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第二十話「悪夢のバレンタイン」

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突然だが、僕は甘い物が苦手だ。
食べ物だけじゃなく、甘い飲み物など、とにかく甘い物全般が駄目だ。
わざわざ自分から進んで食べようとはまず思わないし、出来る事なら人に進められても食べたくない。
コーヒーはもちろんブラックだし、紅茶も無糖で飲むのが習慣だ。
そんな僕にとっては、悪夢でしかない行事が存在する。

それは二月十四日、バレンタインデーである。

女の子が好きな男の子にチョコをプレゼントする、なんて馬鹿げた日だ。
一体どこの馬鹿がこんな事を始めたのかは知らないが、甘い物が苦手な男にとっては迷惑極まりない事だろう。
しかも普段は別にモテない僕なのに、どうやら当たり障りの無いキャラクターとして皆に認識されているのだろうか。
生まれてこの方、何故か毎年義理チョコを頂いているのが現状だ。
まぁ、貰ったチョコを食べなければ済む話でもある。
僕は決して優しくはないので、当然貰ったチョコをゴミ箱へと直行させていた事もある。
だがチョコを渡してくる女の子の中には、その場で食べて!なんて馬鹿な事を言ってくる奴も居るのだ。
チョコレートなんて甘ったるい物を食べさせられた日には、もう本当にごめんなさいとしか言えなくなる。
あのふんわりと溶けていく感じ、口全体に広がる気だるい甘さ。
想像しただけで全身に鳥肌が立つぐらいだ。
もしかしたら、僕はチョコレートアレルギーなのだろうか。
いや、流石にそれは無いか。
とにかく、甘い物嫌いの僕にバレンタインは悪夢以外の何物でも無いと言うことだ。
僕が長々とこんな事を話しているのだから、皆気づいているとは思うが、何を隠そう今日はバレンタインデーなのだ。
全然隠せていないという突っ込みは、華麗にスルーさせてもらおう。
今朝カレンダーを見た時には、一瞬本気で学校を休もうかとも思った。
だって、どうせ神無さんや夕凪さんが挨拶代わりにチョコを僕にくれるだろうよ。
別に自分に自信がある訳じゃないけど、今後の展開が読めてしまうのは、やはり僕が主人公だからだ。

「おはよう、和泉!今日は清清しいなぁ!」

いつもより三倍ぐらい元気な春日に掴まった。
学校へ行けば嫌でも顔を合わせなければならないのに、登校中に遭遇してしまうとはツイてない。
どうせこいつの事だから、バレンタインに期待しているんだろう。
どっちが多く貰えるか勝負しよう、とか言ってきそうで本当に嫌だ。

「おはよう、今日も元気だね。」
「おうよ!春日翼の九割は元気で出来てるからな!」
「そうなんだ。」

あえて残りの一割が何なのかを聞かないのは、賢い大人の対応ではないだろうか。
転校して来たばかりの僕だったら、反射的に残りの一割が何なのかを聞いていたかもしれない。
あぁ、僕も成長したみたいだ。

「ところで、今日が何の日か当然わかってるよな??」
「女子高生とお菓子屋の陰謀の日だね。」
「けっ、素直にバレンタインって言えば良いのによ!」
「どうでも良いんだよ、そんなの。」

適当に会話を終わらせて学校へ向かおうとする。
だが、春日がそんな事を許してくれる訳が無い。

「なぁなぁ、お前は誰からのチョコを待ってるんだ?」
「誰からのチョコも待ってないよ。」
「嘘付けよ~!神無か?桜井か?」
「いや、だから本当にそういうの気にしてないから。って言うか何で明の名前が出てくるんだよ?」

僕がそう言うと、春日は得意げに鼻をフフンと鳴らし、不気味に微笑んだ。

「聞いたぜ~、クリスマスの日良い感じだったらしいじゃないか~!」
「は!?誰がそんな事言ったんだよ!?」

自分で言ってから気づいたのだが、あの日の事は僕と明以外は知らない。
いや、別に良い雰囲気だった訳じゃ無いんだけどね。
端から見たらそういう風に見えてしまう、という事もあるのだろう。

