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【終】10.行き止まり

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 梅雨が明けてしばらく経ち、太陽もそろそろ準備運動を終えたんじゃないかと思う今日この頃。
 昼間の暑さがずっと居座り続け、一晩中うなされてた気さえした。
 自分の中にある物を元に構成された夢の世界。それはとても不思議なものだと思う。
 小学生の時のクラスメイトが成長せずに今の自分と共存していたり、会った事もないテレビでし見た事の無い俳優や歌手が横に居たりする。自分はまだ見た事はないが、男性の場合、母親が性的対象として現れる夢を見るケースも少なくないそうだ。……出来れば一生見たくないな。
 そこに居るのは今の自分。目の前には蹲り泣いている小さな小さな女の子。
 おそらく俺はこの女の子に会った事があるのだろう。景色がそう告げている。
 けれど、その女の子については一切覚えていない。もっとも、自分の記憶を辿っていっても、せいぜい四、五歳からの記憶が断片的にある程度で、年齢を増す毎に記憶の量は増していくのだから、生まれてから五年の間の抜け落ちたところに情報があるのかもしれないが。
 俺は女の子に手を差し伸べる。怖がらせないように、ゆっくりと、ゆっくりと。
 けれど、女の子はこちらを向くどころか、一層大きく泣き声を上げた。
 そうしているうちに、女の子と俺の間には亀裂が走り、裂け目から生じる深い深い溝はどんどん広がっていく。どんなに懸命に女の子へ手を伸ばしてみても、その手は握り返される事もなく空を切り、気が付けば足元にまで達していた暗闇へと体が沈んでいく――
 足元にかけていた布団を蹴り飛ばしながら勢いよく上半身を起こすと、汗が背を伝って落ち、心臓は大きな音を立て、肺から吐き出される息は全力疾走した後のように乱れていた。
 悪夢を見るよりも後味の悪いその夢を、フロイトやユングはどう分析するのだろうか。
 いつもの起床時間よりは少し早かったが、そのまま洗面所へと向かう事にした。


 期末テスト前で部活は休み。だもんで、今日は授業終了のチャイムを聞き終えた後、陽介との話も早々に切り上げ、帰って教科書片手にゲームでもしようかと思っていた帰り道に見つけた彼女は不審者と化していた。
「八代、さん……?」
「あっ、上田さん」
 家の近所で挙動不審な八代さんを発見。挙動不審というのは語弊があるか。
 前も気にせず何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回しながら、俺がいつも通っている道を歩いていた。
 近づいてくる八代さんを見て改めて思うに、目の前にいる同学年の小さな女の子は本当に可愛い。豊かな表情を浮かべる顔も、様々な仕草も、可愛い声も、まるで作られたように俺の好みであり、『運命の人』は自分ではないと分かってはいるが、本当はそうなのかもしれないとさえ感じた。少なくともそうであれば……とは思っている。
「確か、この辺りなんです」
 並んで歩きならが、俺からの「何してたの?」という疑問に彼女は答え始める。
「昔、この街で迷子になった事があるんですよ」
 それは『運命の人』の話だった。
「小さい頃、お母さんとこの街に来た時にはぐれちゃって……あの時は本当に心細かった。ずっと歩いてたら、暗くなってきちゃって、どうしていいか分からなくなって……私、泣いちゃってたんです。その時、声をかけてくれた人が本当に、本当に上田さんにそっくりだったんですよ」
 それは見間違う程なのだろう。でなければ入学したあの日、抱きついてきたりしないはずだ。
「高校に入ってから、時間がある時に出会った場所を探してるんですよ」
 十数年もの間、彼女はその時あった俺にそっくりな人を探していたのだ。
 何が彼女にそこまでさせるんだろうか――
「あっ……!」
 黙って話を聞いていた俺を余所に、八代さんは早歩きのような速度で走り出し、ちょっと進んで止まったかと思うとその場にしゃがみ込んだ。
「ここ……ここです!」
 しゃがんだままこちらを向いて、確かに八代さんはそう言った。
 ここって……滅茶苦茶家の近所じゃないか。小さな子供でも歩いて五分もかからないはずだ。
「本当に……ここ?」
「はい、ここで間違いありません! 私、こう見えても記憶力は良いんですよ? ここで……こうやって泣いてたんです」
 その時を再現しようとしようとしているのだろうか、八代さんはしゃがんだまま小さな手で顔を覆って見せる。
 ――あぁ、そうか。あの夢の女の子は……八代さんだったんだ。
 それを理解した事が引き金だったのか、それとも他の事も思い出したのがそうだったのか。
 視界は急速に収縮し、光を通して感じていた全てが暗転する。
 失われていくその、間、とも言えない程短い時間に願った。
 次こそは、と――


【???】

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