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「Epilogue」

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僕が新都町を後にしてから、早くも一ヶ月の月日が流れた。
新都町での日常離れした暮らしに適応していたせいか、アメリカでの生活に馴染むのにそう時間は掛からなかった。
英語も随分話せるようになったし、友達も出来たし、成績もそれなりに順調だった。
僕は、もうすっかりこっちでの忙しない日常に飲み込まれていた。
朝、時間ギリギリに起き、人ごみの街中を走る。
息を切らしながら満員のバスに駆け込み、バスの中で教科書を読む。
テストを直前に控えているため、朝の通学時間を利用しない手は無いからだ。
学校に到着すると、適当に授業を受け、放課後のチャイムが鳴るとすぐに帰宅する。
クラスメイト達と街へ繰り出したり、時には真っ直ぐ家に帰ってゲームをしたり、勉強したり。

実に平凡で、実にくだらない日常生活を送っていた。

新都町では想像もつかなかった平凡な日常だ。
新都町で暮らして居た時、どんなにこの生活を望んでいた事か。

でも、実際手に入れた理想だったはずの生活は、退屈以外の何でもなかった。

「ただいま。」

放課後真っ直ぐに帰宅した僕は、母と会話を交わすことも無く自室へと駆け上がる。
そして鞄を投げ捨てると、制服のままベッドへと倒れこんだ。

窓の外から聞こえるのは、騒がしく車が行きかう音だけだ。
あの頃聞きなれていた虫の鳴き声も、鳥の囀りも、ここには無い。

「・・退屈だな。」

変人達に揉まれた生活が続いていたため、平凡な生活は刺激不足にしか感じなかった。
だってこの街には、僕を連れまわそうとする探検部の男も、猫を抱えながら俯き加減で話す美少女も居ない。
汗を撒き散らしながら、駆け寄ってくるオタク男も居なければ、顔だけ可愛い爆乳の腐女子も居やしないのだ。

そして、ツンデレ暴力女も───。

「はぁ・・。」

思わず溜息を漏らしていた。
考えないようにしているのに、あいつが頭から離れなかった。
最強のツンデレ、桜井明の存在が。

結局、明とはあの電話以来音沙汰無しだ。
僕がアメリカに来てしまったのだから、仕方無いと言えば仕方無い。
そうは言っても、仲直りできないままお別れをしてしまったのは、やはり心残りになっていた。

僕は別に、明の事は好きな訳ではなかった。
でも、本当に大切な友達だと思っていた。
明が僕の事を好きだったという事実を聞いても、その気持ちに変化があった訳ではない。
アメリカへ来る前は、何だか開き直ってどうでも良いなんて思ってしまって居たけれど。

やっぱり、またいつか皆と笑える日が来るのを夢見てしまう。

半年後、帰国の際にはまた新都町に帰れるだろうか?
もし帰れたのなら、あいつらと楽しく過ごすことは出来るだろうか?
幾ら考えても、答えが出ないのは分かっている。
それでも、僕は毎日こんな事を考えながら退屈な日々を送っていた。


そんな生活が続いたある日の朝。


いつもの様に遅刻ギリギリのバスから飛び降り、教室へと滑り込んだ。
またくだらない日常が何気なく始まるはずだった。
だが、この日は違っていたのだ。

普段はすぐにホームルームが始まるのだが、今日は担任から連絡事項があるとの事だ。
いやはや、実に珍しい事だ。

「今日は皆にビッグでグレイトなニュースがあるぞ。」

担任教師アレクサンドロス・マッケンロー(50)独身は言った。
あぁ、先に言っておくが、これは当然英語で話している。
これを読んでいる皆に分かりやすい様に、僕が翻訳しているという事をしっかり理解しておいて欲しい。

いや、しかしビッグでグレイトなニュースとは何事だろうか。
日常生活に退屈していた僕は、内心少しワクワクしていた。

「何と、今日から皆の仲間になる生徒がやって来たぞー!」

マッケンロー先生は随分楽しそうにしている。
どうやら、転校生が来たとの事らしい。
実にくだらない。
転校生なんてそんなに明るいニュースでも無かろうに。
いやしかし、まだ五月の初めなのに、こんな中途半端な時期に転校して来る奴が居るとは。
世の中色んな人間が居るようだ。

「じゃあ、紹介するぞ!皆、拍手で迎えるようになー!」

マッケンロー先生がそう言うと、教室は一瞬で拍手に包まれた。
たかが転校生ぐらいでこんなに騒ぐなんて。
アメリカの高校生はまだまだお子様みたいだな。

一人クールぶっていると、教室のドアが勢いよく開いた。


湧き上がる歓声の中、一人の少女が姿を現した。


「じゃあ、皆に自己紹介してくれるかな?」


そして、僕はその姿を見て驚愕した。


そこには、ここに居るはずの無い少女の姿があった───。


「皆さん、初めまして。
 日本から来ました、桜井明です。
 えーっと、よろしくお願いします。」


え?


