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「面倒な奴」

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「あべし!」
 人間、その気があれば空を飛べるものだ。もちろん道具なんて使わないで。もしかしたらもう人に乗り物は必要ないのかもしれない。俺はふっとばされている間、そんな悠長なことを考えていた。

 ガシャーン! とその辺の机をなぎ倒す。映画のアクションシーンのようだが、これはフィクションじゃない。事実そのもの。実際の人物に関係大アリだ。
 ちなみになぎ倒したのは確かに俺だが、その責はこっちにはない。あいつのせいだ。
「こら! あんたまたやったでしょ!」
 人をグーパンチ一つで宙に回せた奴は怒鳴る。名は長谷川美紀。残念ながら我が幼馴染である。人を、しかも高校生男子を吹っ飛ばせるとなると相当な大女だ思うかもしれないが、実際は高校生にはとても見えない身長は150あるかないかの小柄な女だ。ただし空手の有段者。昔っから口うるさい面倒な奴。
「証拠は? 冤罪だったらどーするよ」
「目撃者があふれかえらんばかりにいるのにしらばっくれんな!」
「うるせぇなぁ。減るもんじゃねぇだろう」
「黙れ! 変態が!」
 耳に刺さる怒号。まったく、人を変態呼ばわりするもんじゃないよ。たかだか胸揉んだくらいで。あー、やだね。やっぱり面倒くせぇ。
「ひとみ泣いてたし! どうすんの!」
「ん? しらねぇよ」
「ひどすぎるでしょ! 土下座しなさいよ!」
「あのなぁ、男は簡単に頭下げるもんじゃあねえんだ。それなりの理由がなけりゃ……」
「人の胸幾度となく揉みしだいてりゃ十分な理由になるでしょ! 会社だったらクビどころか裁判起こされてるわよ!」
 あーもう、ビックリマーク(本名、エクスクラメーションマーク)無しじゃしゃべれないのかよお前。マジでうるさいんだって。俺の鼓膜さんがもうギブなんだが。ファイティングポーズもう取れそうにないって言ってるんだが。
 マジで面倒になってきたので、しぶしぶ謝りに行く俺。まぁ、やめる気はないけどね。

 謝り終えて教室に戻ってくると、いつもつるんでるヤツがにやにやしていた。うわ、気持ち悪い。へらへらしながら話しかけてくる。
「いいなぁ、お前。学園一、二を争う美少女に殴られるたぁ。幼馴染の特権か?」
「うるせーよ。そんな権利があったらヤフオクで売ってるわ」
 生憎俺はマゾじゃない。相手が美少女だろうがゴリラだろうが殴られりゃ痛いもんは痛い。実際やってみりゃいい。文字通り痛感できるさ。

「ねぇ、なんであんなことするの?」
 下校途中、美紀が聞いてきた。
 勘違いしないで欲しいが、別にいつも一緒に帰ってるわけじゃない。今日みたいに何かやらかすたびこいつは教室まで襲ってきて、反省が足りないと見るや帰り道説教しに来るのだ。幼馴染だけに家も近い。くそ、面倒だ。
「何が? 触りてーから触ったそれだけだよ」
「最低! 犯罪者!」
「ん? なんだ? ああ、もしかしてお前、自分が貧相だからって僻んでる?」
「話をすり替えようとするんじゃない! それに貧相っていうな! こういうのが好きな人だってきっといるんだよ!」
 無い胸を押さえて顔を真っ赤にする。
「はいはい。いたところでどこぞのロリコンかぺド野郎か。どっちにしても犯罪的だな、ある意味」
「うるせぇ!」
 そしてまた俺は宙を舞った。あれ、……今回のは単なる暴力じゃねぇ? また俺が悪い? さいですか。
 アスファルトに大の字になった俺に対し、美紀は続ける。
「とにかく! もうあんなことしないでよ! 私だって暇じゃないんだから!」
「じゃあ来なきゃいーじゃん」
「あんたと幼馴染だからって来させられてるんでしょうが! もう誰もあんたに近寄りたがらないのよ!」
 どうやら毎度無理やり白羽の矢を突き刺されていたらしい。
「今度やるんならまず私のところに来なさい! ボコボコにしてあげるから!」
「は? 何でだよ。狙えるもんがあるならいいけど、貧相なお前にそんなのねー……」
 手の形が再びグーをなしてきたので、流石にやばいと判断する。二度もアスファルトの上に寝たくない。
「どうどうどう。……わかったよ。しばらくは止めてやる」
「偉そうな……」
 握りかけの手がほどかれる。どうにか鉄拳制裁は免れたようだ。とりあえず安堵する。このまま何もなけりゃあ今日のところは安泰だ。

「それじゃあ、約束だからね! もうしないでよ!」
 ドアを開けて家に入る前、振り返って美紀はそう言った。ふん、知ったことか。
「しばらく止めるって言っただけだ。もうしないとは言ってねぇ」
「なんだと!」
「はいはい、わかったからお子様は家に帰っとけ」
 俺は無理やり家に押し込み扉を閉めた。

「……お子様、ね」
 一人になったところで物思いにふけってみる。こういう時間は面倒には入らない。
 お子様はどっちだか。自分でもそう思う。見た目が幼く中身が大人。なんかどこかの名探偵みたいだが、その方が幾分かいい気がする。中身がお子様より。
 まだ幼い頃。昔っからイタズラばっかで幼稚だった俺にとって、唯一友達と呼べたのがあいつだった。他のやつらは俺がイタズラすると、もう近寄らなくなった。俺が何かして、それをあいつがいさめる。その構図は今でも全く変わっちゃいない。男同士では気の合うやつも出てきたけど、女は未だにどう接すればいいかわからない。
 滅茶苦茶面倒見のいいやつで、だからこそ今だってこうしていられる。けれど、いくらなんだって致命的に鈍感すぎる。
 何でこんなことをするのか、何で止めないのか。なんで女に嫌われるようにしているか。言えるはずがない。それは一緒に帰るために、美紀に他の女と仲良くしていると思われないために。
 あいつを狙わないんじゃなく狙えないんだと、きっと気づいてないだろう。

「クソッ!」
 言い表せないイライラを道端に転がっていた小石にぶつける。道にはねた小石は、ランダムにはねてどこかに消えた。こんな俺は女々しいんだろうか。
 ぼそりとつぶやく。誰にも聞こえはしないけれど。

 早く気づけよ、面倒くせぇ。
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