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魔界(最終決戦)

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 ダールを倒した。実感は、湧かなかった。強敵だった。ヒウロはそう思った。
 ヒウロが眼を地面に向けて下ろす。
 神器の力。その正体は、一体なんなのか。ダール戦を制した今でも、それは掴み切れてはいない。ただ、とてつもない力である事は間違い無かった。あのダールの閃光烈火拳を、かわし切ったのである。そして、雷光一閃突きにカウンターを合わせる事も出来た。
 ダールの閃光烈火拳が放たれた瞬間、自分の中で勇気が膨れ上がった。そして、かわし切ってみせる。受け切ってみせる。そう決意した。その瞬間、視界が白く染まった。いや、正確に言えば、勇気を向けた対象、それ以外が視界から突如、消え去った。その瞬間から、ダールの動きがとてつもなく遅くなった。人間は危機的状況に陥った時、周りの動きがスローモーションに見えると言う。その現象かと思ったが、違った。自分はいつも通りに動けたのだ。時間軸が自分だけズレている。この表現が一番、しっくり来る。
 時間をどうにかする力なのか。ヒウロはそう思った。しかし、何か違う。もっと超越した何か。上手く言えないが、時間など歯牙にもかけない、とてつもない力。全貌は見えないが、あくまで今はまだ『覚醒の初期段階』に過ぎない。ヒウロはそんな気がしていた。
 ルミナス王国で読んだ、神器に関する書物。あの書物には、神器は魔族達との戦いを制した後、自らを封印する事にした、と書かれていた。強力すぎるその力は、世界を破滅に導きかねない、と神器は判断したのだ。確かに、その力の強大さについては頷ける。メイジのスペルエンペラーは町や城をいとも簡単に消し飛ばす力はあるだろうし、オリアーの神王剣にも同じような事が言えるからだ。
 ならば、ブレイブハートはどうなのか。現時点で言える事は、ブレイブハートに隠された力は、攻撃力や魔力のような『破壊力』を主流としたものでは無いという事だ。だが、文字通り『世界を破滅に導きかねない』そんな力を秘めているという気がする。
 そして、残されたもう一つの神器。ルミナス王国の書物によると、神器は全部で四つ存在しているという事だった。現在の使い手は、ヒウロとメイジ、オリアーの三人だけだ。あと一つの神器の使い手は、結局は分からず終いだった。
「ヒウロ、あなたとダールの戦いを見ていて、一つ気になった事があります」
 地に座り込みながら、オリアーが言った。口端に血の流れた後が見える。あのダールの攻撃を何発もその身に受けたのだ。かなりのダメージを負ったはずだ。ヒウロはオリアーの傍に歩み寄り、ベホイミをかけ始めた。
「閃光烈火拳の時と、二回目の雷光一閃突きの時です」
 両方とも、神器が力を発動した時だった。
「僕は自分が思ってる事をそのまま言います」
 ベホイミをかけ終えた。全快には程遠いが、少しは楽になったはずだ。
「どうやって、避けたのですか? そして、どうやって攻撃したのですか?」
 意味が分からなかった。
「どう、って言われても。普通に避けて、普通に反撃しただけだよ」
「僕もそれは分かります。ですが、分かるのはあくまで結果だけなんです。その経緯が全く分からない。その部分だけ、記憶が飛んでると言うか……」
 オリアーはそれ以上、何も言わなかった。言葉が見つからないのだろう。
「……正直、俺もよくわからないんだ。ただ、俺の神器の力。これが大きく関係してると思う」
 オリアーがヒウロの目をジッと見つめる。
「おそらくですが、魔王ディスカル戦は、あなたのその力が戦いを大きく左右する事になると思います」
 オリアーのこの類の勘は鋭かった。そして、ヒウロ自身もそう思った。最後の戦い。
「……あぁ」
「メイジさん達の戦いも、終わったようですね。無事に勝利したようです」
 オリアーがメイジ達の方に顔を向けて言った。あちらも死闘だったのだろう。メイジは気を失っているのか、横たわっているのが見えた。
「ついに、魔王戦か」
「はい。僕達の戦いも、次の戦いで最後です」
 この言葉に、ヒウロは大きく頷いた。
 ディスカルは王座に腰かけ、目を瞑っていた。ここで、勇者アレクの子孫たちを迎え撃つ。
 自分は魔族の王だ。ディスカルはそう思った。そして、生物の頂点に立つ者でもある。この世に神という者が存在するのなら、自分はその神すらも凌駕するだろう。自分はそれだけの力を得たのだ。
 永かった。永遠とも感じる時の中で、ひたすらに自分は復活の機を窺ってきた。そして、勇者アレクの戦いから、どれだけの時が流れたのか。アレクとの戦いに敗れた瞬間、魔族はその未来を絶たれた。神器と人間。この二つの力によって、魔族は敗れた。
 あの二の轍は踏まぬ。そして、踏まないだけの力を得た。神をも凌駕する力を得たのだ。
