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13.いくつもの選択肢

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 部活が終わってから下駄箱前で少し待ち、目的の人を誘って駅に向かう前に、少し寄り道。並んで歩く道は、犬を連れてすれ違う人ぐらいのもので、言葉少なに歩く俺達をオレンジ色の光が照らしている。
 確認して確信した過去。それを伝えられるのが、『運命の人』と思われていた俺だというのは、存在を信じている訳ではないが、神様の悪戯ってやつなのかもしれない。
 これから話す事を、彼女はどういう思いで聞くのだろう。聞き終わったらどんな事を考えるのだろう。
 その出来事が小さい頃の彼女にとってどれ程大きな出来事だったか知らないが、きっと本当の事を知りたいと望んでいるはずだ。
 途切れ途切れだった会話もついには無くなり、隣を歩いていた八代さんが少し不安そうな表情で目的について切り出した。
「あの……話ってなんですか?」
「前に話してくれた、迷子になった時の話なんだけど――」
 頭の中では、どう言おうか、本当に言うべきなのか、と、自問を続けている。
「あれが覚えてる全てなんだよね?」
「はい」
 確認への肯定。それが返って来たという事は……これから彼女の思い出を否定する事になる。
「思い出したんだ」
「え?」
 不安を貼り付けていた顔は、驚きへと変わっていた。
「その迷子になってた時、俺と八代さんは会ってたんだ」
 状況を飲み込めていないであろう八代さんを置いて、俺は独白を始めた――


 思いつくまま口にした整理されていない言葉が終わり八代さんを見ると、顔を伏せて、何かを考えているような、何かを我慢しているような……昔のように泣いているような佇まいのまま動かない。
 固く閉じられた小さな口が開いた時、彼女は何を言うのだろう。
「ご迷惑おかけしました」「今までありがとう」「騙された」
 脳内で再生される彼女の声は、どれも別れを感じさせるような言葉ばかり。
 彼女がそんな人間だとは思っている訳じゃないけど、言葉無く過ぎる時間が俺をネガティブにさせている。
 またこんな状況になってしまった。……やっぱり、どうすればいいのなんて分からない。
 こんな時、周りに誰か居れば――例えば陽介が居たなら、何かが違ったんだろうか。
 『1:この場を去る。2:フォロー!』
 ふと、陽介の事を考えて思い浮かんだのは、八代さんと『再会』した入学式の日にあいつが書き殴った選択肢。
 『選ぶ』という事には慣れている。
 それは、選ぶ事で違う道に行ける魔法。
 そんな魔法のような行為も、もう何百回と左クリックを繰り返しているのだから慣れもする。
 けれど、これは……現実なんだ。
 現実だからこそ、消去法で選んでしまう――
「『運命の人』じゃない俺じゃ……ダメ、かな?」
 何故そんな事を言ってしまったのだろう。この時程、セーブ機能の有り難味を感じた事はない。
 頭に響くのは、まだ数少ない蝉の声と二つの足音。
 遠ざかっていく、それぞれの――『本当の事』を教える事で傷つけたかもしれない女の子の背中とポニーテールを揺らす背中。
 俺の最後の言葉が終わると同時に走り出した八代さん。それを合図にしたかのように駆け出した、知らない間に近くに居た杏子。そのどちらを追えばいいのかなんて分からない。
 慣れているはずの――さっきは出来たはずの『選ぶ』という事を……今は出来なかった。


 重い体を引き摺りながら部室まで辿り着いた俺の顔を見て、パソコンに向かって作業をしていた部長が驚いた顔して一言。
「凄い顔」
 さもありなん。今朝鏡を見て自分でも驚いた。色の悪くなった肌に隈がくっきりと浮き出ていて、唇がかさかさに荒れている。
 そんな事になっている原因は分かっている。陽介に「またいつものか?」と、まるで邪気眼的な発作のように言われた自分の性質が恨めしい。
「何か悩み事?」
 八代さんに話した日からずっと――いや、その前から悩んでいた。
 杏子の事を考えていたというのに、あの時の事で悩みの種は増え、解決の糸口さえ見えない思考の堂々巡りは、何度振り出しに戻っただろう。
 部長にはどう言えばいいのかと、迷っていたら、
「私で良ければ……言ってみて?」
 と、天の助けに近い助け舟を出してくれた。
 誰かに相談する。それは考えた事もあった。けれど、誰に相談するか、という最初の疑問点で思索は行き止まり、すぐにその案は却下していた。
 部長に相談すれば、何かヒントが得られるだろうか――
「例えばですよ? 部長がエロ……美少女ゲームをプレイしてて、選択肢で迷ったらどうします?」
 部長に相談するなら、ゲームに例えるのが一番良い気がした。
「セーブしてから進むわね」
「セーブ機能が一切無かったり、思い通りにロード出来ない場合は?」
「そのまま進むかしら。どんなエンドも……バッドエンドもエンディングだもの」
 なんだかんだ言って、始めるとついついフルコンプリートしてしまう俺もそうするかもしれない。 
 そういえば――
「思ったんですけど、他のルートをクリアしないとトゥルーエンドに行けないゲームが結構ありますよね」
 俺は目当てのルートからプレイしていきたいので、メインヒロインの攻略が強制的に最後に設定されているゲームは少々煩わしく感じる。
「私はそういうのも好きよ。どうせ全ルートプレイするのなら、最後まで謎が隠されてる方が面白いじゃない」
 そういう考え方もあるか。
 ……ちょっと待て、エロゲ談義をしてる場合じゃないだろ。
 最初の例えが悪かったのかもしれない……危うく目的を見失うところだった。
 せっかく相談に乗ってもらってるんだから、強引にでも話を戻そう。
「話は変わるんですけど……告白して、返事を貰えずに走り去られたら……どうします?」
 直接的だけど、誰と誰がなんて言わなければ問題ない……か?
「そうねぇ……どうするかしら」
 あれ? なら――
「幼馴染みに告白してるとも思えるところを見られたら?」
「私は幼馴染みなんて居ないから、答えづらいわ」
 次は―― 
「じゃあ、幼馴染みが誰かに告白してるところを見た場合は?」
「見た場合? 難しいわね……」
 参考にならない返答が返ってくるが、そういう気持ちになって考えて欲しい、とも言い難い。
 最後の質問には――
「えっと……部長から見て、気の無い異性――例えば、俺に告白されたらりしたら、どうします?」
「それぐらい具体的なら、きちんと答えられるわ――」
 投げかけた質問に対して、真っ直ぐにに俺を見ながら部長の口から零れた言葉は、二人しか居ない部室に響いて溶けていった。
 その言葉に新たな悩みを植え付けられて、長い休みが始まる。
 その暑く長い日々は、必要以上に考える時間を与えるんだ。

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