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魔界(アレン戦)

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 アレンは待っていた。目を瞑り、腕を組む。
 四柱神の各部屋を抜けた先にある大広間。そこにアレンは一人で立っていた。勇者アレクの子孫。そして、その仲間達。これらを迎え撃つ。
 不意に、広間の四方に置いてあるロウソクの炎が揺れた。広間にはこの四本のロウソク以外には何も無い。人の気配。
「来たか」
 アレンが目を開けた。誰が来たのか。それは目を開ける前から分かっていた。魔界で待つ。アレンは一人の男にそう言ったのだ。
「父さん」
 ヒウロだった。アレンがヒウロの眼を見る。闘志が宿っていた。迷いも、気負いも、怯えも無い。純粋な闘志だけが、ヒウロの眼に宿っていた。良い眼だ。アレンはそう思った。
 殺意が渦巻いている。アレンは自分でもそれがハッキリと分かった。殺したい。壊したい。そういった感情が溢れ出て来る。そしてそれは、一つの快感でもあった。
 ここに来る前、ダールと話をした。だが、何を話したのかが思い出せない。むしろ、話をしたという記憶すらも曖昧だった。しかし、力が溢れていた。これは喜ばしい事だった。闇の力が、殺意が、破壊の衝動が、身体の内からにじみ出てくる。
 人間界での戦闘を思い出す。この目の前のヒウロと、剣を交えた。互角だった。地獄の稲妻、ジゴスパークもギガデインによって相殺された。あの時の事が、遠い昔の事のようだった。すでに、あの時の力など超越しているのだ。今なら、魔王ディスカルも殺せる。
 何故、自分は魔族なのか。そして、今まで自分はどのようにして強くなってきたのか。アレンはふと、こういう事を考える時があった。だが、それを考え出すと、決まって激しい頭痛が襲ってくる。まるで本能が、考えるな、と叫んでいるかのようにだ。それを経験する内に、自分に過去は無い、とアレンは考えるようになった。いや、過去など要らない。自分は魔族だ。クズどもを根絶やしにする、至高なる存在。アレンはそれを自らの心に刻み込んだ。
「我は、お前を待っていた」
「……俺は、あなたを超える」
 ヒウロが稲妻の剣を抜いた。その剣で、四柱神を斬ったか。アレンはそれだけを考えた。胸が高鳴る。殺したい。早く殺したい。アレンの殺意が暴走し始めた。それを必死に抑えた。
「戦う前に聞いておく。四柱神は弱かったか?」
「あぁ」
 即答だった。思わず口元が緩んだ。嬉しかったのか。驚いたのか。良く分からない感情だった。だが、口元が緩んだ。
「もしお前が四柱神全員と戦ったとして、同じ事が言えるか?」
「言える」
 これも即答だった。もう良い。聞く事などない。早く殺させろ。アレンの殺意が暴れた。
「そうか……」
 言って、笑みがこぼれた。殺し合いだ。この目の前の男と殺し合いをする。もうそれだけだ。
「四柱神が相手の時は、本気を出すまでも無かった。けど、父さん、あなたなら本気を出せる」
「そうか、それは楽しみだ。楽しみ過ぎる」
 アレンが剣を抜く。白銀の剣。殺そう。殺そう。この目の前の男を殺して、血をすする。肉を喰らう。そして、死体を燃やし尽くす。
「勝負だ」
 ヒウロが言った。その言葉を聞いて、アレンがニタリと笑った。
「勝負? 違う。今から始まるのは、殺し合いだ」
 アレンが駆けた。
 ヒウロの心は燃え盛っていた。父、アレンとの一騎討ちである。剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。
 熾烈。この戦いを一言で表すならば、これだった。アレンの剣には淀みがない。純粋な殺意だけが、アレンの剣には込められていた。
 父を、殺してしまうかもしれない。ヒウロは戦いの最中、ふとそれを思った。アレンは自分を殺そうとしている。激しく、烈火の如く、殺意を叩きつけてくるのだ。だが、親子の殺し合い。こんなバカな事があって良いのか。
