言うのもどうかと思ったが、朝までに雨が降ってきそうだったから仕方ない。
「うーん、やめとく。お母さんは知らない人について行っちゃだめだって言ってたから」
「確かにそうだね。クルマにも気をつけるんだよ」
「たまに停まっているクルマの下にもぐって遊んでいるよ」
「あぁ、停まっているクルマなら大丈夫だけど、走っているクルマには注意が必要だよ」
「うん、お母さんも同じことを言ってた。私のお父さん、クルマに轢かれちゃったの」
「死んじゃったのか。かわいそうに」
彼女の顔が心なしか寂しそうに見えた。
 
「おなかすいたなぁ」
健気にも、彼女なりに話題を変えようとしてくれているみたいだ。
「じゃぁ僕のパンをあげようか」
「いいの?」
「君がお母さんから、知らない人に食べ物をもらっちゃだめだって言われていないならね」
「言われていないよ。お母さんだってたまに誰かから食べ物をもらうことがあるもの」
彼女の顔が輝いて見えた。
「そうか、そうか。じゃぁこのパンをあげるよ」
僕は鞄からパンを取り出し、食べやすいように千切ってあげた。
「おいしい?」
うん!と答えて彼女は夢中で食べてくれた。
 
食べ終わってから、彼女は僕を見上げた。
「ごちそうさま。ありがとう」
「どういたしまして」
「ねぇ、このあたりって、イヌとかキツネが出たりする?」
彼女は不安そうに聞いてきた。
「キツネは出ないと思うけど、野良イヌはいるかもね」
「怖いなぁ。イヌは木に登れないよね?」
「うん、登れないよ」
「じゃぁ私、木に登ってお母さんを待つことにする」
「登れるのかい?」
「うん、登れるよ。かんたんだよ」
そう言って、彼女はヒョイヒョイとその木に登って見せてくれた。
「見事だね」
「ね、かんたんでしょ。木の上で寝ることもできるんだから」
それから彼女は木登りの極意を自慢げに語ってくれた。
 
「じゃぁそこに居て、お母さんを待っているんだよ」
「うん。お兄さんはもう行くの?」
少し寂しそうだったけど、僕もすっかり湯冷めしてしまった。
「うん、行くよ。明日も学校なんだ」
「学校って楽しい?」
「忙しいけど、楽しいよ」
「へぇー、楽しそうだけど、忙しいのは嫌だなぁ」
「わかってるね、君は」
彼女は木の枝にちょこんと座っている。
「だって、ぼーっとしているのが好きなんだもの」
「僕はそうしていられる君が羨ましいよ。あ、じゃぁ僕は帰るね」
「うん、また学校の話を聞かせてね」
「わかった。じゃぁね、おやすみ」
 
僕は自転車に乗って漕ぎだした。
僕の秘密。
それはネコと会話できること。
 
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