こんばんは。
千世子です。
山崎くんが異動……転勤するそうです。今年いっぱいはこちらで作業して、来年から正式に……だそうです。
付き合う前から始めていた分野をもっと勉強したいようで、異動には立候補したそうです。
今日は私の家でお泊りだったのですが、帰ってすぐ「大事な話があります」と言われました。
「俺、異動するんです」
「……え?」
「今やっていることをもっと勉強したくて、そう決めたんです」
「え、ちょ、ちょっと」
「(この部分ですが、何を言っていたのか覚えていません。たぶん冒頭の異動時期のことだった思います。)」
「ちょっと待ってよ!」
思わず声を張り上げてしまいました
おそらくパニック状態でした。呼吸が苦しくて、胸がきりきりと締めつけられるようで、山崎くんの姿がひどくおぼろげに見えていました。
気持ちを整理するように、私は1つずつ確認していきました。
「キミは、異動したいと?」
「はい」
「異動時期は?」
「来年の頭ぐらいです」
「いつまで?」
「……わかりません。ずっとそこで留まるか、もしかしたら、またどこかへ移るかもしれません」
私の中で、何かが崩れました。きっと、心が折れてしまったのです。
全身が冷たくて、でも顔はとても熱くって……わけのわからない感覚でした。
「私は?」
「私は、どうなるの?」
これは質問ではなく、懇願でした。行かないでほしい、ただそれだけを込めた、懇願でした。
ですが。
「連絡はちゃんとします」
「月に一度は、戻ってくるようにします」
「だから」
何一つ、伝わっていませんでした。
だから?
だから、なに?
「だから、なに?」
「私は!」
「行ってほしくないっ!」
「こっちじゃ無理なの?」
「何でその分野がいいの?」
「納得、できるわけ、ないじゃない!」
一度吐き出してしまったら、止めることはできませんでした。
そして。
仕事と私、どっちが大事なの?
言ってはいけない。
言っては、いけないことでした。
「仕事と私、どっちが大事なの?」
長い、長い沈黙のあと。
「比べることは、できません」
これが返ってきた答えでした。
今、冷静になって考えれば……この答えは当然だと思います。たしかに比べる対象としては、あまりに違いすぎる、そう思います。
ですが、このときは、普通ではありませんでした。
「帰って」
私はそれ以外に、何も言いませんでした。
そのときは顔も、声も、同じ部屋にいることさえ、許せなかったんです。
追い出してから、電話はもちろんメールもしていません。オムライスが1人分余りましたが、これは明日食べるとして、日持ちしないおつまみを消費しています。
あれからずっとお酒を呑んでいるんですが、少しも気が晴れません。買ってきた発泡酒も、開けたばかりの日本酒も、泡盛も、どれもこれも水を飲んでいるような味気なさです。
遠距離恋愛なんて無理です。
……私は、もう、嫌です。遠距離恋愛は、嫌なんです。