「桜井から聞いたんだよ、和泉君が雪の中背負って送ってくれたって言ってたぜ。」
「・・それは本当の事だけど、別にそれは良い雰囲気とかじゃないから。」
「何言ってんだよ~!誰がどう見ても良い雰囲気だろ!」
「それは春日がそう感じるだけでしょ、だったら明に聞いてみれば?ただ送っただけだって言うと思うよ。」
「・・ふふ、それはどうかな?」
「何だよ、気持ち悪いな。」
「ま、クリスマスの話はどうでも良いんだがな。」
「だったら言わないでくれよ。」
「へへ、まぁ、今日は一日楽しくなりそうだよな~!」
「何だそれ・・。」

寒空の下、こうして朝から春日との馬鹿なやり取りをしながら学園へと向かった。

「にゃは~!新斗さん、春日さん、おはようございますぅ~!」

教室のドアを開けたすぐそこに居たのは、夕凪女衣、改め腐女子だった。
その手に握られた箱が、とても不吉を届けてくれそうな気がする。

「・・おはよう、夕凪さん。」
「おはよ~!何だぁ、夕凪さん。まさか俺と新斗にチョコくれようって感じか!?」

春日、催促するのは見っとも無いよ。

「はい~!そのまさかなのですよっ!いつもお世話になってるお二人に感謝の気持ちを込めてですぅ~!」

普通の男の子なら喜ぶべきシーンなんだろうなぁ。
何だか僕は男として、非常に損をしている気がしてならない。

「・・ありがと、夕凪さん。」
「ひゃっほ~い!まずは一つ目ゲットだぜぇ!」

ものすごく嬉しそうに、貰ったチョコを天に掲げる春日翼。
きっと春日は何個貰えるか、とかいろいろ楽しみに学校に来たんだろう。
全く、本当に全てをエンジョイできる奴だ。
・・いや、僕が全てをエンジョイ出来ないだけかもしれないが。

「良かったら開けて下さい~!自信作なんですよぅ!」
「まじで?手作りなの!?やったぜ!和泉、開けてみようぜ!」
「・・いや、僕は家に帰ってからで。」
「馬鹿、夕凪さんが開けてって言ってんのに失礼だろ!」
「・・わかったよ、開ければ良いんだろ・・。」

あぁ、まさかの恐れていたパターンが早速。
ここで開けたが最後、どうせ食べてみて下さいと言うに決まっている。
適当に一切れ食べて、この流れを終わらせよう。

「お~!すっげぇ美味そうじゃんか!」

隣で喜ぶ春日を尻目に、僕は驚愕していた。
箱の中には手作りと思われるホワイトチョコが入っていた。
いや、もうね、僕にはホワイトってだけで普通のチョコより凶悪な訳ですよ。
それなのに、さらに大きいハートマークの塊が一つってどういう事ですか?
これを今、ここでかじれと?
小さいのを一切れ食べて逃げようと言う作戦は、早くも音を経てて崩れた訳だ。

「・・お、美味しそうだね・・。」
「そうですか~??そう言って頂けると嬉しいのですよ~!ささっ、遠慮せずに食べちゃって下さいっ!」
「・・うん。」

僕がチラっと教室の端に目をやると、そこには涙を流しながら嬉しそうにチョコを頬張る朽木の姿があった。
そうか、きっと彼は夕凪さんに貰ったチョコが嬉しすぎて泣いているんだろうな。
こっちはチョコを食べるのが嫌で泣きそうだと言うのに、世の中不公平にも程がある。

「おおっ、こりゃあ美味い!和泉、お前も食ってみろよ!」
「うん、そうだね、そうだよね。」

もはや逃げ場は無い。
僕は勇気を振り絞り、大きなハート型の白い悪魔を手に取るとそのまま口へと放りこんだ。
その瞬間、口の中に広がる甘い香り。
一噛みするごとに、ネチョっとする不気味な歯ごたえと舌に伝わる甘い味。

「新斗さん、どうですかぁ?おいしいですかっ?」
「・・う、うん。と、とっても美味しいよ~。」
「本当ですか!?良かった~っ!嬉しいですっ!」
「ぼ、ぼぼぼ僕の方こそ、こんな美味しいチョコ貰えて嬉しいよ。」
「あ、一杯作って来たんでどんどん食べてくださいねっ!」