 元々、魔族は人間を見くびり過ぎていた。絶対的な力を持ってもいないのに、身体的能力や、持って生まれた力の強さだけで勝ち誇ったつもりになっていた。先代の魔王は頭が悪かったと言わざるを得ない。神器の存在や、どんどん強くなっていく人間に警戒心すら抱かなかったのだ。
 しかし、それだけの力を魔族は持っていた。それ故に、慢心した。だから敗れた。滅ぼされた。だが、自分は違う。
 人間の負の思念によって、再び魔族は復活した。そして、封印も解かれた。これが機だ。人間に復讐し、世界を恐怖のどん底に陥れる機だ。自分は先代の魔王のように、無策ではない。
 勇者アレクの子孫たちは、ここまでやってくる。これは予想ではなく、確信だった。四柱神やアレン、側近の二人は倒される。この者達は確かに強い。だが、勇者アレクの子孫たちには勝てない。だが、勝てないなりにも戦力を削る事ぐらいは出来るはずだ。
 ダールは惜しい。ふと、それだけを思った。奴の力には独特な物がある。魔族の勢力を拡大できたのも、ダールの力によるものが大きかった。自分は生まれながらにして王だったが、ダールは生まれながらにして自分の補佐だった。
 だが、使い捨ての駒だ。元々、自分以外の魔族など必要なかったのだ。人間のモノマネのために、他の魔族が居ただけの話だ。人間界には国家というものがあり、それを中心にまとまっているという所がある。
 勇者アレクの子孫たちを殺す。そうすれば、全てが始まる。
 目を開いた。
「よくぞ来た。勇者アレクの子孫と、その仲間達よ」
 言って、その姿をじっくりと見まわした。五人。陣形を組んでいる。誰一人として欠けていない。それ所か、さらなる力を付けているようにも見える。
「役立たずどもが」
 呟いた。そして、立ち上がる。ブロンドの長髪が、わずかに頬を撫でた。
「お前が魔王か」
 勇者か。アレクの面影が微かに見える。
「そうだ」
「四柱神も、ダールもビエルも倒した。あとはお前だけだ」
 だからどうした。その者達など、元々自分には必要ない。
「お前を倒せば、世界は救える」
 不可能だ。出来る訳がない。自分は神をも凌駕する力を得たのだ。
「……お前達は私には勝てん」
 一歩だけ、前に進み出た。それに呼応して、五人が戦闘の構えを取る。良い眼だ。ディスカルはそう思った。
「一つだけ、お前達に問おう」
 両腕を開く。
「お前達は運命を信じるか?」
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 五人の表情は変わらなかった。まぁ、そんなものだろう。ディスカルはそう思った。運命を信じるか。我ながら、ふざけた台詞だ。だが、自分は信じる。
「来い」
 言って、手招きした。五人の目に闘志が宿る。戦闘開始だ。この時、先代の魔王は何を思ったのか。絶対に勝てると踏んでいたのか。それとも、もう負けると絶望していたのか。
 戦士の剣が閃く。剣聖シリウスの名が頭を過った。剣を片手でいなし、呪文を放つ。だが、呪文は天井に跳ね返された。
「対魔法剣か」
 シリウスの剣には呪文を弾く力があったという。この戦士は、その力をしっかりと受け継いでいる。その刹那、呪文。後ろの魔法使いからだ。空いたもう片方の手で弾き返す。さらに勇者と魔法剣士が飛び込んできた。
 強いな。ディスカルは心の中でそう呟いた。息が合っている。それぞれがそれぞれの役割をこなし、上手く繋げている。魔族にはない能力だ。魔族は協力というものを知らない。単に徒党を組み、己が功を競うだけだ。四柱神はそれが原因で負けた。いや、戦力を削る事すら出来なかった。この目の前の五人のように、力を合わせて戦っていれば、少なくとも二人は始末できたはずだ。
 だが、もう終わった話だった。ダールもビエルも、自分の力を過信した。だから、一人で数人を相手にした。それだけの力を持っていないのにも関わらずだ。それは先代の魔王と同じで、頭の悪さを証明しているのと同じ事だ。
 だが、自分は違う。独りで五人の相手ができる。それだけの力と、能力を持っている。これは自惚れではない。事実だ。素の力でも、どの魔族よりも強い。それに加えて、自分にはある能力がある。いや、能力を得たと言う方が正しい。
 運命。この言葉が、全てを握っている。
 そろそろ、反撃してみるか。攻撃をいなしながら、そう思い始めた頃だった。
「隼斬りッ」
 左右。勇者と魔法剣士の剣が光った。両腕でそれぞれを受け止める。刹那、殺気。
「大地斬ッ」
 真正面。
「メラガイアーッ」
 さらに呪文。少々、手に余るな。そう思った。仕方がない。メラガイアーを戦士へ。心の中でそう呟いた。
「うぐっ!?」
 瞬間、戦士が火だるまとなって吹き飛ばされた。身体から黒煙が巻き上がっている。
「なっ……」
 魔法使いが呻いていた。
「なんで、俺の呪文がオリアーに……!?」
 受け止めていた勇者と魔法剣士の剣を、同時に弾き返した。王女が戦士の傍に駆け寄り、回復呪文を唱え始めている。
