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第十七話「偽りの平穏」

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「なぁなぁ、夕凪さん。」
「ひゃい?」
「部活、どこにするか決めたか?」
「うみゅ~、まだ現在考え中なのですよっ。」
「そうか~。でさ、良かったらうちの部活にさ・・。」

昼食時。
教室の隅の方から、春日と夕凪さんの会話が聞こえる。
いや、聞くつもりはないし、聞きたくもないのだが。
いやはや、どうしても聞こえてしまうのである。
つか、「現在考え中なのですよっ。」ってどんな日本語だ。
腐女子め・・可愛いから許されているものの・・もしお前が可愛くさえなければッ!

「ぬふふふ・・。」
「・・朽木君、随分嬉しそうだけど・・。」
「当たり前だすよ、和泉君。」
「・・何が?」

まぁ、朽木の言わんとしている事は大方予想は着くが。

「夕凪さん、も、もんのすごく萌えるだすよ・・。」
「あぁ、うん。そんな事だと思ったよ。」

少しは予想を裏切ってくれ、朽木弥生。
毎回心の中で突っ込むのも、流石にそろそろ疲れてきたんだ。
そのうち声に出すからな?
覚悟していろ、朽木弥生。

「も、もしもだすよ・・」
「もしも何?」
「春日君は、夕凪さんを部活に勧誘しようとしているみたいだすが・・。」
「あぁ、うん。まぁそんなとこだろうね。」
「い、和泉君、何を冷静に答えているだすか!もし夕凪さんが入部したら、天国だすよ!!」
「・・どこがどう天国なんだよ。」

僕が聞くと、朽木は椅子から立ち上がり、弁当箱に箸を置いた。
というか春日が夕凪さんと話しているせいで、コイツと二人で昼食を取らなければならない事が苦痛で仕方無い。
春日カムバック。

「いいだすか!?よくよく考えるだす!
 美少女、ロリ、声優声、巨乳、ニーソックス、腐女子!!
 腐女子だけあり、オタクを馬鹿にしないあの純粋な性格ッ!
 止めはアニソンを口ずさむあの仕草ッッ!!これ以上の完璧な女性がこの世に存在するだすか!?」

朽木、熱狂。

「へぇ、そうなんだ。いや、もっと良い女性もすっごく沢山居ると思うよ。」
「い、和泉君は無関心過ぎるだすよ!だいたい、いつも可愛いオニャノコ達に囲まれながら贅沢だす!」
「意味わかんないよ、つかオニャノコとか言うな。」

朽木と僕との馬鹿なやり取り。
正直疲れるのだが、これも新都町では日常なのだ。
もう今更、平穏の日々が戻るとも思えない。
いや、むしろこれが新都町では平穏なのかもしれない。
訳の分からない命がけの体育祭なんかよりは、ずっと良いから。

「そもそも、和泉君は文句が多いだす!
 ロリ属性と巨乳属性を合わせ持つ美少女がタイプだったはずでは!?
 なら夕凪さんはストライクなのでは!?腐女子だからアウトなのだすか!?どうなんだすかッ!?」
「黙れ。」

僕はそれだけ言うと、熱狂中の朽木を放置して春日の元へと向かう。
このまま春日を放置しておけば、本当に押されて夕凪さんは探検部に入部してしまいそうだ。
それは何としても避けたい。

「春日。」
「ん、おお~、和泉。今さ、夕凪さんを探検部に勧誘してるとこなんだ~。」
「そんなの分かってるよ、だから来たんだ。」

夕凪さんは幸せそうに昼食を取っている。
いやぁ、この人はいつも幸せそうで良いなぁ。
きっと悩みなんてこれっぽっちも無いんだろうなぁ、羨ましい。

「夕凪さん。」
「ひゃい?」

こいつは話し方教室にでも是非通って欲しいものだ。

「・・あぁ、いや。何か春日に勧誘されてるみたいだけど、無理に入ったりしなくて良いからね。」
「はぅ~、新斗さんは私を心配して下さるんですねっ?」
「え・・まぁ、そんなとこかな・・はは・・。」
「新斗さんはとっても優しい人ですねっ!とっても素敵ですよぅ~。」

何だかコイツと話していると、殴りたくて堪らなくなるのだが。
もういっそ、殴ってしまっても良いんじゃないだろうか。

「おいおい、和泉。にっくいね~、この野郎。」
「・・は?何が?」
「こ~んな可愛い夕凪さんに、素敵なんて言われちゃってさ!」

笑いながら僕を茶化す春日。
こんなにも人をウザイと思ったのは、生まれて初めてだ。

「素敵ですね~、和泉。ははは・・・ごふっ!」

僕の渾身のグーパンチは春日の腹部へとクリティカルヒットした。
そのまま、春日は地面にうな垂れ意識を失ったようだ。

「はにゃっ!か、春日さんっ!?」
「あぁ、夕凪さん。春日は放っておいて良いから、話の続きを。」
「え・・あ・・ひゃい・・。」
「あのね、夕凪さんは知らないと思うけど、探検部って実はすっごい危険な部活なんだよ?
 暗くて深い山を探検したり、深夜の学校を探検したり・・。
 挙句の果てには、変質者に遭遇しちゃったりしてもう大変なの!
 ほんっと、夕凪さんみたいに可愛くて大人しい女の子にはハード過ぎるって!ほんっと危険だから!
 入部とか、間違ってもしない方が良いよ?そりゃあもう、絶対にしない方が良いね!」
「うみゅ・・。」