そう言うとあろうことか腐女子は鞄から大量の包みを取り出した。
きっとあの中には、同じようなホワイトチョコが大量に包まれていることだろう。
食えるかよ、馬鹿。

「す、すっごく沢山あるんだね!美味しそうだね!」
「はい、一杯食べてくださいねっ!」
「ちょ、ちょちょちょっととりあえずトイレ行きたいから、ま、また後でね!!」

それだけ言い残すと身の危険を察知した僕は、男子トイレへと直行した。


「ゴハァッ!」

トイレの水道におもいっきりホワイトチョコをぶちまけた。
よくもまぁ、トイレまで我慢できたものである。
朝っぱらから強制的に食べさせられたホワイトチョコの威力は、思っていたより強大だった。

「・・駄目だ、このまま学校に居たらまたこんな事が起こりうる!」

そう感じた僕は、夕凪さんに少々申し訳無いとは思いながらも帰宅する事にした。
出席率?そんなの気にしてる場合じゃないのだ。
全く、何が悲しくて登校直後に自宅へと引き返さなければならないのか。
少々気は引けるが、早退を決意して下駄箱へと向かった。

「あ、和泉君!どうしたんですか?」

下駄箱に居たのは、何故か遅刻して登校してきた神無さんだった。
どうして毎日真面目に登校しているのに、こういう時に限って遅刻して来るんだ?

「・・い、いや。少し体調が良くないから早退しようと思って。」
「だ、大丈夫ですか?風邪とか流行ってるみたいだから、気をつけて下さいね?」
「あぁ、うん。どうもありがとう。」
「あ、それと・・。」
「・・何かな?」

もはや神無さんが鞄に手を入れた時点で、今後の展開は予想できた。

「はい、こ、これ・・。」
「・・チョコ・・だよね?」
「はい、今日バレンタインじゃないですか・・。」
「・・うん、バレンタインだね。」
「だからこれ・・和泉君に渡そうと思って作って来たんですよ・・。」

恥ずかしそうに少し俯きながらチョコを差し出す神無さん。
いや、可愛いよ?嬉しいよ?
でも、それがチョコというだけで、僕は素直に喜べなくなるのである。

「・・も、もし迷惑じゃなかったら、受け取って貰えますか・・?」
「いやいや、全然迷惑なんかじゃないから!貰うよ、貰う貰う!」

僕は慌てながらも、神無さんに差し出されたピンク色の箱を受け取った。
何だか箱を開けてもいないのに、甘い香りがするのは気のせいだろうか?

「チョコ作るの初めてだったんで、上手に出来てるかわかりませんけど・・。」
「ううん、気持ちだけでも嬉しいんだから。帰ったらゆっくり食べるね。」
「は、はい!」

嬉しそうにしている神無さんに別れを告げると、僕は学園を後にした。
というか、初めて作った手作りチョコなんて大それた物を貰ってしまうなんて・・。
流石にコイツは、ゴミ箱にプレゼントする訳にいきそうもない・・。

「はぁ・・。どうするかな・・。」

ため息を付きながら、冷たい風が吹き抜ける田んぼ道を歩く。
ふと腕時計を見ると、時間はまだ午前九時を回ったばかり。
こんな時間に家に帰れば、きっと両親がいろいろと五月蝿いだろう。
すっかり影の薄い僕の両親だが、母は実は教育ママだったりするので、学校をサボるなんてとんでもないのだ。

「仕方ない、学校が終わる時間までどこかで時間を潰すか・・。」

僕は時間を潰すため、駅前のちょっとした商店街へと足を運んだ。
小さなスーパー、お年寄りが経営する本屋、数年前の格闘ゲームが置かれたゲームセンター。
今思えば、新都町に来てもう半年以上も経つというのに、じっくり町を回ることなんてなかった。
折角なので、駅に置かれている町の地図を見て、行ったことの無い場所なんかを回った。
町の中央にある自然公園や、サイクリングロードなど。
僕の知らない場所は、まだまだ沢山あったのだ。

「・・久しぶりに探検部らしいことしてるや。」

なんて呟きながら、僕の一人探検は日が暮れるまで続いた。

一人探検が楽しくなり、時間が経つのを忘れた僕が帰宅したのは、午後八時を回っていた。
学校が終わる時間まで暇つぶしをしようと思ったのに、すっかり遅くなってしまったものである。
寒さに手を擦りながら自宅に入ろうとすると、門の前に人影があることに気づいた。

