『ライフツリー』
先輩の研究室には奇妙なものがあった。
円筒形の水槽のなか、くらげのようなものが浮いている。
よくみるとそれは、一本の柱から周囲に向けて、滑らかな弧を描いて数本の枝が垂れ下がっており、その間にすきとおった膜がはっている構造。
これまた透き通った柱と枝のなかを、時折蛍光色の光が走り、とてもきれいだ。
いうなればそれは、生きている、小さな傘。
「なんですか、これは?」
「ライフツリーよ。
ライフツリーはそれぞれがひとつの世界なの」
「…………はあ」
「この、傘のかなめと柱にあたる部分が、その世界の“柱”ね。
傘の骨に当たるのが“シシン”。
“シシン”は“柱”から派生し、時間の経過とともに成長し、柱からはなれていく。距離的にも、存在としてもね」
“シシン”とはなんだかよくわからなかったが、それよりは先輩の、白くしなやかな指先のほうが気になったので、とりあえず後にする。
先輩の指が水槽の表面をすべる、同時に僕の視線も誘導されていく。
「シシンと柱は力を合わせて膜を張り、その上に幾多の生命が生まれ生きる。
もちろんシシンと柱の距離が開くほど、膜も大きく展開する。世界が大きく広がるというわけね。
ライフツリーは、そんな世界の歴史をすべて図示する特殊な組織体よ」
僕はどう返したらいいのかわからないままそれを、というかそれを指差す先輩の指先を見つめていた。