第12章 魔物と少年
「ね~、ラパはまだなの~。あたし疲れた~。」
「私もそろそろ疲れてきましたわ。」
ユリアとジョアンの弱音が聞こえた。ロイドたちはビュリックを出た後、ひたすら荒れ地を歩いていた。陽は南の空に高く昇り、暑さは一行の体力を容赦なく蝕む。額には汗が滲んでいた。
「なに、ラパまでもう少し。もうひとふんばりだ。」
マルスは励ました。ロイドはふと荒野のかなたに何かを見つけた。
「集落が見えるぞ、あれがラパか?」
「ああ、そうだ。もう一息だ。」
一行は集落へ向かって歩いた。
辺境の村 ラパ
ラパはガストラングとビュリックの国境にある火山、「ヴァルベナス活火山」のふもとにある小さな村である。ビュリックやコルツワーヌと同じ国に属することが嘘のように、ここには機械というものはほとんど見当たらない。
「ここが、ラパか。寂しい村だな。」
ロイドは村の門をくぐろうとしたが、嫌な予感を感じた。
「足を踏み入れるな!!」
「え・・・。きゃああああ!!」
ユリアが地面を踏むと、そこにあった地面は消え、落下した。
「だれよ、落とし穴なんて作ったのは!!」
ユリアは叫んだ。
「や~い、引っ掛かった~。」
すると、まだ10才位の少年が現れて、はやしたてた。ロイドは、その少年を見て驚いた。なんと、少年は地獄の番犬と呼ばれる狂暴なモンスター「ケルベロス」を連れているのだ。しかも、ケルベロスは少年になついているようだった。
「躾のなってねえガキだ、俺が根性叩き直してやる!!」
「やっべえ、逃げろ!!」
マルスは逃げる少年を追いかけ始めた。
「待ちなさい!!」
ユリアもそれに続いた。
「俺たちは情報収集するか。」
ロイドとワトソンとジョアンの3人は分かれた。
ジョアンは村の小さな雑貨屋に入った。
「いらっしゃい。」
カウンターには年老いた女性が座っていた。
「聞きたいことがあるんですが、王石について知ってますか?」
「王石? はて、聞いたことがあるような? 年取ると物忘れが激しくての~」
老婆は考え込んだ。
「そうですか。それと、あのモンスターを連れた男の子は何なのですか?」
「あの子は『ラッド』っていうんじゃ。あの子は不憫な子での~。幼い頃から父親がいなくて、それがコンプレックスになって友達もいない。でも本当は構って欲しいからああいう悪戯をするのじゃ。」
老婆は窓の外を見つめた。
一方その頃・・・
「くそ、逃げ足の早ええ餓鬼だ。」
ユリアとマルスはラッドをまだ追いかけていた。
「へへ~んだ、捕まってたまるか。」
ラッドは雑木林の中に逃げ込んだ。
「ユリア、お前は向こうに回れ。挟み撃ちにするぞ。」
「分かったわ。」
ラッドは雑木林の中を走った。
「ここまで来れば、追って来ないだろう。」
すると、突然ラッドの目の前の茂みからユリアが現れた。
「見つけたわよ!!」
「うわああ、見つかったか。」
ラッドは踵を返し逃げようとしたが、後ろからはマルスが迫ってくる。
「観念しな、くそ餓鬼。」
ラッドはマルスに捕まってしまった。
「お前の家を教えろ。親の躾がなってねえみたいだ、説教してやる!!」
「分かったよ。雑木林を出て左から2番目の赤い屋根の家だよ。」
マルスたちはラッドの家に向かった。
「ここがお前の家か」
マルスは玄関の呼び鈴を鳴らした。
「は~い。」
中から母親であろう、若い女性が出てきた。
「あんたが母親か。お宅のお子さんはどうなってるんだ。落とし穴なんか掘って!!」
マルスは怒鳴り込んだ。
「まあ、ラッドがとんだご無礼を。まあ上がってください。」
マルスたちが居間に上がると、なぜかロイドが優雅に紅茶を飲んでいた。
「何でロイドがいるんだよ!!」
「ああ、ラッドの父親が八神器について知っているとの情報を得てな。話を聞いてるところだ。」
ロイドはカップを静かに皿に置いた。
「それで、ご主人は今行方不明と言っていたが・・・。」
「ええ、この子が生まれて間もない頃です。主人は魔物使い(モンスターテイマー)でして、ある日突然、終末戦争期に伝説の魔獣使い『アレックス』の遺した武具を探しに行くといって、家を出て行ってしまったのです。」
「魔物使い?」
ロイドには聞きなれない言葉であった。
「ええ、アレックスが編み出したモンスターを使役する秘法を受け継ぐ者を言います。アレックスはここラパの生まれで、この秘法を編み出し、以来ラパの選ばれし者だけが魔物使いとなったのです。主人もその一人でした。」
「なるほど・・・。」
「それ以来、主人は行方不明になっており・・・。村の住民たちは死んだのではないかと・・・・。」
「父ちゃんは死んじゃいねえよ!!絶対どこかで生きてる!!」
ラッドが大声を上げた。
