08.麻雀哀歌
「肺かい」
美味そうに煙を吐き出しながら、この場で唯一病人に興味を持った雨宮が問いかける。
何事もなかったかのように、局は南一局一本場へと歩を進めていた。
シマの肩越しに見えるシャガは、彼岸の住人のように気配が薄い。
まるで消えかかっている灯火のようだ。
ゆらゆらと儚い火が答える。
「ええ――二年ほど前から。原因なんて考えても仕方ないから覚えていませんわ」
「うん、それはいい心がけだと思うぜ。起こっちまったことは仕方ない――それで、あんた助からないのか」
「医者はそう言います。けれどどうかしら。生き延びるかもしれません」
「ふん、あんたにとっちゃ賭けも病も勝負事ってわけか」
くすくすとシャガは笑う。
三人の妖精たちは彼女などもういないかのように振舞っている。死人に用はない。
「そうですわね――げほっ」
ぴちゃり。さくみの目がさっと汚れた牌を追う。がめつい彼女らしい。シマと烈香の視線も遅れて場を一掃する。
シャガの短い髪はほつれ、艶を失い、蜘蛛の足のようになってしまっていた。
息は絶え絶え、今にも卓に突っ伏してしまいそうだ。視線の焦点がぼやけていく。
ただでさえ真っ赤な修道服に、点々と、黒い染みが滲んでいる。
雨宮はすっと立ち上がり、シャガの背後に回った。
いつものように何でもお見通しとばかりのシマの視線を睨みつけて跳ね返す。
ぽん、と衰弱した修道女の肩に手を置く。
耳元で、重たい風のように囁く。
「やめろとは言わない。でも、これ以上牌をさわるのは無理だ。あんたの代わりに、俺が牌をツモってやるよ――」
答えは静かな微笑みだった。
「その腕で? ヤマもろくに積めないでしょう」
「今のあんたよりかはいくらかマシさ。べつに悪戯なんかしないよ、善意で言っているんだ、本当に」
「そうかもしれませんわね――」
シャガのツモ番だった。みなが彼女を見ていた。
「ありがとう、雨宮さん」
それでも、とシャガは、手牌の両端に指を添えた。
「私が打ちますわ。だってこれが――」
死にゆくものだけが持つ万感の思いが、彼女の作った彼女の手牌に降り注いだ。
「私の最後の手かもしれませんもの」
雨宮は黙って瓦礫の椅子に座りなおし、
おもしろいメンツだな、と再び言っただけだった。
その局はリーチ合戦の末に、さくみがシマに振り込んだ。
リーチピンフドラ、六一〇〇点。
勢いよくツモ切られたその牌にシャガの血はついていなかった。
さくみが目元をぽっと赤く染め、シャガの上体が妖しく揺れる。
点棒を受け取るシマを見ながら、雨宮は思う。
血のついた牌を目印に、
かえって血のついていない牌の傷が際立ったのではないだろうか。
悪華は黙して語らない。
ただ咲くばかりである。