「味方に撃ったらダメだろう? お前は魔法使い、失格だな」
「何をしたっ!」
 魔法使いが叫んだ。
「ほう?」
「ヒウロ、セシル、気をつけろ!」
 なるほど。あの魔法使いがパーティの頭脳か。
 戦士が回復を終え、立ち上がった。剣を構えている。
「……僕が、もう一度仕掛けます……!」
 また駆けてきた。剣を振り上げている。
「もう一度、お前達に問おう」
 戦士の剣を魔法剣士に。心の中で呟いた。刹那、悲鳴。
「そ、そんなッ!?」
 戦士が震えている。魔法剣士を斬っていた。返り血を浴びている。
「運命を信じるか?」
 言って、ニヤリと笑った。
 何が起こっている。
 メイジは単純にそう思った。頭がおかしくなりそうだ。
 何故、自分の呪文がオリアーに。自分が放った呪文だ。それなのに、何故かオリアーに放たれていた。絶対に撃ち間違えなどは犯していない。間違えるはずもない。撃つべき標的を眼で見定め、頭の中で魔力の軌跡を描いた。そして放ったのだ。呪文は武器よりも、正確に敵を捉える。回避不可能と言っても良い。それなのに、自分のメラガイアーはオリアーを焼いていた。
 同じような事が、オリアーの身にも起きていた。ディスカルに向かって振り下ろされた剣が、何故かセシルを斬っていたのだ。オリアーは気が狂う寸前なのか、わなわなと全身を震わせている。その目には狂気すらも感じさせていた。
 パーティが混乱していた。自分の置かれている状況と、目の前の巨悪。そして、起こった出来事。全員が自分を見失いかけている。
 頭を左右に振った。そして考える。今やるべき事。
「みんな、気をしっかり持て。まずは現状を分析しろっ」
 声をあげていた。言ったが、自分も戸惑っている。メイジはそう思った。いや、戸惑っていると自覚できている。ならばその分、冷静になれるはずだ。
「エミリア、セシルの回復を頼む。オリアー、お前は下がれ!」
「ぼ、ぼくが、僕がセシルさんを」
 自分の声はオリアーに届いていない。メイジはそう思った。オリアーはセシルを好いていた。そのセシルを斬ったのだ。セシルの傷は深い。それは後衛の位置から見ても明らかだ。
 すると、ヒウロが一歩だけ前に進み出た。力強い一歩だ。ディスカルと向かい合う形になった。その背後に、震えるオリアーと倒れ込んだセシルが居る。
「ヒウロ、何をする気だ」
 メイジが言った。まずは現状を分析するべきだ。ディスカルは無策で立ち向かえる相手ではない。
「ディスカル、お前は運命を信じるか? と言ったな」
 ヒウロが剣を構えて言った。
「そうだ。勇者アレクの子孫よ。お前は信じるか?」
「信じる」
「ほう」
 ディスカルとヒウロのやり取りを聞きながら、メイジは一つの事に気付いた。
 ヒウロは自分を見失っていない。至って冷静であり、現状を理解しているにようにも見える。
「……ヒウロ、お前」
「メイジさん、ディスカルは強烈な能力を持っています。それは世界を破滅に導きかねない能力で、どんな物事をも自由にできる能力です」
 何を言っている。
「――運命を操る能力。言葉で表すならば、そういう能力です」
 背筋が凍った。運命を操るだと。
 もしこれが本当ならば、打つ手は無いに等しい。戦いを、いや、これから起こり得る全ての出来事を、ディスカルはその手中に収めていると言う事になるのだ。そして、自分達はディスカルと戦うだけ無駄であり、生きている事自体が無意味になってしまう。運命を操れるという事は、そういう事だ。
「ほう。何故、お前にそんな事がわかるのだ?」
 ヒウロの身体に勇気が宿っている。メイジにはそう見えた。
「俺の神器と同じ能力だからだ」
 ヒウロの声は、力強く透き通っていた。
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 小僧が。いや、さすがに勇者アレクの子孫だ。ディスカルはそう思いながら、ヒウロの目を睨みつけていた。
 運命を操る能力。自分が得た能力は、まさにそれだった。神をも凌駕する力。この世の定め、その全てを断ち切る力。
 その力を、この目の前の小僧も持っているというのか。いや、ただの小僧ではない。遥か昔に魔族を討ち滅ぼした、あの勇者アレクの子孫だ。
「お前の神器の能力だと?」
 勇者の神器が、運命を操る能力を持っているという事か。つまり、勇者自身はその力は持っていないという事だ。当たり前と言えば当たり前だが、あくまで神器の力という事である。そしてそれは、自分と同じだった。
 ディスカルも神器を持っていた。四つ目の神器を。
 目の前の勇者は元より、後ろの魔法使いと戦士も神器に選ばれた者達のはずだ。ディスカルはそう思った。すなわち、神器が使い手として認めた者達という事だ。だが、自分は違う。自分は魔族であり、魔王だ。神器が自分を選ぶ訳がない。そして、実際にそうだった。だが、神器を得た。自分の物にする事が出来た。
