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お題③/はっぱ一枚あればいい/ムラムラオ

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「…………」
 カチカチと、手元のリモコンのボタンを彼は押していた。
「おーい、はっぱ持ってきてマスター」
 テレビに映ったアスリートの一人は、顔色がとても悪い。
 多分、精神的に疲弊しているのだろう。
 今期の世界大会で予選落ちとなれば、仕方ないことではある。
「はっぱですか? そんなものはございません」
「あるでしょ? あれよあれ。スーハースーハー吸っちゃうやつ」
 テレビを見ていた男は、バランス悪くカウンターに体を預けながら口の前に二本の指を持ってくる。
 ピースサインの指の間の距離を縮めたり広げたり。
 口元から吐き出す息には、恍惚の色が混じっていた。
 そのジェスチャーで理解したのか、マスターと呼ばれたチョビ髭男はカウンターの奥へと引っ込んで行った。
「ふぅ……」
 ワイングラスの中に残っていた残滓をあおると、男は再びテレビへと視線を戻す。
「はんせいしてまーす」
 気付けばテレビ番組は別のものに変わっていたらしい。
 画面の中では、二人の芸人が二人同時に頭を下げて「はんせいしてまーす」と言っている。
「ボケもツッコミもないわな、こりゃ」
 二人の丸い頭をぼんやりと見つめながら、男はリモコンを手にとる。
 チャンネルをカチカチと変えていると、ラブコメやら紀行ものやらニュースやら色々な番組が代わり代わりに映っては消えていく。
 気付いたら、結局チャンネルは元のお笑い番組に戻っていた。
「はっぱ! はっぱ!」
 今度は素っ裸で、股間に一枚の柏の葉を貼り付けただけの数人の芸人達が踊っている。
 男は大して笑いもせず、ただテレビから流れてくるその言葉を復唱した。

「はっぱ! はっぱ!」
「はっぱ、はっぱ」
「はっぱ一枚、あればいい!」
「はっぱ一枚、あればいい」

 随分と禁欲的だな、と男は思った。  

「はっぱ、はっぱ!」
「はっぱ、はっぱ」
「はっぱ一枚、あればいい!」
「はっぱ一枚、あればいい」

「お持ちしました」
 マスターが差し出した金属製の皿を一瞥してから、男はテレビの電源を切った。
 皿の上には細い棒が一本乗っているだけで、他には何も無い。
 男はその棒を指さしながら、マスターに尋ねる。
「これ、電子タバコだよね?」
「左様でございます」
「はっぱは無いの?」
「これがはっぱでございます」
 マスターはあっけらかんと言い放った。
 男は棒をつまんで目の前で揺らしながら、不満を隠さず口を曲げる。
「いや、今電子タバコって言ったよね」
「お客様、御察しください」
 礼儀正しく頭を下げたマスターを見て、男は納得した。
「……あ、そうか」
「はい、そうなのでございます」
 マスターは頭を上げて含みのある静かな笑みを浮かべた。
 紳士の貫禄が、ひしひしと男に伝わってくる。
「ねぇ、ところでこれってこうするとグニャグニャ曲がって見えるんだよね」
 横に向けてつまんだ棒は、残像の合間で不自然に曲がっている。
「えぇ、ここに来るお客様はよくおやりになります」
「あ、流行ってるんだ」
「はい、流行っております」
 そっか、と言ってから男は棒を口にくわえた。
 すると、すぐに煙が先端からもくもくと上がり始める。
「全自動?」
「左様でございます」
 今度は無言でうなずいただけで、男は再びテレビの電源を入れた。
 テレビに映ったのは、やはりさっきの芸人達である。
 ただ、場所がどこかのスタジオから、なぜか綺麗なビーチに移っている。
 どこかの外国かな、と男はぼんやりと思った。
 しかし、どうしてここでやる必要があるのか、男には分からない。
「すごいよね、これ」
「左様でございます」
「価値観の破壊、っていうか、俺はどうもこれに何か裏を感じるよ」
 男は別にそうは思っていなかったけれど、どうも「そういうふうに」言っていた。
 マスターは後ろでグラスを磨きながら、同感でございます、と言った。
「この行為にはきっと、なにか裏があるのかもしれませんな」
「うん。まずこの映像もそうだけどさ、どうも俺にはこいつらが言っている言葉がひっかかるんだ」
「と、言いますと」
 マスターがグラスを静かに置くのと同時に、男はつぶやく。
「はっぱ一枚、あればいい」
 男の言葉を聞いてから、マスターもそれを復唱する。
「はっぱ一枚、あればいい」
 何かを確認するかのように、いくぶんか遅いテンポで口を動かす。
 男は気にもとめず、テレビで楽しく笑いながら踊る芸人達を見ていた。
 今度はどうやら、どこかの超高層ビルの屋上でやっているらしい。
 風が酷いらしく、はっぱが吹き飛ばないように股間の辺りを押さえてばかりいるのが、随分と滑稽に見えた。
 ふと、マスターが思い出したかのようにワインを手に取る。
「禁欲的ですな」
「でしょ。まるで原始人だ」
「これは確かに、何か裏があるのかもしれません」
 悩ましい声とともに、マスターは栓を開けた。
「そうだよな、俺はどうもそう思うんだ。もしかしたら、このテレビ番組は何かとんでもないことをやらかしているのかもしれない、って」
「なるほど、一理ありますな」
 ワイングラスに葡萄酒をゆるゆるとつぎながら、マスターは静かに笑う。
「しかし、そこに気付かれたお客様は、きっと大丈夫だと思われます」
「あぁ、大丈夫だよな」
 何が大丈夫なのか分からなかったが、男はとにかく大丈夫だと言った。
 大丈夫、大丈夫。
「きっと、大丈夫でございます」
「あぁ」
 男は八分目につがれたワインをあおると、再びチャンネルをいじり始めた。

 気付いたら、やっぱりさっきのお笑い番組に戻っていた。
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