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それから

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 安定した亜光速航行が可能になってから五十年の時が流れた。
 増えすぎたり減りすぎたりした人々は新天地を求めて宇宙と言う大海原へ漕ぎ出していった。
 宇宙船の中で幾度と無く世代交代を繰り返し、途中で良さげな惑星にふらっと立ち寄っては気に入った何割の人間が移住する。
 そうして人類は着々とその巣を広げ、ネットワークを拡大していった。
 ざっと四百年が過ぎた頃には半永久に生存できるシステムも確立し、元々あったアンドロイド工学やクローン技術、コールドスリープもあり、寿命と言う概念が薄らぐ程に至る。
 余りある時間を手に入れた人々はのんべんだらりと宇宙を漂った。
 あてもなく、目的も大したものはなく。
 宇宙船の動きもなんかテキトーになっていった。きりもみ回転とかしてた。

 それから。

 亜光速航行が超光速航行にシフトしてから千五百年ほどブラブラと彷徨った結果、船が何かに激突した。
 スペースデブリやら隕石やらはレーダーが察知し避けてくれるはずだったのに。船員は驚いて状況を確認する。
 保護色になっていて非常に発見が困難だったそれは、未知のステルス機能を搭載した戦艦だったのだ。
 大きさはこちらの三分の一ほど。とは言っても全長は軽く数km程ある巨大な戦艦である。
 船長達は対応に困り果て、面倒くさそうだから見なかったことにしようかなどと相談していたら通信が流れ込んできた。戦艦からだった。
 ディスプレイには人類目線から見てなんか気持ち悪い動物だか植物だかわかんないサーモンピンクの体色をした、目が一つ八本腕のクリーチャーが映し出され、何やら怒鳴りたてている。
 言語はちんぷんかんぷんだが、どうやら「変な動きしてるんじゃねぇバカ野郎、避けられねぇだろ! 凹んだとこの修理代払え!」みたいな感じの口調だった。
 船員達も謝ってはみたものの、奴さんの怒りは一向に収まらない。怒声の周波数も人間に取っては体調に異常をきたしかねないものだったので、船員達は困り果ててしまった。
 どうしようこれ、と顔を見合わせあう船員達を押しのけ、船長がディスプレイの前へと座った。厳粛な面持ちである。
 どうやら責任者が来たようだ、と黙る宇宙人に対し、船長は鼻の穴を片方塞いだ。そして。
 


 「フンッ」
 べちゃ。
 鼻クソを思い切り飛ばした。
 
 
 船長は短気だった。
 相手の船長はものすごく短気だった。
 かくして戦争は始まった。


 それから。

 結果から言えば、戦争は人類の勝利に終わった。
 敵、アリェロオロンの技術力は圧倒的で、近隣の惑星を軒並み植民地化するほどの軍備と制圧力を誇っていた。
 空間を捻じ曲げて艦隊をワープさせることによる電撃作戦も脅威だったし、本部の基地は何重もの防御システムにより鉄壁の守りを可能にしていた。
 一方人類は、その滅茶苦茶な物量で強引に攻めた。作戦とかは特に考えず、いけいけわっしょいみたいな感じで頑張ったらなんか勝ってしまった。
 数の暴力である。
 アリェロオロンが敵兵は殺さず労働力として最大限に活用するという作戦を取っていたこともあり、人類側の被害はほぼ皆無に等しかった。
 人類側から出された和平条約と言う名の降伏勧告を渋々受け入れたアリェロオロンはこれを屈辱と感じ、以後もずーっとネチネチと人類に地味な嫌がらせを続ける事になる。
 主に船長に。
 こうして、初めてのファーストコンタクトは成功とも失敗とも言えない微妙なものになった。
 アリェロオロン及び彼らが支配していた植民地の生物達との交流も着々と進み、人類は再び大宇宙を漂う。

 それから。

 超光速航行に連続空間跳躍を織り交ぜ五千年ほどのんべんだらりと漂流を続けていたら、かつて無いほどの大きい何かに遭遇した。
 何も無い塗りつぶしたかのような真っ黒なのでブラックホールか何かかなーと迂回していったが、それにしてもやたら大きい。
 超銀河団より大きいブラックホールにしては引力が弱すぎる。一体何なんだこれと一行が首を傾げていると。
 それは突然動き出し、ゆっくりと銀河団を口に入れた。
 生物だった。
 

 これには人類もびびった。隣で船長を罵倒していたアリェロオロンもおったまげた。
 全力を持ったワープで空域から離脱し、地球へ戻る。三日とかからなかった。
 久々に帰った地球は残った人類がごく僅かだったため、水と緑に溢れた青の惑星へと逆戻りしていた。
 あらおかえり。はいただいま。
 地球人はスローライフを謳った狩猟と開墾の原始生活に明け暮れており、アリェロオロンからは「いかにも原始人といった生態だな」と小馬鹿にされる。
 さて、あの超巨大生物をどうするか。
 星団をひっくるめての一大会議は、様々な意見が飛び交った。
 「あんなものは危険だ、即刻討伐しよう」とアリェロオロン。
 「勝てるわけないでしょう、あんな規格外の化け物に」とグムタラック星人。
 「対話を試みては」とマイニィサピエンス。
 「つまんで喰われるのがオチだ」とヒュージラムサラス。
 「そもそも我等の声が聞こえるのだろうか」と流星の民。
 
 「あんだけデカけりゃ外も中も大差無いんじゃないの?」と人類。
 と言うか、船長。

 結論としては、「あまり気にするものでも無い」と言うことになった。
 動きもそこまで速くないので、避けようと思えばなんとでもなるし。


 それから。


 反対方向へ通常航行で気の向くままに四十五グーゴルプレックス年ほどぶらりぶらりと泳いでいくと、かきんと何かにぶつかった。
 「また戦争になるぞ、よそ見をしてるからだ」とアリェロオロンの小言を聞き流しながら外を確認してみる。
 壁だった。動いている。光の速さでそれは奥へと動いていた。
 膨張し続ける宇宙の果てに、人類はタッチしたのだ。
 驚きもしなかった。感慨も無かったし感動もしなかった。
 ただ、誰もが等しく思った。


 これ邪魔だ。

 船長は一言、全回線を開いてこう言った。

 「攻撃開始」と。
 船長は短気だった。

 かくして戦争は始まった。

 全人類と宇宙人の人海戦術による砲撃と、
 本気の本気を出したアリェロオロンの反・反物質クラスターバンカーに確率変動光子魚雷に高次元素粒子ブラスターキャノンと、
 祭りと聞いてどこからともなく現れた例の巨大生物のパンチとキックが容赦無く壁を抉っていった。
 役に立った割合で言うと、人類宇宙人連合0,003:アリェロオロン6:巨大生物3,997だった。

 壁は壊れた。
 いや、正確には宇宙のシステムそのものが壊れたのだろう。
 差し込んだ眩いばかりの光が宇宙の全てを飲み込み――



















 






































 それから。















 神様の逆鱗にでも触れたのだろうか、人類は地球へと戻された。
 空間跳躍どころか宇宙へ飛び出す技術やノウハウすらほとんど失われ、宇宙航海の時代はひとまず幕を閉じた。
 果たしてあの光の差す方には、どんなものが待っていたのか。それを知る術は無くはないが、当分お預けだ。
 
 そういうわけで。
 「お前らのせいで我々の技術の結晶が水の泡だ」と愚痴る旦那と昼寝をしながら。
 私こと船長は今こうして、航海日誌を読み返しているわけだ。
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