 選ばれないのならば、神器が自分を認めないのであれば、力ずくで手に入れる。神器が自分を選ぶのではない。自分が神器を選び、支配すれば良い。単純な話だった。そして、それは現実となった。
 その結果として、運命を操る能力を得た。元の神器の名は知らないが、今はエビルハートと名付けている。神器の基礎能力は強烈だった。そこに闇の力を加えたのだ。そしてエビルハートを手にした時、もはやこの世に敵など居ないと思った。何せ、運命を操れるのだ。だが、それはただの思い上がりだった。
 目の前の小僧が居る。この小僧は、自分の能力を正確に当てて見せた。この事から、小僧も運命を操れると見て間違いないだろう。同じ能力者でなければ、見破れない何かがあるはずだ。
 何度か、ダールや四柱神相手に能力を使ってみたが、奴らは何が起きたのかすらも理解できていなかった。能力を使った瞬間だけ、記憶が飛んでいる、という印象だったのだ。だが、この小僧、いや、勇者は何が起きたのかをしっかりと理解している。
 慢心。先代の魔王は、これが原因で敗れた。先代の魔王の二の轍は踏まん。勇者がどの程度、能力を使いこなせるかはまだ分からない。しかし、自分が想像するに、おそらくはまだ力に目覚めたばかりのはずだ。そういう意味では、現時点では自分に分がある。それをどう活かすかだ。全身全霊を賭けて、葬り去る。勇者だけではない。魔法使い、戦士、魔法剣士、王女。この場に居る人間全員に、自分は全身全霊を賭ける。
「強敵だ。対峙して、改めてそう思う」
 ヒウロが言った。
「魔族の能力は生まれながらにして、他の生物とは一線を画している。だからこそ、慢心した。私は学んだのだ。先代の魔王から、部下達からな。慢心は最大の敵にして、最後まで敵だ」
「人間にも同じ事が言える」
「フン。人間は強くなっていく。それも私が想像するよりも遥かに早いスピードでだ。その証拠に、お前は運命を操る能力を言い当てて見せた。それ所か、自身も運命を操れるとのたまった」
「他の魔族なら、信じようとはしなかった。そして隙を見せた」
「私は違う」
 そうだ、違う。自分は慢心を捨て、目の前の五人の人間を強敵として認める。先代の魔王や部下達は、最後の最後まで『人間如きに』という思いがあったはずだ。そこに敗因があった。だが、自分は違う。
「お前は魔王だ」
「そうだ。魔王であり、最強の魔族だ」
 それだけの話だ。だが、重要な事だ。自分は最強の魔族なのだ。これだけは揺るがない事実だ。慢心はしない。だが、卑屈にもならない。慢心しない事と卑屈になる事は違う。
「俺達はお前を倒すために、ここまでやって来た。例え、お前に運命を操る力があろうとも、俺達はそれを乗り越えてみせる」
 勇者が闘志をむき出しにしてきた。パーティに活力が戻っている。すでに回復を終え、気力を漲らせている。これが、勇者というものなのだ。この勇者という一つの存在だけで、パーティは、いや、人間はいくらでも蘇る。
「勝つのは――」
「俺達だ!」「私だ!」
 心が、燃える。
 勇気。メイジはヒウロから、勇気を貰っていた。そして、勇気は希望へと変わった。希望は力となり、パーティを蘇らせた。
 自分達にはヒウロが居る。勇者という存在。ヒウロは間違いなくパーティを支える大黒柱となっていた。
 旅に出たばかりのヒウロは、どこか頼りなかった。経験を積んで強くなっていっても、仲間を支えるには肩の荷が重いだろうと思っていた。だが、今は違う。間違い無く、今のヒウロは全員の心を支えている。全員が、ヒウロに助けられている。それは、自分も例外ではなかった。
 魔王ディスカルの力。運命を操る能力。考えただけで、背筋が凍る。もはや、英知や精神力でどうにかできる問題ではない。しかし、絶望はしていなかった。それは、ヒウロが居るからに他ならない。
 ディスカルはまさに最強の魔族と呼ぶに相応しかった。肉体的にも、精神的にもだ。ディスカルは、ヒウロ、オリアー、セシルの攻撃を難なく捌き、自分の呪文をも冷静に対処してくる。一体、最上等級呪文を何発撃ったのか。しかし、そのどれもが、未だに直撃には至っていない。
 特筆すべきは、ディスカルの精神面だった。慢心がない。かといって、卑屈でもない。これは人間界においても重要な事であり、賢明と言われる人間の精神面でもあった。ディスカルは魔族だ。人間よりも遥かに強力な力を持ち、故にやれる事も必然的に多くなる。しかし、それでもディスカルは慢心していない。
 ダールやビエル、四柱神は間違い無く人間を格下として見ていた。だからこそ、隙も見えた。特にビエルは、自分達を相手に遊んでいるという感が拭えなかった。戦闘開始と同時にビッグバンを撃ち放っていれば、勝負は決していたかもしれないのだ。
 慢心を捨てた魔族。そして運命を操れる。隙は全く無い。勝てる要素が見当たらない。
 だが、絶望していなかった。ヒウロ。勇者という存在が、自分達を支えている。
「まずは士気を削ぐ。兵法の基本だ」
