梅雨が明けてしばらく経ち、太陽もそろそろ準備運動を終えたんじゃないかと思う今日この頃。
昼間の暑さが夜にまで残っていて少し寝苦しい夜に、また小さい頃の夢を見た。
夕陽が沈みかけている中、高い位置で髪を括っている、髪型だけで誰だか分かる女の子が両手で顔を覆って泣いている。
「どうして泣いてるの?」
小さな俺が喋りかけていた。
「泣いてるだけじゃ何も分からないよ」
高校生になった俺には違和感がある。
既視感がまるでない。それに俺の知っている幼馴染みはこんな泣き方をしない。
今はどうだか知らないが、記憶の中にある杏子は泣きながら自分の主張を言うような女だ。
夢なんてそんなもの、と切って捨てるには後味の悪い夢だった。
話は意外なところから出た。
「次の日曜日にこの近くの神社でお祭りがあるのですが、PC部で行きませんか?」
金城先輩が少し興奮気味に切り出す。
「部活の一環というのはちょっと無理ね」
パソコンから目を離して即答する部長。
先輩はそんな答えを聞いて肩を落としている。
「でも……、そうね、皆の都合がいいのなら四人で行きましょうか」
部長は予めこの提案を頭に浮かべていたみたいだ。パソコンに向かい直して少し肩を揺らしている。
「この近くの神社って事は、あの祭りだよな?」
部長の言葉に喜んでいる先輩へ顔を向けたまま、陽介が少し真面目に確認してきた。
「だろうな」
真意は伝わっているのでこちらも真面目に返す。
そのまま切って返すように、部長に質問を投げかける。
「部長はその祭りに行った事あります?」
「えぇ、何度か行ってるわね」
部長も先輩も電車通学なのだが、先輩ほど部長の家は遠くないので、友達と行った事があるらしい。
でも、問題は部長じゃない。
「……金城先輩は初めてですか?」
確認して行ったことがあれば儲けもの。
「もちろん初めてですわ」
「部の皆で行くんだけど、八代ちゃんもどう?」
口に物を詰めたまま、陽介が気軽に誘っている。
「あぁ、あの祭りですね。……ごめんなさい、友達と行く約束してるんです」
「それは残念……」
「まぁ同じ場所に行くなら、向こうで会う事もあるだろ」
心底残念そうな陽介をフォローしてみると、そうですね、と微笑んで答えてくれた。
「って事は、折笠も一緒?」
四人で飯を食う事もあるせいか、八代さんと折笠はどんどん仲良くなっているようだ。たまに二人で遊んでるみたいだし。
「はい、他にも何人か――」
これで頼みの綱は切れたな、陽介。
「先輩のフォロー……頑張れよ」
おそらく、陽介の考えはこうである。
出逢って少ししてから知ったんだけど、千華先輩はその口調や雰囲気から分かるように、本物のお嬢様だった。
そんなお嬢様の提案で行く事になった近所の神社の祭り。
行く事が決まった後、さも当然と言い放たれた、初めて、という言葉に、初めてディスプレイの中で処女を散らす女の子を見守った時にように固唾を飲んでしまった。
その神社の祭りはそれなりの規模で催される。
祭りが行われる神社は山中にあって、もちろん会場である境内も山中なのだから、それなりに長い階段を、それなりに疲れながら、それなりに登らなければならない。
行き着いたそれなりに広い境内が屋台や人でそれなり込むはずで、そこに四人で行くのだから誰かがそれなりに世話を焼かなければ逸れる事は必死。
そしてお嬢様に付き添うのは、騎士と相場が決まっている。
ナイト様は補佐の魔法使いや僧侶が欲しかったのだろう。
「なぁに……、ゲームのイベントと思えば問題ない!」
陽介は珍しく乾いた笑いを浮かべていた。
ラフな格好の部長が楽しそうに周りを見ている。
「あのゲームの体験版をプレイしてた時にね、花火に怖がったり、ドネルケバブを食べたり。そんな高校生活を送りたいと思ったわ」
蛇花火はあまり好きじゃないけど、と口を抑えて笑う。
「上田君。こういう時って、男の子が女の子の好きな物を取るものなんじゃない?」
射的という屋台との勝負は、そんなに甘いもんじゃない。
どれが欲しいんだい? 、なんて格好良く口にしても、指定されてたアイテムを手にする為にはおそらく野口英世を何人も的屋に捧げなければならない。
その上、物によっては底に鉛でも入ってるに違いない。いくらコルクの弾丸で頭を射抜いても、奴らはそこに無傷で居座るのだ。
……一昨年に経験した散財秘話。
「それこそゲームです」
いちいち説明するのも面倒だし、屋台の人が怖いから一言で済ました。
二人で場所取りをしながら言葉少な喋っていると、買出しに出ていた陽介が戻ってくる。
「お嬢様の財力は恐ろしいな」
手には林檎飴数本、焼きそばとたこ焼き等の粉物が入っているあろう白や透明のプラケースで作られたタワー、飲み物が見え隠れしているビニール袋を持ち、頭にプリとキュアのお面を着けてアシュラマンのようになっている。
一緒に戻ってきたご機嫌な先輩は、荷物で両手が塞がる以上に使えないであろう陽介とは対象的に、ヨーヨーと呼ばれる水風船を二つ持っているだけだった。
通行の邪魔にならないよう屋台群の裏に陣取って、買い出された物を皆で適当に摘む。
三者三様、楽しみ方は人それぞれだが、皆それなりに楽しんでいるようだ。
