娘が次に男に出会ったのは、ホンキドーテの店の前だった。最初の出会いから2日後のことだった。
湯島のホンキドーテの入口には巨大な水槽があり、その中には、水槽のサイズに合わせて大きくなった淡水の熱帯魚が狭苦しそうに泳いでいた。彼は、その水槽の熱帯魚達に見入っていた。娘は少し離れた場所で男を観察した。不意に男が水槽内から、水槽の表面に焦点を移した時、反射した背後の風景の中に、娘が立っていることに気がついた。
「これは!これは!何たる偶然ですかなっ!このような場所で再び相まみえるなんて!」
男は想像でそう言った。が現実には突然の再会だった為、「う…うあ!」と情けない声を出して、押し黙ってしまった。
娘はペコリと会釈をすると、なんだかその場にいる事が、気まずくなって店内に入ろうと駆け出した。
「ま、まって!」すぐ隣をすり抜けるように、店内に進もうとした娘の手首を強引に男は握った。
「い、痛い!!!」娘は男の握力というよりは、触れられた部分にあった自らの自傷キズに走った鈍痛に悶えた。男は、はっとして手を直ぐに放した。
「す、すまん。」
「あ、あの別に!握られたから痛かったわけじゃないから!元々、傷があったんだよね。自分でつけたキズが…」5秒程の沈黙の後、男は口を開いた。
「…西洋の古代三大民間伝承神話の一つにヨリキヤサガというのがあってね?その後、キリスト教国によって滅ぼされてしまった国なんだが!サガには今を生きるヒントが詰っているんだよ!…例えば!
ある時、ヨリキヤの民は、自らの家畜を柵で囲って他人の家畜と区別した。
愛の神ポポスは、民のその様な行動に怒って人々の心にも柵を作る天罰を加えた。
それからというもの、村では、自らの胸を刃で傷つける者で溢れた。
天罰に困ったヨリキヤの王は、ポポスの兄、怒りの神、タタスにすがりついた。
タタスは村の外れに憤怒の木々を用意し村人たちにその幹を殴りつけるように言った。
皆は幹を拳で殴りつけた。やがて自らを傷つける者はいなくなった。
〈ヨリキヤサガ 3章6節 憤怒の木〉
なんて1節があってこれは、自傷行為そのものと、その対処方法を表しているんだよ!だがこの神話には
多くの矛盾点が指摘されていて!…例えば
その年のはやり病によって、ヨリキヤの民は半数以上が命を落とした。死の恐怖に怯え自ら命を絶つ者まで現れた。
愛の神ポポスは嘆いて、自らの命を絶とうとする者に、あえて危害を加えるようにヨリキヤの3兄弟に命じた。
3兄弟はその者たちを鞭で打ちつけ、背に石を落とし、茨を体にくくりつけた。
命を断とうとした者達は、その危害を受けると、弓を持って狩りに出かけるようになった。
〈ヨリキヤサガ 4章12節 ヨリキヤの3兄弟〉
完
ごめん心が折れた。