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第3話「そんな旨い話が在る訳ない(後)」

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 こんな事があってたまるか。
そんな思いを抱えて、『彼』は画面上で繰り広げられる戦争を見つめていた。
「また戦線が後退を始めたようですね」
隣にいるオペレーターが落ち着いた口調で言う。
 確かに、最初に映像が送られてきた時よりも集団の位置が下がっていた。
その中の何機かは弾切れになった小銃を捨て、予備兵装(サイドアーム)の拳銃で応戦している。
物量で勝る中国側が韓国側を追い詰めているのは、どう見ても明らかだった。
「このままだと戦線が崩壊します。
 あちらからの支援要請はまだ確認できませんか?」
彼女は、映像を送ってきている偵察機のパイロットに尋ねた。
『駄目だな、全く無い。
 北部方面隊は未だに日本嫌いが多い上に、やたらと自尊心が強い。
 おそらくは独力で押し返そうとして壊滅するだろうよ。
 南部の連中も、どこまで状況を把握しているかわからんな』
偵察機からの返答は、かなり否定的なものだった。
2018年の南北統合と、その翌年の日韓修好平和条約という『過去からの脱却』を経ても、あちらの意識はまだ変わっていないらしい。
1機、また1機という具合に韓国側がジリジリと後退していくのを、『彼』は黙って見つめていた。
 と、偵察機から新たに報告が入った。
『南部から援軍。
 ――ほう、こいつは驚いた。
 第301戦闘機動群、姜少佐の部隊だ』
「301機動群というと、対馬事変において大尉の所属部隊と直接矛を交えた……」
彼女がそう言うと、彼は少し興奮した声で答えた。
『その通りだ。
 識別番号(ナンバー)を見る限りじゃ、奴さんもいるらしい。
 この戦場はもう暫く持ち堪えそうだな』
画面に視線を戻すと、駆けつけた部隊が敵の集団に機関砲と榴弾による斉射を浴びせていた。
押し切れると思って前進を続けていた一団は、重火器の手痛い反撃を受けて元の位置まで後退した。
 再び両軍が睨み合いを始めたところで、『彼』は後方から声をかけられた。
振り返ると、こちらを見つめる若狭少尉の顔があった。
「そろそろいいかしら?」
若狭が尋ねると、『彼』は頷いて席を立った。
元の位置に戻るオペレーターに向かって、彼女は声をかけた。
「職務中に邪魔してしまったわね」
「いえ、これも若手教育の一環ですから」
彼女はこちらに笑顔を向け、そう言った。

 『彼』は再び若狭に連れられ、ある小部屋の1つに入った。
「待っていたよ」
部屋の奥の椅子に腰掛けていた初老の男性が、こちらに鋭い眼差しを向けたまま言った。
「若狭君、君は部屋の外で待っていてくれ。
 この少年の本心が聞きたいのでな」
彼が言うと、若狭は
「了解しました」
と言って、扉の向こうへと消えた。
「立ち話というのも何だ、そこに腰掛けたまえ」
取り残された『彼』に、老人は自分の向かい側にある椅子に座るよう促した。
 『彼』が座ったのを見計らって、老人は早速話を切り出した。
「まずは率直な感想を聞きたい。
 君は、あれらを見てどう思った?」
「どうって……」
『彼』は返答に詰まった。
率直な感想とはいえ、こんな事実際にある筈がない、なんて馬鹿馬鹿しいんだ、狂ってる、と言う訳にもいかない。
困惑した表情で目を泳がせている『彼』に、老人はきっぱりと言った。
「正直に言ってみたまえ」
仕方なく、『彼』はおどおどとした口調で話し始めた。
「これは……実際に起きている事、なんですよね?
 正直……まだ信じられない」
その言葉に、老人は少し表情を緩めて言った。
「無理もない事だろう。
 ここに連れて来られた人間は、皆そう言っていたよ」
だが、と再び険しい表情を浮かべると、彼は目の前に置かれた書斎机に一枚の地図を広げた。
「見たまえ。
 これは、2020年現在の世界を示した地図だ」
『彼』は机の方へと体を寄せ、地図を見た。
「何か気づく事はないかね?」
老人に尋ねられ、『彼』は地図をよく見回してみる。
「別に……どこもおかしくないと思います」
一通り見回した後でそう答えた『彼』に、老人は地図の一点を指差してみせた。
「この地域をよく見ておきたまえ」
その場所――ちょうど中東にあたる地域に、『彼』は言われたとおり視線を向けた。
老人はもう一枚の地図を取り出してくると、それを横に置いた。
「こちらの地図は2025年現在の世界地図だ。
 比べてみて、気づく事は無いかね?」
「比べて……。
 !?」
老人に言われて2枚の地図を見比べた『彼』は、その言葉の意味に気づいた。
2020年の地図に存在していた数多の小国が消え、広大な地域を2、3の国家のみが独占している。
「この5年の間に、イラクやシリア、イスラエルなどの国家が消滅し、国土は勢力を増した国家に併合された。
 日本国内では全く報じられていないがね」
「一体どうして……」
『彼』が呟くと、老人はただ一言だけ告げた。
「戦争だよ」
 戦争。
もう既に地球上から消えた筈の、人間の繰り広げる悪しき風習。
「そんな……そんな馬鹿な事が許されていいのかよ」
『彼』はそう言って怒りに震えた。
 老人は冷静な口調で言った。
「何故、全ての国家があの協定に賛同したのか、疑問に思った事はないかね。
 彼らは領土拡大の機会を得ようとして協定に調印し、他国と対等な武力を得たが敗北した。
 そして結果は現実に反映され、国土は戦勝国に飲み込まれた。
 ――これを戦争と呼ばずして、何と呼ぶつもりだね」
「……」
「この国とて、同様の状況下に置かれているのだよ。
 平和に染まった生活の裏では、過去の大戦や冷戦時代と何ら変わらない世界情勢が存在している。
 我々が存在しているのは、世界が『隠された戦争』という事情を抱えているが故だ。
 本当に平和を享受できていたならば、この春真ミキタカという老いぼれも、国家防衛省大臣という肩書きを背負っていなかっただろう」
そう言って、目の前の老人――春真防衛相はため息をついた。
 「さて」
春真は、『彼』に再び鋭い視線を向けた。
「君は、どうする?
 この事実を知ったからといって、こちらから無理に協力を願い出るつもりはない。
 君がこれまで通り、仮初の『平和』を教授し続けたいというのであれば、これ以上の干渉は避けよう。
 それと――この事を他人に広めようとしても、君の話が信用される事は決して無い。
 君が少々おかしくなったという程度に思われるだけだ」
「……。
 俺は……」
『彼』は必死に考えを巡らせた。
こんな事に付き合ってられるか、という思いがある一方で、このまま見過ごしていいのかという気持ちが湧き上がっていた。
このまま、俺は部外者のまま生きていてもいいのか。
日本が――故郷が他国のものになるかもしれないという状況に置かれているのに、平気な顔をしていても。
「俺に……できるのか?」
「ん?」
「俺でも、できる事があるのか?
 この国を守る事が、できるのか?」
『彼』は、強い口調で春真に訊き返した。
彼は、表情を少し緩めた。
「それは君の気持ち次第だ」
その言葉で、『彼』はようやく決心した。

 「――協力、させて下さい」

 これはまだ、ほんの始まりに過ぎない。
『彼』の戦いも、この戦争も。
――第二次世界大戦の終結から80年を経た今、戦火(いくさび)は再び世界を覆い尽くそうとしていた。


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『第515小隊』
少年は、戦争の世界(いくさば)に足を踏み入れる。
4

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