 不意にディスカルの呟きが聞こえた。その視線の先にはエミリアだ。回復役を潰してくるつもりか。エミリアが倒れてしまえば、攻撃の手が緩んでしまう。うかつに負傷できなくなり、攻めが慎重になってしまうからだ。
 ディスカルの目が妖しく光った。刹那、エミリアが地に倒れた。何が起きた。ヒウロに目線を移す。
「運命は操っていません。奴の目には、何か力があります」
 気絶なのか、催眠なのか。
「勇者以外をまずは仕留める。数は力だからな。その数を減らす事から始める」
 ディスカルは本気で勝とうとしている。両腕を突き出してきた。オリアーとセシルの身体が宙に浮く。不意にディスカルが両腕を交差させた。それに呼応するかの如く、オリアーとセシルの身体が激突した。
 セシルが魔法剣を作り出していた。オリアーに向かって振りかぶっている。
「やめてっ」
 セシルの悲鳴。ディスカルに操られているのか。
「ディスカル、お前の好きにはさせないぞッ」
 ヒウロ。斬りかかって行く。その刹那、ディスカルの目が妖しく光った。ヒウロは倒れない。運命を操ったのか。
 灼熱の炎。ディスカルの口から吐かれていた。ヒウロが剣を横に構え、堪え凌いでいる。メイジは両腕を突き出し、マヒャドを撃ち放った。炎の威力を軽減させる。ヒウロの身に勇気が宿った。炎を斬り裂く。
 その刹那、何かが自分の身体を貫いた。痛みは無かった。だが、生命の息吹が漏れているのは分かった。
「そ、そんな……そんな」
 セシルの、声だった。
「メイジさんッ」
 ヒウロの叫び。
 そうか。セシルの魔法剣が、自分の身体を貫いたのか。ディスカルめ、最初に自分を殺すつもりだったのか。オリアーとセシルを互いに戦わせたのは、あくまで布石だった。真の目的は。
「パーティの頭脳をまずは破壊する。精神的支柱となり得るからな」
 視界が、白かった。死ぬという事は、こういう事か。
 情けない。
 声は出なかった。オリアーが肩を抱いてきた。何かを叫びながら、涙を流している。泣くな。同じく、声は出ない。
「勝ってくれ」
 この言葉だけは、声が出たような気がした。不思議と絶望感だけは無かった。
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 自分の腕の中で、命が消えていく。オリアーの頬が濡れていた。メイジが、死ぬ。
 名前を何度も呼んだ。しかし、返事は無い。メイジの眼には、死が宿っていた。いつも感じていた、優しさと厳しさが混在する眼差しはもう無かった。
 メイジが眼を閉じた。
 命の終わり。自分の腕の中で、一人の男が眠った。それは永遠の眠りで、二度と眼を覚ます事はない。
 どう言えば良いのか分からなかった。自分がどう感じているのかも分からなかった。今までずっと、自分とヒウロの前にはメイジが居た。それが消えた。自分達にとって、メイジは兄のような存在だった。自身を常に厳しく律し、他人を優しく包み込む。メイジはそんな人間だった。
 メイジが居てくれるだけで、パーティは希望が持てた。どんな窮地に立たされようとも、メイジは勝つための手段をひねり出してくれたのだ。
 みんなの精神的支柱だった。しかし、自分にとってはそれ以上の存在だったと言っていい。自分の中で、何かがうごめいている。悲しみ、怒り、絶望。そのどれでもない。
 義憤。
「ディスカル、貴様ぁッ!!」
 叫んでいた。同時に剣を構えていた。駆けていた。
「フン」
 笑うのか。メイジを殺したお前が笑うのか。斬ってやる。仇を討ってやる。
「やめろ、オリアーッ」
 ヒウロ。うるさい。仇を討つんだ。メイジの仇を討つ。
 剣を振り下ろす。片手で止められていた。手首を返し、斬り結ぶ。それも止められた。
「殺したのは魔法剣士だ。私に恨みを抱くのは筋違いというものだぞ」
 全身が燃えた。ディスカル。お前が運命を操った。セシルにメイジを殺させた。神王剣が吼えている。
 自身の正義が暴れまわっている。こんな感覚は初めてだった。感情が解き放たれた。涙が頬を伝い、剣を振るう度に四散している。メイジが殺された。
 剣を逆手に持った。刀身に闘気を乗せる。究極の必殺剣。いや、義憤の剣。メイジの仇を討つ。
 刹那、背後から羽交い締めにされた。目の前でディスカルが笑っている。斬ってやる。邪魔をするな。
「オリアー、落ち着け! 我を見失うな!」
 ヒウロの声。
「メイジさんが殺されたんですよ!」
「わかってる! ディスカルは怒りを誘ってるんだ!」
「うるさいッ」
 振り払った。義憤の剣。
「ギガスラッシュッ」
「未熟者が」
 片手。簡単にいなされた。ギガスラッシュが、こうも簡単に。もう片方の手。手刀。貫き手だ。閃く。
 血が、眼前を赤く染めた。
「オリアー、冷静になって」
 セシル。
「なん、で。なんで、セシルさんが」
 ディスカルの手刀が、セシルの胸を貫いていた。
「ヒウロの言う事を聞いて。もう、あなたしか居ないの」
「ちっ。殺す順番が逆になったか。まぁ良い」
