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第五話

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第五話

「歌詞、考えといてね。」
小林は僕にそういった。それはまぁ、つまり、僕が歌詞を考えなきゃならない、と言うことだ。正直、歌詞を書く作業は自分にとってあまり気の進む作業ではなかった。曲を作った時のような新鮮な湧き上がってくるような感覚もなく、ただだらだらと言葉をメロディーにあわせて羅列しているだけのような作業だ。僕は、本当に退屈な日常にいつも感じている不満を、泥をすくって壁に延々と投げ続けるようにして歌詞にしていった。出来上がった泥まみれの板塀は、小林の大好きだといっていたグランジのバンドの真似事みたいなものになっていて、僕には滑稽に思えた。

それでも、とりあえず一通り仕上げた歌詞を学校で小林に見せてみたら、
「すごいすごい!!かっこいいじゃん!」
と、なにやら満足そうにしていたので、それでもいいような気もしてきた。
池田もなかなかいいと言っていたし、(まぁ、相変わらず保坂は興味なさそうだったが)とりあえずはこれでいいんだろう。

初めての練習の日以降、僕らは週に一回のペースで練習を続けていた。
僕らは、僕と小林の作ったものをもとにした大体の曲の骨組みに、それぞれのパートが肉付けをしていくような作業を進めていた。池田はほぼ基本に忠実なベースラインを、他の三人に「こんな感じでいい?」と、しつこいほどに確認しながら作業を進めていく。保坂は相変わらず黙々とドラムを叩きながら考えているようだ。それにしても、こいつのドラムはほんとうまいことつぼを押さえてる、といった感じのドラムだ。小林は自慢のギターの腕を発揮しようと、ソロパートの作曲に励んでいた。そして、わりと安定したリズム隊に支えられる形になった僕は、画材入れの木箱に詰め込んだエフェクターで、思い思いの音色にギターを歪ませて、塗り絵を楽しむ子供のように自由に曲に色を塗りたくっていった。あの夜に浮かんだ星空のイメージを夢中で描き出そうとしていたんだ。

ある日、そんな練習が終わった後、池田が
「今日、ここのライブハウスで俺の友達がライブやるんだ。観てかねぇ?」
と言い出した。いつも練習しているスタジオにはライブハウスが併設されているのだ。僕は池田の友達のライブにはまったく興味はなかった。でも、今夜のトリはEVENという地元ではちょっと有名なインディーズバンドだった。うねるようなねちっこい演奏に定評があるバンドだ。まぁ、チケットが友人価格で手に入るなら見に行こう。結局、小林だけが門限があるとかで帰り、残りの三人でライブを見ることになった。

池田の友人のバンドは本日二番目。あまりのひどい演奏に耐えかねて、僕は外に逃げ出した。
そして、一服して落ち着いていた時のことだった、彼女に初めて出合ったのは。


別に、「まるで雷に打たれたような体験だった」とか、「天使に出会ったような気分だった」とかそんなこと言うつもりはない。でも、一目見た瞬間に、僕は彼女に惹きこまれてしまったんだ。肩まで伸ばした黒髪に、丸みを帯びた幼さの残る輪郭。そして控えめな口元、すらっとした鼻に、どことなく陰のある大きな目。ぎこちない苦笑を浮かべながらちいさな体でちょこちょことこちらに向かってくる時、僕はもう既に彼女に恋してしまっていたのだろう。
「君も逃げ出してきたの?」
「あ、、、うん。」
僕がそう言うと、彼女は僕の隣でタバコに火をつけた。
ふーっ、とゆっくり煙をはきだす。

沈黙。

それ以降、特に会話は無く、二人ともただ静かにタバコを吸っていた。
ふとした瞬間に見た彼女の横顔は、ぞっとするほど空っぽの目をしていて、僕はなんだか恐くなってすぐに目をそらしてしまった。

一本目のタバコを吸い終えると、彼女は「それじゃ、また」と残してライブハウスの中に戻っていった。
僕は見てはいけないものを見てしまったような不思議な気持ちになって、空を見上げた。
今夜もあの日のような、満天の星空が広がっていた。


トリのEVENは評判どおりなかなかのライブだった。それまでは退屈していた僕も、そのときばかりは体を揺らしてノることが出来た。それでとりあえず満足して、保坂や池田と別れ、僕は家路に着いた。

僕が一人で歩いていると

道の前に、あの子がいた。

こちらに気づいて振り返る。

「あ、君も家、こっちのほうなの?」

「ああ、そうだよ」
なんとか返事をする僕。

「じゃあさ、一緒に夕飯食べてかない?」

唐突な一言に僕はたじろいだ。
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