「ラッドは主人は生きていると信じてやまないんです。そういえば、ラッドも魔物使いの能力を持っているのかもしれませんね。幼い頃、村に迷い込んだケルベロスをすっかりなつかせちゃったんです。それ以来、ケルベロスだけが唯一の友達で・・・。」
母親は目に涙を浮かべた。ふと、玄関の呼び鈴が鳴った。
「ここにいらしたのですわね。」
扉を開けると、ジョアンとジョアンに寄りかかる泥酔したワトソンが居た。
「それでね、DOHCエンジンは従来のSOHCと違って・・・・。ああ、ロイド。王石の場所が分かったよ。」
聞けば、酒に弱いくせに、バーでマスターに話を聞いているうちに、つい飲みすぎたらしい。
「『ヴァルベナス活火山』だって、あそこは飛竜の巣窟になってて危険らしいんだけど。それで、ピエール社の新型車は・・・。」
「さっきからずっと訳の分からない車の話ばかりしてるんですわ。」
ジョアンは呆れた口調で言った。
「俺、決めた!!」
突然ラッドが口を開いた。
「こうなったら俺が父ちゃんを探し出してやる!!お前ら旅してるんだろ? 俺を連れて行け!!」
「何馬鹿なこと言ってるのよ!!危険すぎるわ!!」
母親は驚愕した。
「俺はそう決めたんだ!!絶対に父ちゃんに会うんだ!!頼む、俺を連れて行ってくれ!!」
ラッドはなおも食い下がった。皆が沈黙する中、ロイドは腕組みをして考えた。
「よし、テストだ。明日『ヴァルベナス活火山』に王石を探しに行く。そこにお前も連れて行き、能力を判断する。晴れてこのテストに合格すればお前を連れて行ってやろう。」
ロイドは提案した。
「よし、分かったぜ。絶対テストに合格して見せるさ!!」
「分かりました、あなたにお任せします。今日はうちに泊まっていってください。」
母親は合意した。
「だけど、僕の乗っているジェームズ社の『レオパルド』に比べたら、おもちゃみたいなもので・・・・。」
ワトソンはソファに寝て独り言をつぶやいていた。こうして一行はここに泊まることとなった。
翌日
「それじゃあ、母ちゃん、言ってくるぜ。」
ラッドは自信満々のようである。
「気をつけるのよ。ロイドさん、ラッドをお願いします。」
母親は心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だ。ラッドは俺たちが守る。」
一行は村の裏手にある、ヴァルベナス活火山へと向かった。
ヴァルベナス活火山
ここはビュリックとガストラングの国境に位置する山で、ラパのすぐ裏手に聳え立っている。その名の通り、まだ火山活動が活発な火山で、火口から噴出した火山灰が舞ったり、あちこちから溶岩が流れ出ている。ここまで普通の火山の光景だが、ひとつ異様な光景が見られた。空を覆いつくすかのように飛び回る、多数の飛竜(ワイバーン)である。
飛竜はドラゴンの一種であり、飛ぶことに特化された小型の体と大きな翼を持つ竜である。知能はあまり高くなく、ブレスを吐いたり、魔法を行使することはできないが、強靭な牙、爪、翼を使った肉弾戦が得意である。
「ここがヴァルベナス活火山か。聞いたとおり、飛竜の巣窟といった感じだな。」
ロイドは空を見渡した。
「おかしいな。俺は何回か来たことあるんだけど、ちょっと前はこんな奴らいなかったぞ。」
ラッドは不思議そうに言った。
「おい、気をつけろ、何か来るぞ!!」
マルスは叫んだ。見ると一匹の飛竜が甲高い雄叫びを上げながらこちらへ迫ってくる!!
「テストには丁度いい、ラッド、お前の実力を見せてみろ。」
ロイドは指示した。
「任せとけ!! いけ~、ケルベロス!!」
ラッドはそう言って、首から提げた笛を吹いた。その合図を聞き、ケルベロスは飛竜に飛び掛る。対する飛竜は右腕の鋭い爪でケルベロスに襲い掛かった。
「危ない、左へ避けろ!!」
ラッドの指示で、ケルベロスは爪の一撃を横に飛んでかわし、間髪いれずに飛竜の左翼に噛み付いた。飛竜は激痛に暴れ出し、翼を動かしてケルベロスを振り払う。空中に投げ出されたケルベロスはなんとか受身を取って着地した。
「よし、決めるぞ、あれを見せてやれ!!」
ラッドがそう言うと、ケルベロスは大きく息を吸い込み、口に炎を蓄える。
「地獄の業火、インフェルノ!!」
ケルベロスは口から血のごとく紅き紅蓮の炎を放出した。炎は飛竜を包み込み、真っ赤に燃え上がる。飛竜は断末魔の叫びを上げながら、灰になってしまった。
「よし、よくやったぞケルベロス!!」
ラッドは近寄ってくるケルベロスの頭をなでた。
「モンスターへの的確な指示、息の合ったコンビネーション、ケルベロスの戦闘能力・・・・。ラッドは俺の思った以上の力を持っているかもしれない。」
ロイドは冷静な顔をしていたが、内心は驚いていた。
一行はさらに火山を登って行った・・・・・。
第12章 完