「えええぇぇぇぇ!?」

思わず叫んだ。
どうして明がここに居るんだ!?

「どうした、イズミ?知り合いか?」

知り合いだ。
大いに知り合いだ。
あの新都学園広報部の桜井明じゃないか。

「っ・・。」

あまりの出来事に驚きすぎて、僕は口をパクパクさせながら突っ立っていた。
すると、明は冷静な表情のまま、自然に僕へと歩み寄って来た。
そして僕の席の前に立つと、机に手を置き、口を開いた。

「あのね、和泉君。」

「あ・・明?ほ、本当に明・・?」

「あたし、考えてみたの。」

「・・いや、明なの?」

「うるさいわね!黙って話を聞きなさいよ!」

人の質問に答えない。
そして意味不明なタイミングで突然怒り出す。
これは、間違い無く桜井明本人だ。

「和泉君が居なくなってから、ずーっと心の奥に引っかかる事があったの。」

「は・・うん。」

「それでね、この一ヶ月間、ずーっとそれが何なのか考えてたの。」

「・・。」

「でね、でね!遂に思い出したのよ~!」

「え・・な、何?」

緊張の一瞬。
一体何を思い出したのか、聞きたい様な聞きたくない様な。


「あたし、和泉君が童貞かどうか、まだ答え聞いてなかったのよ!!」

「はぁ!?」

それかよ!
最後の最後にそれなのかよ!!

「だって、思い出してみて?あたし、新都学園の童貞率を調査してる途中だったじゃない?
 その答えが出てないのに、アメリカに行かれたんじゃあ、広報部の名が廃るってもんよ!
 新聞書かなきゃいけないんだからね!」

「そうなのか?そう言うもんなのか?」

「そうなのよ!そう言うもんなのよ!」

あぁ、神様。
刺激が欲しいなんて思ってすいませんでしたごめんなさい。
いきなりこんな超展開は刺激的すぎますよ?
はっきり言って、ありがた迷惑です。

「だからね、あたしここに住むから。」

「は!?」

「だ~か~ら~!ここに住むって言ってるの!!」

そんなに笑顔で宣言されても困るのだが。

「いや、急に住むって・・。学園は!?家は!?家族は!?」

「ご心配無く。学園には手続き取ったし、家はホームステイ、家族もちゃんと了解済みよ。」

ふふん、と得意げに気取ってみせる明。
いや、こんなホームステイを許可するんなんてどんな親なんだ。
この子にして、この親あり、という様な感じなのだろうか・・?

「さ、じゃあ早速アメリカの街を案内して貰おうかしら?」

そう言うと僕の腕を掴み、強引に外へ連れ出そうとする。

「は!?何言ってるんだよ、これから授業だろ!」

「授業?ここはアメリカよ?」

「だから何だよ!?」

滅茶苦茶だ。
あぁ、僕の平穏の日々が音も無く崩れていく。

「良いから行くわよ!あたし、自由の女神が見たいのよ~!」

「それはニューヨークだ!ここはサンフランシスコだよ!!」

「何それ?おいしいの?」

「せ、先生!マッケンロー先生!助けて下さい!僕には試験が待ってるんです!!」

最後の願いを込めて、マッケンロー先生に助けを求める。

「イズミ、サクライは早退だな!先生はグレイトだから許しちゃうぞ~!」

「ちょ、先生!!何がグレイトだよ!ふざけんなよ!」

「はいはい、先生のお許しも出たことだし、さっさと行くわよ!!」

勘弁してくれ!
つい数分前までの平凡な日常はどこえ消えてしまったのか!?

必死の抵抗も空しく、強引に学校外へと連れ出されてしまった。
流石桜井明、恐るべし。

「おい・・!急に転校して来て何だよこの流れは!?」

「固いこと言わなくて良いじゃない?一ヶ月ぶりの再会なのよ?」

「・・う。」

そう言われれば、そうだった。
あまりに自然すぎる流れですっかり忘れていたが、こいつとは喧嘩した以来全く音沙汰無しだったのだ。
僕の見送りにも来てくれなかったし。
まぁ、神無さんの話を聞いた以上、明を攻めることも出来ないが。