「・・明?」

僕が声を掛けると、門にもたれ掛かっていた少女はこっちを向いて、声を上げた。

「遅いわよ!何やってるのよ!」
「・・え?」
「今まで何してたのって聞いてるの!」

何が何だかわからない。
何故か僕の家の前に居た桜井明は、訳もわからぬまま僕を怒鳴る。

「えーっと・・町を探検してたかな・・。」
「・・町を探検?」
「うん、まぁぶっちゃげ散歩・・なんだけど。」
「学校を早退して一日散歩なんて良い身分ね・・。」

あぁ、そう言えば僕は学校を早退したんだった。

「たまには良いだろ、僕だって息抜きぐらいしたくなるさ。」
「あっそ、まぁ良いけどね。」
「・・明は何でこんな所に居るんだよ?」
「何でって・・、あんたを待ってたに決まってるでしょ!?」
「いや、何で怒ってるんだよ・・。」

今にも平手打ちでも飛んできそうな剣幕だ。
一体どうしてこんなに怒っていらっしゃるのか、誰か教えて下さい。

「こんな寒い中、何時間待ったと思ってるの?風邪引いたら責任取ってくれるわけ?」
「・・いや、責任は取れないけど・・。」
「でしょうね、あんたなんかが責任なんて取れるわけないもんね。」
「・・それで、用は何だよ?寒いから早く家に入りたいんだけど?」

僕がそう言うと、明はため息を付きながら、僕に小さな箱を差し出して来た。
オレンジ色の小さな箱に、ピンクのリボンが飾り付けられた可愛い箱だ。

「・・これ、何?」
「・・チョコよ。他に何かあると思う?」
「チョコって・・バレンタインの?」
「そ、そうよ。」

驚いた。
神無さんと夕凪さんはともかくだ。
まさか明からチョコを、しかもこんなに可愛い箱のチョコを貰うなんて。
明日は雨、いや嵐なのか?

「どうして僕なんかにチョコを・・?」
「どうしてって言われても困るんだけどね・・。」

明は少し俯きながら、靴の先で地面をトントンと叩く。
ガラにも無く恥ずかしがっているのだろうか?
恥ずかしいなら渡さなけりゃ良いだけなのに。

「も、もちろん義理よ!?ほ、本命とかじゃないわよ!?」
「はは、そんなに怒鳴らなくてもわかってるよ。」
「・・この間のお礼ってことにしといてよ。」
「この間のお礼って何?」

お礼をされるような事をした覚えは、全くと言って良い程無いのだが。
僕は気づかない間に、人に感謝をされるような立派な人間なのだろうか?
ありえないよな。

「・・クリスマス。」
「うん?」
「ク、クリスマスの日に酔ったあたしを背負って帰ってくれたお礼なの!」
「ず、随分前のお礼なんだね・・。」
「べ、別にどうだって良いでしょ!?チョコ渡したいから無理矢理お礼にしてるとかじゃないんだからね!?」
「あーはいはい、わかったから。」

恥ずかしそうに顔を赤らめる明を見て、素直じゃないな、と心底思った。
本当は可愛い普通の女の子なのかもしれない。
ただ、普段は照れ隠しでツンツンしているだけなのかもしれない。
こんな事を思うなんて僕らしくないけど、何だかこの時は、素直に明を可愛い女の子と思ってしまった。

「ねぇ、明。」
「な、何よ!?文句ある!?いらないなら捨てれば良いんだからっ!」
「ありがとう。」

僕がそう言うと、明はキョトンした顔のまま動かなくなった。
そしてしばらくして我に帰ったのか、ツンとした表情で僕に言った。

「べ、別にあんたに喜んで貰おうと思って渡した訳じゃないんだからね!」
「あぁそう、わかったよ。」
「じゃ、じゃああたしは帰るけど・・どうせならちゃんと食べなさいよね!」
「うん、わかってるよ。」

毎年悪夢でしかないバレンタインだったけど、今年は少し違った。
生まれて初めて、チョコを貰う事が嬉しいと思えたんだ。
どういう理由かは、自分でもわからないけれど。

「バレンタインね・・悪いもんじゃないのかもな。」

何て一瞬思いもしたが、やっぱりチョコレートを食べると悪夢でしかなかったのは言うまでも無いだろう。
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