プロローグ
-plologue-
春という季節は、始まりを顕す言葉だ。
冬までなんてことのない街路樹は、桜という花が咲くことにより『通学路』となり。
必然、学生である僕には特別な意味を持つのにふさわしい季節だ。
我が日下部家の日常は、寝坊をしてポニーテールを必死に作る姉と、朝食を何秒で食べられるかなんて無意味極まりない挑戦をしてさっさと家を出た薄情な妹がいないと、まるで僕が普通に登校している学生のようだった。
しかし、これらの偶然は必然。
『普通の学生のようだ』ではなく、『普通の学生』になるために。
昨日は夜遅くに姉とゲームの相手をして寝坊させ、妹とは早起き勝負と題して早起きさせ。
兄弟一緒に登校なんて、ありふれた当たり前のとんでもない日常を引き起こさないために努力したわけだ。
桜の街路樹をの先に見える、今日からお世話になる学校。
一陣の風が吹いた。
暖かく、どこかで嗅いだことのあるようなちょっと黒いものを連想させる風の匂い。
……暖かいというより、ちょっと春にしては熱すぎるくらいの風に首をかしげ現実を直視する。
そこには、春のイタズラな風が女の子たちがスカートをめくってきゃー、なんて美味しい展開が広がっているわけもなく。
轟音とともに、また熱風が頬に届く。
そこには盛大に炎上する新しく学生生活を過ごす予定だった学校とその炎に巻き込まれないようにとする必死な顔の花の高校生たち。
空前絶後、阿鼻叫喚、地獄絵図な灼熱地獄が広がっていた。
グッバイ、エンジョイ学生ライフ!
僕は、人の流れに逆らって学校に向う。
これくらいなら、驚くことではない。
テロリストの爆撃に巻き込まれたとか客観的に見ればそんな規模だろうけれど、僕個人の価値観から見れば入学する前にちょっと学校を欠席しなければいけない事情が出来たくらいなものだ。
そう、そう考えればまだ日常の範囲内……な訳ないよなぁ。
何度か流れていく人に肩をぶつけながら、僕は学校の門に辿り着いた。
ごぉん、と年明けにしか耳にする機会のないような音が紅い校庭に響き渡った。
「やぁ、我が弟よ。遅かったじゃないか」
なんて、地獄の真ん中で涼しい顔をしてのたまいやがる、朝早くに姉兄を置いていった妹が見える。
その赤い髪は燃え盛る炎に照らされているだけでなく、染めてもいないのに薄い赤髪。
左右非対称のスポーツカットの髪は個人的な意見だがとってもさわやかに見える。
さわやかに見えるだけで、現実はそんなことはないと僕は固く心に言い聞かせる。
さて、非日常にはほぼ確実に日下部が絡んでいるのだ。
そしてその非日常に確実に巻き込まれるのが僕である、ああ僕も日下部の人間だった。
なのでここに妹、ランと僕がいることでこの地獄は驚くこともない当然の日常である、とても認めたくはないが。
「我が妹よ、そこでなにを?」
僕はドラム缶やら金属片が空から降ってくる危険極まりない悪夢の原因を尋ねる。
どんがらがっしゃん、なんてかわいい擬音にしてしまえばこれも日常の一こまに見える、そんな訳無いか。
「む、私はお姉さんだよ!」
話の腰を折ってはいけない、ああそうだねお姉さんだねと大人の対応を見せてさっさと状況説明をプリーズする。
「それがねぇ……」
珍しく言葉を濁す妹がいて、少し日常から外れたぞやったほんのり平凡くさい反応だなんて歓喜する僕。
「学校が宇宙人の攻撃されたみたいなんだよね」
あはは、と燃え盛る学校をみて呑気に淡々と何事も無いように今朝の非日常を告げるラン。
そして、とっても非日常くさい言葉を浴びせかけられさっきまでの喜びを返せよと喚起しつつ一喜一憂という言葉の辛さを身体に刻み僕の脳みそはようやく言葉を一つ搾り出した。
「また日常(これ)か」