「藍ちゃんがね。」

忙しなく車が通る大通り。
その騒音に掻き消されそうな小さな声で、明は言った。

「は?何?」

「藍ちゃんが、和泉君と仲直りして下さい、ってしつこくってね。」

「・・神無さんが?」

「そ、二人が喧嘩したのは私のせいですって。二人が仲悪いままなんて嫌ですって。」

「・・。」

僕はそんな事は思っていなかったけど。
でも、あの神無さんならそう自分を責めても仕方無い。
僕的には、どちらかと言えば春日のせいだと思うんだけども。
まぁ、今となってはそれもどうでも良い事なんだけど。

「あたしはどっちかと言うと、春日のせいだと思うんだけどね~!」

「あ、明も!?」

「うん、まぁ今となっては別に気にもしないけどね~!」

「あ、明も!?」

「・・ねぇ、和泉君。」

「・・ん?」

さっきまでのハイテンションな明とは一転、急に真剣な顔で僕を見つめた。
そして一瞬の沈黙が訪れた後、明は言った。


「ごめんね。」


何と。
謝った?
あのツンデレ暴力女の桜井明が、僕に謝ったのか?
これは明日は雨ぐらいじゃ済みそうにない。


「・・え。」

「はい!おしまい!これで仲直りしたからね!!」

「あ、明・・?」

「何?わざわざアメリカまで謝りに来たのよ!?これで許さないなんて言ったら承知しないからね!」

「あ、いや、全然怒ってないけど!って言うか、謝りに来たんだったの?」

「え?」

「僕が童貞か非童貞か、確かめに来たんじゃなかったの?」

「あ・・あ~!そ、そうよ!そっちが本命!仲直りはオマケだからね!」

何だか随分焦っている様だ。
そうか、わざわざホームステイなんてしてまで、僕と仲直りしに来てくれたのか。
いくら明でも、これはちょっと感激だよ・・。

「で!?あんた童貞なの!?非童貞なの!?あたし、広報部の新聞書かなくちゃなんないのよ~!
 自慢じゃ無いけどね、あたし、学園では真実を伝える報道者としてちょっと有名なんだからね!
 そのあたしに記事書いて貰えるのよ?だから早く教えなさい!」

「ふん、君が広報部でそんなに情報に自信を持って記事が書けるなら、僕本人に聞かずとも調べられるんじゃないの?」

「あ~、そう!だったら、あんたが童貞かどうかわかるまで、あんたから離れないんだからね!」

あれ、何だか前にもこんな流れがあったような気がするぞ。
気のせいだろうか?
いや、気のせいだと願いたいものだ。

「は!?離れないって何だよ!?」

「言葉のままよ!童貞かどうかわかるまで、ずっと付きまとって調査してやるわ!」

仲直り出来た事は素直に嬉しい。
だが、勘弁してくれ。
せっかくアメリカで手に入れた僕の平穏は一瞬で壊されてしまった。
・・あぁ、神様。
短い間だったけど、平穏をくれてありがとう。
と言うか、前言撤回をしたい。

やっぱり僕は、静かに暮らしたい・・。
田舎の変人なんて大ッ嫌いだ!!

「あ~もう、僕は童貞だ!
 これで良いか!?さっさと日本に帰ってくれ!!」

「ん?あはは、ホームステイ期間決まってるから、終わるまでは帰れないのよね~!」

な・・?

なぁ~・・!?

「何じゃそりゃああああ!!!!」

アメリカの広大な大地に響く僕の雄たけび。
僕が恥ずかしながらもチェリーボーイだと言う事実を暴露したと言うのに。
すっかり明のペースに乗せられている様だ。
だんだん腹が立って来たぞ。

「ねぇ~、和泉君!」

「何だよ!?」


そして、そんな僕の雄たけびを打ち砕くかの様に、明も叫んだ。


「これからも、ずっと友達だからね!」

「え・・。」

「え、じゃ無い!これからも、ずっと友達よ?」

「う、うん・・。」

思わず一瞬戸惑ってしまった。
まさかあの明から、こんな言葉で飛び出すなんて。
これはもう明日地球が終わっても、おかしくないぐらいだ。

「じゃあ、行きましょうか?」

「行くってどこへ・・?」

「言ったじゃない?あたし、自由の女神が見たいのよね~!」

おいおい、本気だったのかよ!
やはりアメリカに来ても、明の無茶苦茶な性格は相変わらずのようだ。

「さ、早く!!」

明は僕の手を握り、強引に歩き出した。
あぁ、これでまた今から日常離れした生活が始まってしまうのか。

ほんの一瞬だった平穏の日々に、心の中で別れを告げた。

「仕方無いな、今回だけ付き合ってやるよ!」

「さっすが和泉君!そう来なくっちゃね~!」


こうして、アメリカを舞台とした迷惑だが退屈しない日々は始まったのだ。
大切な仲間と、手を繋ぎながら──。
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