「ヒウロ。この期に及んでも、まだ勝負だと言えるか? これは紛れもない殺し合いだ。我は全身が熱い。こんな戦い、滅多に経験できるものではないぞ」
 アレンが口元を緩めた。勝負。自分は、父を殺すのか。それは違う。父を救う。魔族から、人間に戻すのだ。剣に殺意など、宿していない。
「父さん、俺はあなたを殺すつもりはない!」
「甘い。なんだそのセリフは。正義の使者のつもりか? この戦いは生きるか死ぬかだ。勝者が生き残り、敗者は野垂れ死ぬ。もはや、そういう次元の戦いなのだ。人間界でやるような生半可な戦いではない」
 アレンの言う通りだった。全力で戦わなければ、確実に殺される。逆に全力で戦えば、勝ったとしてもアレンを殺してしまう。いや、そもそもで全力で戦って勝てるかどうかも、現時点では判断がつかなかった。
「ヒウロ。お前も分かっているだろう。四柱神は難なく殺したではないか。何故、我を殺す事をためらう。我も魔族だぞ」
 四柱神は魔族だ。だが、アレンは父。父を、殺すのか。殺さなければ、いけないのか。
「父さん……!」
「これだけ言っても、まだ躊躇するのか。ならば、死地に立たせるしかないな」
 アレンが剣を構え直した。うなり声。アレンの全身が、闇の闘気で覆われて行く。ヒウロは、自身の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。アレンは強くなっている。人間界で戦った時よりも、数段。アレンの両目が、赤く光った。
「本気を出せ。でなければ、二秒で肉塊だ」
 アレンが駆けた。いや、跳躍だ。地面スレスレに烈風の如く、こちらに向かってくる。
 剣。見えなかった。身体が反応していた。稲妻の剣と、白銀の剣が交わっている。重い。身体が沈む。
「父さんッ!」
 叫んだ。血が、アレクの血が熱い。目の前の巨悪に反応しているのか。血が、燃える。
「本気を出せ。四柱神を殺したのだろう。甘さを捨てろッ」
 瞬間、ヒウロが吼えた。血が、身体が燃える。
「父さん、俺はあなたを殺したくはないんだッ」
 剣を払った。アレンの剣を力任せに弾く。
「四柱神は魔族だ! けど、父さんは違う!」
「間抜けが。ならば、死んで後悔しろッ」
 アレンが右手を突き出した。炎の渦が集約する。ベギラゴン。ヒウロが後ろに飛んで避ける。
「父さんッ」
 血が熱い。戦え、と言っている。勇者アレクの血が、本気を出せ、と言っている。
「ヒウロ! 我を楽しませろ!」
 メラゾーマ。ヒウロが目を見開いた。もう親子の感情を捨てるしかないのか。父を救い、尚も勝利する。この想いを捨てるしかないのか。ふと、ヒウロの頭にダールの名が過った。あいつか。あいつのせいで。
「ダールめッ」
 稲妻の剣を思い切り、横に振った、アレンのメラゾーマが弾き飛ばされる。
「許さないぞ。俺を、父さんをここまで追い詰めて……!」
「ダールが憎いか。魔族が憎いか。来い、ヒウロ。お前の怒りと憎しみを我にぶつけて来いッ」
「父さん……!」
 ヒウロが稲妻の剣を握り締めた。アレンを倒す。ヒウロは自身の甘さを捨てた。
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 ヒウロとアレンの剣が激しくぶつかり合っていた。アレンの殺意と、ヒウロの正義がせめぎ合う。
「最初からこうしていれば良かったのだ!」
 アレンが笑っていた。父は戦いを楽しんでいる。ヒウロはそう思った。父の中の人間の心は、もう消えてしまったのか。人間にはもう戻せないのか。親子として解り合う事は、もう出来ないのか。だが。
「俺は勝ってみせるッ」
 剣を振るう。アレンが身をかわした。隙。剣が飛んでくる。身体をひねってかわす。アレンの右手。魔力。
「ベギラゴンッ」
 火炎がヒウロの足元から巻き起こる。後ろへ飛んでかわした。その瞬間、ヒウロはハッとした。凄まじいまでの殺気を、肌で感じたのだ。この殺気、人間界で感じた事がある。ヒウロはそう思った。
