薄暗い通路を九人の大人が歩く。
皆が踏み歩く床は黒と白の美しいコントラスト描く大理石で出来ており、靴底と交錯する度に高い音が廊下に響き渡る。視界の先は闇で覆われており兵の持つ手燭の灯す明かりだけが頼りだったが、その反響具合から察するにとても広い空間だという事が分かる。
その広大な通路を歩き、これから面接だと言う事で狼狽える群集の中にナイトウは、いた。
城門前でパグニックによる説明を聞かされたニート一行はその後、ランダムに八人一組のグループに分けらて、各々別室に案内されるという事だった。
詳しいルールはそこで説明される。パグニックが言うにはそんなに難しい事じゃない、らしい。ただ普通に面接を、当たり前に最初は順序として面接をしてもらうだけ、との事だった。
――糞じじいめ、そんなわけないんだろう……?
ナイトウは心の中で呟いた。
それもそのはず、パグニックは『面接ゲーム』と言った。その言葉にナイトウは引っかかっていた。
普通の面接ならばゲーム等と銘打っていいものではない。ましてやニートの群れとはいえ、覇者を決める大事な面接だ。それをゲーム等とふざけた言葉で飾るのは流石に無いだろう。ここから推察するに、やはりこれはただの面接であるわけがない。それにパグニックが最後に掲げたカードを使うと言った。その時点で常識論は通らずに通常の面接という線は消える。
(パグニックはどんなゲームをさせる気なんだ……?)
ナイトウがこれから行われる面接について思案していた時、先頭を歩いていた引率兵が足を止めてこちらに振り返る。
「こちらが面接会場になっております」
小奇麗な制服の兵がドアノブを回して扉を引くと、隙間から光りが差し込んで薄暗い廊下に明かりが溢れ出る。
その光りによってニート達の表情に纏わりついていた陰翳が取り払われ、困惑と緊張を帯びた顔が次々と浮かび上がる。その表情はまるで晩年の作に描かれた肖像画の様に荒み、これから最後の審判を迎えるかの様な有り体で、その本来存在している体躯は一回りも二回りも萎縮して矮小に見える。
そんなニートの群れは当然の如く誰もその扉の向こうにと行こうとはしない。
しかし、それも兵がささっと促すと一同は顔を一度見合わせた後に止むなしと覚悟を決めたのか渋々ながらも室内に入っていく。
室内にはニコニコと満面の笑顔を作った一人の女がいた。
「はーいっ私が今回面接官を努めさせて頂くラルロです。皆さん宜しくお願いしまぁす!」
ラルロと名乗る女性ははきはきと通る声で自己を紹介する。それに対してニート達は少しおどおどとして言葉を詰まらせている者や、赤面している者までいた。
(無理もない。ここにいる殆どの奴らはとても異性関係に強そうには見えない。それにラルロって奴の容姿も一般的な感性で言えば美人な方だしな)
ナイトウは腕を組みながら彼女を一瞥する。
細身で小柄。その彼女が着るピンク色のスーツはとても明るく幼げに見える。
輪郭は体格に沿って小顔で瞳は性格に沿って大きく輝き、髪の毛は少し青みがかっていて腰まである長さだった。その容姿はなんとなくだがニートが好みそうなタイプだと思える。事実、ニート達の反応を見ればそれは一目瞭然なわけなのだが。
(……まあ、それも一人を除いての事、だけどな)
好意の熱視線を向けるニートの中に、一人だけ冷めた目線を向ける者がいる。
その者の特徴を簡潔に述べるとするならば、金髪に白のスーツであろう。
(……くくっ! やはりてめぇは良さそうだなぁ……金髪野郎ォ!)