 ディスカルの手刀が輝いた。魔力。
「オリアー、ずっとあなたの事が、好(す)」
 爆発。
 何かが、壊れた。
 順調だった。殺す順番は狂ったが、戦闘は自分が思う通りに進んでいる。ディスカルはそう思った。
 特に、魔法使いを一番最初に殺せた事が大きい。このパーティの戦闘を分析してみると、魔法使いが実によく頭を使っていたのだ。こういう存在を残しておくと、後々でとてつもない脅威となってくる。
 人間は力や魔力が弱い代わりに、頭脳があった。この頭脳で、魔族には思いつかないような戦術や、技を編み出してくる。事実、魔法使いは四柱神戦、ビエル戦で次々と新しい呪文を身に付けて来たのだ。魔法使い自身は、すでに成長の限界に達していたであろうが、他の仲間が絡んでくると話が違ってくる。だからこそ、早めに殺したかった。
 そして、次に戦士を標的に定めた。このパーティの中では、戦士が最も情に厚いだろうと思えたからだ。魔法使いを殺せば、戦士は何らかの反応を見せる。絶望するのか、逆上するのか。人は大切だと思う者を失った時、魔族では考えられないような反応を見せる。そこを利用してやろうと考えたのだ。
 結果的に戦士は汚らしい感情を剥き出しにしてきた。勇者が止めに入ったが、無駄だった。いや、無駄だと知っていたと言う方が正しい。あとは簡単だった。逆上した剣をいなし、手刀で殺す。だが、魔法剣士が邪魔をしてきた。
 一瞬、何が起きたのか分からなかった。わざわざ、自分を犠牲にして戦士を救ったのだ。意味が分からない。何の意味があるのか。自分が最初に思った事はそれだった。
 人間には愛という感情があるらしい。未だによくわからない感情だが、魔法剣士は愛によって突き動かされたのだろう。だが、戦士を救っていかほどの意味があるのか。自分が死んで、戦士が生き残る事に何の意味があるのか。
 目の前の戦士の眼は虚ろだった。精気が無い。いや、魂が無い。このまま放っておいても、何も問題は無いだろう。だが、放っておかない。殺す。
 慢心はしない。油断もしない。完全に命を絶つべきだ。殺さなければ、人間は何度でも立ち上がってくる。
 戦闘中、勇者がしきりに運命を変えて来ていた。だが、勇者の能力は未熟だった。いや、能力だけでは無い。その使い方も未熟だ。そしてこれは、勇者はまだ能力に目覚めたばかりという事を証明付けていた。
 運命を変える事には様々な制約が付く。それは変えられる時間の制約であったり、過去を変える事は出来ない事であったり、連続使用は不可能な事であったりする。勇者はこれらの制約を、この戦闘中に理解していかなければならない。今は全てが手探りだ。だから、意味の無い場面で運命を変えたりして、肝心な時に能力が使えなかったりする。自分はこれらの制約をほぼ完璧に把握していると言って良い。つまり、今は自分が圧倒的優位なのだ。だからこそ、今の内に仲間という衣を一枚ずつ剥がしていく。残る衣はあと二枚だ。戦士と王女の二枚。
「シリウスの後継者よ。愛する者を失った悲しみは耐え難いだろう。すぐに後を追わせてやる」
 今の戦士にはこういうセリフが心に突き刺さるだろう。戦士の心情は全く理解できないが、精神的に追い込む事は出来る。
 戦士の眼は虚ろなままだ。口を微かに動かして、何かを喋っている。何を言っているのか聞いてみたいと思ったが、どうせくだらない事だ。早く殺すに限る。
 その時だった。勇者が飛び込んできた。片手で剣をいなす。続いて雷撃。ライデインだ。それも片手で弾き返した。
「やめろ、もうやめろ、ディスカル! お前の相手は俺のはずだ! 俺を殺せば、それで終わるんじゃないのか!」
 そうだ。お前の言う通りだ。正直な話、お前以外の人間など塵芥(ちりあくた)のようなものだ。だが、私は学んだのだ。人間は殺さなければ、何度でも立ち上がると。お前の仲間を殺して、最後にお前を殺す。精神的にも、肉体的にも殺す。だからこそ、仲間を先に殺すのだ。仲間という名の鎧を、一枚ずつ剥がすのだ。
「これ以上、仲間を殺すな!」
「無理だな」
 言って、戦士の首に手を伸ばす。瞬間、勇者の剣が振りかかって来た。片手で弾く。
「やめろ、やめてくれ!」
「無理だと言っている」
 刹那、雷撃。ギガデインだ。グッと右手に力を込め、思い切り腕を横に振った。雷撃が弾け飛ぶ。
「頼む……。やめて、くれ」
 汚らしい。汚物を見るような目で勇者を見た後、戦士の首に手をかけた。まだ戦士の眼は虚ろだ。そして、口を微かに動かしている。すぐに魔法剣士の後を追わせてやるぞ。
「やめろぉッ」
 戦士の首の骨を折った。叫び声。
 勇者が泣き叫んでいた。そうだ。もっと泣き叫べ。そして追い詰められろ。
「次は王女だ」
 王女は自分の眼に魅入られ、昏睡状態に陥っている。身体を真っ二つに引き裂いて殺すか。これが終われば、あとは勇者ただ独りだ。
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 心が壊れていく。仲間を失うという事は、心が壊れていく事と同じ事だ。ヒウロの精神はすでにズタボロとなっていた。