「地獄の雷……!」
 アレンの剣が、闇色に染まっている。ヒウロが剣を天に突き上げた。聖なる稲妻。呼び寄せる。
「ジゴスパークッ」「ギガデインッ」
 二つの稲妻が、中央でぶつかった。衝撃波が円状に巻き起こる。それが烈風となり、両者の髪を、マントを揺らめかした。
 戦う。もうそれしか道は無い。ヒウロは心を決めていた。父を殺してしまうかもしれない。だが、それでもやるしかないのだ。でなければ、自分が死んでしまう。アレンに殺されてしまう。
 当然、父を救いたいという想いはあった。しかし、最終目的は魔族を滅ぼすという事なのである。そのために親子の感情は、捨てる。それはヒウロにとって、苦渋の決断だった。
 二つの稲妻が同時に消し飛んだ。互角。両者の実力は拮抗していた。剣でも呪文でも、決着がつかない。
「……ギガデインと剣の融合」
 ヒウロが呟いた。四柱神のサベルを一撃の元に葬り去った、あの技である。ヒウロの切り札と言っていい。勝てる、とまでは言わないが、状況は好転する。それは予感ではなく、確信だった。それほど、あの技は強力無比なのだ。
「父さん……」
 目を瞑る。親子の感情を捨てろ。それはもう決めた事だ。ヒウロは自らにそう言い聞かせた。そして、目を開ける。闘志が、宿っていた。
「……ほう」
 アレンが口元を緩めていた。何か仕掛けてくる。そう感じ取ったのだろう。ヒウロが一度だけ、大きく息を吐いた。そして、稲妻の剣を天に突き上げる。
「ギガデインッ」
 稲妻。轟音と共に降り注ぐ。剣を闘気で覆った。その剣に、ギガデインを纏わせる。稲妻・闘気・剣。三つの融合。
「ギガソード!」
 螺旋状となったギガデインが剣を覆い尽くしている。電撃の音が、耳を突く。飛散した稲妻が、床を貫き破壊する。
「ほう、なるほどな。そう来たのか」
 そう言って、アレンが笑いだした。何がおかしい。ヒウロがキッと睨みつける。
「おっと、悪い。その技をバカにしたわけではないぞ」
 アレンの剣が、闇色に染まって行く。地獄の雷。まさか。ヒウロはそう思った。
「ジゴスパーク!」
 瞬間、アレンの剣にジゴスパークが絡みついた。
「……ジゴソード。まさか、お前が我と同じ発想を持ち出してくるとはな」
 ヒウロに戦慄が走った。
 聖なる稲妻と地獄の稲妻。二つの稲妻が、二人の勇者アレクの子孫の剣に絡みついていた。
 ヒウロの頬に一筋の汗が流れる。様々な想いが、ヒウロの中で駆け巡った。ギガソード。稲妻・闘気・剣の三つを融合させた技。自らが編み出した最強の技。その技がアレンにも使えた。
 それは当然と言うべきなのか。アレクの血。天性の戦闘センス。これらは、自分だけに当てはまる話ではないのだ。父であるアレンにも該当する。ならば、当然と言って然るべきなのか。
「父さん……!」
 ヒウロが稲妻の剣を、ギガソードを構えた。螺旋状にまとわりついているギガデインが、咆哮をあげている。雷光がヒウロの顔を照らす。
「お前は本当に我を楽しませてくれる。この技なら、ディスカルをも討ち取れる。我はそう確信した。それ程の威力があるのだからな」
「……この技で、勝敗は決する!」
「よく分かってるではないか。光と闇。聖と邪。互いに相容れる事なき存在だ。この技で、お前と雌雄を決するッ」
 アレンも剣を構えた。闇色の稲妻が、アレンの剣を覆っている。
 ギガソードとジゴソード。ヒウロは自分の呼吸の音を聞いていた。自分の全てをぶつける。この目の前の男を倒す。一意専心。ヒウロが稲妻の剣に全てを込めた。
「父さんッ」
 駆けた。ギガソードを振り上げる。
「来い、ヒウロッ!」
 交わる。光が、闇が、衝撃波が吹き荒れる。互いの稲妻が化け物の叫びのように唸る。
「俺は、魔族を倒すッ!」
「ほざけッ」
 鍔迫り合い。二つの剣が、異常なまでに輝いていた。光と闇。稲妻と闘気が混じり合い、真の勝者を決めようとしている。