この中でただ冷静に物事を分析する者、目先の欲には一切合財の興味すらも見せず、ただニート王になるにはどうするか、どうこの場を切り抜けるかを思案するその賢しさにナイトウは愛情にも似た感情を覚えていた。
「はいはーいっ皆さん各自席に座ってくださーい!」
パンパンッと彼女は手を叩いて皆を催促する。ニート達はそれに応じて黙々と席に座るとラルロはそれを確認してから説明を始めた。
「では皆さんにこれから面接ゲームのルール説明をしたいと思います」
未だ明るくラルロは微笑むと、黒い小さなバックからカードを取り出した。
「先ほどパグニック様がおっしゃっていた様に面接には二種八枚のカードを使いますっ。そしてこの八枚のカードをよく切った後に皆さんに一枚ずつ配りますので、渡されたカードに書かれた役割を皆さんには演じてもらいます!」
そういうと八枚のうちの一つを手にとり皆に翳した。
「そしてこれが役の一つ、平民カードですねっ。これを配られた人は普通に面接をして頂きます」
「普通に?」
ニートの一人が口開くも、ラルロはそれをパチリと可愛いウィンク一つで制して話を続ける。
「そしてこっちがもう一つ、ゴットカードですね。こちらを配られた人には『面接官』として面接してもらいますっ」
「……え?」
と、数人の口から声が漏れる。
「それはどういう……」
「はい、面接官となって皆さんに質問してもらいますっ。その姿を私が面接していますので神に選ばれた方は面接官として思うままに熱弁をふるってください!」
そういうとラルロはとびっきりの笑顔でグー! と親指を立て、少し当惑するニート達をしり目に説明に戻る。
「カードを切り、配り、面接を10分。これを1セットとし、皆さんには合計3セットを行って貰います。そして1セット事に各自の得たポイントを通達しますので、ポイントが低い人は次回のセットでは頑張ってくださいね!」
ニコ、っと彼女は再び可愛い笑顔でニート達に微笑んだ。
「そして3セット目が終りましたら各々が各セットで得たポイントを合算し、点数の低かった下位6名の方には残念ながら強制退場して頂きますので気をつけて下さいねっ」
ラルロはそこで口をつぐむと、説明終了の合図と言わんばかりに皮革にまとめられたレジュメの類をパタンッと音を立てて閉じる。
「すると……合格者は2名だけか」
「ははっ、それは厳しいなあ」
皆はそこまで説明を聞き終わるといきなり雑談を始めた。
流石はニート。一応は面接の場にいるというのにこの緊張感のなさ。しかし、そのぬるい雰囲気も次のニートの発言により壊れる事となる。
それは弛緩する空気の中、中年太りで脂汗が耐えない男の言葉から始まった。
「落ちたら母ちゃんに怒られちゃうよぉ。帰りたくねぇなぁ」
どっ! とその言葉にニート達は違いねぇ、と笑いあう。
さっきまでの強張った面持ちはどこへやら。恐らく、本当にゲームの様な試験内容とラルロの明朗闊達な性格も兼ねてニート達はすっかり自分達が『王』を目指しにきている事を忘れているかの様に見えた。
下卑た笑い声が室内を占拠する。
そんな中でラルロが放った言葉は静かに、しかし確実に皆の鼓膜を揺らした。
「大丈夫ですよ。面接に落ちた人達にはちゃんと消えて貰いますのでっ」
えっという誰かの一言と共に、一瞬この場の空気が凍るのを感じる。
しかし、それも気のせいだと再び蠢動する虫の如くニート達が喋りだした。
「ラルロちゃんは何を言っているのかな?」
「なにか違う意味だよ、きっと」
「そうだよ。恥ずかしすぎて社会的に生きていけないってのを揶揄ってるだけじゃない?」
ニート達がざわめく。そこで、異変が起きた。
轟音と共に、目の前の机が宙をくるくると舞った。
その机はおどおどとしているニート達の頭上を掠め、はるか後方の壁にまで吹っ飛んで激しい音と共に砕け散った。
「……ごちゃごちゃうるせーぞ。くそ豚ニートがああぁ……ぁああ!?」
ラルロは口角泡を飛ばしつつ矢継ぎ早に言葉を放った。
「消えるっていったら消えるにきまってんだろぉがぁあ!! それもわかんねーほど頭も腐れてんのか!! まじやべぇよ、こいつら腐臭がYABEEEEEEEEEEE!」
突如狂うラルロ。それに対してニート達は完全に呆気にとられた。
その呆けている中、手前に座っていたふとっちょにラルロは近づくと、唐突に机を強く叩きつける。
爆発にも似た音が室内に轟き、衝撃で床が揺れる。
(なんつーバカ力だよ、この女……!!)
これには流石のナイトウも肝が縮まり、その光景をただただ見つめていた。
すると、ラルロは教卓にずかずかと戻りカード取ると乱暴に切ってそれを皆に投げる。それらは風切音と共に直線を描いて飛ぶと、ニート達の身体に深く刺さった。
「いってえぇえええええ!」
「ギャアアアアアア!」
「ぐああアアアアアア!」
教室の中を怒号や悲鳴が交錯し合う。
まさに不協和音。
大の大人達が混迷し、痛みによって生まれた感情を一切の抑制もなしに声へと変えて叫び合い、それに呼応するかの様にまた誰かが叫ぶ。
まさに地獄絵図。
その不快な音が鳴り響く中で彼女は恐ろしい程に冷静に、あたかも秋の湖畔にて深山幽谷の調べを奏でるかの様相でそっと、口を開いた。
「面接ゲーム、開始だ」