第一話
高校三年生の春、僕の大事なものは何を差し置いても音楽だった。もともと人付き合いの苦手だった僕は学校でもいつもイヤホンを耳につっこんで、音楽ばかりをむさぼっていた。音楽は僕にこの世界の不合理を教えてくれたし、そのくせそんな退屈な日常をほんの一瞬でもきらきらと輝かせたりしてくれたんだ。
それはある4月のホームルームでのことだった。
「えー、これから6月の学園祭に向けての準備の分担を‥‥」
担任がなにやら教壇でしゃべっている。僕はそんなこと、まったく興味がなかった。いつもどおり、どこか人数が足りないところに適当に配属してくれ。
「ねぇ、水口君ってさ、いつも音楽聴いてるよね?」
突然のことだった。机に突っ伏してうつらうつらしていた僕は少し驚いて顔を上げた。
「そうだけど、なに?」
顔を上げた先には小林江里子、このクラスの中で、そう目立つ方でもない女子の顔があった。
「いや、もしかしたら水口君とならやれるかな、って思ってさ。」
は?こいつは何を言ってるんだ?僕は怪訝そうにたずねる。
「え、っと、話が読めないんだけど、何の話?」
「あ、えっと、ごめん。いやね、学園祭でのライブの話なんだけど、水口君、私と演るつもりない?」
僕たちの高校の学園祭には、各クラス1バンド、1曲オリジナルの曲を作って競い合う、というイベントがあるのだ。
「あ、いや、でも、、、、、」
「水口君、ギターは弾ける?」
「まぁ、少しなら」
「じゃあ決まりね。ドラムとベースは私が先に声かけておいたから。」
そういうと小林はさっさと担任のところまで行き、決定したということを伝えていた。
眠気の残る意識の中で、何かが動き始める予感だけはそれとなく感じていた、そんなホームルーム。
時は移って、放課後。
「今さっきは急にごめんね。」
そういいながら、小林がやってきた。
「それはそうと、水口君、曲をお願いね!」
はい??僕は度肝を抜かれる。
「水口君、ギターだし。私もギター弾くから、作ってくるけど。まぁ、良かった方を採用、ってことで。」
「いやいや、俺、曲とか作ったことないし。」
往生際の悪い一言。
「私だって初めてだよ!大丈夫、何とかなるって。それに‥‥」
「それに、なんだ?」
「せっかくあんなにたくさんの人の前で演奏できる機会なのに、どいつもこいつもクズの音楽ばっか。そんなのもったいないよ。」
たしかにな。みんな揃いもそろって青春パンク気取りの陳腐な曲ばっかりだ。本当にうんざりする。それに、まさかこいつがこんな言い方をするとはな、、、ちょっと面白そうかも。
「そうだな、、、。よし、いっちょやったるか!」
「その意気だよ!じゃあ、一週間後にはスタジオであわせるから、アイデア用意しといてねー。」