 ヒウロが目を見開いた。自身の血が熱い。アレクの血が、自分の正義が身体の中で叫びをあげている。そして、ヒウロの目に一つの感情が宿った。その瞬間、アレンの目に一瞬だけ怯えが走る。
「父さんッ」
 一つの感情。それは。
「俺は勝つッ」
 『勇気』。稲妻と闘気。そして、『勇気』がヒウロの剣に宿る。瞬間、稲妻の剣に膨大なエネルギーが宿った。ヒウロが吼えた。
「ギガブレイクッ」
 刹那、エネルギーが放出された。稲妻・闘気・剣・勇気。四つの力が解放される。光。熱。アレンを、部屋を、魔界を飲み込んだ。
「み、見事だ、ヒウロ」
 光で視界が消える直前、アレンの眼に優しさが戻っていた。ヒウロはそれをしっかりと見ていた。
「――父さんッ」
 ヒウロが叫ぶ。
 ――光が晴れた。ヒウロは肩で息をしている。その時だった。
「け、剣が」
 稲妻の剣に、ヒビが入った。そのヒビが、剣全体に広がって行く。そして、稲妻の剣は粉々に砕け散った。ヒウロの技に、稲妻の剣が耐えられなかったのだ。
「……稲妻の剣。今まで、ありがとう」
 ヒウロが目を瞑った。そして、父に目を向ける。アレンは壁際まで吹き飛んでおり、大の字で仰向けになっていた。その父の傍に、ヒウロは歩み寄った。アレンは、かろうじて呼吸をしていた。戦っていた時に感じていた邪気や殺気はすでに無い。アレンは、人間に戻っていた。
「ヒウ、ロか?」
「……あぁ」
「もう、目が見えん。……よくやったな、ヒウロ」
 アレンの声はかすれて、とてもか細く聞こえた。父は死ぬ。ヒウロはそう思った。だが、悲しみという感情は無かった。いや、感情と呼べるものは何も無い。まだ、何が起きたのか、自分が理解しきっていないのか。
「私は、お前に話しておかなくてはならない事がある。何故、私とお前の母であるローザが、お前の元から去ったのか、という話だ」
 ヒウロは黙ったままだった。
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「もう私は長くは喋れん……。死が近い。自分でもそれが分かる。だが、何故、私とお前の母であるローザが、お前の元から去ったのか。これはお前に話しておかなくてはならない」
 アレンの呼吸は、死にゆく者の呼吸だった。そのアレンの目を、ヒウロはジッと見つめる。
「私はお前も知っている通り、勇者アレクの子孫だ。そして、神器の守護者だった」
 アレンが、かすれたか細い声で話をし始めた。
 アレンは元々、魔物を倒す事を生業とする冒険者だった。そして、勇者アレクの子孫でもあった。このアレクの子孫という事実は、神器によって教えられたと言う。世界を旅する途中で、アレンは封印のほこらを見つけたのだった。そして、アレンは選ばれし者であるという事を神器から教えられた。ここから、アレンは神器と関わりを持ち始めた。だが、アレンは神器の使い手ではなかった。あくまで、選ばれし者、というだけである。
 そして、アレンは神器に、ヒウロも自分と同じ選ばれし者だという事を聞かされた。まだヒウロが、母であるローザのお腹の中に居た頃の話である。アレンは身重であるローザを気遣い、ラウ大陸のラゴラの町に滞在する事にした。この時はまだ世界は平和で、魔族の脅威など微塵も感じなかったと言う。
 やがて、ローザがヒウロを出産した。だが、ヒウロは病を背負っていた。それも明日の命がどうかという重い病だ。そんな時、アレンは神器から、衝撃の事実を聞かされた。
「神器はこう言った。ヒウロを死なせてはならない。人類の命運は、二人の勇者アレクの子孫が握っている、と。そして同時に、魔界の門が開こうとしている事も、私は聞かされた」
 二人の勇者アレクの子孫。無論、それはアレンとヒウロの事である。そして、魔界の門が開く。これは、魔族復活を意味していた。この時のアレンの力は、魔族と対抗するにはあまりに未熟だった。ヒウロも赤子で、しかも病を背負って死の危険に晒されている。アレンが取るべき行動は、一つしか無かった。だが、それは、勇者アレクの子孫としての行動だった。