 魔王ディスカル。もう自分に闘志はない。ヒウロはそれを自覚していた。ただひたすらに、やめて欲しい。仲間を殺さないでくれ。この想いだけが全身を支配している。
 哀願。魔王に、哀願している。精神が完全に魔王に屈したのだ。
 何故、自分は闘っているのだ。こんな苦しい思いをしてまで、何故。
 メイジは幼い頃からの仲だった。共に育ち、共に学び、共に強くなった。この旅の中で、メイジから様々な事を教わった。助けても貰った。これはメイジだけではない。オリアーもそうだ。剣の腕は、オリアーと共に磨き上げてきたのだ。二人が居たからこそ、自分は強くなれた。
 二人が死んだ。ディスカルに殺された。
 何故、強くなる必要があった? 何故、二人の死を目の前で見なくてはならなかったのだ。オリアーは好きな人を目の前で殺された。精神を完全に破壊し尽くされた後に、殺された。何故だ。
 もう、考えるのも嫌だ。闘いたくない。もう、何もかもが嫌だ。
「この王女を殺せば、残るはお前ただ独りだ。勇者」
 ディスカルが、エミリアの首を掴んで持ち上げている。
 今まで何度も運命を変えて、仲間を救おうと思った。しかし、無駄だった。思うように能力が扱えないのだ。反面、ディスカルは必ず要所で運命を変えてくる。これはつまり、自分とディスカルとで、能力の使い方の成熟度に圧倒的な差があるという事だ。その圧倒的な差のせいで、仲間は殺された。
 自分の力が足りないばかりに、仲間は殺された。そう思うと、動悸がした。汗も噴き出してくる。
 嫌だ。もう嫌だ。それなのに、何故。何故、こうも身体が、血が熱いのだ。
 もう闘いたくないんだ。もう嫌なんだ。血に語りかけるように、自分は心の中でそう言っていた。しかし、血は燃えた。勇者アレクの血が、まだ諦めるなと言っている。
「もう嫌なんだ」
 声に出していた。だが、心の奥底で何かが光を放っていた。そして、これは決して消えない光だ。この光に、何度、自分は救われたのか。
 勇気。
 勇者とは、勇気ある者の事。まだ、自分には勇気が残っているのか。もう闘いたくない。魔王に哀願してしまうほど、精神は屈している。それでも、勇気だけは光を放ち続けるのか。
 勇気があるからこそ、自分は闘っているのか。世界に平和をもたらすためだとか、勇者アレクの子孫だからとか、そういった動機で闘っているのではない。勇気が、自分を突き動かしているのか。
「終わりだ」
 ディスカルが言った。勇気だ。勇気を振り絞れ。困難に立ち向かう時、困難を打開する時、必ず勇気がその道を照らし出してくれた。
 エミリアの身体が引き裂かれる寸前。
「やめろ!」
 声をあげていた。同時に、勇気を放っていた。視界が白く染まる。
 エミリアをディスカルの手から離し、地に下ろす。心の中で言った。運命を変える。これでエミリアは引き裂かれない。しかし、その瞬間、ディスカルが運命変化に介入してきた。エミリアを引き裂く。運命をそう変えようとしているのだ。
 勇気で、困難を打開する。力に目覚めろ。
 瞬間、何かが頭を過った。それは閃きに近い何かで、新たな力だと感じた。固定。運命を変えるだけではない。自分が変えた運命を、そのまま固定する。変化と固定。この二つを組み合わせる。
 そう思うと同時に、実行していた。エミリアは引き裂かれない。そう運命を固定していた。
 視界が、戻った。
「貴様、何をした」
 ディスカルが目を見開いていた。エミリアは無事だった。無傷で地に横たわっている。
 ブレイブハートが、勇気によって目覚めた。それと同時に闘志が蘇った。仲間の仇を討つ。魔族を、魔王を討ち滅ぼす。
「ディスカル、覚悟しろッ」
 剣を構えた。
 人間め。勇者め。
 まだ抵抗するのか。魔法使い、戦士、魔法剣士の三人を殺した。魔法剣士に至っては、死体すら残っていない。それなのに、まだ抵抗してくるのか。腹が立った。しつこい。早く諦めろ。早く殺されろ。
 すでに勇者には、闘う気力など無いはずだった。戦士を殺した瞬間、勇者の眼から闘志が瞬間的に消え去ったのだ。もうこの時点で勝ったようなものだった。そしてさらに追い打ちをかけるが如く、王女を殺す事にした。これはあくまで念押し、ダメ押しだ。つまり、王女を殺して、チェックメイトだった。それで勇者は生きる気力を失う。生きる気力を失った勇者など、もう勇者ではない。ただの抜け殻だ。そうなれば、簡単にくびり殺せる。そう。殺せるはずだった。
 蘇った。一言で表すならば、これだ。勇者は蘇ったのだ。
 まだ抵抗するというのか。もうお前には何も残ってはいまい。何がお前を突き動かすのだ。心の中がザワついている。不快だ。だから、腹が立った。
 冷静さを失うな。自分に言い聞かせた。不可解な事が、一つだけ起きたのである。