そんな中で俺はというと、表面上取り繕ってはいるつもりなのだが、……あまり楽しめないでいた。
それもこれも、この神社に着いてからすぐにあんなモノを見たからだ――。
やっぱりそれなりに込んでいた。
浴衣を着ている人は少ないが、老若男女問わない年齢層の街の人が集まっており、鳥居から続く石畳の両脇には値段設定が若干高めの様々な屋台。陽が沈む前から点けられている提灯が普段は静かであろう神社の雰囲気を一遍させていた。
そんな待ち合わせ場所で、目の前には、何日か前から覚悟を決めていたであろう陽介、人込みに慣れていないであろうワンピースを着たお嬢様、シンプルなTシャツにジーンズ姿の部長が、境内と階段の境目である鳥居の下に集まっている。
この人数なら固まって移動するスペースぐらいはあるものの、バラけてしまうと見失うのは難しくない。
初参加の方がいらっしゃるので、迷子を出さないように最低限陽介に手を貸してやるべきだな。
「祭りなのに誰も浴衣じゃないのね」
「そういうものですの?」
部長か先輩が着てくれば目の保養を出来たと思う。
「野郎が浴衣を着ても仕方が無いでしょう」
陽介の言う事ももっともだ。が、
「陽介が女物の浴衣を着てくれば良かったんじゃないか?」
馬鹿な話もそこそこに、先輩が陽介の手を引っ張って歩き出し、俺と部長がそれに続く。
二列に並んで歩き始めたはいいが、ふと、とある言葉が思い浮かぶ。
『ダブルデート』。
その言葉が現状を表すのに相応しいのか、少し考えないと色々と落ち着かない事になるので、三人を視界から外さないようにして考えてみる。
とりあえず、だ。そもそもデートというのは、何なんだろう。
恋人同士で行うお出かけ。それは間違いなくデートなはずだ。
じゃあ恋人ではなく、普段友人と呼んでいる異性となら?
そうなると、異性間の友情が成り立つのか、というテレビで恋多きとされる芸能人達が幾度と論じてきたテーマにまで及んでしまう。
俺は俺なりに、恋人なんて今まで一度も居なかったが、異性との友情は成り立つ、という自論というには甚だ経験不足な考えを持っている。
恋人でもない親しい異性なら、それは異性の友人と呼べるのではないか。
そんな恋人というまだ見た事もない存在を棚にあげるように友人という括りから外し、友人という括りの中なら同性も異性も関係も無い、という考え。
しかし、ここで部長や先輩と親しいと呼べるまでの関係を築いてるのか、と新たな疑問が浮上してくる。
部長とはそれなりに親しいと思う。(俺の)親(のみ)公認で(なし崩し的に)同棲(二人きりではない)までしていたのだから。
そして部長と先輩とでは付き合い方もまた別で、先輩とはそこまで親しい訳ではない。
陽介と俺が友人である以上、勿論三人で話す事もあるが、自分と先輩の二人、となると、特に何かの話で盛り上がったという記憶は無い。
つまり部長は親しいと言えるが、先輩はあくまで高校の知人であるという結論がしっくりくる。
そしてまたまた疑問が出てきた。それも二つ同時に、だ。
俺は部長を友人と呼べる存在だと思っているが、部長はどうなのだろうか?
そして、一方的に友人と思っている場合それは友情として成り立っているのか?
一つ目の疑問は部長に直接確かめないと解決しないので、友人と思っている、という事にして先に進もう。隣に居るのだから今聞けばいい気もするけど、否定された場合……凹むからな。
二つ目の疑問は『友情』を『恋愛』に置き換えた場合はしっくり来る。
片方がいくら好きな相手の事を思っても、それは片思い。
では友情の場合は? 片方が相手の事を友人だと思っていた場合、それは果たして友情だといえるのか?
異性となると思い浮かぶのは、昼食を一緒にする二人と部活の関係者ぐらいか。
一緒に飯を食う関係を友達というのかどうか。そこにも引っかかりそうになるが、この際置いておこう。
となると、その中で俺が友人とまで言えるのは、部長のみ。
ここで、漸く最初の疑問だ。
俺と部長が友人だと仮定した場合、どこかに一緒に出かけたら、それはデートなのだろうか。
これも異性との交遊乏しい俺には、今までなんとか強引に飲み込んだ疑問に引けを取らない難しいテーマだ。
さっき思ったように、恋人同士なら、というさも当たり前のような事と、自論である恋人ではない親しい異性は友人、というのが自分の中に前提としてあるので、難易度が高くなってる気がする。
友人同士だった場合、二人で遊んでる、というような気もするが、当人以外が見た場合、デート、と見えるような気もする。
もし当人達が、デートではない、と否定した場合、第三者はそれを信じてくれるのか。
それも問題になってくるが、否定する機会が無いなら最初に浮かんだ印象が第三者中での答えになる。
ということは、二つの答え(当人達の意見に相違があるなら三つになるが)があるという事なるのではないだろうか。
つまり、自分の中での結論としては、俺は現状を、部活仲間と遊びに来ている、という感覚だけど、周りからは、二組でデートに来ている、と思われている可能性がある。
と、終始穴だらけな気がする考えが纏まり、そこで思い至った答えに抱いた気恥ずかしさを振り払うように向けた視線の先には、……浴衣姿の杏子が居た。