「私は、魔の島へ向かった。まだ魔族に対抗する力を持っていなかった私は、魔界の門を一時的に塞ごうと考えたのだ」
 結果的に、アレンの手によって魔界の門は再び封印されるに至った。しかし、また門が開くのは時間の問題と言えた。その時のために、アレンは自らを鍛えた。そして、剣の腕はもちろん、ギガデインという強力無比の呪文をも体得する事に成功した。
「だが、その力を魔族に利用された。そして、お前を苦しめる結果となった」
 アレンが辛そうに呻いた。それでも、アレンは話を続ける。
 アレンは魔の島に向かう事を決意した。ローザと死の危険に晒されているヒウロを残してだ。この時、ローザはすでにある覚悟を決めていた。そして、その覚悟をアレンは知っていた。
「メガザルという呪文を知っているか、ヒウロ」
 自己犠牲呪文。自らの命と引き換えに、他者の命を救うという呪文である。ローザは、この呪文を使った。自らの死と引き換えに、息子であるヒウロを救ったのだ。人類の未来のために。つまり、アレンもローザも、親という枠組みではなく、人類を救うという使命により、命を捨て、ヒウロの親である事を捨てたのだった。
「そして、時が経った。私は神器の守護者として、お前を待った。しかし、残酷だと思ったよ。神器は、私かお前かを選ぶのだからな。選ばれなかった方は、死ぬ。……残酷だ。当時の私はそう思った」
 ヒウロは、ずっと黙っていた。
「だが、今は違う。おそらく、神器はこうなる事を知っていたのだ。お前が死んでしまえば、私を止める者は居なくなる。私が死ねば、お前は魔族を倒す力を得る事は出来なかっただろう。神器は、全てを見通していたのだ」
 言って、アレンが二コリと笑った。
「……ローザは、母さんは、お前の中に居るはずだ。魂として、お前の中に宿っているはずだ。声が、何度か聞こえただろう?」
 母の魂。声。ヒウロは、自分の胸が熱くなっていくのを感じていた。新たなる力に目覚める時に、聞こえていたあの暖かい声。あれは、母の声だったのか。
「あの声は、母さんだった……」
 ヒウロが声を漏らした。
「なるべくして、こうなったのだ。結果としてお前は私を超え、勇者としての力に目覚めた。私は自分の運命を、呪われた運命だと思っていた。しかし、それは違ったようだ。何故なら、お前のために、死ねるのだからな」
「父さん」
「フフ、こんな私を父と呼んでくれるか。ヒウロ、お前の技は見事だったぞ。ギガブレイク。だが、剣が技に耐えきれなかったようだな」
 アレンは目が見えておらず、虚ろに天井を見つめ続けていた。
「ヒウロ。私の剣を使え。勇者アレクが最後の決戦に使ったと言われる剣だ。伝説の金属、オリハルコンで出来ている。あの剣ならば、お前の技にも耐えられる」
 アレンがまたニコリと笑った。だが、その顔には死が宿っていた。死ぬ。父が、死ぬ。
「父さん」
「ヒウロ、ダールと会っても、我を見失うな。あの魔族は強いぞ。私よりもだ」
「父さん、死ぬな」
 ヒウロの頬を涙が伝う。ヒウロは、自分が泣いている事に気付いた。
「出来れば、死に際にお前の顔が見たかった。お前の顔を見ながら、死にたかった」
「父さん!」
 ヒウロがベホイミを唱える。だが、何も起こらない。
「私は魔の力に浸かり過ぎた。おそらく、死と同時に私の身体は朽ちるだろう」
 アレンの呼吸の音が弱くなっていく。
「い、いやだ。父さん、死ぬな」
 ヒウロの胸が熱い。
「魔族を、倒せ。お前は、勇者アレクの子孫であると同時に、私の、む、す――」
 アレンはそれ以上、何も言わなかった。息絶えたのだ。勇者アレクの子孫であり、ヒウロの父だったアレンに、死が訪れた。目は開いたままだった。
「父さんっ!」
 ヒウロが涙を流す。そして、アレンの身体が灰となった。静かな風が吹く。灰が宙を舞った。それはまるで、光の粒のようだった。儚く、きらめく。
 部屋の中で、ヒウロの嗚咽だけが、こだましていた。
 ヒウロは、目を瞑っていた。その傍で、アレンの屍――灰が風に吹かれている。もう、涙は止まっていた。