 運命を変える事が出来なかったのだ。王女の身体を引き裂く寸前、勇者が運命を変えた。これは間違い無い。その後、さらに自分が運命を変えようとした。だが、変える事が出来なかった。
 今まで、能力の発動に失敗した事は無かった。百発百中。それもそのはずだ。自分の意志で、自分の好きなように出来るのだ。それが、出来なかった。未だ、自分の知らない何かの制約があるのか、とも思ったが、直感が違うと言っていた。
 勇者が何かをしたのだ。
「何をした」
 問うていた。だが、勇者は何も言わない。眼には強い光がある。睨み合いをしようと思ったが、自分の眼が勝手に下を向いていた。何故だ。心が、ザワついている。これも何故だ。
「お前は何故、諦めない。仲間は死んだ。もうお前には何も残っていないはずだ。それなのに、何故、抵抗を続ける」
 気力を振り絞り、勇者の眼を睨みつけた。光。射抜いてきた。心がザワつく。なんだ、これは。
「……たった一つだけ、残っているものがある。それはお前達、魔族にはないものだ」
「ほう」
 眼をそらした。あの光は、耐え難い。自分の意志で、どうにかできるものではない。そう思った。何か、本能で避けているという気がするのだ。あの光の正体は、一体なんなのだ。
「お前はメイジさんを、オリアーを、セシルを殺した。俺は絶対にお前を許さない」
 気迫。光の正体は気迫なのか。違う。おそらくだが、違う。一歩、無意識に下がっていた。心のザワつきが、大きくなっている。
「人はこの想いからする行動を、復讐と言うのかもしれない。復讐は意味のないものだ、と言う人も居るだろう。それでも俺は、お前を討つ。お前は俺から大切なものを奪った。だから、討つ!」
 勇者が剣を天に突き上げた。ギガデイン。それを、剣に纏わせた。
 呼吸が荒い。息苦しい。なんだこれは。
「ギガソード……! 行くぞ、ディスカルッ」
 勇者の眼が、光が、全身を貫いてきた。それと同時に、心のザワつきが、飛び散った。



 ――怯えている。魔王であるこの自分が、目の前の人間に。


142, 141

  

 ギガソードを握り締めていた。
 目を閉じると、死んだ仲間達の顔が次々と頭に浮かんでくる。
 ディスカルに仲間を殺された。だが、自分の心の中で仲間は生きている。ヒウロはそう思った。記憶として、仲間は生き続けていくのだ。そして、命の終わりとはこういう事だ。
 記憶の中のメイジが口元を緩めた。
「勝てる。勇気を出せ。俺に言える事はそれだけだ」
 メイジが言った。
「お前に力を貸そう。俺の英知――魔力を、ディスカルにぶつけてくれ」
 ブレイブハートが熱くなっていく。死んだメイジが、力を貸してくれたのか。
「僕の正義を、ヒウロに」
 オリアーの声。また、ブレイブハートが熱くなった。勇気が燃え上がっていく。
「ヒウロ、私の力も使って」
 セシル。涙が頬を伝った。魂が、死んだ仲間の魂が、ブレイブハートに宿っていく。これが、人の想いであり、勇気であり、紡ぐ力だ。魔族には無い。あるはずがない。人間の力を、見せてやる。
 ディスカルが身体を震わせていた。怯えているのか。恐怖しているのか。
「来るな」
 ディスカルの声。僅かだが、声も震えている。
 ギガソードを構えながら、ゆっくりと前に進んだ。ディスカルの眼をジッと見つめ続ける。勇気をぶつけ続ける。
「来るなッ」
 裏返った声。お前を討つ。魔王ディスカル。お前を討つ。
「うおおッ」
 飛び掛かって来た。さすがに速い。だが、勇気で乗り越える。身体を開いてかわし、息を一度だけ吸い込んだ。
 同時にカッと眼を見開いた。
「ギガブレイクッ」
 剣を真っ直ぐに突き出した。光。溢れる。
 ディスカルの叫び声。耳を突き抜けた。アレクの剣が、父の剣が、ディスカルの身体を貫いていた。
「や、め……ろぉっ……」
 ディスカルの口端から、紫色の血が流れ出ている。
「お前は確かに強かった。だけど、俺達はその上を行く!」
 想いの力、魂を受けろ。
 勇気を剣に込めた。魔力の渦が、全身を貫く。皆の魂が天へと駆け上がる。伝説の雷撃呪文。アレクの剣に向かって迸れ。
「ミナデインッ」
 メイジの英知、オリアーの正義、セシルの愛、そして自分の勇気。
 貫く。巨大な電撃の柱が、ディスカルの身体を貫いた。
 断末魔。だが、ディスカルは耐えていた。何かが、足りない。
「ヒウロさん……!」
 エミリアの声。その刹那、ミナデインに力が宿った。希望。エミリアの、希望だった。
 同時に、叫んでいた。全ての力を解放した。英知、正義、愛、勇気、そして希望。伝説の雷撃呪文が、数多の時を超えて蘇る。
 白い光が視界を覆った。音は聞こえなかった。自分の叫ぶ声も、雷撃の音も、ディスカルの声も。涙が頬を伝う感覚だけが、妙に鋭利だった。
 風が全身を打った。目を静かに開けて行く。
 アレクの剣、父の剣の切っ先が、光を照り返していた。
 それは、魔族の最期を意味していた。
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