入部を止める前に、その話し方を止めて欲しい気もするが。

「うみゅ~・・新斗さんは、探検部なんですよねっ?」
「まぁ、一応はね。」
「そんなに危険な部活なら、どうして退部しないのですかっ?」
「う・・それはあれだよ。僕ら男子には刺激的で楽しいというか、何というか・・。」
「・・どんな風に、楽しいんですかっ?」

何故だ、何故コイツはそんなに突っ込んでくるのだ。
まさか本当に探検部に興味があるのか?
とにかく、コイツが嫌がりそうな事を考えなければ。

「どんな風に楽しいか・・そうだな、しいて言えば男の友情だね。」
「お・・男の友情でありますかっ?」
「そう、そうだよ。
 山を越えれば、崖から足を踏み外した部員を助け!
 深夜の学校では、友と勇気を振り絞り探検する!
 まさに男と男の、汗と涙の青春を感じるね、僕は!特に汗ね、汗だよ汗。汗ね!」

今日の僕、よく喋る。
だがまぁ、ここまでお嬢様っぽい夕凪さんのことだ。
これだけ男臭さを強調すれば、入部は流石に考え直すだろう。
実際、女子部員は居ないのだから・・。

「はにゃ~・・。」

何やら考え込んでいる様子だが、この様子ならば今回は僕の勝ちだろう。
諦めて、漫研でもアニメ研でも好きなところへ行って欲しい。

「素敵です・・。」

一瞬、その言葉を捉えることが出来なかった。
思わず僕は聞き返してしまったのだ。

「え、何て?」
「・・です・・素敵です・・とっても素敵ですよぅ!」

夕凪さんは瞳をキラキラさせながら、ものすごく嬉しそうな表情で僕に詰め寄る。
顔が近い。

「素敵過ぎますよぅ!新斗さんっ!」
「はぁ!?何が素敵なの!?」
「男同士の友情ですよぅ!まさか本当にそのような友情が存在していたなんて、思いもしませんでしたよぅ!」

いや、実際無いからね。

「汗を流しながら、友と助け合いながら探検をする・・。まさに、男と男の青春ですよぅ、新斗さんっ!」
「いや、ちょ・・。そんな良いもんじゃなくてさ、つかちょっと落ち着いて!」
「落ち着いてなんて居られませんよぅ!こんなに素敵な事があったなんて!!
 男子高校生が山を探検していて、遭難してしまう・・。
 高校生らは、一緒に力を合わせて脱出を試みるが、失敗・・。
 渋々と救助が来るのを、山中にある洞窟で待つことになる・・でもでもしかしっ!
 若さゆえの過ちか、男子高校生らはお互いを意識し、やがて遭難しているという恐怖感から、お互いを慰めあう・・。
 そして、男子高校生らは、ついに禁断の愛の世界へ・・アハァッ!」

・・そうだった、こいつは腐女子だったんだ。
腐女子に今の話は滑降のネタだったに違い無い・・。

「新斗さんっ!」
「・・あ~?何?」
「うみゅ~、どうしてそんなにダルそうなんですかぁっ!」
「どうして・・っていや空気読めよ!空気嫁!ダッチワイフッ!!」
「はぅ~・・そんなの読めませんよぅ・・。」
「で、何だよ?」

目の前の腐女子は、可愛くその場でクルッと一回転して、僕に微笑んだ。

「新斗さん、私決めましたよっ!探検部に入部しますっ!」
「何でやねんッ!!何で入部すんねんッ!!」
「・・ひゃい、それにはちゃんと理由がありますっ!」
「言ってみろよ!ちゃんと理由あんだろ?だったら言ってみろよ!この僕を納得させてみろよ!?あぁ!?できんのかよ!?」

腐女子は一度瞳を閉じると、もっのすごくキラキラ輝く瞳で僕を見つめる。
そして、口を開いた。


「すっごく素敵な・・ショタ漫画が描けそうだからですっ!」


・・何?


「・・え?ごめん、聞こえなかったや、ぱーどぅん?」
「うみゅ~、ちゃんと聞いて下さいよぅ・・。」
「ごめんごめん、で、ぱーどぅん?」
「はい、すっごく素敵なショタ漫画が描けそうだからですよぅ!」
「ショタ漫画・・え?え?」
「はいっ!新斗さんと、春日さんをモデルに、ネットリ濃厚なのを書こうと思いますっ!テヘッ!」


あれ?おかしいな。
何だか目の前が暗くなる・・。
あぁ、そっか、僕はこれから気絶するんだ。
どうしてだろう、どうして神様は僕に微笑んではくれないのだろう?
あぁ・・何かもう本気で死にたいよ・・。
父さん母さん、僕が死んだら、葬式は都会でやってくれるかい?
新都町の皆は、絶対呼ばないで・・。

「ぐふっ。」
「きゃあああ!新斗さん、大丈夫ですかぁっ!?」

今度こそ、本当にさようなら、僕の平穏。
二千六年、秋の日。
僕の新都町での生活は、さらに悪化していった。
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