 父と自分。こうなる事は、運命だったのか。ヒウロは単純にそう思った。父はなるべくして、こうなった、と言っていた。ならば、こうなる事は運命として決まっていたのか。
 父の死。当然、悲しみ、辛さはある。だが、それ以上に、ヒウロはその意味を考えた。父と出会った事で、自分は成長できた。強くもなれた。そして、勇者としての力にも目覚めた。父と剣を交え、その戦いに命をも賭けた。それは、何のためだったのか。父の最期の言葉を思い出す。魔族を倒せ。
「……立ち止まっている暇は無い」
 結論だった。ここで悲しみに暮れ、嘆く事はたやすい。だが、そうした事で得られる物など何一つない。メイジ、オリアー、セシル、エミリア。仲間達もそれぞれの想いを胸に抱き、戦っているのだ。自分だけが、ここで甘えるわけにはいかない。
 ヒウロの目に、勇気が宿っていた。父の志。それを受け継ぐ。魔族を倒す。
 その時だった。父の屍が、灰が、輝きだした。それはゆっくりと宙に浮き、球体を形作って行く。
「選ばれし者よ」
 父の声だった。それが頭の中で響く。
「汝は父を超え、その志を強く受け継いだ。汝の勇気、父の志、そして母の愛。これらは三つで一つと心得よ。そして、汝こそ、神器を扱うにふさしい者と判断する」
 球体が光を放った。白く、輝いている。熱い。球体の中心が、燃え盛っていた。
「汝に神器、ブレイブハートを授ける」
 球体が、ヒウロの胸の中に吸い込まれた。暖かい。父の温もり、母の優しさ。それをヒウロは確かに感じ取った。
「選ばれし者よ。この先、さらなる困難が汝を待ち受けていよう。だが、決して諦めるな。汝の力は味方の勇気となり、闘志となる。それを忘れてはならない。そして、我も汝と共に歩む。かつての勇者アレクと同じように。行け、選ばれし者よ。世界を救うのだ」
 父さん。ヒウロは心の中でそう言った。父と母。二人が見守ってくれる。ヒウロの中で、勇気が大きく膨らんだ。
「ありがとう。父さん、母さん」
 そしてヒウロは、床に突き刺さっていたアレンの剣の束に手を掛けた。アレクが最後の決戦に使ったとされている剣。オリハルコンで作られている剣。
「……そして、父さんの剣」
 引き抜く。
「この剣で、俺は魔族を倒す」
 一度だけ、振った。稲妻の剣よりも、風を切る音が重い。いける。ヒウロはそう思った。父の形見の剣。
 ふと、背後から足音が聞こえてきた。振り返る。
「メイジさん」
 ヒウロが言った。ヒウロの言葉通り、部屋の入り口には四柱神を倒したメイジの姿があった。
「……終わったのか」
 メイジが部屋の様子を見て言った。メイジの身体は負傷していたが、目は萎えていなかった。
「はい」
「父は、死んだのだな」
「……はい」
 メイジが、ヒウロの目をジッと見つめる。その目から、メイジは勇気を感じ取った。
「ヒウロ、お前は強くなった。……もう、俺がみんなをまとめなくても良さそうだ」
 メイジが口元を緩めた。
「そんな。俺はそういう柄じゃありませんよ」
「バカな事を。魔界に来てからは、お前もリーダーシップを取ってたじゃないか」
「それは」
「まぁ、見ていて危なっかしいとは思ったがな」
 メイジが笑う。それを見たヒウロの顔が赤くなった。
「……ヒウロ、父の死はもう良いんだな?」
「はい。父さんは、俺に力を与えてくれました。そして、神器という贈り物も」
 ヒウロの胸が光る。白く、淡い光だった。神器、ブレイブハートである。
「……そうか。本当に、お前は強くなった」
 メイジが二コリと笑った。それに対し、ヒウロは頷いた。
「所で、まだ他のみんなは来ていないんだな」
「はい」
「四柱神は正直、手強い相手だった。俺は新たなる力を得て、倒す事はできたが……」
「……大丈夫ですよ。俺はそう信じています」
 ヒウロの言葉に、メイジは強く頷いた。
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